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第6話 最終話・ゆけ、ふたり!
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「それでどこへ」
「トーストへ!」
「裏の駐車場か?」
「そのはず」
おれたちは夜の中を駆けた。
「まちなよ。楽しもう」サトミだ。闇に意味不明の言葉が響き空気が粘る。足も重い。
「これ、なんだ?」
「たぶんサトミの術」大急ぎで調べ、生前の彼女が従姉妹にあたる赤井翔子を通じ、邪法に親しんだ痕跡を見つけたという。
「時間ぎれで詳しい関係や甦りの全貌はわからない。ただし赤井って人、その筋じゃ有名だったそうだけど、少し前に近くのホテルで死んでいた」
「死んでた?」
「数日はかかる術に挑み、肉体がもたず死んだのではってモーガナが。あ、例の落書きすごく役に立った。顧問団に見せたらいろんな情報を読み出せた。サトミらはおそらく、片手じゃ足りない人命を吸収済みだろうって。許せない」
「モーガナ?顧問団?」そっちが気になる。
「つまり…」
余裕しゃくしゃくでサトミの近づいてくるのが見えた。
「とにかく止めてくる」おれは言った。「このロープで殴れば効くかな」
「こっちを試して」玲馬がビニール袋を差し出す。
「あいつサラダ嫌いなの?」中は野草みたいなのでパンパンだった。
その「神聖なはずの植物」の使用法を聞き、おれはサトミに立ち塞がった。
「君はもう降参?」
「いーや。お口に合いますか」
袋の中の草や枝を彼女の前面に撒いて、逃げる。サトミは「下手な小細工ね」と言いつつ、ヘジコを手に前進した。だが、植物を踏んだとたん足元がうねって泥川みたいになった。
「ちくしょう、そうきたか」髪を振り乱しながら、サトミは唄みたいな文句を唱える。だんだん魔法合戦みたいになってきた。
広いモールを必死で駆け抜け、おれたちはトーストのそばにたどり着いた。平面駐車場の端だ。
玲馬は相当へばっている。白い仮囲いの裏は、土がすっかり露出し小山まである。窪みの中でトーストが尻尾を振っていた。喘ぐ玲馬をそのままに、ジャンプしてサトミの様子を見た。まだ緑と揉めている。がんばれ緑。
「このあとは」
「トーストの足元を探して」あえぎながら玲馬が言った。「我ながら情けない」
赤色灯の光に、古い遺構らしきものが浮かんでいる。土や瓦礫とは違う塊をトーストが示した。掘り出したのだろうか。けっこう使える犬だ。バカにしてごめん。
「なんか汚いのがあるぞ。ウンコとかじゃないよな」
冗談めかしたが、異様な気配がするのですぐわかった。今夜はそんなのばっかりだ。
「このウン、いやかつお節みたいなのは…」
「ミイラ化した内臓、たぶん心臓と骨片の癒着物かな」
「おえっ」
「これが騒ぎの直接の始まりであり終わり」と彼は言い、破壊し決着をつけると宣言した。疑問反論が胸をよぎらないでもないが、こうなったら付き合うしかない。
幸運は、サトミがイマイチ重要性を認識していない点だという。「さっきの続きだけど、サトミ本人じゃなく赤井が彼女を復活させた。それも完全ではなかったから、あんな統一性のない魔物になったと思われる」
「自分の復活したわけが、全部は把握できてないって?』
「そんなとこかな」
「ふーん。でもサトミも可哀想かも」と、自分でも意外なセリフが口から出た。「この世にいる理由が分かってないなんて」
(だれでもそう)
また、あの声が聞こえた。
優しいのに地獄から響くような声音。ビビるおれに、「紹介します。彼女がモーガナ」
