死んだ転生者。と、そのあとで。

イナミ

文字の大きさ
1 / 1

死んだ転生者。と、そのあとで。

しおりを挟む

目が合ってしまった。
嘘だろ。と、調停者ジドウは想った。
なぜ目が合うのか。
その老人は家族全員に見守られて、今まさに天の国へ行くというのに。
なぜジドウの存在に気づけてしまったのか。
「どこでミスをした?」



調停者ジドウには主人公の行く末を確認する義務がある。

ここには未来や過去などと言われるものはまったく無いが、ごく稀に、時間軸とやらを勝手に持ち込み起動させてしまうのがいる。




揺蕩い微睡み異界の狭間。
3千世界と称されていた事もある亜生空異間。
何事もなく有意義に過ぎゆくばかりのはずだった。
ある日。転生悪役令息がここに無断で世界を創設してしまうまでは。

見事に創り出されてゆく主人公が生きる為だけの世界。
歴戦の神々にも劣らない、揺るぎのない設定事項。と裏設定。
と。さらなる真実を示す回路。

神々がこれまで人間に対して行っていたであろう数々の所業を見事に模倣していた。


主人公は、愛した者を救いたいが為に世界をも創った。
本来の生きるべき世界と自分の命を生け贄、にして。

物語というのは、魂が宿りやすい。
例えそれが人間が作った物だとしても。


見事だ。と、ジドウは想う。
自意識を超越し、深層深部の無意識内で創設された唯の自慰世界とはいえ、中々に侮れない。
こうして調停者ジドウの管轄世界にまで触れて来た。
そうでなければ塵や芥にすら成れず、空気の糧にすらも成れてはいない。



主人公が恋したのは、自分と同じ性を持つ不幸な境遇を設定づけられた、小説の脇役の少年だった。
自分がその小説の世界に入れたなら、その少年を無惨に死なせはしないのに。

主人公は働いている日々の重労働に悲鳴を上げそうだった。

学生の頃に夢中になって読んでいた小説を手離せずにいた。
小説の中の脇役の少年に心を奪われた。
たかが小説だと自分に言い聞かせていた。

紙の中の文字に何をしているのかと。


自分を戒め、目の前の現実に真摯に向き合い、なんとか生きて来た。


女性を、恋愛対象とはどうしても見れない。
それも原因の1つに含まれ、家族の中が上手くいかない事。

家族の中で主人公だけが頭が悪いと母親に罵られ、どこかで取り替えられた?と、冗談には聞こえない嘲笑を浴びせられる。
父親に愛人はいなかったが仕事が本命らしく、あまり家には戻らない。
年の近い姉がいたが頭の良さは母親似で、父親からも信頼されていた。
2人っきりの姉弟だったが、仲が悪いわけでも良いわけでもなかった。


母親の希望する大学に行けないんだから他の大学に行ってもムダ、と罵倒され。
高卒である事は別になんともないが、母親の容赦の無い言葉が主人公を追い詰めていく。


小説の中の少年だけが、主人公の生き甲斐だった。


高校の卒業と同時に、苦い想いしか刻まれて来なかった辛い家を去る。

貧乏な生活を抱えながらの重労働と残業をこなしていた。


母親の暴言で死ねる、とまで想っていたが。
大人が生きている世間はもっと切実だと解る。
母親の言葉の暴力は、ぬるかった、と。


お金が減っていく。
貯蓄になんて余裕も無い。
切り詰めるのは食料。


ある冬の夜の、重い残業と前方を塞ぐ冷たい雪を掻き分ける帰り道の交通事故、と自分の死。

持っていた鞄に血飛沫に染まってゆく雪。
固い雪道へと鞄から滑り出た持ち物の中に、少年がいる小説が、御守りの様にカバーをかけられていた。
角がまるくなり薄汚れていた。
それらは更に激しく降り始めた雪に、頑丈なタイヤに引き裂かれた主人公の上下の死体と共に、白に朱色に、覆われていく。


