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第5話 タンタロスの憂鬱
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「考えたんだけど」おれは言った。
「社長とウチのおやじが昔、サトミとケンイチの死に関係あったとか。よくあるだろ、真の狙いはその親への復讐だっての」
玲馬は黙っている。
「ちょっとまだるっこしいか」
答えをくれというより、自問自答のつもりだった。だが、彼は長考の末に口を開いた。
「動機なんて、筋の通った理由なんて、実はないのかも」
「?」
「やつらは『タンタロスの苦しみ』の中にいて、苦痛を逃れようと他者をなぶっているだけかもしれない」
「なんじゃい、それ」
「説明したいけど、すんごく長くなるからまた今度」
お祓いを含む対策については、玲馬が今夜さっそく「知人」に相談してくれることになった。
立ち上がった玲馬が祠に一礼し、おれも真似した。二人と一匹は並んで歩きはじめた。空は朱みを帯び、金色の雲が流れている。夕日にトーストの毛が焼きたてパンのように光った。
「美味しそうだ」
「犬と猫の仲良し動画ってあるでしょ。あれ見てから弟が猫を欲しがって。アンかベリーって名前にしたいそう」
「ブレーメンの音楽隊みたいに上に乗せるのか」
「即座に理解してくれてすごくうれしい」
相方だった勇気とは、あれだけ一緒にいて、こんな気楽なやり取りの記憶はない。彼はおれ以上に面倒な家庭に生まれ、奥にすごく頑なな所があった。長く生きればまた違ったのだろうか。
公園を出て大通りに差し掛かると、スマホが震えた。
優里さんだった。薫がいなくなったを繰り返す。食卓に「でかけてくる」と置き手紙があったという。
優里さんというおれの継母は、体も心も丸っこくて気のいい人物だ。それが珍しく悲鳴みたいな声をあげていた。
「置き手紙ってなんだよ」おれの声も裏返った。大正時代が舞台のマンガを愛読している薫だ。それぐらいやるかもしれない。心当たりを見て回ると約束した。
「ちょっと面倒が起こった」手短かに事情を伝え、手伝いは不要と先に断った。
すると玲馬は、山奥にある湖みたいな瞳でおれを見た。
「モールに行くなら一人ではだめだ。ぼく、一度家に戻って準備してくる。すぐだよ。それから二人で行こう」
「いいよ無理しなくて。軽く見て回るだけだし。夜遊びはやめとけ」そう言っておれは玲馬と犬と別れた。
何ヵ所か回ってモア・モールに着くと、空はもう暗かった。流れる雲が早い。
閉店時間前なのに「本日は終了しました」とある。
人けが無い。照明も絞ってあり、指折りの大型施設が廃業したラブホに見える。
嫌な予感しかせず、正直なところめちゃくちゃ心細かった。
見慣れた建物がおばけの顔のようだ。
つい、横に玲馬がいないかを確かめ、アホかと自分を叱った。知り合って間もないただのクラスメイトに何を期待しているのか。
覚悟をきめ、モールの本館へと近づく。
–––– いた。いてほしくないのが。
夜間出入口の表示の下に影が滲み出てくすくす笑う。
「おまえが和希?イメージと違う。もっと暑苦しいのかと」
「妹はどこだ」
「ちゃんといるよ」ケンイチの姿は、あきれるほど今の高校生だった。
だぶっとしたTシャツにだぶっとしたパンツ。あごの細い小づくりの顔。しかし目つきは年取った爬虫類みたいだ。
「なぜ妹にこだわる?」とりあえず、一番知りたいことを聞いた。「あんたらと関係ない」
「関係ないことはないさ」ケンイチは薄い唇を歪ませた。「もしかして、僕らがなにかわかってない?」
「死人だろ。20何年か前にここで事故って死んだ」
「なら、ちょっとは怖がれよ」
「ボケ。もういっぺん死ね」おれは強がりだけはうまい。
「お前さあ。そんなこと言っていいの?殺すよ?」
「あんたらさ、昼間は何してんだ?」偉そうな態度に、おれは正直に聞いてしまった。昔からの悪いくせだ。
「学校でもバイトでもないし、スタバでパソコンでもない。あ、25年分進化したゲームに夢中か。墓ん中で」
死霊に顔色を変える機能はないらしく、ケンイチの口元のシワだけが深くなった。「そうかい。スマホは使い慣れてきたけどな」
