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木彫りとキタキツネ先生
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「ここが国見山のピークか。ああ夕べの野天風呂が見える。傍らの川が蛇行して海へ注いでいるところまで鮮かだ。まさに国見山とはその名の通り。出発してそう経っていないと思っていたけれど、振り返ると随分な距離を歩いてきたんだな。ここらで少し休もう。腰掛けるに丁度良い樹がある。これも柏だ。太い柏だ。頂にあるから風を受けて横への肥大化を余儀なくされたのかな。うちにあった柏と似てる。節くれだって、惚れ惚れするほど男性的だ。そしてこの大きな洞。ここに少しの間、腰掛けさせてもらおう……っとっとっと!」
日の出と共にピシャリと目覚めるつもりのホケチョだったが、遅くまで呑んでいたため少し遅れた。出発したのは、すっかり明るくなって放射冷却が一段落した頃合いだ。時計があれば針はきっと8時半くらいを指していただろう。
きっとベンケェとカケス男は呆れて先に行ってしまったのではないかと思い、大急ぎでここ、国見山の頂上までたどり着いた。急ぎ過ぎてさすがにくたびれ果てたので、おあつらえ向きの樹の洞でひと休みしようというところだった。案の定、目の前に昨日遅くまで楽しませてもらったベンケェとカケス男のシルエットがくっきり浮かぶ。
「ああぁ、 ベンケェさん!カケス男さん! 遅くなってすみません。先にこんなところでお休みになってたとは……。黙ってるってことはお怒りのようですね。無理もありません。ずい分とお待たせしてしまったのでしょう。私が目覚めたときは既に陽が昇ってしまっていたのです。申し訳ありません。急いだつもりだったのですが、寝坊した時間を取り戻すまでには至りませんでした。すみません。怒りの余りお話することも、動くことさえ不愉快なのですね。血管が膨張し、全身が紅みがかるほど怒っているのですね」
ホケチョは深々と頭を下げて許しを請うような眼差しをベンケェとカケス男に向けた。
「いやはや、そうしげしげと見られるとお恥ずかしい。拙い作品であります」
洞の奥から涼し気な声がする。
「作品?」
「そう、ベンケェさんとカケス男さんにモデルになって頂きまして、オンコの樹で彫ってみたのです。紅みがかった色調が溢れるエネルギーを現すのにちょうど良いかなと思ったのですが……、何しろ下手糞でして」
「これが木彫? オンコの樹! 「だって、ベンケェさんのごわごわした髭の一本一本、カケス男さんの羽根の一枚一枚まで風になびいているではありませんか! 隅々まで生命力に溢れて、ぼくにはベンケーさんの荒い息遣いが聴こえたような気がしたのです。カケス男さんのギョロリとした眼差しに寝坊したことを怒られたような気がしたのですよ」
目を丸くしているホケチョの前に現れたのは真白いキツネのような生き物だ。おそらくキツネなのだろうが、これまでホケチョが見たどのキツネとも違う。何しろふさふさの真白い冬毛がゴージャスな毛皮のように全身を包み、長い年月を物語る折れ曲がった両耳の間にチェックのベレー帽がちょこんと乗っかっている。細長く突き出た鼻の上の黒縁の丸メガネが何でも知ってます風なオーラを放つ。
「もしや、キタキツネ先生でいらっしゃいますか?」
「ええ。先生だなんておこがましいのですが、みなさんにはそう呼ばれています。失礼ですが、あなた様は?」
「ホケチョ君」
「?」
「ホケチョ!」
「ベンケェさん、カケス男さん! やはり生きていますね」
そう思ったホケチョだったが、声は丘の下から叫ぶように近づいてくる。
「ホケチョオォー」
「ホケチョ君、えらい早かったんやな」
本物のベンケェとカケス男がようやくキタキツネ先生の棲家まで辿り着いた。
「おやおやこれはベンケーさんにカケス男さん」
「やあやあ、キタキツネ先生、おはようございます」
「お! ワイらの作品出来よったんねん。男前に彫ってくらはって、おおきにございます」
「ハッハッハ!おはようと言うには陽が高いようですが、とりあえずおはようございます。今日はまた如何なされましたか?」
「イヤイヤ実はそこに居るホケチョと一緒にシッカリ山に登ろうと思うてまんねん」
「そうなんじゃ、ワシらが案内しちゃるいう話だったんじゃが。このカケス男のアホタレが寝坊なんぞしくさって、こんな時間になってしまった。遅れてすまぬホケチョ」
「ベンケェはん、ワイのせいにしはりましたな。誰でしたかな夢や夢や言うてたのは」
「知らんのう」
「またようそないなこと言いはりまんな」
「まあまあお二人さん、とりあえず一杯!」
「おお、かたじけない。シッカリの滝の水じゃな。二日酔いの朝はこれに限る」
「年がら年中二日酔いで毎日飲んでまんな」
「うるさい、だあっとれ」
ベンケェとカケス男はほぼ真上近くの太陽に向かって胸を反らせると、腰に手を当てて水をゆっくりと飲み始めた。ゴクゴクと鳴る喉の動きが水の浸透過程を示す。太陽に向かって反った胸の鼓動がひときわ大きくなり、心臓の喜びを伝えている。
「はぁ~っ、沁みるわぁ」
「この一瞬、生きてるって実感すんねんな」
洞の入り口に立つ、あの二体の彫刻作品にこの水を飲ませたら、同じようなリアクションをするかも知れない。ホケチョはそう思った。そして、この精巧な木彫と、不思議な水にこそ、オシリ島の不老不死伝説の謎があるのではないかと……。
