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第0章 前日譚
【前日譚】良かれと思って聖女に“禁術魔法・不老不死”使ったから、100年後に『責任取れ!』とガチギレされる件
「魔術師ルシアン様。あなたを禁術使用と禁忌魔法研究の容疑で逮捕します」
俺と聖女ラビラビィの久しぶりの再会は、いつもと同じだった。
「おいおい……会うたびにいつもそればっかり言うが、今回ばかりは大目に見るべきじゃないか?」
「……それもそうですね。これから魔王討伐に向かうのですから」
彼女自身もわかっていたらしい。
すぐに姿勢を崩し、ピンクの髪を整えながら肩を竦める。
「(この女、月に1回は『逮捕します~』って来るわね!)」
「(毎度毎度飽きないもんだ)」
右肩に乗っている、白くてふわふわな体に小さな羽の付いたマスコットが『念話』で話しかけてくる。
今はただの毛玉だが、実体は俺の初恋にして最も愛する女性、ミラの魂を宿したホムンクルス体だ。
ミラのために、俺は人生の9割9分捧げている。
「それに! さっき見ましたよ! あなたが女性と宿から出てくるのを!」
「あー……昨日ナンパした女の子だな」
「ほらっ! あなた、ミラさんの完全な人化ができるまでそういうことはしないって言ってませんでした!?」
「もちろんだ。本気ではない」
「……いいえ、本番をしていないからと言って……あなたのような軽薄な男性、許せません!」
よりにもよって、この俺を軽薄とは。
俺はミラのことを一途に想い続けているというのに。
「(確かに“一夜の恋人”は許したけど、許してないから)」
「(…………)」
意味はいまいちわからないが、怒っていることは確かだろう。
しかし仕方がないのだ。
男は、溜まる。
「その毛玉ちゃんの体も禁忌! あなたの得意魔法も禁忌! そして性格は女たらしのドスケベ! はぁー……、どうしてあなたなんかと一緒に――」
「そうだぜぇ? よくわからねぇペットを連れたマヌケ野郎なんかいらねぇよ!」
「この大陸最強の魔術師、“極炎乱舞魔道師”ホルムハイム様が……魔王を名乗る輩など消滅させてやろう」
聖女のため息に同調するように、残りのパーティメンバーの2人――戦士風の男と魔法使い風の男が近づいてきた。
「禁忌魔術ってあれだろ? 死霊術とか記憶の盗み見とかだろ!? そんなゴミ魔法が何の役に立つってんだ!」
「左様。圧倒的火力で塵も残さず燃やし尽くすほうが効率的だ」
「ちょっ……ちょっと待ってください――」
先ほどまで俺に食って掛かっていた聖女様が庇おうとしているのは、少し面白いな。
「『認識阻害』だの『精神操作』だの、そんなちまちました魔法で魔王が殺せるか! 魔術師なら火力を出せ、火力を!」
「言わずもがな。隠れようが企もうが、正面から破壊すればよい。ドブネズミになるための研究など時間の無駄だ」
「ドブネズミは言い過ぎです! ハツカネズミみたいでかわ――何言ってんですか!!!」
『認識阻害』は禁術ではなかったはず……いやどうだったか。どっちでもいいか。
「国からの報奨金が減っちまうのも癪だし……よし決めた! てめぇはパーティから追放だ!」
「それは実に合理的な判断だ。頭の狂った研究者と共に行動するなど、我の誇りが許さん。とっとと去ね」
「そんな――ちょっと待って……待ちなさい!」
ラビラビィの制止も聞かず、そのまま去っていく戦士風の男と魔法使い風の男。
「(ぷっぷー! 早速パーティ追放されてやんのー! ルシアンったら……でも別に何も悪いことしてないよね? 女遊び以外)」
追放された。
いや、俺は別にいいんだが……。
「どうしてもっとちゃんと弁解しないんですか!? 『俺の禁忌魔術はすごいんだぞ!』とか! 『死霊術とか覗き見の術だけじゃないんだぞ!』とか!」
「弁解する間もなく追放されて去っていったんだが……」
「それでもです! あなたの魔法は……スケベで最低ですけど、それでも――」
この期に及んでスケベとは……この聖女め、いい加減腹が立った。
そもそもこいつが最初に食って掛かってきたのが最初だったではないか。
「では見せてやろう。俺の『スケベ魔法』を――」
「何を――んんっっっ!?!?!?」
何かを堪えるように――否、堪えきれない様子で顔を真っ赤にし、自分の体を抱きながら蹲るラビラビィ。
「な、なに……んあっ!? フゥー……フゥー……――っ! な、何を……!? 何をしたの!?」
「『スケベ魔法』」
「……っ! なにこれ、感覚が……鋭敏すぎて……!」
