てっぺんかけたか(カケス男とウグイス女Ⅱ)

しっかり村

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拾壱 源ジィとお春~人生初のお別れ~

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拾壱 源ジィとお春~人生初のお別れ~
 ベンケェは立ち上がり窓の外を眺めた。
「長い話になってすまぬ。いかがなものじゃろうか?」
「いかがも何も、面食らっとるところじゃ……」
源ジィが言いかけたところへ、いつの間にか席を外していたお春が奥から戻ってきた。
「お春や、厠へでも行っとったか?」
「その用も済ましたんじゃが、それよりホレ、これどやろ?」
お春が白い大きな巻物を広げると、カンバスいっぱいに野太い筆跡が躍っている。書かれているのはもちろん
~不老不死の泉あります~
「どや?」
「おお!ワシは字はわからんが、何かこう、胸に迫ってくるのう。拝みとうなってきたわ」
巾一間、長さ十間ほどの大きなカンバスに書かれた堂々たるお春の字に、ベンケェは胸の前で手を合わせた。
「して、もう一枚はいかに?」
「それがのう、もうカンバスあらへん」
お春は首を振った。
「カマクラはんに頼んどくか」
「こないだ来たばっかりやがな」
「しかし仕方ない。仕事や仕事。稚内にあれば明日あさってにでも、ナイチからだと一週間くらいじゃろか? ベンケェはん、それでエエかのう」
「かたじけない。ワシはひとまずこれを持ち帰って、また一週間、いや十日後に参ります。では、これにて」
「ああ、ああ、ワシも一緒に行きましょう。息子一家のことも気になりますし」
「はぁ……へ?」
キョトンとしたのはお春だ。突然の源ジィの申し出がうまく呑み込めないでいる。何しろ源ジィとは、あのヘヴン島の火事からずっと一緒だ。施設も小学校も中学校も高校も一緒で、毎日毎日風呂と厠へ行く以外はほぼ顔を突き合わせてきた。それが、一週間、いや十日も離れ離れに生きるなんて……。
「源ジイ、アタイは独りでお留守番かいの?」
「すまなんだが頼むで! 一週間もせんうちにカマクラはんがカンバスを持ってやってくるし、書きあがった頃にはワシも戻る」
「戻らなんだら?」
「大丈夫じゃ! 一人じゃのうてベンケェはんと一緒やし、少しでも早い方がエエ思て行くだけや。ホケチョたちの無事を確かめたらすぐ戻るて心配いらん。それまでに、もひとつのノボリも書いといてな。戻ったら、お春も一緒にオシリ島に行くで」
「……何て書けばいいんや?」
ふてくされ気味のお春に、源ジィはどう答えていいかわからない。ベンケェも一緒に悩む。そこへ何処からか鳥の囀りが響き渡った。

テッペンカケタカ
テッペンカケタカ

「おおそうじゃ!」
「てっぺん?」
「おうよ!」
ここ一番のホトトギス。声はすれども姿は見えず。遠くでもいいから思わせぶりなその姿を見せてくれぬものかと何度も百人一首で詠んだあのホトトギスが、まさに絶妙のタイミングで悩む年寄り三人に答えを提示した。これぞ異界の田舎暮らしの醍醐味といえよう。自然は常に無意識にヒトに答えを示す。
すでに陽は高い。夕べの月も青空に消え入りそうだ。昨夜ベンケェが駆け抜けた海の上の道ももう風前の灯……。
「お春さん、すまぬ。ご主人をいっときだけ、お借りいたします。寂しなった時や、元気のうなった時には、コレを!」
ベンケェは褌に括り付けていたもう一本の少し黄ばんだ瓢箪徳利を出した。鼻をつまみながらそれを受け取ったお春は、ヤレヤレといった表情で源ジィを見つめた。六キロ先の神秘のオシリ島を前に、波打ち際まで並んで歩いた二人は、いよいよ生涯初となるしばしの別れに身構える。
「一週間か、十日か、どっちや?」
「一週間で戻る」
「過ぎたら、酒全部呑んでまうで」
「そら勘弁じゃ」
「早よ戻ってくればエエねん」
源ジィは、~不老不死の泉あります~と書かれたカンバスを丸めて背中に括り付けた。ベンケェが、その源ジィを背負子に後ろ向きに乗せて背負う。そして、一目散に駆け出した。
消え入りそうな砂の道を駆け抜けるベンケェの速さといったら、打ち寄せる波の何十倍も早い。誰も八百歳を過ぎた人間とは思わないだろう。お春は、小さくなってゆく源ジィの顔だけを見つめながら手を振り続けた。やがて砂の道はベンケェの踏み跡と共に沈み、源ジィの顔も波と雲と風にかき消された。オシリ島の頂上は相変わらず雲の中だ。


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