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四年前のこととキタキツネ先生の過去
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「四年前?ですか・・・・」
キタキツネ先生は、まず国見山の麓を巻いて蛇行しているシッカリ川を眺めた。ゆったりとした流れを目で追うと滝にいきつく。通称シッカリの滝だ。キタキツネ先生の視線は、滝つぼの飛沫の上昇を追うように200mもの断崖絶壁を一直線に落ちる滝の出所へと向かう。そうすることで記憶の一つひとつを確かめているようだ。しかし、滝の出所は厚い雲に覆われて見ることさえ拒む。その厚い雲の中がシッカリ山の頂上なのだ。
「四年前ですか。そういえばあの年は色んなことがいちどきにあった年でしたね。大きな真っ赤な鳥がブルンブルンと羽を振り回しながらやってきた年です」
「それやねん!」
カケス男が相槌を打つ。
「変わった鳥だなと思いながら上空を見送っていたら、シッカリ山の頂上を覆う雲、あの辺でこう、羽を上に折り曲げてホバリングし出したのです。そして、そのままゆっくりと、吸い込まれるように消えていきました」
「そうそう、ワシが見たのと同じミサゴちう鳥じゃ」
「その後は大きな音がしたとかいうわけでもなく、天気が急変したとかも何事もなく、いつも通りです。そうして幾日かが過ぎ、ヒグマ君とシッカリの滝まで水を汲みに行ったときでしたかね、カケス男さんと初めてお逢いしたのは。グッタリと滝壺に浮いていたカケス男さんをヒグマ君と一緒に介抱したのを覚えています」
「せや、気が付いたらでっかいクマが、ワイの内臓を吸いつくしそうな勢いでチューしよってんねん。ヒグマ親父ねんな。思わずまた気ィ失ってしもうたがな」
「それから……」
キタキツネ先生が言いかけたときだ。
「ホウホケチョ」
不意に遠くからウグイスっぽい声が聞こえた。キタキツネ先生もホケチョも、ベンケェもカケス男も空に目を遣るが雲と太陽しか見えない。キタキツネ先生の話は続く。
「そう、丁度その頃からですかね。ウグイス女さんが、これは私が勝手に命名したのですけれど、何かを探すように上空を旋回しているのを見かけるようになったのは。グルリと大きく周って、あの崖の柏の樹の上で羽を休めると、ひと鳴きしてから雲の中へと帰っていくのです」
「ウグイス女?」
「ええ、ウグイス女さんならご存知かも知れません」
「不老不死の泉のこともですか?」
「嗚呼、ホケチョ君はそれについてもご存知でしたか。それでしたらもっと遡ってお話してみましょう。」
「おお!もっと昔の話とな。これはワシも初耳じゃ。よいかカケス男! お前もしっかり聞いとけ」
「合点承知の介や」
キタキツネ先生はシッカリ山の頂上を眺めながらゆっくりと話し始めた。
「ベンケェさんと会うよりずっと昔の話です。その頃、わたしは真っ白いカケスでした」
「へ?」
「え?」
ベンケェは目を丸くしてキタキツネ先生を凝視した。どうすればカケスがキタキツネになるのか不思議で仕方ないといった顔だ。隣のカケス男に視線を移して見比べてみる。やはり、どこにも接点が見出せない。
「当時はまだこの国見山とシッカリ山は繋がっていて、傾斜の強いひとつの山でした。ドーム状の鐘状火山で、今のように雲に覆われることもなく、この島はもちろん、近海からもくっきりと全容が見えて渡り鳥や船人たちの標となるほどでした。うっすらと噴煙を上げる活火山のため、麓の森が雪に埋もれているときでも頂上近くは紅く乾いた山肌を顕わにしていました。決して多くの生き物がいたわけではありませんが、よく見かけたのは、キタキツネさんとシマフクロウさんです。私は麓の森を拠点に木の実や虫などを捕り、すばしっこいキタキツネさんは縦横無尽に島中を駆け回り、そして大きな翼のシマフクロウさんは八合目あたりのアカエゾマツの原生林を棲み家に、高い処から島全体を見張っていました。