主人公は前に新しく買い直そうとしていた。
大人気作品だった。古本屋には何冊もの新品同様に綺麗にされ、その小説が積まれていた。

初版本が高値で売られていたが。
手に取るのを辞めた。
自分には、今も持ち続けているこの本。この本。だけなのだ。
それ以外は別のモノ。

この本の。
この小説の文字の中にいる少年こそが。自分が恋した少年なのだと。
主人公は買い替えるのを辞めた。




小説の世界に転生するとは主人公は想っていなかった。

けれど想像はしていた。
どうやったら少年を助けられるのか。

残忍な殺人手段。

どうして少年が殺されなければならないのか。
ずうっと考えていた。
少年が生きられる道筋を。

小説の主人公に出会わなければ?
それだと物語が始まらない。
あの部屋に誘導されなければ?
外の裏路地で惨殺死体になる。
小説の主人公の恋人の腹違いの弟でなかったら。
王都に潜む暗殺集団の若い捨て駒として死ぬ。
何通りも考える生き延びる方法。
小説のエンディングを変えないで少年を助けるには。
エンディングは、変えていいのか?

小説の重要な部分を齟齬なく活かし、少年を違和感なく生かせてあげたい。
トンデモ裏ワザは小説の雰囲気を壊す。

どう巡ってもどう考えてもたどり着けない。少年を死なせない結末に。
原作改変は悪だとわかっている。
わかっているが少年を残酷な運命から助けてあげたかった。




行動を共にしている元御使いのガゼボウは、調停者ジドウに進言する。
「人間に肩入れするな」と。
「はぁ?」
面白そうだから外側から見物していただけであって、何かをしてやろうなんて想ってもいない。
何を言い出すんだこの元御使い崩れは。
神が与えた静謐で完璧である自身の顔をジドウは歪ませる。


ジドウは神の御手により生まれた。
多種多様にして変容、変貌、幾多もある亜生空異間の、とある辺境の調停者として。
その体は、神が源初にて造られた人間。の形をしていたが、ジドウはあまり好きではない。
せっかく造って下さった体だが縁起が悪い。生まれて間もなく神を裏切り、最期の審判の日までをも神を裏切った。人間種族。

神が出来の悪い我が子に甘くなってしまうのは微笑ましくて良いと想わなくもないのだが。その余波がジドウにまで来るのは避けたい。
ジドウは獣人の体が好みなのだ。
特定の種族などはないが、鱗や羽毛、背鰭、長い耳、短い尻尾、尖って並ぶ歯、鉤爪、両翼。好みを追求するとキメラ化になってしまうのを、ガゼボウに指摘されて以来、口にするのをやめている。


ジドウは、ガゼボウの泥の体を見て想う。
俺の好みについて言う前に、その泥の体を何とも想わないのかと。
種族以前の問題だ。
神が手を抜いたとは考えないが、全身鉛色の泥の体との会話は複雑な気分にさせる。
元、御使いとはいえ人間の体を持っていただろうに。記憶は消されてはいないと言っていたが、御使いの時の事を聞いても頑なとして答えてはくれない。 
神との重い誓約を交わしている。
少しくらいの寝物語としても駄目らしい。
真面目。神に対して誠実。
とは、調停者ジドウは捉えない。
勿体振っている。
自分の優秀さを敢えて言わない事でアピールしているとしか感じない。
ガゼボウとの、これまでの数少ない会話からでも察せられる思慮深さと炯眼。


けれど、泥の体に堕とされるほどの罰とは?
何をやらかして、何をしでかしたらそうなる?
レテの河へと、思いっきり稚魚の如くに放流された方がまだ良かっただろうに。



転生悪役令息について意見を聞いても興味なさげな元御使いガゼボウ。
懐かしいはずの人間種族に対して冷静だ。

この儚くも強く色鮮やかで悲しくも頼もしい未来を観せてくれた主人公の異世界に、何の感慨も湧か無いようだ。

それよりも亜生空異間への影響の方をとても心配している。
何処かにヒビ割れは無いか。
闇々に怪しい変化は無いか。
星々に欠けた所は無いか。
他の空異間との狭間は保たれているか。