それは薫の部屋にいそうな、掌に乗るほどの人形だった。素朴な目鼻の手作りっぽい少女像。しかし姿が目に入ると、おれの意識が足を踏み外し、深い深い底へと落ちて行く。
「あ、気をつけて」玲馬がおれを揺すっている。「やっぱり長島くん、霊的な感性がすごい。だから目をつけられたのかな」
「あまりうれしくないよ。で、こちらの方は…」
「分類上は身代わり人形」
「身代わり?」
呪いを引き受けるうち、自らが桁外れの呪いと化したモーガナは、霊障によるトラブルのために各地を流浪の末、玲馬の祖母の元へ落ち着いた。その曰く付きの存在をこっそり持ち出してきたのだ。
「敵はめったにいない危険な死霊。でも対決のための時間も経験もない」
そこで思い切ってモーガナに同行を頼んだ。「いちおうぼく世話係だし。そしたら、日ごろの義理もあるし特別に手伝ってくれるって」
「呪いの人形に義理?」呆れたが、思い出したことがあった。「じゃあ、学校での独り言は…」
「他にもいるけどね。みんな好奇心が強くて」
「空想のお友だちかと思ってた」
「そのほうが都合いい」
今度ははっきり声がした。(うふふ。こんばんは、よろしくね)
「ど、どうも。お世話になります)
(なかなか楽隠居させてもらえないのよ)
「あーら休憩?」遠くからサトミの声がした。
髪も服も乱れに乱れている。力任せに植物園から抜け出したせいだ。まだしつこく足に絡むツタを、サトミは甲高く呪文をとなえ焼き切った。「もうおしまい。逃げられないよ」
役割分担を終えたおれたちは、サトミに向き合った。
再びおれはロープを巻いた拳を構えた。だが、ケンイチと威圧感が違い過ぎる。緊張する耳に明るい音楽が届いた。胸ポケットに移動したモーガナの鼻歌だ。ケセラ、セラと唄っている。
玲馬が静かに宣言した。
「早野聡美さん。元の場所へとお戻りを」
「あら、元の場所って今のここよ」
玲馬は地面からさっきの塊を拾い上げ、くるっと後ろを向き走り出した。サトミは苦笑して見ていたが、くんくん鼻を鳴らし、「しまった」と急に恐ろしい叫びをあげ、追いかけはじめた。
(まだよ)声がした。
目の前をサトミが通り過ぎようとしている。
(そら、いま)
「お願いしますっ」おれは横をすり抜けようとしたサトミに手を伸ばし、モーガナを押し付けた。
一瞬、時間が停まった。目玉だけ動かしサトミは胸元のモーガナを見下ろす。モーガナが外国語風の言葉をかけた。意味はわからん。だが、同時に紫色の炎が燃え広がった。顔を腕で覆った直後、破裂音が響き突風が吹いた。おれは地面にひっくり返った。
咳き込みながら起き上がると状況は一変していた。
サトミのいた場所は地面がごっそりえぐれている。よく無事だったものだ。
離れた場所にサトミが倒れていた。しかし、よろめきつつ立ち上がった。
「あーあ。やってくれたね。今のは?」左右に頭を振りながらおれを睨む。怖い。
しかしサトミは、また玲馬に目標を定めた。
彼は、土が露出しているが平坦な場所を選び、畏れ多くも蛇姫さまの銅鏡を使い五芒星を描いた。さらにさっきの心臓を置くと瓶から聖なるブレンド油?を注ぐ。サトミが駆け出した。
おれはわめきながらサトミの背中に突っ込もうとした。
(まちなさい)声がした。モーガナだ。(まだ、壊れてない)
(やつらに命を与えた『しくみ』がまだ残っている。あれでは足りない。ぼうや、私を拾いなさい)
たしかに、心臓に火がついたのにサトミは動いている。
おれは近くに落ちていたモーガナを抱え走った。しかし、彼女の指示を後回しに、玲馬に迫るサトミの後ろにつくと同時に蹴りを放った。