鈍いおれもピンときた。
「そっか。あれはお前らの…」電話はこいつらの罠だったのだ。
何かケンイチが言おうとすると、
「お兄ちゃん!」幼い呼び声がした。
「かおるか?迎えにきたぞ」
「きゃっ、感動の対面」闇に16、7の女の子が浮かんだ。サトミだ。
暗くても愛らしいのはわかった。嫌な感じの黒いマスコットを首に下げている。視線に気づいたのか、「これ、ヘジコ。よろしく」と、一歩前にでた。
みぞおちが急に重く感じた。気配のヤバさがケンイチとはレベル違いだ。
「あーら」しかしサトミは明るくおれを指さした。「これで、決まりね」
「なんのことだ?」
「ケンイチ、教えてないの?」口調はぞっとするほど冷たい。ボスは絶対こっち。「ま、いっか。ゆっくりしてって。試したいの、君の身体を」
どうやら玲馬の推理は当たっていた。
彼女のかたわらに小さな人影があった。暗くてよく見えないが、「かおるかっ」と声をかけると、コクコクうなずいた。
サトミが言った。「君、割と気に入った。男になるのもいいかもね。とりあえず顔は好みよ」
「それはどうも」おれはとっさに飛び出し、薫の手をつかんで駆け出した。が、すぐに感触のおかしさに気がついた。
たしかにおれは小さな手をつかんだ。しかしそれは傷だらけの人形のものだった。やっぱりそうきたか。
「ねえ、早く連れていってよ」振りほどこうとしたが離れない。
「そら、お前らも遊んでもらえ」影から5、6体のボロ人形が飛び出しおれにしがみつく。手にも首にもぶら下がられ息ができない。サトミのけらけら笑いを聞きながら、意識が飛びそうになる。
「こら、握手はひとり一回のみ!」きっぱりした声が響いた。
悲鳴とともに呼吸が戻り、体が一挙に軽くなる。あえぐおれに玲馬が言った。
「遅れてごめん。準備に手間取った」
お菓子を配るみたいに玲馬が何かを袋から取り出すたび、人形たちはのけぞりくたくたと崩れた。
「きみ、珍しいね」玲馬が薫役の人形を追いかけ袋ごと押しあてると、地面に突っ伏して動かなくなった。
「ばがだな、なんできたんだ」声がうまく出ない。
すまし顔の玲馬は「これ、お祓いパック。家にあったお守りとか魔除けを詰め込んできた。喧嘩しないかちょっと心配」
彼の格好もすごかった。作業着風の黒っぽい上下に肘当て膝当て、背中にはリュック。さらに別のバッグを肩から襷掛けしている。
あらためて玲馬の顔を見ると、彼もおれを見返しうなずいた。
「よし、ふたりでお祓いだ」
こいつ、本気でおれを助けるつもりだ。相手は死霊だぞ。
ふいに何かが込み上げ、おれは慌てて顔を腕でこすった。
「お仲間くん、どうやって入ったの?」静かにサトミがやってきた。結界をいかに破ったかを聞いている。
だが急停止した。凄まじい目でにらむ。「おまえなんだ?そこにいるな?」
すばやく後ろに下がるとケンイチを前へ押し出した。
「あいつ、パシリ?」玲馬が聞いた。
「らしい」
「なんだガキじゃん」ケンイチは吐き捨てた。「ママのもとへ帰れ」
玲馬は背筋を伸ばし、「あなたは国本謙一さん。享年十七歳」
沈黙のあと「それがどうした」と返事があった。「いいえ、確認です」
玲馬がおれの耳に顔を寄せた。「真の名を告げたら慌てると思ったのに」
「そんなもんさ」
ケンイチが掌を玲馬に向けた。へジコが紐でぶら下がっている。
「こないだのでっかいハゲもこれで黙らせた。かなり苦しいみたいだよ、心臓麻痺」
前に出ようとしたおれを玲馬は制した。「大丈夫。ぼくも持ってる」
何も起こらない。怒って玲馬に飛びかかるケンイチに体当たりを食らわせたが、ふにゃっと手応えが薄い。
玲馬がお守りパックをかざすとのけぞったので、それを借りていったん追い払い、反撃準備を整えた。
「全くの霊体でもなく完全な実体でもない。なんだろ。鬼と呼ぶべき?」と言いつつ玲馬はリュックを探る。ラップに包まれた瓶が顔を出した。
「長島くん、火炎瓶って経験ある?」
「ねえよ。あっ、これがそうか」
いくら元札付きの非行少年でも火炎瓶までは手を出していない。
「じゃあぼくが」そう玲馬が言うと、知らない声がした。
(ぼうやにあの『髪』を渡しなさい。きっと相性がいい)
少女みたいな声なのに、ずしりと腹に響く凄みがある。