この所、巡回ばかりしている。
そこまでしなくても異常があればジドウにはすぐ通じると、ガゼボウに言ってはいるが安心は出来ないらしい。

気が済むまでやってろ、と、ジドウは就寝する事にした。


調停者ジドウにとって睡眠は必要ではない。
必要ではないが興味はあった。
たまに人間界を覗いた時、闇の時刻になったら眠る人間を見て、どんなものなのだろうかと。

獣人も闇の時刻には眠りにつく種族はいるが、ジドウにとって毛皮も鱗もない人間が眠る姿はなんとも不安を掻き立てるものだった。
闇の時刻も起きていた方が身を守れる確率は上がるのに。


泥の体のガゼボウも就寝する様子を見せる時がある。
癖のようなものだと言った。
お前こそ全く必要ないだろう。とは言えなかった。
泥の顔は自分でも制御できない感情に覆われているように、見えたから。

眠りは、瞑想と似ているものなのだろうか。
ジドウは、煌めきが破てない闇間の星達を映していた瞳に、瞼をゆっくりと、淡く静かに閉じさせた。






神は調停者ジドウに人間の体を与えたが、詳細な説明などはなかった。
体を動かして機能を覚えなさい、との事らしい。

ジドウは少し面倒だと感じ、瞳と両手と頭、だけを使用していた。
体を動かそうとしなくても、頭で念じれば、この体は勝手に移動する。
人間の世界では、魔法、魔力、超能力、等と言われているものだ。

この体は2足で歩く構造をしている。
両手も使っての四つん這いの歩行は見栄えが悪いのでやめる様にと、神の言葉が頭に伝わる。
獣人として生んだわけではないのだから、と。
獣人は2足歩行も4足歩行どちらも可能だ。
2足歩行だけで生活をしている人間は何か損をしていると、ジドウは不憫に想う。
ジドウに人間種族の体を与えた神を、ちょっとだけ憾む。

ジドウに対する神の純粋な愛はいつも感じる。
優しく見守っていてくれているのは伝わるので、反発もしにくい。

神を困らせたくはないのだ。
人間の様に。





巡回から帰ったらしいガゼボウは調停者ジドウを見ると、異常はなかったと言い部屋に戻る。
ガゼボウの部屋はジドウの隣りにある。
なぜ隣り部屋にしたのかを、ガゼボウには絶対に聞かないと、自身に誓うジドウ。
神の了承を得てはいるのだろう。

そうでもなければ、ジドウは自身の能力を使い、はるか遠くの斜め向かいに変えたはずのガゼボウの部屋がまた、何事もなかったかの様にすぐ隣り部屋に戻ってしまっている、はずがない。


元御使いガゼボウは、調停者ジドウが自身の体に慣れた頃に、神よりこの亜生空異間に遣わされた。

1人で出来るのに。
調停者としてジドウを生んでくれた神に恩返しがしたいのに、1人で。

ガゼボウと共同で行わなければいけないのなら、神に褒められる事があってもそれはジドウにだけではなくガゼボウと共に、されるのだろう。

神を独占したかったが、神がジドウの為と想いガゼボウを遣わされたのに、要らない、とは言い出せない。

その様子を。ガゼボウは良く見知っているいつもの出来事の様に、宜しく頼む、と受け流している。
余計な言葉は重ねず、表情が読み取れない泥の顔をジドウに向け、泥の頭を下げた。

元御使いガゼボウはイヤな奴ではない。
ジドウが気に入っていない、だけだ。
神への連絡もこまめにしている。
つい忘れた事もあるジドウにとって、頭痛がしてくる案件だ。

神はお忙しい。
いつもジドウの亜生空異間におられるわけもない。
調停者ジドウとして生まれたばかりの頃は、いつも身近に神のお越しを感じられて嬉しかった。
もう大丈夫と考えられたのか、この空異間からお離れになったが。
神を恋しがるのをジドウ自身、止められない。
それを察知された神がガゼボウを派遣して下さったのか。
ジドウの好みではないが。




調停者は人間の世界を破滅へ向かわせない様に、行動する。

人間の世界は、生まれては破滅へ、また新たに生まれてはまた破滅へと、それを幾度も懲りる事なく繰り返しては進み、異空間をも巻き込んでもまだ飽きたらないらしい。この上なく傍迷惑な現象媒体として成り果てているのに尚も、のさばっている。

