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第1話 First Ignition ―魂の再起動―
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「全日本ロード・ジュニアGP、間もなくファイナルラップ!
新人・天城柊真、先頭との差は――わずか0.4秒!」
アナウンサーの声が、観客席の歓声にかき消される。
エンジンが咆哮する。轟音。
コースを舐めるタイヤの音が、まるで
風を切り裂く叫びのようだった。
——ただ、速く。
天城柊真は誰よりも速く在りたかった。
17歳。今日が待望のプロデビュー戦。
子どもの頃から夢見て、血の滲むような訓練を積んで、
ようやく掴んだスタートグリッド。
尊敬した父と同じサーキット。
そして、観客席には——。
(……あの子、またいるな)
スタンドの最前列。
ピットクルーの喧騒の奥、柊真はヘルメットの内側で
一瞬だけ視線を上げた。
同じくらいの歳の子だろうか。白いワンピースの少女が
両手を口元に添えて精一杯叫んでいた。
大音量で届く訳がないその声が、柊真には
不思議と聞こえた気がした。
『頑張って!』
……あの子。いつも応援に来てくれるんだよな。
俺がアマチュアの頃から、何故かずっと。
——いや、今は前だけ見ろ。
柊真は、再びスロットルを全開にする。
第1コーナーの進入。
速度、時速210。アウトから刺す。先頭のマシンの影が
一瞬だけ視界を横切る。
タイヤがアスファルトを噛む音が耳を裂く。
「行けぇぇッ!」
その瞬間——前方でスリップ。
柊真の前を走る、先頭のマシンが、コーナーの出口で
弾かれるように宙を舞った。
(ヤバい——)
咄嗟にハンドルを切る。
だが避けられない。
フロントが接触し、柊真の視界が裏返った。
柊真の身体は大きく回転し、宙を舞った。
空が、地面が、混ざり合う。
その一瞬、彼の目に映ったのは、
宙に浮かぶ“バイクの破片”が観客席へ飛ぶ軌道。
その軌道の先で——最前列で叫ぶ少女の姿が映った。
景色は驚くほどスローに進み、
風の中に彼女の瞳と、確かに重なる“音”があった。
——あ。
柊真の胸の奥で、何かが千切れる音がした。
銀色の機体が地面を滑り、火花が線を描く。
瞬間、視界の端で少女が崩れ落ちるのが見えた。
その腹部には、黒い突起が刺さっていた。
「……噓だ、やめろ」
伸ばした手は、ヘルメットの中で空を掴む。
その直後、柊真の身体にも衝撃が走る。
音が遠のく。視界が紅く染まり出す。
痛みさえも感じない、ただ、
世界が砂のように崩れ落ちていく。
音が消えた。
「……俺、死ぬのか。……まだ、走りたかったな。」
声は出ないが、その呟きを最後に天城柊真の意識は
静かに途切れた——。
……静かだ。
風も音もない、白い空間。
「……ここは、どこだ」
視界の果てまで、何もない。
ただ、空気のように漂う光の粒だけが、
彼の存在を包んでいた。
『天城 柊真。お前の“走り”はまだ終わっていない。』
「……誰だ」
『風の終わりを見届ける者。世界の創り手の一柱だ。』
「……何言ってるか分からないが、俺は死んだんだろ。」
『ああ。しかし、命は止まっても、お前の魂は止まらない。』
その声は優しくも冷たい。
「もう……いいんだ。バイクも、夢も、全部、
あのコースに置いてきた。」
「それに…」
白いワンピースの少女。彼女を最後に見た
光景が、脳裏に蘇る。
『では問おう。お前の“すべて”とは何だった?』
一拍の沈黙。
「……バイクだ。」
その言葉に、光が強く脈打つ。
「父さんみたいに——走るために生きてきた。
