姉上、それは悪役令嬢まっしぐらですぞ! ~悪役ルートは拙者が全力回避いたす~

ゴンザレスゴルゴンゾーラ

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【第8章】『笑顔の裏に牙を隠して』

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放課後の廊下。
セレナは資料を手に、学園執務室の端に設けられた作業机でユリウスとの面会に備えていた。

机上にはスケジュール帳と提出書類。
真面目な顔で整理をしているその時――

「セレナ様あぁっ!!」

突如、響き渡る声に、手が止まった。
振り向けば、廊下の奥から駆け込んできたのは、例のピンク髪の少女――ルルナ。

「ご、ごめんなさいっ……! 私……怒らせちゃったよね……!」
声は震えていたが、教室にいた生徒たちにも十分に届く大声だった。

「……は?」
セレナは目を瞬かせた。

「ユリウス様と……最近、仲良くしていただいてて……!
でもっ……私、平民の出なのに……! セレナ様の婚約者に……馴れ馴れしくして……生意気って、思ってますよね!?」

「……そんなこと――」
「だって! いつも睨んでくるじゃないですかあああっ!!」

瞬間、周囲にいた生徒たちがざわめいた。

「えっ、セレナ様、そんな怖い顔してたの……?」
「たしかに、あんまり笑わないわよね……」

セレナは、完全に面食らっていた。
何か言おうと口を開いたものの、ヒロインの泣きそうな顔と震える声に飲まれて、言葉が出てこない。

――あの子、本当に泣きそう。
――セレナ様って冷たかったのかも。

勝手な“印象”が、静かに、しかし確実に波紋のように広がっていく。

「私……ごめんなさい……もう……ご迷惑はかけませんから……」
ルルナは涙をにじませ、走り去っていった。

取り残されたセレナの手元には、落ちた書類と……冷たい視線。

――しまった、と思ったときには遅かった。
静かなはずの廊下に、ざわざわと空気が揺れる。

「何の騒ぎだ?」

低く、よく通る声。
歩いてきたのは――ユリウス殿下だった。

セレナは一歩前に出ようとした。
状況を説明しなければ、と。

「殿下、あの、これは――」
「私がっ……私がセレナ様を怒らせたんですぅっ!」

またしても、ルルナの声が彼女を遮った。

「私が、庶民のくせに……婚約者様に馴れ馴れしくして……
セレナ様にとっては、きっとすごく不快だったはずで……! 本当に、ごめんなさいぃ……!」

ユリウスは静かに目を細めた。
しばし場を見渡し、やがて落ち着いた口調で言う。

「……わかった。詳しいことは後にしよう。
ここにいた皆も、騒ぎを大きくしないように頼む」

その一言で場が収まり、学生たちは散っていった。

ルルナは、またしても涙を浮かべたまま、そそくさとその場を後にした。
セレナは、その背をただ見送るしかなかった。


---

「……甘かったわ。気を付けていたつもりだったのに」
その夜、セレナはレオに報告していた。

「姉上、これは“フラグ回避”のフェーズを超えたでござる。
もはや“濡れ衣断罪フラグ”へのカウントダウンが始まっているのだ」
「……そうね。本当に、あの子……私を“悪役”に仕立てたいのかもしれない」



----
昼の学園食堂。
生徒たちの談笑が混ざる、いつも通りのにぎやかな空間。

セレナは中央のテーブルに静かに座り、スープを口に運ぼうとした――その瞬間だった。

「きゃあああっ!!」

乾いた音とともに、トレーが宙を舞う。
スープとパンが宙を散り、次の瞬間、目の前の床に崩れ落ちるピンク色の影。

ルルナだった。
セレナの真正面、わざわざぶつかるかのような距離で転んでいた。

(また……)

一瞬、背筋に冷たいものが走る。
周囲の視線が、音よりも速く集まってくる。

セレナは警戒しつつも、立ち上がった。
この状況で、無視はできない――そう判断したからだ。

「大丈夫? 気をつけてね。……滑りやすかったかしら」
手を差し出す。

ルルナが顔を上げた――その瞬間。

「ルルナっ! 大丈夫かっ!?」

割り込むように駆け寄ってきたのは、カイル。
ルルナの手を取り、セレナの差し出した手を遮るような形になる。

「……って、まさか……セレナ嬢、今……」
「ち、違うわ。私はただ……」
「今の、足、かけたんじゃ……っ!」

「ねえ?ルルナさん? 私、あなたに何か……」

しかし、ルルナはぶるぶると首を振り、手で涙をぬぐいながら叫んだ。

「ち、ちがいます! 私が……私が悪いんですぅ~! 足元が見えてなくて……セレナ様のせいじゃ……ないです……っ!」

だが、そのわりに彼女は――セレナの無実をはっきりと「証言」しなかった。
その曖昧な態度が、“逆に怪しい”と錯覚させるには十分だった。

まわりの視線が、再び冷たく変わる。

「ルルナは優しいから、庇ってるんじゃ……」
「セレナ様、わざとじゃないにしても……あの距離で何もできなかったの?」

(どうして……私はただ助けようとしただけなのに……)

「セレナ嬢、俺、正義は見逃せない性分なんで。
今後、こういうことが続くようなら、オレが止めるからな」

カイルはそう言い残し、ルルナの肩を支えながら、彼女を食堂から連れ出していった。

セレナは、ただそこに立ち尽くすしかなかった。



その日の夕方。
セレナは、庭園の片隅にいたレオを見つけると、小走りで駆け寄った。

「レオ……また、やられたわ」
「また……でござるか」
レオはゆっくり顔を上げ、姉の表情を一目見て状況を察した。

「食堂でね。私の目の前で転んで、スープをぶちまけて、
私が足をかけたように……誤解されたの」
「拙者の耳が正しければ、それは“事故装った当たり屋”というやつでござるな……」
「……しかも本人は“私が悪いんですぅ”って泣きながら否定するけど、
まわりには、まるで私が“庇われている”ように見える形で」
「悪質でござる。天然を装った社会的地位破壊系ヒロイン……恐るべし」

セレナはため息をついた。
「正直……もう何も言わずに距離を置くしかないのかもしれない。
でも、それじゃ誤解は解けないし……」

レオは腕を組み、真剣な表情になった。

「姉上、ここに至って、拙者の中で一つの結論が出たでござる」
「なに?」
「“もはやこれは断罪ルート回避ではない。逆断罪返しルートの構築である”でござる」
「逆断罪返し……」
「つまり、これ以上“防御”しているだけでは、印象は変わらない。
ここからは“証拠と証言”を集め、周囲の誤解を解く【証明パート】が必要でござる」
「証明……どうやって?」
「まずは、セレナ嬢の“庶民にも公平に接している姿”を見せつけ、
それを“第三者”に見せるでござる。そして徐々に、“ヒロインの矛盾”を外堀から埋めるのだ」

セレナはふっと笑った。
「あなた、本当にゲームのキャラみたいね」
「ふふふ……拙者、もはや世界のルールと戦っているでござるゆえ」
「……でも、ありがとう。もう少し、頑張ってみる」
「拙者、姉上が“悪役令嬢”になる姿など見とうござらぬ」
「……ありがとう。私も、自分を曲げたくないの」

日が沈みかける学園の庭で、
双子は小さく、でも確かに決意を交わした。

――この戦いは、まだ終わらない。
でももう、ただ逃げるだけじゃない。

セレナは、正しさを守るために戦うのだ。
“笑顔の裏の牙”に、負けないために。

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