そのおかげで、平行世界や平行世界線という怪しげな物まで出て来てしまった。

調停者ジドウは、神に与えられた使命を迷わず遂行している。

人間の世界を破滅へと指揮主導している、愚鈍な者の命を取り上げる。
取り上げた命は神に返す。

人間の世界を造って下さった神に、人間はもう感謝の心を忘れている。

人間が生まれたのは、大自然が成せたほんの僅かの確率のおかげ、だと信仰を捨ててしまった。

神の御技は、人間が捻り出した化学とやら哲学とやら分析学とやらで解明され、証明もされたそうだ。
人間は神に頼らずとも赤ん坊を細胞から繁殖させられ、次世代が生きる惑星を探索し、住める環境へと変化させる術を、持ってしまった。

もはや人間にとっての神とは、都合の良い合言葉のように軽く扱われている。

ちょっと前まではあんなに激しく焦がれて憧れていたくせに。
なんて言う冒涜だ。

ジドウは自身の人間の体を見るたびに、神がまだ人間を見捨てていない事に瞳が潤んでくる。

それをいちいち気づくのがガゼボウだから、ジドウはガゼボウをイヤな奴だ、とますます想う。


調停者ジドウは、ガゼボウが来てからほとんどの事を任せている。有能だから。
もあるが、ジドウは人間の世界に関わるのが苦痛になり始めていた。

前なら獣人の世界に息抜きで行っていたのに、ガゼボウに止められた。
神にも咎められていないのに。

ジドウは分かり易く、ガゼボウとの距離を置いた。




そんな折にあの転生悪役令息の世界が展開され、ジドウは魅了された。

元御使いガゼボウは、良くない兆候だとすぐ気づきアドバイスをしたが、かえってそれがジドウの心に反発を覚えさせてしまった事を悔やむ。

ジドウ管轄の亜生空異間を隈無く巡回した。
全く異常が無い事が、ガゼボウをまた不安にさせる。

亜生空異間に遠慮なく蔓延る人間転生者の思念。
悪意がまったく皆無なのも又、厄介だった。


転生悪役令息とやらの生い立ちを最初から目撃してしまったジドウは、何もしないといいながらその異世界の行く末を安じていた。

それこそが、異世界に干渉している事になる。

あの人間の世界では、感情など微塵も出さず神の御意志のままに調停者として使命を遂行していたのに。

幼い箱庭のような異世界に興味を示すジドウを、ガゼボウは複雑な想いを否定はせず心にとどめ、静かに見守っていた。








転生悪役令息は、想いを寄せていた脇役の少年にすべてを話した。自分が転生者である事、少年を死から救ってあげられる事、小説の、結末を変えられる事。

少年は自分の死を変えて欲しいとは言わなかった。
転生悪役令息のプロポーズは受け取ってくれたが、明日の夜には惨殺死体となる事も受け入れていた。

君が長い間、僕なんかの事を考えてくれてたのが本当に嬉しいよ。

と、脇役の少年は言った。

生まれた場所もクソだったし、育った環境もクソだった。君の言ってた親ガチャは僕も大ハズレだった。
親友だと信頼していた奴も君の言った通りにやっぱりクソだった。
この体は数え切れないほど穢されたし、心も汚された。
悪い事は生きる為に何でもした。
人も殺した。
こんな僕は死んでいいと想ってた。
誰か殺してくれないかなあって想ってた。自死出来ないように魔力認証されてたから、君がそれを無効にしてくれて助かった。
これで誰か知らない奴に殺される前に
自死出来る。
本当は君に僕を殺して欲しいんだけど、まあムリだよね。

少年は笑顔だった。

最後の夜、転生悪役令息と少年は初めてお互いの体を愛しあった。心も赦しあった。尽きる事はない愛情だけが彼らを満たしていた。



次の日の夕食前に連絡があった。
少年は火の魔力を最大限に特化させ、自分自身を標的にし黒焦げの死体となって発見された、と。
少年の小指にさしたあの誓いの指輪は、少年を安らかな眠りへと誘ってくれているのを、転生悪役令息は信じて疑わない。