バイクに乗り、走る事が俺のすべてだった。」
『ならば——その魂、走りに宿せ。』
光が渦を巻き、黒銀の機体の形が現れる。
『その名は——ソウリス(Soulis)。』
眩い輝きの中、バイクのフレームが完成していく。
『魂を宿す刃。お前の走りを映す器。
それは、お前自身の延長だ。』
柊真は呆然と、その美しい機体を見つめた。
「……これが、俺の?」
『願いを賭ける世界がある。それは国同士の
覇権を懸けた“走り”の戦場だ。
勝者には、ひとつだけ“願い”が叶う。』
「願い……?」
『そう。お前が求めるなら、「あの事故の前に」
”戻ること”も可能だろう。』
呼吸が止まる。
——戻るだと。
あの瞬間、あの興奮へ。
……あの子の笑顔へ。
柊真は静かに口を開く。
「……俺は、もう一度走る。
失った俺の風を……取り戻す為に。」
『よかろう。』
光が収束し、ソウリスのエンジンが低く唸る。
『その名を呼ぶ時、お前の魂と機構はひとつになる。
走れ、天城 柊真。運命を変えてみせよ。』
——その言葉を聞いた瞬間、視界は明るくなり——、
その奥で“白いワンピースの少女”がこちらを見ていた。
風に髪を揺らし、微笑んでいる。あの時のように。
「……君は……」
手を伸ばす。
しかし、光の粒が彼女を包み込み、その姿は
ゆっくりと消えていった。
「……待って……!」
光が爆ぜた。眩しさが再び視界を奪う。
次の瞬間、視界が開ける。
眩しい陽光と、柔らかな草の感触が全身を包んでいた。
風。匂い。音。
全てが、現実のように鮮やかだ。
見上げれば、青空の下に無数の浮島が漂っている。
遠くには、子供の頃に物語で見るような城が——
「……ここは……」
そばには、黒銀のバイク。ソウリスと
呼ばれしバイクが在った。
風が優しく頬を撫でた。
そして、草原の向こうから微かに声がした。
『……ようこそ、”走者”の世界へ。』
——柊真の風は、再び走り出そうとしていた——。
新人・天城柊真、先頭との差は――わずか0.4秒!」
アナウンサーの声が、観客席の歓声にかき消される。
エンジンが咆哮する。轟音。
コースを舐めるタイヤの音が、まるで
風を切り裂く叫びのようだった。
——ただ、速く。
天城柊真は誰よりも速く在りたかった。
17歳。今日が待望のプロデビュー戦。
子どもの頃から夢見て、血の滲むような訓練を積んで、
ようやく掴んだスタートグリッド。
尊敬した父と同じサーキット。
そして、観客席には——。
(……あの子、またいるな)
スタンドの最前列。
ピットクルーの喧騒の奥、柊真はヘルメットの内側で
一瞬だけ視線を上げた。
同じくらいの歳の子だろうか。白いワンピースの少女が
両手を口元に添えて精一杯叫んでいた。
大音量で届く訳がないその声が、柊真には
不思議と聞こえた気がした。
『頑張って!』
……あの子。いつも応援に来てくれるんだよな。
俺がアマチュアの頃から、何故かずっと。
——いや、今は前だけ見ろ。
柊真は、再びスロットルを全開にする。
第1コーナーの進入。
速度、時速210。アウトから刺す。先頭のマシンの影が
一瞬だけ視界を横切る。
タイヤがアスファルトを噛む音が耳を裂く。
「行けぇぇッ!」
その瞬間——前方でスリップ。
柊真の前を走る、先頭のマシンが、コーナーの出口で
弾かれるように宙を舞った。
(ヤバい——)
咄嗟にハンドルを切る。
だが避けられない。
フロントが接触し、柊真の視界が裏返った。
柊真の身体は大きく回転し、宙を舞った。
空が、地面が、混ざり合う。
その一瞬、彼の目に映ったのは、
宙に浮かぶ“バイクの破片”が観客席へ飛ぶ軌道。
その軌道の先で——最前列で叫ぶ少女の姿が映った。
