永遠故に愛は流離う

未知之みちる

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懐古の音が鳴り響けば

( 八 )

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「もしかして先生の馬鹿力な親友さん?」
 甲斐の知る最も美しい声で相手はそう尋ねてきた。自分を覚えていない彼女への動揺はなかった。まるで自分の知る彼女だったから至極落ち着いた声で甲斐は返事をした。
「駿河天音ちゃん?」
「はじめまして。噂は兼々です」
「はじめまして。甲斐美典です」
 丸聞こえの甲斐の声の穏やかさに篤の胸が痛んだ。二人が話せるようにスマホを天音に渡したのは自分だというのに。
 そうして悟った。
 これでもう自分は追う側に成り下がったと。
 考えもなく取った自分の行動が今そう決めたのだ。そうしてしまったということはそういうことなのだろう。
 結局、可愛い天音だけが自分だけのものであってほしいのだ。美しい天音は自分だけのものでもなければ手に届かない追うしかできない存在あり、一番に渇望しているものはそれなのだろう。
 楽しそうに緩やかに会話を交わす二人の距離感はまるで近しい。聴きなれた具合だなという感想しか抱かなかった。
 狂ったものを修正しようなんて微塵も思っていなかったのに、覚えてしまった葛藤は結局追いかけるのが好きな自分に負けた。
 美しい彼女にはなにがあっても結局勝てないのかと思うと、まるで単純で自分らしいではないか。


 初めて聴いた甲斐の声はじんわりと天音の胸の内を温かくしていた。穏やかに話す彼の声に覚えたことのない不思議な安堵が広がる。初めて聴くはずの声はまるで耳に馴染んでいる。
 綺麗な、優しい声で話す人だなと目を細めたくなる。
 そよ吹く夜風が頰を撫でていった。
 少しして天音が言った。
「失礼でなければ、甲斐さんのギターを聴かせてください」
 甲斐はこの言葉へ直ぐに返答が出来なかった。
 聴かせるのは簡単だ。簡単だけれども、彼女への今の想いをどんな風に音色へ乗せればいいか、考え込んでしまった。
 と、篤がスマホを天音から奪い甲斐に言った。
「弾けよ」
 篤は自分に全てを譲ろうとしたわけではないと甲斐は気づいた。
 篤は貪欲さが望む選択肢を選んだだけだった。
 まるで本能で動く篤らしくて、くすりと甲斐は笑ってしまった。そうして思った。ここに居てもよかったのだと。
 この店を守る選択はやっぱり間違いではなかったのだろう。動くことなく求めてみてもよかったのだ。二つの選択肢のどちらかを選ぶ必要などなかったのだ、きっと。悩み通した暫くの時が馬鹿らしくなった。
「そうだね、弾こうかな」
 「少し待ってて」と甲斐が言うと、篤は小さめな音量でスピーカーに切り替えたスマホを縁側に置いた。甲斐のギターを手に取りペグを捻って調を合わせだした音が聞こえてくる。
 天音の瞳が嬉しそうに綺麗に瞬いている。
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