「ホケチョ君というのですね。私は見てのとおりの年老いたキタキツネです。よろしくお願いします」
「名乗るのが遅れて申し訳ありません。こちらこそよろしくお願いします。キタキツネ先生」
「ところでキタキツネ先生、先生はご存じないかのう。もう四年前のことらしいんじゃがシッカリ山の頂上へ向かったニンゲンのこと。・・・・・。どうじゃろ?何か見んかったじゃろうか?」
日の出と共にピシャリと目覚めるつもりのホケチョだったが、遅くまで呑んでいたため少し遅れた。出発したのは、すっかり明るくなって放射冷却が一段落した頃合いだ。時計があれば針はきっと8時半くらいを指していただろう。
きっとベンケェとカケス男は呆れて先に行ってしまったのではないかと思い、大急ぎでここ、国見山の頂上までたどり着いた。急ぎ過ぎてさすがにくたびれ果てたので、おあつらえ向きの樹の洞でひと休みしようというところだった。案の定、目の前に昨日遅くまで楽しませてもらったベンケェとカケス男のシルエットがくっきり浮かぶ。
「ああぁ、 ベンケェさん!カケス男さん! 遅くなってすみません。先にこんなところでお休みになってたとは……。黙ってるってことはお怒りのようですね。無理もありません。ずい分とお待たせしてしまったのでしょう。私が目覚めたときは既に陽が昇ってしまっていたのです。申し訳ありません。急いだつもりだったのですが、寝坊した時間を取り戻すまでには至りませんでした。すみません。怒りの余りお話することも、動くことさえ不愉快なのですね。血管が膨張し、全身が紅みがかるほど怒っているのですね」
ホケチョは深々と頭を下げて許しを請うような眼差しをベンケェとカケス男に向けた。
「いやはや、そうしげしげと見られるとお恥ずかしい。拙い作品であります」
洞の奥から涼し気な声がする。
「作品?」
「そう、ベンケェさんとカケス男さんにモデルになって頂きまして、オンコの樹で彫ってみたのです。紅みがかった色調が溢れるエネルギーを現すのにちょうど良いかなと思ったのですが……、何しろ下手糞でして」
「これが木彫? オンコの樹! 「だって、ベンケェさんのごわごわした髭の一本一本、カケス男さんの羽根の一枚一枚まで風になびいているではありませんか! 隅々まで生命力に溢れて、ぼくにはベンケーさんの荒い息遣いが聴こえたような気がしたのです。カケス男さんのギョロリとした眼差しに寝坊したことを怒られたような気がしたのですよ」
目を丸くしているホケチョの前に現れたのは真白いキツネのような生き物だ。おそらくキツネなのだろうが、これまでホケチョが見たどのキツネとも違う。何しろふさふさの真白い冬毛がゴージャスな毛皮のように全身を包み、長い年月を物語る折れ曲がった両耳の間にチェックのベレー帽がちょこんと乗っかっている。細長く突き出た鼻の上の黒縁の丸メガネが何でも知ってます風なオーラを放つ。
「もしや、キタキツネ先生でいらっしゃいますか?」
「ええ。先生だなんておこがましいのですが、みなさんにはそう呼ばれています。失礼ですが、あなた様は?」
「ホケチョ君」
「?」
「ホケチョ!」
「ベンケェさん、カケス男さん! やはり生きていますね」
そう思ったホケチョだったが、声は丘の下から叫ぶように近づいてくる。
「ホケチョオォー」
「ホケチョ君、えらい早かったんやな」
本物のベンケェとカケス男がようやくキタキツネ先生の棲家まで辿り着いた。
「おやおやこれはベンケーさんにカケス男さん」
「やあやあ、キタキツネ先生、おはようございます」
「お! ワイらの作品出来よったんねん。男前に彫ってくらはって、おおきにございます」
「ハッハッハ!おはようと言うには陽が高いようですが、とりあえずおはようございます。今日はまた如何なされましたか?」
「イヤイヤ実はそこに居るホケチョと一緒にシッカリ山に登ろうと思うてまんねん」
「そうなんじゃ、ワシらが案内しちゃるいう話だったんじゃが。このカケス男のアホタレが寝坊なんぞしくさって、こんな時間になってしまった。遅れてすまぬホケチョ」
「ベンケェはん、ワイのせいにしはりましたな。誰でしたかな夢や夢や言うてたのは」
「知らんのう」
「またようそないなこと言いはりまんな」
「まあまあお二人さん、とりあえず一杯!」
「おお、かたじけない。シッカリの滝の水じゃな。二日酔いの朝はこれに限る」
「年がら年中二日酔いで毎日飲んでまんな」
「うるさい、だあっとれ」
ベンケェとカケス男はほぼ真上近くの太陽に向かって胸を反らせると、腰に手を当てて水をゆっくりと飲み始めた。ゴクゴクと鳴る喉の動きが水の浸透過程を示す。太陽に向かって反った胸の鼓動がひときわ大きくなり、心臓の喜びを伝えている。
「はぁ~っ、沁みるわぁ」
「この一瞬、生きてるって実感すんねんな」
洞の入り口に立つ、あの二体の彫刻作品にこの水を飲ませたら、同じようなリアクションをするかも知れない。ホケチョはそう思った。そして、この精巧な木彫と、不思議な水にこそ、オシリ島の不老不死伝説の謎があるのではないかと……。
「ホケチョ君というのですね。私は見てのとおりの年老いたキタキツネです。よろしくお願いします」
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