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【第7章】『狙われた婚約者』
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昼下がりの中庭は、春の陽気に包まれていた。
白いテーブルクロスがかけられたランチテーブルの一角――そこに、彼らの姿があった。
ユリウス殿下。
その隣にはルルナ嬢。
そして、カイルとノエルまでもが、まるで自然な顔で並んでいた。
私はそれを、離れたベンチから静かに見ていた。
声をかけるつもりはなかった。けれど、なぜか足は止まってしまった。
(……殿下と、お昼を一緒に……)
そういえば、私から誘ったことも、誘われたこともなかった。
それが当たり前だと思っていた。
けれど――
ほんの少しだけ、胸がチクリとした。
「姉上、嫉妬は断罪フラグの第一歩でござる」
横からレオが真顔で囁く。
「……違うわよ。ただ、少し驚いただけ」
「それはつまり、“ほんの少しだけ不安”という、婚約者あるあるルート突入でござるな」
「もう、うるさい……」
けれど本当に、少しだけ――私は、気になってしまったのだ。
---
その数時間前。
ルルナは、カイルとノエルをテラスへと呼び止めていた。
「ねぇ、カイル様、ノエル様。今日のランチ……ユリウス様、おひとりなのかなぁ?」
「うん? たぶん空いてると思うけど……なんで?」とカイル。
ルルナは手を組んで、小首をかしげて見せた。
「だってぇ、王子様って……素敵じゃない?
せっかくの学園生活、きらきらした時間にしたいの。私、もっと仲良くなりたいなって」
ノエルがふっと笑う。
「ふふ。大胆だね。じゃあ、僕が声かけてみようか?」
「ほんとぉ? ありがとうノエル様!」
「オレも行く!」とカイルも張り切る。
10分後――
「取れたぞルルナ!」
「うまくいったね、君の笑顔のおかげかも」
ルルナは、ぱぁっと輝いた笑顔で跳ねるように喜んだ。
---
そして、今。
ランチテーブルで――
「ユリウス様ぁ~」
ルルナは甘ったるい声でスプーンを置き、突然切り出した。
「セレナ様って、婚約者さんですよねぇ? でも……あんまり殿下と一緒にランチとかしてるの、見たことなくて……」
ユリウスは静かに頷いた。
「たしかに、そういう機会はあまりなかったな」
ルルナが、あざとく口を尖らせる。
「え~! それって、やっぱり政略結婚だからぁ?
なんだか……愛がないみたいで、さびしいなぁ~」
くるんと巻かれたピンクの髪が揺れる。
「やっぱり……貴族って、大変なんですね。
私だったら、愛のある結婚がしたいなぁ……」
カイルが無邪気に笑う。
「ルルナって、本当に優しいよな!」
ノエルは紅茶のカップを傾けながら、何かを見透かしたように微笑んだ。
ルルナはさらに続けた。
「それに、セレナ様って――婚約者失格だと思います!ぷんすこ!」
……その瞬間。
私の心に、静かに波が立った。
(……私のことを――“失格”って……?)
けれど、何も言えなかった。
彼女が何気ない笑顔で“無邪気に”言ったからこそ――
その棘が、余計に深く刺さった気がした。
カイルが勢いよく身を乗り出した。
「ルルナの言う通りだと思うぜ!
セレナ嬢は、もちろん完璧な淑女だけど……でも、なんていうか……ちょっと堅苦しいっていうか……」
「カイル?」
「そ、その点! ルルナはもっとこう、柔らかくて! 癒される感じで!
