この愛の仕組み

（ 一 ）

　難むずかしいことを言う時の彼はいつも微笑ほほえみを湛たたえていて、彼女はいつも見惚みほれる。
　彼の考えていることは手に取れないけれども、隣となりに居る自分へ向けられた言葉だと思うと気持ちは満みちる。
　そして、その後の自身の返事に、いつも彼女は落胆らくたんに眩くれる。

　返事をくれた彼女を愛いとおしみながら、彼は静かにブラックのブレンドコーヒーを啜すすった。
　彼女の言葉なら、彼はなんだって嬉うれしい。

　デートの合間あいまにいつも寄る喫茶きっさ店でのひと時が、彼女は彼と過ごす時間の中で一番好きだ。
　彼が醸かもし出す独特どくとくな時間の流れを一番感じ易やすく、彼女はそれに身を委ゆだねている心地ここちでふんわりと自分を包つつみ込こむ。
　ここでアフォガートを食べる時、溺おぼれ過すぎないように、少しずつエスプレッソをかけていくのに、結局甘くとろんとしてしまい、最後まで食べられない。いくら彼女が甘党あまとうとはいえ、飲むのには甘過あますぎた。掬すくって少しずつ口に運ぶが、いつも諦あきらめる。

　彼はいつも彼の持つ言葉だけを紡つむいで彼女を愛いとおしく見つめる。
　察さっしづらいだろう言葉で彼女に気持ちを投なげかけても、彼女はきちんと聴きいてくれていて、応こたえてくれる。
　それが如何いかに彼にとって幸しあわせなことか、彼女は知らないかもしれない。
　単純な言葉が彼の胸に心地ここち良さを運ぶ。

　彼女は単純たんじゅんに生きることを好む。単純たんじゅんに彼が好きだと思ったから隣となりに居て、彼の時の流れに身を任まかせる。

　けれども、いつも落胆らくたんは付いて回る。彼が本当に欲しい言葉で彼に応こたえられない自分に、最後は暮くれる。
　本当に彼の隣となりに自分の居場所があるのか悩なやみ続けて随分ずいぶん経たつが、答えが見つからなければ、止やまない不安が怖こわくなってきた。

　この喫茶きっさ店に居る間は、そんなことを感じずにうっとりと過すごせる。隣となりに居てほしいと彼女に言った彼の隣となりに自分が居るという柔やわらかな感触かんしょくだけを得えることが出来る。