少年が生まれる前に転生していたかった。
少年がより良い環境で育つようにしたかった。


だがそれは叶わず。
少年を死へと向かわせる為のすべての準備が整った時に、転生悪役令息としての主人公が小説の世界に居た。

あの最後の夜、少年は言った。
自分の代わりの分までこの世界を楽しく生きて欲しいと。行ってみたかった場所に自分の代わりに行って欲しいと。
親身になってくれる義両親を大切にする事。
僕のような子供が生まれない世界にして欲しい、と。











老人と視線が合った事までは覚えている。
そのあと、どうなったのか。
泥の顔が間近にある。
なんだこの物体は。
言葉を話しているぞ。
ジドウは閉じてしまいそうになる意識を必死に止めようと思考を巡らせていた。


「気を失いかけているだけですよ、死にゆく分けじゃない」
転生悪役令息とやらが、老人ではなく若い姿で亜生空異間に現れていた。

例の少年も自死する前の姿で現れていて黒焦げではなかった。
「お礼を言いたかっただけなのに」と少年が続ける。

「礼などいらん。早く消えろ」

少年は更に続けた。
「調停者さんに伝えて欲しいんです。ありがとうって。調停者さんが僕らを応援してくれなかったらアイツらにあの世界をめちゃくちゃにされていた。本当にありがとうって」

あの幼い箱庭世界にも横ヤリを入れようとする暇な物好きはいるのか。

調停者ジドウは何もしていない。が。
気配を受け取れ、感じ取れる者は数は少ないが人間の世界にもいた。

調停者の光源は、悪の類いを弱体化させる。
調停者の意志とは関係なく。

それは神がコントロールしている。

調停者が自身の存在に疑問を持ち始め、神への信仰心に苦しみ、悩みの末に悪意を寄せ集めてしまい自身の光源で自死してしまわないように。


新しい調停者はジドウで最後にしたい、と、神は常々に想っておられる。

永きに渡って神を補佐して欲しいと望んでおられる。

その為にガゼボウを派遣された。

神に甘やかされてはいるが、信仰心に揺らぎは無いジドウ。


「天の国へ早く逝け」
ガゼボウは亜生空異間からの直通を彼らに示した。
2人は手をしっかりと同時に繋ぎ、楽しそうな後ろ姿をガゼボウに見せつけ馳けてゆく。



彼らの礼は神の御前にも届いている。

神は、ジドウに気づかれない様に彼らに御光を授けられた。


神もジドウの気まぐれに付き合わされ大変だ。そういえば善良な人間という者に久々に会ったな、とガゼボウは想った。

こういう出会いがあるから、神もジドウを甘やかしているのだろう。



ガゼボウを、泥の体、と想っているのはジドウだけ。

天の国に逝った2人は、ガゼボウを源初の人間の姿を纏う者と理解していた。

痩せ気味の堅そうな体は浅黒く、肌に残る傷は無い。話す相手を不審げに見返すのは長い年月をかけて凝り固まった癖だ。本人に悪気は露程も無い。
以前は黒髪だったが、いつからか白色になっていた。心当たりは2つあり、どちらを原因とするかで昔は悩んでいた。瞳も以前は黒色だったが、ある取り引きで盲目になった。銀色に変色したが見えてはいない。魔法で周囲の映像を脳内に送り誤認識させ、見えているように錯覚させた。



この姿で。新たな調停者となった愛おしい者に、会いたくはなかった。



ジドウの前世は、ガゼボウのパートナーだった。
永遠の愛を誓い合うが若くして亡くなってしまった。


ジドウが自身の前世を知る術は、とうに無い。

神によって、あらかじめ否と決定されていた。


例え奇跡的に、永遠と永久を同時周回し強い想いを交互に積み重ね、ジドウが前世を体得したとしても。
それらの結晶は神の御意向により無に帰される。




ガゼボウは今も御使いを続けている。

元御使いと称する身分擬装を行い、偽名の使用許可を更に条件に加えての派遣だった。

泥の体に見える様に。
ジドウに暗示をかけたのはガゼボウ。


前世のジドウが愛してくれた姿は、悉く奪われてしまった。

ジドウの側にはあの時のガゼボウの姿のままで、立っていたかった。













あの人の綺麗な長い黒髪を触っていいのは自分だけだ。
あの人の澄んだ黒瞳に映っていいのは自分だけだ。
どうして自分はあの人から離されてしまったのか。
誰もが口を噤んで話してくれない。
どこに行ってしまったのか、誰も教えてはくれない。

あの人が側に居ないと自分は生きてられない。
このままだと、あと数日の命しか持てないのだと。

あんなに何度も真剣に説明したのに、どうしてみんなで大爆笑なの?

