姉上、それは悪役令嬢まっしぐらですぞ！ ～悪役ルートは拙者が全力回避いたす～

【番外編・序章】『お父様が寝込みました』

「……お父様が……寝込まれましたわ」

朝のティータイム。優雅にスコーンをほおばっていたセレナは、
ため息混じりにそう呟いた。

「え？父上が？」
レオが驚いたように顔を上げる。
セレナはじと目で弟を見た。

「原因は……あなたよ、レオナルド」

「えぇっ！？ 拙者なにかしたでござるか！？ また寝言でスライムと結婚したいとか叫んだのか！？」

「違うわよ！！」

セレナは思わずテーブルを叩いた。
そして数秒、深く深呼吸したあと、言った。

「お父様に、“レオの将来が心配です”って相談されたの。
それで……わたし、ついうっかり、あなたが“二次元の嫁をもらう”って言ってたことを話しちゃったのよ……」

沈黙。

レオは……顔を輝かせた。

「ふおおおおお！ ついに父上にも拙者の信念が伝わったのでござるな！！」

「寝込んだのよ！！！」


そう、セレナの父であり公爵家当主たる彼は、
我が息子が“二次元と婚姻予定”と聞かされた瞬間、青ざめ、静かに布団へ入っていかれた。

「レオ。お願いだから……もうちょっと、ちゃんとして。
いい加減、現実の世界にも目を向けて。三次元のお嫁さん、探しなさい」

「む、無理でござる……拙者の心はすでに“ツインテールの戦場を駆ける金髪の戦乙女”に捧げられておるゆえ……」

「はあぁ……（もうだめかも）」



「レオ……
春から新入生が入ってくるでしょ？ 可愛い子がいるかもしれないわよ？」

セレナの提案に、レオはゆっくりと首を振った。

「姉上、拙者はもう……現実世界に幻想など抱いておりませぬ。
理想の“ツインテール勇者っ娘”など、この三次元に実在するはずがない……。
あれは拙者が一生追い続ける夢、“概念”なのです……！」

「……」

「拙者はこの身に妥協を許さぬ！ 理想を信じ、二次元を貫くのでござるぅぅぅっ！」

（……それで将来どうする気なのよ……）

セレナが再び深いため息をついたその頃――

学院の門の向こうに、一人の少女が現れようとしていた。

しなやかな姿勢、気品のある微笑み。
そして、奇跡のように、両肩に揺れる金のツインテール。

マリエッタ・ルシアン。
この世界に存在するはずがない“理想の勇者”は――なぜか、今ここに現れた。

それは、信じぬ者にほど鮮烈な“運命の出会い”だった。

――そして、マリエッタの計画もまた、静かに幕を開けたのだった。