永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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白む空が胸を突く

( 四 )

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「お前、俺と居ると苦しいの?」
 それから篤はぱっと手を離して、宙に浮いてしまった自分の手を見つめたあと、天音に視線を戻した。
 天音が首を振った。
「違う。先生は落ち着く」
 そのあと、彼女の言葉はひどく苦しげに発せられた。
「でもね、先生。先生と居ると時々よくわからなくなる。どうよくわからないのかもわからないの。これはなに?」
 天音らしくない言葉選びに篤は息を飲んだ。
 自分を選べないと言われているようだった。
 結局あの女はあの女のままなのかと思ってしまい、自分らしくなく切なさを抱いた。
 篤が彼女と出会ったのは一番最後だった。そうしていつだって一番最後に出会うはずの自分が、一番最初に出会った。それだけで満足しろと言われているような気分だ。
 しかし今の天音は彼女であって、彼女じゃない。少なくとも篤の中では。
「わからないものはわからない、気にしない。気にしてわかるなら、俺はとっくに人間の神秘を解明しているね」
 存外に気にし過ぎは良くないと言い切るための例えが篤らしすぎて、天音は「先生らしい」と漸く笑った。
 天音の笑う顔が、篤の目にひどく美しく映った。
 篤がそばに居たいと願うのは可愛い天音だ。美しい天音ではない。
 無性に悔しくなって、思ってもないことを口走った。
「俺のそばに居たくなかったら、ちゃんと言って。もうそばに寄らない」
 そんなつもりは毛頭ないし、出来そうにない。一体自分はなにを言っているのかと篤は自分を疑った。
「ひどい」
 天音が一言つぶやいた。その一言で、篤は言ってはいけない、言わないべきだった言葉を言ってしまったのだと後悔した。
「日曜日空けとけって言ったの先生だわ。なのにどうしてそんなこと、いきなり言うの」
 勝気な天音は沈みかけた自分を怒りに変えて篤を睨みつけた。
 美人に睨みつけられるほど怖いものはない、と思うのは、美しい彼女がきっと昔からそんな顔でばかり自分のことを見て最後に呆れていたからだ。 
 天音の綺麗な大きな瞳で睨みつけられると迫力があり、相当怒らせたと篤は謝る方法を考えた。
「馬鹿なこと言った。悪かった。俺、そんなつもりない」
 そんなつもりないことがどういうことか、わかってなさそうな天音が、眉をひそめた。
「先生て、地獄の果てまでなんでも追いかけそう」
 正にその通りだろうことを言われた篤は、今度は馬鹿にしたような高飛車な目で天音に見られて痛い。
 天音が少しだけ嬉しそうに見えなくはなかったから、とりあえず安心した。
 そんな自分を、篤はやっぱり恋愛に向いてないと思い、恋愛に向いてないから恋愛しないと言い張る甲斐がまるで正論に見えてきそうで考えを改めようと試みた。どう考えても自分は恋愛音痴だ。
「恋愛向いてないから恋愛しないって言ってる馬鹿な奴いるんだけど、お前どう思う?」
「この間、先生が蹴られた人?」
 なんとなくそう思ったから、天音は聞いてみた。
「そう、それ。馬鹿らしいと思わない?」
「その人、面倒くさがり屋なのね」
「なるほど」
「好きって、面倒くさくても見つけないとわからないもの」
 お前は見つけてわかっているようだなと篤は天音に問いたかった。
 自分は見つかっている、見つけたから知っている。転がって来たものだけれども、ちゃんと探して、自分の気持ちもどうしたいかもわかっている。
「相変わらず、すごいこと言うね、お前」
 天音らしいと思い直すと尋ねる気も失せ、少しだけ心が軽くなった篤は可笑しくなった。
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