魂の半分を共有してる。魂の番いだって、言ってるのに。

命の半分を共有してるって、言ってるのに。
あれほど説明したのに、、、、、。
なんでみんなまだ笑ってるの?







ジドウは嗅ぎ慣れない特殊異世界の空気に充てられ酔っていた。

誰かにゆったりと抱えられ、ジドウの部屋のベットの気配にたどり着いた。
誰が運んでくれたのか。ジドウは必死に確かめようと足掻いたが。

足掻いたように想っただけで、実際はガゼボウの腕の中にすんなりと収まっているだけだった。


狭い書庫の中へ無理にベットを設置した感があるジドウの部屋は、書籍の小山も其処彼処にあった。
書棚に入りそびれたもの達だ。

亜生空異間にある部屋は際限無く広大にもなれるのに、ジドウは小部屋を好んだ。

その方が落ち着いてしまうのだからしょうがない。

いつかガゼボウの部屋に内緒で入り込み悪戯をしてやろうと目論んでいる。

それがいつになるのか、見通しが立たないのがまた癪に障る。

いろんな感情がない混ぜになっていた。

これまで感じた事もない想いが湧き上がりそうになるが、いつの間にか消えている。
さっき迄、あの人の背中へと流れる黒髪と、白になっても変わらない滑らかな手触りを懐かしんでいたはずなのに。消えている。
そんな想いも、もう消えた。





ガゼボウは、今世のジドウが憂いなく過ごしてくれているのが嬉しかった。


前世のジドウは、周囲の罵詈雑言に晒されていた。

最下低級身分の為に、未来は制限されていた。

前世のジドウの顔、についての周囲の暴言は殊更に熾烈を増幅し極めていた。

生きていられる価値が見い出せない顔、と言われ。

顔がない方がまだましだ、と言われ。

御使いガゼボウが、前世のジドウの側に寄り添い始めると。

瞬時に騒音は無音と化した。





部屋の書棚は調停者ジドウが蒐集した獣人に関する書籍で埋まっていた。
どれだけ好きなのか。ついガゼボウは微笑む。

そして、あの転生悪役令息と少年が生きた小説が、この書棚に紛れ込んでいた。


ガゼボウがその小説を高段の端から手に取り開くと、急速に文字は列を構成するのを放棄し乱れをさらに加速回転させインクの色は透明さを増し続け、最後は無文字のまっさらな本、だけが残っていた。
背表紙のタイトルはもうなかった。



御使いの本。と言われるものがその昔にあった。
その本は意志を持っていた。
その行方は未だに誰にも知られてはいない。



その本をガゼボウは無視する事に決めた。
関わると碌な事にならないのは調停者ジドウで実証された。
いずれこの書棚から消え失せる。






歯軋りしそうな寝顔の調停者ジドウ。
御使いも、眠りは基本的に必要ない。

調停者ジドウの寝顔は面白くなりそうだからずっと見ていたい。

調停者ジドウの体は眠りに意向したらしい。
定速度の吐息がジドウの唇から聞こえてくる。

この愛おしい魂と今度こそ永遠に寄り添える。

ジドウに、不変の愛を今世でも重ねて誓う。

ガゼボウは、ジドウの息づく唇に、甘く蕩ける優しいキスを贈った。










しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

【完結】第三王子、ただいま輸送中。理由は多分、大臣です

ナポ
BL
ラクス王子、目覚めたら馬車の中。 理由は不明、手紙一通とパン一個。 どうやら「王宮の空気を乱したため、左遷」だそうです。 そんな理由でいいのか!? でもなぜか辺境での暮らしが思いのほか快適! 自由だし、食事は美味しいし、うるさい兄たちもいない! ……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 2025.4.28 ムーンライトノベルに投稿しました。

出戻り王子が幸せになるまで

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。 一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。 ※他サイトにも掲載しております。

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。 お話を追加いたしました。

処理中です...