景色は驚くほどスローに進み、
風の中に彼女の瞳と、確かに重なる“音”があった。
——あ。
柊真の胸の奥で、何かが千切れる音がした。
銀色の機体が地面を滑り、火花が線を描く。
瞬間、視界の端で少女が崩れ落ちるのが見えた。
その腹部には、黒い突起が刺さっていた。
「……噓だ、やめろ」
伸ばした手は、ヘルメットの中で空を掴む。
その直後、柊真の身体にも衝撃が走る。
音が遠のく。視界が紅く染まり出す。
痛みさえも感じない、ただ、
世界が砂のように崩れ落ちていく。
音が消えた。
「……俺、死ぬのか。……まだ、走りたかったな。」
声は出ないが、その呟きを最後に天城柊真の意識は
静かに途切れた——。
……静かだ。
風も音もない、白い空間。
「……ここは、どこだ」
視界の果てまで、何もない。
ただ、空気のように漂う光の粒だけが、
彼の存在を包んでいた。
『天城 柊真。お前の“走り”はまだ終わっていない。』
「……誰だ」
『風の終わりを見届ける者。世界の創り手の一柱だ。』
「……何言ってるか分からないが、俺は死んだんだろ。」
『ああ。しかし、命は止まっても、お前の魂は止まらない。』
その声は優しくも冷たい。
「もう……いいんだ。バイクも、夢も、全部、
あのコースに置いてきた。」
「それに…」
白いワンピースの少女。彼女を最後に見た
光景が、脳裏に蘇る。
『では問おう。お前の“すべて”とは何だった?』
一拍の沈黙。
「……バイクだ。」
その言葉に、光が強く脈打つ。
「父さんみたいに——走るために生きてきた。
バイクに乗り、走る事が俺のすべてだった。」
『ならば——その魂、走りに宿せ。』
光が渦を巻き、黒銀の機体の形が現れる。
『その名は——ソウリス(Soulis)。』
眩い輝きの中、バイクのフレームが完成していく。
『魂を宿す刃。お前の走りを映す器。
それは、お前自身の延長だ。』
柊真は呆然と、その美しい機体を見つめた。
「……これが、俺の?」
『願いを賭ける世界がある。それは国同士の
覇権を懸けた“走り”の戦場だ。
勝者には、ひとつだけ“願い”が叶う。』
「願い……?」
『そう。お前が求めるなら、「あの事故の前に」
”戻ること”も可能だろう。』
呼吸が止まる。
——戻るだと。
あの瞬間、あの興奮へ。
……あの子の笑顔へ。
柊真は静かに口を開く。
「……俺は、もう一度走る。
失った俺の風を……取り戻す為に。」
『よかろう。』
光が収束し、ソウリスのエンジンが低く唸る。
『その名を呼ぶ時、お前の魂と機構はひとつになる。
走れ、天城 柊真。運命を変えてみせよ。』
——その言葉を聞いた瞬間、視界は明るくなり——、
その奥で“白いワンピースの少女”がこちらを見ていた。
風に髪を揺らし、微笑んでいる。あの時のように。
「……君は……」
手を伸ばす。
しかし、光の粒が彼女を包み込み、その姿は
ゆっくりと消えていった。
「……待って……!」
光が爆ぜた。眩しさが再び視界を奪う。
次の瞬間、視界が開ける。
眩しい陽光と、柔らかな草の感触が全身を包んでいた。
風。匂い。音。
全てが、現実のように鮮やかだ。
見上げれば、青空の下に無数の浮島が漂っている。
遠くには、子供の頃に物語で見るような城が——
「……ここは……」
そばには、黒銀のバイク。ソウリスと
呼ばれしバイクが在った。
風が優しく頬を撫でた。
そして、草原の向こうから微かに声がした。
『……ようこそ、”走者”の世界へ。』
——柊真の風は、再び走り出そうとしていた——。
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