「えっ、だれの声?」
「えっ、聞こえた?」と、玲馬。やけに嬉しそうだ。
「聞こえた。しっかりと」
「すばらしい」
次に玲馬が取り出したのは、小さな飾りのついた古びたロープだった。
しかし、一挙にあたりの空気が変わった。
「もしかして人の髪の毛?」
「さようにございます」玲馬のやつ、けっこうはしゃいでいる。大丈夫か。
「これは、さる徳の高い修道女の遺髪ですが、実は…」
「あとでいい」おれは渋い顔をしてみせた。「神戸の家って、こんなのばっかりあんの」
「ウォーレン夫妻のおうちよりは控えめだと思う」
「まさか、引っ越ししてきたのもそのせい?」
「そ、そんなこと…は、ないよ、きっと」
(得意の側の拳に巻いたら、火の準備のすむまで守ってやって)
またさっきの声がした。今度はおれにだ。とても逆らえない。
ビビりながら受け取って、バンテージの要領で左拳に巻く。
これ、絶対やばいと思ったが、全身に得体の知れない力が伝わって、恐怖が少し和らいた。よし。
左右の拳で相手を突く構えをとった。昔のベアナックル風だ。祖父に習った構えでもある。じいちゃん、おれたちを守ってくれ。
「へへへ。無駄な抵抗は、やめといたら」ケンイチがじりじりと近づいてきた。サトミは少し離れ、冷たくこちらを見ている。
次の瞬間、ケンイチは目の前に現れた。さらに空中へと跳ね上がる。体操選手みたいなやつだ。そのまま、「バア」と言いながら玲馬にダイブする。
だが、おれの拳が間に合った。なんか動きがめっちゃ良い。拳は肋骨と顎にヒットして、おかしな手応えが返ってきた。
やつはいったん地面に転がったが、蜘蛛みたいに四つん這いになって後ろに下がり、咳き込みながら立ち上がった。しかし器用なやつ。
妖しい髪を巻いた拳を、また突き出すように構える。
「しーらね。おれを怒らせたな」怒った犬みたいに顔になったケンイチは、へジコを持った片手でおれの胸を指差した。まずい。胸がぞわぞわする。
「おまたせ!」玲馬が火のついた火炎瓶をケンイチの足元に叩きつけた。
映画みたいな燃え上がり方はせず、美しい緑色の炎がゆったり広がった。
「ひええ、あちいあちい」おどけたケンイチは炎の上でステップを踏んでみせた。だが、すぐに顔つきが一変した。「てめえっ」
彼は、燃えてもいないのに棒立ちとなり、みるみる生気を失った。地面に倒れると丸まって動かなくなった。
「やったか?」
「たぶん」厳しい顔の玲馬に小声で聞いた。「火炎瓶の中身、なんなの?」
「家になぜか聖なる秘法?の油ってのが飾ってあって、ずっと目をつけてた。それをブレンド」
「おれの家なんかヘルシーなオイルしかないよ」
「だめねえ、弱虫」サトミの声がした。「あいつらを代わりにしようか」
一方、玲馬はあたりを見回し耳をすませている。
「これからどうする」とささやく。
「もうまもなくだと思うんだけど…」
彼がそう言ったとたん、「意外にやるね」という声がすぐ近くでした。
目の前にサトミの可愛い顔があった。思わず悲鳴が漏れる。
サトミはおれをぶっ飛ばし、玲馬の首をつかむと片手で持ち上げた。
「細っこい首、へし折ってやるよ」
しかし玲馬も負けてはいない。カーゴポケットからつかみ出したものをサトミの顔に叩きつけた。
当たる直前、サトミは一挙に10㍍は飛び下がった。すごい跳躍力だ。首を振り、おれたちをにらむ。「なによ、それ」
玲馬を助け起こすと、黒っぽい塊を握りしめていた。
「蛇姫さまの祠から拝借した。もし御神体だったら謝っといて」
霊力があるはずだと、祠の奥にあった銅鏡を持ってきたという。
「おまえなあ、いつの間に」
「もう、お前たちの身体はいいや。苦しめて、殺してやる」
サトミの宣言に、玲馬は姿勢を正し深呼吸すると、すっかり死霊っぽくなった彼女に言葉を投げかけた。「あなたは早野聡美さん、享年17歳」
「それがどうかしたの」うっすら笑いが返ってきた。
「赤井翔子さんは、従姉妹でしたよね」
サトミの目が細まった。かすかな動揺。
「…そうだったかな」
どこかで犬が吠えた。
「じゃあまた!」玲馬が駆け出し、おれもあとを追った。
「社長とウチのおやじが昔、サトミとケンイチの死に関係あったとか。よくあるだろ、真の狙いはその親への復讐だっての」
