桜は君の無邪気な笑顔を思い出させるけれど、君は今も僕を覚えていますか?

星村桃摩

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After Story2〜お互いの道〜

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 卒業式から2週間後。
 寺の桜が満開だと聞いて私は再び寺を訪れた。残念ながら湊は体調不良で寝込んだ先輩の代わりに急遽出勤となってしまった。

 久しぶりのデートを楽しみにしていたので正直とても残念だけど、仕方ない……。
 せっかく新調したフレアスカートが心なしか寂しく揺れた。

 実はこの寺は広大な敷地に千本を超える桜が植えられていて、この季節はちょっとしたお花見スポットになるのだ。

 今日は寺のさくら祭り。
 
住職を筆頭にたくさんの僧侶が正装をして本堂の前で経を読み、平穏な春を迎えられた感謝を御仏に捧げる行事だ。
 たくさんの僧侶を抱える寺なので本来なら若手の湊にそんな大役は回ってこないはずなのだが、お声がかかってしまった。

 賑わう参拝客の中で私は一人背伸びをしていた。美しく咲き乱れる桜の中、僧侶の行列が本堂に向かっているのが見え始めたからだ。

 しかし、人が多すぎてなかなか見えない。
 私の前には二重、三重に人の壁が立ちはだかっている。
 まるでディズニーランドのパレードのようだ。

(湊の正装を見れるなんて過去にも今にも初めての経験!!何がなんでも見る!!)

 ピョコン、ピョコンと跳ねて右から左からと覗き込むけれど、ゾロゾロと歩いていく山吹色の法衣を着た僧侶達がチラチラと見えるだけだ。

 困ったな……と思った時だった。

「わ!あのお坊さん、すごいイケメンじゃない!?」

 前の方から若い女性の声が聞こえた。

「!?」

 私は瞬間的に反応した。

「え?どこ?」

 とその友達が答える。

「ほら!向こうから来る背の高い人!」

「えー?……ああ!本当だ、すっごいイケメン!」

 騒ぐ女性達の声に私は尚更右往左往した。
 胸がソワソワする。

(湊のことだったりして)

 するとその時。
 私の挙動不審な行動に気づいた家族づれの男性が笑って前を開けてくれた。

「そこからじゃ見えないでしょう?僕の前にどうぞ」

「え!あ、ありがとうございます!」

 天の助け!私は恐縮しながら男性の前に進んだ。最前列だ。

 顔を上げると。

「わ……!」

 綺麗だった。いつもは黒い法衣に身を包んでいる僧侶達が山吹色の法衣を身に纏い、二列に並んで歩いている。

「来た!来た…!」

 先程の女性達のひそやかな声に私は振り返った。

「ーーーー……!」

 やはり、湊だった。
 スラリと背が高く、端正な顔立ちはたくさんいる僧侶の中でも群を抜いている。まつ毛が長い二重の瞳は透き通るようだ。
 山吹色の法衣が新鮮でよく似合う。
 
 思わず見惚れてしまった。
 俯きがちだった湊がふと顔を上げて、私と目があったのはその時だ。
 
「……!」

 湊は驚いたように目を見開いて少し微笑んだ。私も微笑んで頷いた。
 去っていく湊の背を見送っていると、またもや女性達の黄色い声が聞こえてきた。

「今笑わなかった!?カッコいい~!」

「写真欲しい~!」

 私はドキドキした。顔が火照る。
 あの人が私の彼なんだ……。
 
 湊尹と初めて出逢った日も美しい僧だと見惚れたんだっけ。
 転生してもやっぱり貴方は綺麗なのね。
 
 間もなくして本堂の前で僧侶達の読経が始まった。私は他の見物人達と一緒にそれを聴いていた。
 たくさんの声が重なって青空に吸い込まれていく経に私は思いを馳せる。

 この奇跡のような幸せがずっと続きますようにとーー。

 