背に食い込むはずの足が見事に跳ね返った。振り返ったサトミの顔の恐ろしさを、おれはいまも忘れない。
それでもやけくそでパンチを放った。ワンは避けられたが、すくいあげたツーが鳩尾をとらえた。だが、髪の毛を巻いていない右なので、手を掴まれ激痛が走った。
耳のそばでサトミが言った。「あなたの心の中、ちょろっと読んであげた。ドラマな過去ね、あたしほどじゃないけど。そうなの、お母さん事故で死んだの」
サトミは、美味を楽しむ表情をした。そしておれは、胸がつぶれそうで息ができない。
「ぷはっ」だが、それだけだった。
「変ね。今日は調子が悪い」舌打ちしたサトミはおれの首に手をかける。
しかし、シューっと音がして花のような匂いがした。「ばかかてめえ」サトミが罵った。
玲馬だ。火をつけ終えた彼がサトミに消臭剤を吹きかけていた。「ただのファブリーズじゃないぞ。添加剤いり」
「ああっ、ムカつくっ」
おれを捨てて襲い掛かるサトミに玲馬はまたスプレーした。サトミが咳き込む。
(ほら、はやく)声がした。今度は指示通りに駐車場の一角へと走る。
そこには汚れたレンガ製の長方形の塔があった。煙突かもしれない。
(この配置がダメ。三角のどれかを壊さないと)意味は理解できた。
フェンスの向こうに鉄塔があり、建物の際には大きな樹がある。これらを煙突とを線で結べばきれいな三角形を形作る。心臓のあったのはその真ん中だ。これは祭壇なのだ。
単刀直入に聞く。「どれか壊せってこと?」
(そうよ、ぼうや)
鉄塔を見上げた。素手では無理。樹木だって同じ。おれはとっさに煙突レンガを蹴り飛ばす。揺れただけだった。
サトミが苛立っている。玲馬はドラえもんのようにつぎつぎ魔除けグッズを取り出し、相手を防いでいる。モーガナの声がした。
(私をそこに乗せ、髪の毛を巻いた手で叩き潰しなさい。遠慮容赦なく)
「なんだって?」本気かと聞くと、人形はもう一度言った。
(完全に破壊するの。私にはささやかな魔力がある。この澱んだ空間が吹き飛ぶぐらいには。あなたたちも多少、怪我するでしょうが煙突も鉄塔も三角も必ず壊れる。イッツオールオーバー)
「死んじゃうよ、人形が死ぬのかは知らんけど」
(そうね。でもいいの。今夜は楽しかった。ぼうやとも知り合えたし)
おれは息を飲んだ。モーガナは、会ったばかりのおれの犠牲になるというのだ。なんで気軽に死ぬとかいうのだろう。呪いの人形の人生観はよくわからない。
いまや玲馬は、蛇姫様から拝借の銅鏡をサトミに突き出し、祝詞らしきものを唱えている。
サトミは近寄れないようだが、すさまじい笑顔だ。肉を切らせて骨を断つ気かもしれない。トーストが玲馬の前に出て吠え立てているが、気にする様子はない。
(はやく)
おれは大きく息を吸って、「いやだ」と言い、モーガナを胸ポケットに戻した。「そんなの、きらいだ」
(すきとかきらいじゃない)
「おいっこらっサトミっ」闇に叫んだ。「おれを見ろ。お前の復活の根拠をつぶしてやる」
「なんだと」
「修道女様、たのんます」叫びながら左右の拳、両足、肘膝を問わず煙突を叩きまくった。頭突きもかました。皮膚が裂け血が飛んだが「壊れろ、壊れろ」と喚き攻撃する。体当たりもした。狂ったように攻めていると、
(ばかねえ)と声がして、目地にヒビが入ってレンガの角がかけ、割れた。
「まてっ」サトミがおれを見ながら虚空を掻きむしった。頭の中に直接声がした。
「やめて私に従え。お前の母親を生き返らせてやる」
「うそつけ」おれは歯を食いしばって目に浮かぶ母の顔を振り払った。