玲馬は黙っている。
「ちょっとまだるっこしいか」
答えをくれというより、自問自答のつもりだった。だが、彼は長考の末に口を開いた。
「動機なんて、筋の通った理由なんて、実はないのかも」
「?」
「やつらは『タンタロスの苦しみ』の中にいて、苦痛を逃れようと他者をなぶっているだけかもしれない」
「なんじゃい、それ」
「説明したいけど、すんごく長くなるからまた今度」
お祓いを含む対策については、玲馬が今夜さっそく「知人」に相談してくれることになった。
立ち上がった玲馬が祠に一礼し、おれも真似した。二人と一匹は並んで歩きはじめた。空は朱みを帯び、金色の雲が流れている。夕日にトーストの毛が焼きたてパンのように光った。
「美味しそうだ」
「犬と猫の仲良し動画ってあるでしょ。あれ見てから弟が猫を欲しがって。アンかベリーって名前にしたいそう」
「ブレーメンの音楽隊みたいに上に乗せるのか」
「即座に理解してくれてすごくうれしい」
相方だった勇気とは、あれだけ一緒にいて、こんな気楽なやり取りの記憶はない。彼はおれ以上に面倒な家庭に生まれ、奥にすごく頑なな所があった。長く生きればまた違ったのだろうか。
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「置き手紙ってなんだよ」おれの声も裏返った。大正時代が舞台のマンガを愛読している薫だ。それぐらいやるかもしれない。心当たりを見て回ると約束した。
「ちょっと面倒が起こった」手短かに事情を伝え、手伝いは不要と先に断った。
すると玲馬は、山奥にある湖みたいな瞳でおれを見た。
「モールに行くなら一人ではだめだ。ぼく、一度家に戻って準備してくる。すぐだよ。それから二人で行こう」
「いいよ無理しなくて。軽く見て回るだけだし。夜遊びはやめとけ」そう言っておれは玲馬と犬と別れた。
何ヵ所か回ってモア・モールに着くと、空はもう暗かった。流れる雲が早い。
閉店時間前なのに「本日は終了しました」とある。
人けが無い。照明も絞ってあり、指折りの大型施設が廃業したラブホに見える。
嫌な予感しかせず、正直なところめちゃくちゃ心細かった。
見慣れた建物がおばけの顔のようだ。
つい、横に玲馬がいないかを確かめ、アホかと自分を叱った。知り合って間もないただのクラスメイトに何を期待しているのか。
覚悟をきめ、モールの本館へと近づく。
–––– いた。いてほしくないのが。
夜間出入口の表示の下に影が滲み出てくすくす笑う。
「おまえが和希?イメージと違う。もっと暑苦しいのかと」
「妹はどこだ」
「ちゃんといるよ」ケンイチの姿は、あきれるほど今の高校生だった。
だぶっとしたTシャツにだぶっとしたパンツ。あごの細い小づくりの顔。しかし目つきは年取った爬虫類みたいだ。
「なぜ妹にこだわる?」とりあえず、一番知りたいことを聞いた。「あんたらと関係ない」
「関係ないことはないさ」ケンイチは薄い唇を歪ませた。「もしかして、僕らがなにかわかってない?」
「死人だろ。20何年か前にここで事故って死んだ」
「なら、ちょっとは怖がれよ」
「ボケ。もういっぺん死ね」おれは強がりだけはうまい。
「お前さあ。そんなこと言っていいの?殺すよ?」
「あんたらさ、昼間は何してんだ?」偉そうな態度に、おれは正直に聞いてしまった。昔からの悪いくせだ。
「学校でもバイトでもないし、スタバでパソコンでもない。あ、25年分進化したゲームに夢中か。墓ん中で」
死霊に顔色を変える機能はないらしく、ケンイチの口元のシワだけが深くなった。「そうかい。スマホは使い慣れてきたけどな」
鈍いおれもピンときた。
「そっか。あれはお前らの…」電話はこいつらの罠だったのだ。
何かケンイチが言おうとすると、
「お兄ちゃん!」幼い呼び声がした。
「かおるか?迎えにきたぞ」
「きゃっ、感動の対面」闇に16、7の女の子が浮かんだ。サトミだ。
暗くても愛らしいのはわかった。嫌な感じの黒いマスコットを首に下げている。視線に気づいたのか、「これ、ヘジコ。よろしく」と、一歩前にでた。
みぞおちが急に重く感じた。気配のヤバさがケンイチとはレベル違いだ。
「あーら」しかしサトミは明るくおれを指さした。「これで、決まりね」