そしてあるほの暖かい春の朝、事件が起こりました。美しい調べが島じゅうに響き渡ったのです。それはそれまでこの島で聴いたことのなかったウグイスの谷渡りでした。それから毎朝、ウグイスの調べは響き、私はその声で目覚め、その声を反芻しながら一日を過ごし、翌朝またその声で目覚めるためだけに眠りに就くのでした。そうしていつしかその声の主に恋焦がれるようになっていったのです。ひと目逢ってこの熱い想いを伝えたい。悶々と日々を過ごしていました。ところが、ある日を境に、はたと美しい囀りを聴くことが出来なくなったのです。私は心配で心配で、居ても立ってもいられなくなり、島中を探し回りました。けれどもなかなか見つけることができません。残す箇所はシッカリ山の頂上のみ。私は目星を付け頂上を目指しました。笹薮の上を休み休み、大きな岩を越え、時には風に流れる噴煙に息苦しく咽び、ひたすら頂上と思しき方へと向かいました。薄暗いアカエゾマツの林の中へ入るとシマフクロウさんの声が聴こえました。『ほっほうほっほう』と無理するな無理するなと言っているようでした。シマフクロウさんの家の近くなのだから、粗相のないようにと先を急ぎました。そしてついに見つけました。なんと我が愛するウグイスさんは哀れにも薮に絡まり、傷つき動けなくなっていたのでした。これは大変!と気付いた私よりも先に、好奇の眼で彼女を見つめるものがいました。キタキツネさんでした。キタキツネさんが狙いを定めてジャンプ一閃!するが早いか、わたしは彼女を咥えて力いっぱい羽ばたきました。そしてひたすら逃げました。太い柏の樹の洞を見つけて逃げ込んだところで、急に身体が軽くなり意識を失いました。気が付くと、アカエゾマツの林よりずっと高いところを飛んでいました。わたしは、わたしたちはシマフクロウさんに捕らえられたのでした。ああ、島の番人であるシマフクロウさんに粗相をしてしまったので、このまま食べられてしまうのだろう。私は恐怖と不安の余り、ウグイスさんを咥えたまま寝たふりをしましたが、そのうち本当に眠ってしまいました」
キタキツネ先生は、まず国見山の麓を巻いて蛇行しているシッカリ川を眺めた。ゆったりとした流れを目で追うと滝にいきつく。通称シッカリの滝だ。キタキツネ先生の視線は、滝つぼの飛沫の上昇を追うように200mもの断崖絶壁を一直線に落ちる滝の出所へと向かう。そうすることで記憶の一つひとつを確かめているようだ。しかし、滝の出所は厚い雲に覆われて見ることさえ拒む。その厚い雲の中がシッカリ山の頂上なのだ。
「四年前ですか。そういえばあの年は色んなことがいちどきにあった年でしたね。大きな真っ赤な鳥がブルンブルンと羽を振り回しながらやってきた年です」
「それやねん!」
カケス男が相槌を打つ。
「変わった鳥だなと思いながら上空を見送っていたら、シッカリ山の頂上を覆う雲、あの辺でこう、羽を上に折り曲げてホバリングし出したのです。そして、そのままゆっくりと、吸い込まれるように消えていきました」
「そうそう、ワシが見たのと同じミサゴちう鳥じゃ」
「その後は大きな音がしたとかいうわけでもなく、天気が急変したとかも何事もなく、いつも通りです。そうして幾日かが過ぎ、ヒグマ君とシッカリの滝まで水を汲みに行ったときでしたかね、カケス男さんと初めてお逢いしたのは。グッタリと滝壺に浮いていたカケス男さんをヒグマ君と一緒に介抱したのを覚えています」
「せや、気が付いたらでっかいクマが、ワイの内臓を吸いつくしそうな勢いでチューしよってんねん。ヒグマ親父ねんな。思わずまた気ィ失ってしもうたがな」
「それから……」
キタキツネ先生が言いかけたときだ。
「ホウホケチョ」
不意に遠くからウグイスっぽい声が聞こえた。キタキツネ先生もホケチョも、ベンケェもカケス男も空に目を遣るが雲と太陽しか見えない。キタキツネ先生の話は続く。