殿下も、ルルナみたいな子が婚約者なら、もっと気が休まるんじゃないかなって!」
彼は照れ笑いを浮かべながらも、ルルナに向けて親指を立てた。
「オレはそう思うぞ! ルルナ最高!」
ルルナはぱちぱちと瞬きをし、頬を染めてにこっと笑う。
「えへへ、ありがとうございますカイル様ぁ~」
ノエルは紅茶をゆっくり口に含みながら、微笑を浮かべた。
「うん。ルルナ嬢って、たしかに可愛いよね。
僕たち貴族の娘たちって、どうしても“立場”とか“役目”とかを気にしすぎるから――
そういう風にまっすぐな子は……ま、僕は嫌いじゃないな」
彼はいたずらっぽくウィンクし、ルルナを軽くからかうように微笑んだ。
「えへへ~、ノエル様ったら~」
ルルナは両手で顔を隠すふりをしながらも、満更でもなさそうだった。
その光景はまるで、彼女がこの場の中心であるかのようで――
王太子・ユリウスですら、それを咎めることはしなかった。
---
ユリウス、カイル、ノエル、ルルナの笑顔が遠ざかっていく。
木陰からその様子を見守っていた私は、そっと拳を握った。
何もしていない。
ただ、見守っていただけ。
でも――
「姉上、これはいよいよ由々しき事態でござる」
レオの声が、重く低く響いた。
「……わかってるわ。私、何もしてないのに、悪く言われかけてる。
あの子たち、ほんの少しの言葉で、私を『感じの悪い婚約者』に仕立て上げようとしてる」
声が震えるのを、自分でも感じた。
レオは、眉間にしわを寄せながら畳みかけた。
「ユリウス殿下の“無反応”は危険信号でござる。
肯定も否定もしない中立は、もっとも“印象操作に弱い”状態。
そこに、カイル殿の『癒され婚約者論』がぶっ刺さり、
ノエル殿の“褒め言葉だけの回避”で追撃。これは――」
「これは……」
「これは、“まだ何もしてない悪役令嬢ポジション”でござるぅぅぅぅ!!」
「叫ばないの」
レオは顔を覆って呻いた。
「これは緊急事態。姉上の株価が暴落中。地に落ちる前に買い支えをしなければ……」
「どうすればいいの……? フラグを避けるだけじゃ、もう足りないのね」
「そう。これからは“能動的イメージ戦略”に移行する時でござる!」
「イメージ戦略……?」
「好感度を稼ぐでござる! 真の“公爵令嬢”の器とは、こうだ! というシーンを世間に刻み込むのだ!
優しさ! 礼儀! 知性! 威厳! それでいて庶民にも寛容! 完璧なるヒロイン対抗軸でござる!」
「わかったわ。やってみる」
私は小さく頷いた。
このまま、何もせず“悪役扱い”されるなんて――絶対にイヤ。
私はただ、正しくありたいだけ。
それだけなのに――
だからこそ、私なりのやり方で、戦う。
「レオ」
「なんでござるか、姉上」
「……ありがとう」
「デュフ……姉上が素直にお礼を……拙者、感涙でござる……」
次に来る波を、迎え撃つ準備はできている。
そう、これは“断罪回避”から“断罪返し”への序章。
悪役なんて――私には似合わない。
白いテーブルクロスがかけられたランチテーブルの一角――そこに、彼らの姿があった。
ユリウス殿下。
その隣にはルルナ嬢。
そして、カイルとノエルまでもが、まるで自然な顔で並んでいた。
私はそれを、離れたベンチから静かに見ていた。
声をかけるつもりはなかった。けれど、なぜか足は止まってしまった。
(……殿下と、お昼を一緒に……)
そういえば、私から誘ったことも、誘われたこともなかった。
それが当たり前だと思っていた。
けれど――
ほんの少しだけ、胸がチクリとした。
「姉上、嫉妬は断罪フラグの第一歩でござる」
横からレオが真顔で囁く。
「……違うわよ。ただ、少し驚いただけ」
「それはつまり、“ほんの少しだけ不安”という、婚約者あるあるルート突入でござるな」
「もう、うるさい……」
けれど本当に、少しだけ――私は、気になってしまったのだ。
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その数時間前。
ルルナは、カイルとノエルをテラスへと呼び止めていた。
「ねぇ、カイル様、ノエル様。今日のランチ……ユリウス様、おひとりなのかなぁ?」
「うん? たぶん空いてると思うけど……なんで?」とカイル。
ルルナは手を組んで、小首をかしげて見せた。
「だってぇ、王子様って……素敵じゃない?
せっかくの学園生活、きらきらした時間にしたいの。私、もっと仲良くなりたいなって」
ノエルがふっと笑う。
「ふふ。大胆だね。じゃあ、僕が声かけてみようか?」
「ほんとぉ? ありがとうノエル様!」
「オレも行く!」とカイルも張り切る。
10分後――
「取れたぞルルナ!」
「うまくいったね、君の笑顔のおかげかも」
ルルナは、ぱぁっと輝いた笑顔で跳ねるように喜んだ。
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そして、今。
ランチテーブルで――
「ユリウス様ぁ~」
ルルナは甘ったるい声でスプーンを置き、突然切り出した。
「セレナ様って、婚約者さんですよねぇ? でも……あんまり殿下と一緒にランチとかしてるの、見たことなくて……」
ユリウスは静かに頷いた。
「たしかに、そういう機会はあまりなかったな」
ルルナが、あざとく口を尖らせる。
「え~! それって、やっぱり政略結婚だからぁ?