そして、さらに煙突を蹴って蹴って蹴りまくった。助走をつけて体当たりした。骨にヒビぐらい入ったろうが、ロープを握りしめ攻め続けた。
「あわれな死に方をした親友も蘇るぞ」
今度は勇気の顔だ。寂しそうに笑う勇気。
「勇気」おれは言った。「お前ならわかるだろ」
いきなり破裂音がして、何も見えなくなった。意識が途切れた。
気がつくと、穏やかな風の音がしていた。
玲馬が地面に座り込み、呆然とした顔でおれを見ていた。トーストもいた。サトミはどこにもいない。
「ど、どうなった」
モーガナの声がした。(成功。しかしよくやった。あとでちゃんと薬を塗るのよ)
玲馬の前までよろよろ歩いた。
「終わった…かな」
「終わった…かも」
「サトミ、なんか言ってた?」
「消える寸前、『変なの』って」
「変はお前だ、と言ってやればよかった」
おれは玲馬の手をつかみ、彼を起こした。
「あっ、長島くん怪我してる。えっ、出血だらけ」
「お前が血だらけよりいい。おれは慣れてる」クールに決めたつもりでも声が震えた。というか、手足が今ごろ細かく震えている。
夜空に月が出ていた。時刻はまだ21時過ぎ。ホンマかいな。
遠くに車の音と、とぼけた鳥の鳴き声がした。
血を拭い、震える手で胸のモーガナを取り出そうとする。
「ありがとう、助かった」
(こちらこそ。玲馬の友だちになってくれて、ありがとう)
彼女を玲馬に渡しながら、うっかり涙が噴き出た。こんなのはじめてだ。鼻水も流れた。
おれはモーガナと玲馬の華奢な手を自分の両手で覆い、
「ありがとう。ありがとう。妹が助かった。おれも助かった」と頭を下げた。
玲馬も笑い、泣いていた。トーストだけがはしゃいでいる。
(いやねえ。二人とも。汚れるでしょ)
モーガナは言ったが、声は限りなく優しかった。
「トーストへ!」
「裏の駐車場か?」
「そのはず」
おれたちは夜の中を駆けた。
「まちなよ。楽しもう」サトミだ。闇に意味不明の言葉が響き空気が粘る。足も重い。
「これ、なんだ?」
「たぶんサトミの術」大急ぎで調べ、生前の彼女が従姉妹にあたる赤井翔子を通じ、邪法に親しんだ痕跡を見つけたという。
「時間ぎれで詳しい関係や甦りの全貌はわからない。ただし赤井って人、その筋じゃ有名だったそうだけど、少し前に近くのホテルで死んでいた」
「死んでた?」
「数日はかかる術に挑み、肉体がもたず死んだのではってモーガナが。あ、例の落書きすごく役に立った。顧問団に見せたらいろんな情報を読み出せた。サトミらはおそらく、片手じゃ足りない人命を吸収済みだろうって。許せない」
「モーガナ?顧問団?」そっちが気になる。
「つまり…」
余裕しゃくしゃくでサトミの近づいてくるのが見えた。
「とにかく止めてくる」おれは言った。「このロープで殴れば効くかな」
「こっちを試して」玲馬がビニール袋を差し出す。
「あいつサラダ嫌いなの?」中は野草みたいなのでパンパンだった。
その「神聖なはずの植物」の使用法を聞き、おれはサトミに立ち塞がった。
「君はもう降参?」
「いーや。お口に合いますか」
袋の中の草や枝を彼女の前面に撒いて、逃げる。サトミは「下手な小細工ね」と言いつつ、ヘジコを手に前進した。だが、植物を踏んだとたん足元がうねって泥川みたいになった。
「ちくしょう、そうきたか」髪を振り乱しながら、サトミは唄みたいな文句を唱える。だんだん魔法合戦みたいになってきた。
広いモールを必死で駆け抜け、おれたちはトーストのそばにたどり着いた。平面駐車場の端だ。
玲馬は相当へばっている。白い仮囲いの裏は、土がすっかり露出し小山まである。窪みの中でトーストが尻尾を振っていた。喘ぐ玲馬をそのままに、ジャンプしてサトミの様子を見た。まだ緑と揉めている。がんばれ緑。