 夕暮れ時。
 勤めを終えた湊が私服に着替えて裏庭にやってきた。

「お疲れ様!」

 笑って声をかけた私に湊は真剣な顔で注意した。

「何度も言っていますけど暗くなってきたらここに一人で来てはいけませんよ」

「はーい」

 「その返事、真面目に聞こえませんが」

憮然としながら湊が私の隣に座った。昔、二人でよく座っていた廊下だ。
 私は湊の服装を見て首を傾げた。いつもよりかしこまった格好をしている。
 Vネックのシャツに紺のブレザーを合わせている。法衣もいいけど、これもよく似合うなぁ。
 私はまたも見惚れている自分に気づいて慌てて前を向いた。

「湊、いつもと感じが違うね。さくら祭りだったから?」

「あ、ーーいえ」
 
 なぜか少しぎこちなく答えて、湊はブレザーの襟をなんとなく正した。

「……今日は本当にすいませんでした。結局こんな時間になってしまって」

 申し訳なさそうに謝る湊に私は首を横に振った。

「ううん。最初は残念だったけど良いもの見れちゃった。……カッコよかったよ!」

「え……ありがとうございます」

 湊は驚いた顔をした。

「湊のことカッコイイと騒いでる人達もいたわ」

 口に出してみて自分のふてくされた言い方に驚いた。私、もしかして嫉妬してた……?

「え。それは……光栄です。でも」

「?」

 それきり黙ってしまった湊を振り返って驚いた。耳まで赤くなっている。

「湊!?」

「あ、すいません。光栄ですが、……あなたに言われた方が何倍も嬉しくて」

「ーー……湊ったら」

 急におかしくなってきて私はクスクス笑ってしまった。さっき見た湊は立派な僧侶でまるで違う世界の人みたいだったのに。
 こうして話すとやっぱり湊は湊だ。

 心地よい風が満開の桜と私の長い髪を優しく揺らした。
 顔にかかる髪を耳にかけようとしたとき、湊がそっと私の髪を耳にかけた。
 そのまま私の頬に触れて真っ直ぐに私を見つめる。

「湊……?」

 その瞳があまりに真っ直ぐで私の胸はキュンとした。こんな湊の表情を見るのは初めてで、私も目をそらすことができなかった。

 しばらく二人は無言で見つめ合った。

「ーー私が今生も僧侶の道を選んだ理由は前に話しましたよね」

 静かに口を開いた湊。
 私は頷いた。

「人の心を救うために。道に迷ってしまった人達の道しるべになるために」

 そう言った私の言葉に湊は微笑んで頷いた。

「あなたが管理栄養士の道を目指している理由をもう一度聞いてもいいですか?」

「人の体は食べたものでできているのよ。何をするにも健康が資本になる。でも世の中にはまともな食事を与えられていない子供たちがたくさんいるの」

 私は一度下を向いて自分の決意を確かめた。前世の記憶を取り戻してから、どうやったら人の幸せが守れるのか考えてきた。そして私が出した答えは。

「湊が人の心を救うなら、私は人の身体を守る。栄養学ならたくさんの人に知識を分けられるし、いつかは食事に困っている人達が集える場所を作りたいの!」

 拳を握りしめてつい熱弁してしまった私に
湊は優しく頷いた。

「医師ではなく管理栄養士を目指すと決めた時の気持ちは変わっていないようですね」

 そうなのだ。人の命を救うなら医師を目指すべきだと悩んだ。
 けれど私が本当に目指したいのは一人寂しく食事をとっていたり、バランスの悪い食事ばかりで健康維持が難しい人達が元気になり、笑顔になれること。
 大人も子供も分け隔てなくあたたかな気持ちになれること。

「うん」

 頷いた私の手をとって湊は立ち上がった。
 私も立ち上がる。

「ーー今年も見事に咲きましたね」

「そうね……」

 今ではすっかり大木となったかつての若木は降り注ぐほどの桜を咲かせて穏やかな風に揺れている。
 ヒラヒラと舞い落ちる桜の花びらのなか、私たちはしばらく無言でそれぞれの想いに浸った。

 そのとき。
 
 私の手を握る湊の手に力が入った。それに気づいて私は湊を見上げた。
 私を見下ろす湊は緊張で少し強張っていた。湊の熱を帯びた瞳に私の心臓は急に早鐘を打ち始めた。

 ーーえ?なに……?

「……今日、あなたに伝えたいことがあります」
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