なんだか……愛がないみたいで、さびしいなぁ~」
くるんと巻かれたピンクの髪が揺れる。
「やっぱり……貴族って、大変なんですね。
私だったら、愛のある結婚がしたいなぁ……」
カイルが無邪気に笑う。
「ルルナって、本当に優しいよな!」
ノエルは紅茶のカップを傾けながら、何かを見透かしたように微笑んだ。
ルルナはさらに続けた。
「それに、セレナ様って――婚約者失格だと思います!ぷんすこ!」
……その瞬間。
私の心に、静かに波が立った。
(……私のことを――“失格”って……?)
けれど、何も言えなかった。
彼女が何気ない笑顔で“無邪気に”言ったからこそ――
その棘が、余計に深く刺さった気がした。
カイルが勢いよく身を乗り出した。
「ルルナの言う通りだと思うぜ!
セレナ嬢は、もちろん完璧な淑女だけど……でも、なんていうか……ちょっと堅苦しいっていうか……」
「カイル?」
「そ、その点! ルルナはもっとこう、柔らかくて! 癒される感じで!
殿下も、ルルナみたいな子が婚約者なら、もっと気が休まるんじゃないかなって!」
彼は照れ笑いを浮かべながらも、ルルナに向けて親指を立てた。
「オレはそう思うぞ! ルルナ最高!」
ルルナはぱちぱちと瞬きをし、頬を染めてにこっと笑う。
「えへへ、ありがとうございますカイル様ぁ~」
ノエルは紅茶をゆっくり口に含みながら、微笑を浮かべた。
「うん。ルルナ嬢って、たしかに可愛いよね。
僕たち貴族の娘たちって、どうしても“立場”とか“役目”とかを気にしすぎるから――
そういう風にまっすぐな子は……ま、僕は嫌いじゃないな」
彼はいたずらっぽくウィンクし、ルルナを軽くからかうように微笑んだ。
「えへへ~、ノエル様ったら~」
ルルナは両手で顔を隠すふりをしながらも、満更でもなさそうだった。
その光景はまるで、彼女がこの場の中心であるかのようで――
王太子・ユリウスですら、それを咎めることはしなかった。
---
ユリウス、カイル、ノエル、ルルナの笑顔が遠ざかっていく。
木陰からその様子を見守っていた私は、そっと拳を握った。
何もしていない。
ただ、見守っていただけ。
でも――
「姉上、これはいよいよ由々しき事態でござる」
レオの声が、重く低く響いた。
「……わかってるわ。私、何もしてないのに、悪く言われかけてる。
あの子たち、ほんの少しの言葉で、私を『感じの悪い婚約者』に仕立て上げようとしてる」
声が震えるのを、自分でも感じた。
レオは、眉間にしわを寄せながら畳みかけた。
「ユリウス殿下の“無反応”は危険信号でござる。
肯定も否定もしない中立は、もっとも“印象操作に弱い”状態。
そこに、カイル殿の『癒され婚約者論』がぶっ刺さり、
ノエル殿の“褒め言葉だけの回避”で追撃。これは――」
「これは……」
「これは、“まだ何もしてない悪役令嬢ポジション”でござるぅぅぅぅ!!」
「叫ばないの」
レオは顔を覆って呻いた。
「これは緊急事態。姉上の株価が暴落中。地に落ちる前に買い支えをしなければ……」
「どうすればいいの……? フラグを避けるだけじゃ、もう足りないのね」
「そう。これからは“能動的イメージ戦略”に移行する時でござる!」
「イメージ戦略……?」
「好感度を稼ぐでござる! 真の“公爵令嬢”の器とは、こうだ! というシーンを世間に刻み込むのだ!
優しさ! 礼儀! 知性! 威厳! それでいて庶民にも寛容! 完璧なるヒロイン対抗軸でござる!」
「わかったわ。やってみる」
私は小さく頷いた。
このまま、何もせず“悪役扱い”されるなんて――絶対にイヤ。
私はただ、正しくありたいだけ。
それだけなのに――
だからこそ、私なりのやり方で、戦う。
「レオ」
「なんでござるか、姉上」
「……ありがとう」
「デュフ……姉上が素直にお礼を……拙者、感涙でござる……」
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