「このあとは」
「トーストの足元を探して」あえぎながら玲馬が言った。「我ながら情けない」
赤色灯の光に、古い遺構らしきものが浮かんでいる。土や瓦礫とは違う塊をトーストが示した。掘り出したのだろうか。けっこう使える犬だ。バカにしてごめん。
「なんか汚いのがあるぞ。ウンコとかじゃないよな」
冗談めかしたが、異様な気配がするのですぐわかった。今夜はそんなのばっかりだ。
「このウン、いやかつお節みたいなのは…」
「ミイラ化した内臓、たぶん心臓と骨片の癒着物かな」
「おえっ」
「これが騒ぎの直接の始まりであり終わり」と彼は言い、破壊し決着をつけると宣言した。疑問反論が胸をよぎらないでもないが、こうなったら付き合うしかない。
幸運は、サトミがイマイチ重要性を認識していない点だという。「さっきの続きだけど、サトミ本人じゃなく赤井が彼女を復活させた。それも完全ではなかったから、あんな統一性のない魔物になったと思われる」
「自分の復活したわけが、全部は把握できてないって?』
「そんなとこかな」
「ふーん。でもサトミも可哀想かも」と、自分でも意外なセリフが口から出た。「この世にいる理由が分かってないなんて」
(だれでもそう)
また、あの声が聞こえた。
優しいのに地獄から響くような声音。ビビるおれに、「紹介します。彼女がモーガナ」
それは薫の部屋にいそうな、掌に乗るほどの人形だった。素朴な目鼻の手作りっぽい少女像。しかし姿が目に入ると、おれの意識が足を踏み外し、深い深い底へと落ちて行く。
「あ、気をつけて」玲馬がおれを揺すっている。「やっぱり長島くん、霊的な感性がすごい。だから目をつけられたのかな」
「あまりうれしくないよ。で、こちらの方は…」
「分類上は身代わり人形」
「身代わり?」
呪いを引き受けるうち、自らが桁外れの呪いと化したモーガナは、霊障によるトラブルのために各地を流浪の末、玲馬の祖母の元へ落ち着いた。その曰く付きの存在をこっそり持ち出してきたのだ。
「敵はめったにいない危険な死霊。でも対決のための時間も経験もない」
そこで思い切ってモーガナに同行を頼んだ。「いちおうぼく世話係だし。そしたら、日ごろの義理もあるし特別に手伝ってくれるって」
「呪いの人形に義理?」呆れたが、思い出したことがあった。「じゃあ、学校での独り言は…」
「他にもいるけどね。みんな好奇心が強くて」
「空想のお友だちかと思ってた」
「そのほうが都合いい」
今度ははっきり声がした。(うふふ。こんばんは、よろしくね)
「ど、どうも。お世話になります)
(なかなか楽隠居させてもらえないのよ)
「あーら休憩?」遠くからサトミの声がした。
髪も服も乱れに乱れている。力任せに植物園から抜け出したせいだ。まだしつこく足に絡むツタを、サトミは甲高く呪文をとなえ焼き切った。「もうおしまい。逃げられないよ」
役割分担を終えたおれたちは、サトミに向き合った。
再びおれはロープを巻いた拳を構えた。だが、ケンイチと威圧感が違い過ぎる。緊張する耳に明るい音楽が届いた。胸ポケットに移動したモーガナの鼻歌だ。ケセラ、セラと唄っている。
玲馬が静かに宣言した。
「早野聡美さん。元の場所へとお戻りを」
「あら、元の場所って今のここよ」
玲馬は地面からさっきの塊を拾い上げ、くるっと後ろを向き走り出した。サトミは苦笑して見ていたが、くんくん鼻を鳴らし、「しまった」と急に恐ろしい叫びをあげ、追いかけはじめた。
(まだよ)声がした。