「そう、丁度その頃からですかね。ウグイス女さんが、これは私が勝手に命名したのですけれど、何かを探すように上空を旋回しているのを見かけるようになったのは。グルリと大きく周って、あの崖の柏の樹の上で羽を休めると、ひと鳴きしてから雲の中へと帰っていくのです」
「ウグイス女?」
「ええ、ウグイス女さんならご存知かも知れません」
「不老不死の泉のこともですか?」
「嗚呼、ホケチョ君はそれについてもご存知でしたか。それでしたらもっと遡ってお話してみましょう。」
「おお!もっと昔の話とな。これはワシも初耳じゃ。よいかカケス男! お前もしっかり聞いとけ」
「合点承知の介や」
キタキツネ先生はシッカリ山の頂上を眺めながらゆっくりと話し始めた。
「ベンケェさんと会うよりずっと昔の話です。その頃、わたしは真っ白いカケスでした」
「へ?」
「え?」
ベンケェは目を丸くしてキタキツネ先生を凝視した。どうすればカケスがキタキツネになるのか不思議で仕方ないといった顔だ。隣のカケス男に視線を移して見比べてみる。やはり、どこにも接点が見出せない。
「当時はまだこの国見山とシッカリ山は繋がっていて、傾斜の強いひとつの山でした。ドーム状の鐘状火山で、今のように雲に覆われることもなく、この島はもちろん、近海からもくっきりと全容が見えて渡り鳥や船人たちの標となるほどでした。うっすらと噴煙を上げる活火山のため、麓の森が雪に埋もれているときでも頂上近くは紅く乾いた山肌を顕わにしていました。決して多くの生き物がいたわけではありませんが、よく見かけたのは、キタキツネさんとシマフクロウさんです。私は麓の森を拠点に木の実や虫などを捕り、すばしっこいキタキツネさんは縦横無尽に島中を駆け回り、そして大きな翼のシマフクロウさんは八合目あたりのアカエゾマツの原生林を棲み家に、高い処から島全体を見張っていました。そしてあるほの暖かい春の朝、事件が起こりました。美しい調べが島じゅうに響き渡ったのです。それはそれまでこの島で聴いたことのなかったウグイスの谷渡りでした。それから毎朝、ウグイスの調べは響き、私はその声で目覚め、その声を反芻しながら一日を過ごし、翌朝またその声で目覚めるためだけに眠りに就くのでした。そうしていつしかその声の主に恋焦がれるようになっていったのです。ひと目逢ってこの熱い想いを伝えたい。悶々と日々を過ごしていました。ところが、ある日を境に、はたと美しい囀りを聴くことが出来なくなったのです。私は心配で心配で、居ても立ってもいられなくなり、島中を探し回りました。けれどもなかなか見つけることができません。残す箇所はシッカリ山の頂上のみ。私は目星を付け頂上を目指しました。笹薮の上を休み休み、大きな岩を越え、時には風に流れる噴煙に息苦しく咽び、ひたすら頂上と思しき方へと向かいました。薄暗いアカエゾマツの林の中へ入るとシマフクロウさんの声が聴こえました。『ほっほうほっほう』と無理するな無理するなと言っているようでした。シマフクロウさんの家の近くなのだから、粗相のないようにと先を急ぎました。そしてついに見つけました。なんと我が愛するウグイスさんは哀れにも薮に絡まり、傷つき動けなくなっていたのでした。これは大変!と気付いた私よりも先に、好奇の眼で彼女を見つめるものがいました。キタキツネさんでした。キタキツネさんが狙いを定めてジャンプ一閃!するが早いか、わたしは彼女を咥えて力いっぱい羽ばたきました。そしてひたすら逃げました。太い柏の樹の洞を見つけて逃げ込んだところで、急に身体が軽くなり意識を失いました。気が付くと、アカエゾマツの林よりずっと高いところを飛んでいました。わたしは、わたしたちはシマフクロウさんに捕らえられたのでした。ああ、島の番人であるシマフクロウさんに粗相をしてしまったので、このまま食べられてしまうのだろう。私は恐怖と不安の余り、ウグイスさんを咥えたまま寝たふりをしましたが、そのうち本当に眠ってしまいました」
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