「お前の体感時間を限りなく遅延させ、逆に俺の時間を加速させて、お前が感じる感覚を最大に圧縮した上で――」
「……くっ! 『極大回復』! もうあなたなんか知りません! さようなら!」
顔を真っ赤にし、ラビラビィは先に魔王の居城へ向かった2人の方へと走り去っていった。
「(あーあ、やっちゃったね~! 王様に怒られちゃうよ?)」
「(そうなったら、別の国に行くだけだ)」
◇◇◇◇◇◇
「(本当にいいの? ラビィちゃん――じゃなくて、魔王を放っておいて)」
魔王と言っても、物語にあるような魔物の王ではない。
“魔術を極めし王”を自称する、ただの人間だ。
その魔王様が、ある日突然とある国を乗っ取って民を虐殺し始めた。
隣国の王からの依頼で、魔王は倒さなければいけない。
「(そうだな……ボチボチ行くか)」
『魂感知』で感じられる魔王の強大さは、あの3人が束になっても敵わないだろう。
読んでいた本を閉じ、宿の部屋を出る。
「(ラビィちゃんに施した『魂の保護』、持つといいね)」
「(……スケベ魔法のこと――む?)」
「(どうしたの!?)」
3人のうち、1つの魂が消失した。それも……跡形もなく。
「不味いな、急ぐか。『位相転移』」
ラビラビィの魂の場所を感知。
少し離れたところにある魔王の居城までの距離をゼロにする。
「ぎゃぴえっ!?」
「む?」
しまった、残る1人の男――ホルムハムだったか、そいつの頭の上に『転移』してしまった。
マヌケな声を上げて倒れて……そのまま砂のように崩れ去ってしまった。
「(え!? とどめ刺しちゃったんじゃない!?)」
「(そんなはずは……)」
しかし、元はと言えばこいつらが俺を追放――別行動としたことが引き起こしたことだ。
自業自得だろう。
「むっ!? 貴様は!?」
突然の俺の出現に、魔王と思われる魔術師が驚きの声を上げた。
「…………」
その声を無視し、周囲の状況を確認。
む、これは――。
「(ラビラビィちゃんまだ無事みたい!)」
「(ああ、だが不味いな……)」
肉体に損傷はないが……精神と魂がボロボロだ。
仕方がない……この術は少し魔力を練り込む必要がある。それまでは耐えろ。
「どこの誰だか知らんが……まあいい! 我の領域『精神の加速空間』に入ったが運の尽きよ!」
「…………」
「この空間内は通常時に比べて精神が50万倍で加速する! 体は動かず、ひたすら思考だけが加速するのだ!」
「…………」
「わかるか? 頭だけは働くのに体が動かせない。それが何十、何百年と続くのだ! 先の2人はとっくに魂ごと消滅。この女ももうじき死ぬだろう!」
「…………」
「美しい女を犯せないのは残念だが……聖女と言うからな、油断はせん! こんなこと、お前に言っても聞こえないだろうが――」
「『不老不死の秘術』」
「なぜ動けるぅぅぅ!?」
「(やかましいわね、この魔王)」
ふう、どうやら間に合ったようだ。
ラビラビィのやつめ……どうやら思考時間およそ100年もの間耐えていたらしい。
見上げた奴だ。ついでに『極大回復』をかけてやろう。
「――はっ!? ル、ルシ……アン……?」
「すまないな、予想より魔王が強かった」
「ル、ルシアン……わ、たし……」
どうやら混乱しているようだ。
それもそうだろう、100年もの間ひたすら動けずに思考だけしていたんだから。
「……おい」
「ん?」
「なぜ動ける……?」
「なぜって……お前も動けるじゃないか」
「我は思考を切り離しているだけ……そして体はまともに動かせん!」
弱点を暴露してくれるとは……随分マヌケな魔王だ。
だが、他者への精神干渉系の魔法とはな。このマヌケな魔王とは、どうやら“禁忌”仲間のようだ。
「禁忌仲間のよしみで教えてやろう。実は俺の最も得意な魔法はな、『加速』なんだ」
「へ? 『加速』? 初歩的な魔法の? 少し足が速くなるだけの……?」
「ああ。しかし足だけじゃないぞ。極めれば物や空間、自分の頭や精神……だいたいの物を加速できる」
「そんなこと……できる訳がない! できたとしても! 我が空間は50万倍の速度で――」
「5256万倍、だ。俺の『加速』はな」
ミラの魂を蘇生するための研究。
碌に資料も理論もないところから始めなければならず……それには圧倒的に時間が足りなかった。
故に、加速したのだ。自分を、精神を、思考を、肉体を、周囲も、全て。
“無限の一瞬”を繰り返し、多種多様千差万別、魔術を極めた。
「諸事情でな。得意なんだ、『加速』もその逆も、それ以外も」