目の前をサトミが通り過ぎようとしている。
(そら、いま)
「お願いしますっ」おれは横をすり抜けようとしたサトミに手を伸ばし、モーガナを押し付けた。
一瞬、時間が停まった。目玉だけ動かしサトミは胸元のモーガナを見下ろす。モーガナが外国語風の言葉をかけた。意味はわからん。だが、同時に紫色の炎が燃え広がった。顔を腕で覆った直後、破裂音が響き突風が吹いた。おれは地面にひっくり返った。
咳き込みながら起き上がると状況は一変していた。
サトミのいた場所は地面がごっそりえぐれている。よく無事だったものだ。
離れた場所にサトミが倒れていた。しかし、よろめきつつ立ち上がった。
「あーあ。やってくれたね。今のは?」左右に頭を振りながらおれを睨む。怖い。
しかしサトミは、また玲馬に目標を定めた。
彼は、土が露出しているが平坦な場所を選び、畏れ多くも蛇姫さまの銅鏡を使い五芒星を描いた。さらにさっきの心臓を置くと瓶から聖なるブレンド油?を注ぐ。サトミが駆け出した。
おれはわめきながらサトミの背中に突っ込もうとした。
(まちなさい)声がした。モーガナだ。(まだ、壊れてない)
(やつらに命を与えた『しくみ』がまだ残っている。あれでは足りない。ぼうや、私を拾いなさい)
たしかに、心臓に火がついたのにサトミは動いている。
おれは近くに落ちていたモーガナを抱え走った。しかし、彼女の指示を後回しに、玲馬に迫るサトミの後ろにつくと同時に蹴りを放った。
背に食い込むはずの足が見事に跳ね返った。振り返ったサトミの顔の恐ろしさを、おれはいまも忘れない。
それでもやけくそでパンチを放った。ワンは避けられたが、すくいあげたツーが鳩尾をとらえた。だが、髪の毛を巻いていない右なので、手を掴まれ激痛が走った。
耳のそばでサトミが言った。「あなたの心の中、ちょろっと読んであげた。ドラマな過去ね、あたしほどじゃないけど。そうなの、お母さん事故で死んだの」
サトミは、美味を楽しむ表情をした。そしておれは、胸がつぶれそうで息ができない。
「ぷはっ」だが、それだけだった。
「変ね。今日は調子が悪い」舌打ちしたサトミはおれの首に手をかける。
しかし、シューっと音がして花のような匂いがした。「ばかかてめえ」サトミが罵った。
玲馬だ。火をつけ終えた彼がサトミに消臭剤を吹きかけていた。「ただのファブリーズじゃないぞ。添加剤いり」
「ああっ、ムカつくっ」
おれを捨てて襲い掛かるサトミに玲馬はまたスプレーした。サトミが咳き込む。
(ほら、はやく)声がした。今度は指示通りに駐車場の一角へと走る。
そこには汚れたレンガ製の長方形の塔があった。煙突かもしれない。
(この配置がダメ。三角のどれかを壊さないと)意味は理解できた。
フェンスの向こうに鉄塔があり、建物の際には大きな樹がある。これらを煙突とを線で結べばきれいな三角形を形作る。心臓のあったのはその真ん中だ。これは祭壇なのだ。
単刀直入に聞く。「どれか壊せってこと?」
(そうよ、ぼうや)
鉄塔を見上げた。素手では無理。樹木だって同じ。おれはとっさに煙突レンガを蹴り飛ばす。揺れただけだった。
サトミが苛立っている。玲馬はドラえもんのようにつぎつぎ魔除けグッズを取り出し、相手を防いでいる。モーガナの声がした。
(私をそこに乗せ、髪の毛を巻いた手で叩き潰しなさい。遠慮容赦なく)
「なんだって?」本気かと聞くと、人形はもう一度言った。
(完全に破壊するの。私にはささやかな魔力がある。この澱んだ空間が吹き飛ぶぐらいには。あなたたちも多少、怪我するでしょうが煙突も鉄塔も三角も必ず壊れる。イッツオールオーバー)
