てっぺんかけたか

しっかり村

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拾弐 てっぺんかけたか?

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拾弐  てっぺんかけたか?
ジョッピンカケタカ、コンコン
ジョッピンカケタカ、コンコン
ジョッピンカケタカ、コンコン

「何やねんまだ暗いねんで。鍵(じょっぴん)ならかけへんでも誰も来んし、ジョッピンやのうて『てっぺん』やろ。まだ書けへんて、カンバスないねんから。だから『来ん来ん』言いよるんやな。アホ草、ナニ自己完結しとんねん! ほなお休み」
元々朝寝のお春だったが、源ジィがオシリ島へ行ってから拍車が掛かった。一人ぼっちの目覚めは四日目だが、まだ慣れない。うっすらと目を開けて右手を伸ばしたとき、源ジィに触れられない朝が信じられないのだ。現実じゃないと思い、再び目を閉じる。二度寝、三度寝は当たり前ですっかり昼前だ。「ジョッピンカケタカ」は聞こえなくなったが「来ん来ん来ん来ん」は意識の彼方でまだ続いている。
「しゃあないのう」
眠い目を擦りながら勝手口を開けると、カンバスを持って憔悴しきったカマクラ氏が立っていた。ずっとノックしていたらしく手の甲は紅く腫れ、勝手口のドアが少し窪んでいる。
「なしたん?こない早よから」
「あ、いや、急ぎだろうと思ってカンバス持って来たんじゃ。しかしまさか6時間もノックするとは思わんくてな……」
「おお、そら済まなんだ。で、ジョッピンカケタカは?」
「ああ、エゾセンニュウのことかいな。カンバス持ってたら勝手に尾いてきおったんじゃ。出来立てやから膠の匂いに釣られたのかも知らんが、明るくなってどこぞに行きおった。で、これ一枚しかないからな。もし書き損じたら、早よ教えてや」
「ああ、それかいな。わかったよ。おおきにな!」
「ところで源ジイは?」
「オシリ島行きよってん。ベンケェゆう人と」
「おろっ!もう行きよったんか。仕事が早いですな」
「もう?」
「ああいやいや、こっちの話や。それより淋しいんやないか、おハルさん」
「そないなことあらへん。却って自由でええわ。朝寝もたっぷり出来るし」
「ハッハッハッハッハ!強がってますな。まあ、無理せんように。ワシはもう疲れたから帰るわ。ほいじゃあ」
「あいよ」

頂上用のカンバスの大きさは三尺*一間半、「不老不死の泉あります」の幟に比べると半分ほどだ。しかし出来立てのカンバスらしくまっ白で瑞々しい。エゾセンニュウが寄ってきたのもわかる。蝦夷潜入と書くくらいだから、まだ何処かに潜んでいるかも知れない。明け方早々に鳴かれると結構困る。お春はそんなことを考えながら、筆と硯を準備した。
「よし!ぶっつけ本番で行こか! せぇの」。
“じょっぴん”
「あれれ?何じゃ何じゃ。何でこないなんねん。練習ではあない上手くいったっちうに。さっさと拭き取って、気を取り直してもう一度や」
“じょっぴん“
またしても!
もう一回。
“じょっぴん“
「いかんいかん!エゾセンニュウのせいで調子狂ったがな!」
ところが、次に書いても、また書いても“じょっぴん“だ。
何度も書き直したせいで、新しく届いたカンバスがグチャグチャになってしまった。このまま源ジイが戻ってきたら商品にはならないと怒られてまうだろう。お春はカマクラ氏に連絡して新しいカンバスを注文した。しかし、内地からの取り寄せになるから一週間かかると言う。
「しゃあないのう。源ジイには事情を話してわかってもらうわ。ほな、頼んだで。今度はノックせんで勝手口んとこ置いといてや」
お春はカンバスを待つ間に源ジィも帰って来ると思ったが、それはそれとして事情を話し、今度は間違わないように書き損じのカンバスの裏で練習することにした。そうそう、ぶっつけ本番がいけなかったのだ。若い頃から書き慣れていたとはいえ、久しぶりの緊張感だった。気を取り直して練習を重ねる。
”てっぺん“
うん、いい感じ。
“てっぺん”
そうそう。
“てっぺん”
よしよし。
“てっぺん”
もっかいもっかい
“てっぺん”

熱中している間に眠り込んでしまった。目が覚めたと思ったら、いつの間にか夜が明けて朝だ。お春はヘヴン島に来て初めてお酒を呑まない夜を過ごし、日の出と共に目覚めた。源ジィがオシリ島へ行って五日目の朝である。

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