ここに来る前も、ラビラビィの時間を『減速』し俺が『加速』して思いっ切りくすぐってやった。
それを解除したから……一気に反動が来てあんな姿になったんだろうな。
「(かわいそうだったけど……ついでに『魂の保護』を付与してあげて守ってあげたのよね。今回は許す!)」
「(魔王の実力を見誤ったせいで危なかったがな)」
後の2人は……まあ自業自得だ。
精神が死ねば肉体も滅びる、そんな当たり前のことにも思い至らなかった己の浅はかさ。魔術への畏怖が足りなかった。
だからバカにしていたドブネズミの術式で死んでしまうのだ。
それもこんな低レベルな『精神操作』で。
「それじゃあ、俺からプレゼントだ、魔王陛下」
「な、何を――!?」
未だ動けない魔王の額に、人差し指を突きつける。
「5256万倍の世界への招待状だ。『加速』」
「――ぎゃぴっ!?」
一瞬だけ体をピンと張ったように硬直させた後、魔王の肉体は砂のように崩れ去った。
精神が持たなかったか……。
「……ル、ルシアン……あ、あ……」
「今は無理するな、休め。嫌だろうが俺が宿まで背負っていく」
「あ……あ……」
疲労で喋ることすらできないラビラビィを背負い、魔王城を後にした。
「あ、り……が……と……」
◇◇◇◇◇◇
――翌日。
「ルシアン様、昨日は本当にありがとうございました」
俺の部屋を、幾分かよくなった様子のラビラビィが訪れる。
まだ体が変化したことに慣れていないだろうに。
「ん? もう大丈夫なのか?」
「はい……これでも聖女、ですから! お2人は守れませんでしたが……」
「あれは奴らが自分で招いたことだ。気にするな」
そうは言っても、気にするのだろうな。
実はあの2人を蘇生することも可能だが……俺には関係ない話だ。
「……今回は助かりました。ですが……あなたが禁術を使うことを認めたわけではありません!」
「そう言うだろうと思ってな、魔王を倒すのに禁術は使わなかった。お前のためにな」
「…………ふぇぇ……」
「ん?」
魔王に使ったのは、『加速』。ただの初級魔法。
聖女が教会に報告する時に『禁術で倒した』だと都合が悪いだろうと、仕方なく。
てっきりお褒めの言葉をいただくかと思ったが……ラビラビィが俯いたまま喋らなくなった。
「(あーあ)」
「(何だ?)」
「(べっつにぃ~?)」
ミラまで意味深なことを言う始末。
小さな羽でペシペシと頬を叩いてくるのがくすぐったい。
「…………」
「…………」
「……あのっ!!!」
突然大声で叫んだラビラビィ。
情緒不安定――どうやら昨日の後遺症が残っているようだ。
「聖女の任期は25歳までと決まっています。今はまだ22歳ですが、あと3年もしたら後任の方に聖女の座を譲り、その後は一般人として過ごすことができるのです。聖女の間は恋どころか性行為も禁止されていますが、聖女の任を解かれた後は家庭を持つことも可能――好きな人と結婚して子どもを産めるのです。もしよかったら、ルシ――」
「(めちゃくちゃ早口で喋るね)」
早口すぎて最初しか聞こえなかったが……その最初に聞き逃せない重要なことが含まれている。
「無理だな。お前は一生、25歳にはなれない」
「……へ? だからあと3年待てば……」
「いや、あの時俺はお前の魂の状態を――細胞の時間を『固定』した。お前の肉体年齢は、理論上1億分の1秒も進まない。つまり、お前が期待している『結婚可能な25歳』という未来は、宇宙が滅びてもやってこないということだ」
「……はへ?」
事態が呑み込めたいないようだ。
マヌケな顔をして呆然としている。
「ふ、ふろ……ふし……?」
「『不老不死』」
わかっただろうか。
わかってなさそうだ。多分話の9割は聞いていない。
「それって……禁忌……? 聖女である私が……禁忌?」
「ああ。ミラと同じく禁忌の体、仲良くしてやってくれ」
“禁忌”を禁じる教会、その聖女が禁忌の体。おもしろ――不憫ではある。
しかしあの時はめんどくさ――仕方がなかったのだ。
決して、今までの意趣返しではない。
「お、お、お……」
「ん? 聞こえないぞ」
再び俯いて何かを呟くラビラビィだが、何を言ってるか聞こえない。
俺は無警戒に、彼女の唇のすぐそばまで耳を近づけた。
――それが、この百年間で最大の失敗になろうとは。
「――おまっ!!! っざっっっけんなこのやろぉがぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」
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