「死んじゃうよ、人形が死ぬのかは知らんけど」
(そうね。でもいいの。今夜は楽しかった。ぼうやとも知り合えたし)
おれは息を飲んだ。モーガナは、会ったばかりのおれの犠牲になるというのだ。なんで気軽に死ぬとかいうのだろう。呪いの人形の人生観はよくわからない。
いまや玲馬は、蛇姫様から拝借の銅鏡をサトミに突き出し、祝詞らしきものを唱えている。
サトミは近寄れないようだが、すさまじい笑顔だ。肉を切らせて骨を断つ気かもしれない。トーストが玲馬の前に出て吠え立てているが、気にする様子はない。
(はやく)
おれは大きく息を吸って、「いやだ」と言い、モーガナを胸ポケットに戻した。「そんなの、きらいだ」
(すきとかきらいじゃない)
「おいっこらっサトミっ」闇に叫んだ。「おれを見ろ。お前の復活の根拠をつぶしてやる」
「なんだと」
「修道女様、たのんます」叫びながら左右の拳、両足、肘膝を問わず煙突を叩きまくった。頭突きもかました。皮膚が裂け血が飛んだが「壊れろ、壊れろ」と喚き攻撃する。体当たりもした。狂ったように攻めていると、
(ばかねえ)と声がして、目地にヒビが入ってレンガの角がかけ、割れた。
「まてっ」サトミがおれを見ながら虚空を掻きむしった。頭の中に直接声がした。
「やめて私に従え。お前の母親を生き返らせてやる」
「うそつけ」おれは歯を食いしばって目に浮かぶ母の顔を振り払った。
そして、さらに煙突を蹴って蹴って蹴りまくった。助走をつけて体当たりした。骨にヒビぐらい入ったろうが、ロープを握りしめ攻め続けた。
「あわれな死に方をした親友も蘇るぞ」
今度は勇気の顔だ。寂しそうに笑う勇気。
「勇気」おれは言った。「お前ならわかるだろ」
いきなり破裂音がして、何も見えなくなった。意識が途切れた。
気がつくと、穏やかな風の音がしていた。
玲馬が地面に座り込み、呆然とした顔でおれを見ていた。トーストもいた。サトミはどこにもいない。
「ど、どうなった」
モーガナの声がした。(成功。しかしよくやった。あとでちゃんと薬を塗るのよ)
玲馬の前までよろよろ歩いた。
「終わった…かな」
「終わった…かも」
「サトミ、なんか言ってた?」
「消える寸前、『変なの』って」
「変はお前だ、と言ってやればよかった」
おれは玲馬の手をつかみ、彼を起こした。
「あっ、長島くん怪我してる。えっ、出血だらけ」
「お前が血だらけよりいい。おれは慣れてる」クールに決めたつもりでも声が震えた。というか、手足が今ごろ細かく震えている。
夜空に月が出ていた。時刻はまだ21時過ぎ。ホンマかいな。
遠くに車の音と、とぼけた鳥の鳴き声がした。
血を拭い、震える手で胸のモーガナを取り出そうとする。
「ありがとう、助かった」
(こちらこそ。玲馬の友だちになってくれて、ありがとう)
彼女を玲馬に渡しながら、うっかり涙が噴き出た。こんなのはじめてだ。鼻水も流れた。
おれはモーガナと玲馬の華奢な手を自分の両手で覆い、
「ありがとう。ありがとう。妹が助かった。おれも助かった」と頭を下げた。
玲馬も笑い、泣いていた。トーストだけがはしゃいでいる。
(いやねえ。二人とも。汚れるでしょ)
モーガナは言ったが、声は限りなく優しかった。
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─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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