「なんのことだ?」
「ケンイチ、教えてないの?」口調はぞっとするほど冷たい。ボスは絶対こっち。「ま、いっか。ゆっくりしてって。試したいの、君の身体を」
どうやら玲馬の推理は当たっていた。
彼女のかたわらに小さな人影があった。暗くてよく見えないが、「かおるかっ」と声をかけると、コクコクうなずいた。
サトミが言った。「君、割と気に入った。男になるのもいいかもね。とりあえず顔は好みよ」
「それはどうも」おれはとっさに飛び出し、薫の手をつかんで駆け出した。が、すぐに感触のおかしさに気がついた。
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「ねえ、早く連れていってよ」振りほどこうとしたが離れない。
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「こら、握手はひとり一回のみ!」きっぱりした声が響いた。
悲鳴とともに呼吸が戻り、体が一挙に軽くなる。あえぐおれに玲馬が言った。
「遅れてごめん。準備に手間取った」
お菓子を配るみたいに玲馬が何かを袋から取り出すたび、人形たちはのけぞりくたくたと崩れた。
「きみ、珍しいね」玲馬が薫役の人形を追いかけ袋ごと押しあてると、地面に突っ伏して動かなくなった。
「ばがだな、なんできたんだ」声がうまく出ない。
すまし顔の玲馬は「これ、お祓いパック。家にあったお守りとか魔除けを詰め込んできた。喧嘩しないかちょっと心配」
彼の格好もすごかった。作業着風の黒っぽい上下に肘当て膝当て、背中にはリュック。さらに別のバッグを肩から襷掛けしている。
あらためて玲馬の顔を見ると、彼もおれを見返しうなずいた。
「よし、ふたりでお祓いだ」
こいつ、本気でおれを助けるつもりだ。相手は死霊だぞ。
ふいに何かが込み上げ、おれは慌てて顔を腕でこすった。
「お仲間くん、どうやって入ったの?」静かにサトミがやってきた。結界をいかに破ったかを聞いている。
だが急停止した。凄まじい目でにらむ。「おまえなんだ?そこにいるな?」
すばやく後ろに下がるとケンイチを前へ押し出した。
「あいつ、パシリ?」玲馬が聞いた。
「らしい」
「なんだガキじゃん」ケンイチは吐き捨てた。「ママのもとへ帰れ」
玲馬は背筋を伸ばし、「あなたは国本謙一さん。享年十七歳」
沈黙のあと「それがどうした」と返事があった。「いいえ、確認です」
玲馬がおれの耳に顔を寄せた。「真の名を告げたら慌てると思ったのに」
「そんなもんさ」
ケンイチが掌を玲馬に向けた。へジコが紐でぶら下がっている。
「こないだのでっかいハゲもこれで黙らせた。かなり苦しいみたいだよ、心臓麻痺」
前に出ようとしたおれを玲馬は制した。「大丈夫。ぼくも持ってる」
何も起こらない。怒って玲馬に飛びかかるケンイチに体当たりを食らわせたが、ふにゃっと手応えが薄い。
玲馬がお守りパックをかざすとのけぞったので、それを借りていったん追い払い、反撃準備を整えた。
「全くの霊体でもなく完全な実体でもない。なんだろ。鬼と呼ぶべき?」と言いつつ玲馬はリュックを探る。ラップに包まれた瓶が顔を出した。
「長島くん、火炎瓶って経験ある?」
「ねえよ。あっ、これがそうか」
いくら元札付きの非行少年でも火炎瓶までは手を出していない。
「じゃあぼくが」そう玲馬が言うと、知らない声がした。
(ぼうやにあの『髪』を渡しなさい。きっと相性がいい)
少女みたいな声なのに、ずしりと腹に響く凄みがある。
「えっ、だれの声?」
「えっ、聞こえた?」と、玲馬。やけに嬉しそうだ。
「聞こえた。しっかりと」
「すばらしい」
次に玲馬が取り出したのは、小さな飾りのついた古びたロープだった。
しかし、一挙にあたりの空気が変わった。
「もしかして人の髪の毛?」
「さようにございます」玲馬のやつ、けっこうはしゃいでいる。大丈夫か。
「これは、さる徳の高い修道女の遺髪ですが、実は…」
「あとでいい」おれは渋い顔をしてみせた。「神戸の家って、こんなのばっかりあんの」
「ウォーレン夫妻のおうちよりは控えめだと思う」
「まさか、引っ越ししてきたのもそのせい?」
「そ、そんなこと…は、ないよ、きっと」
(得意の側の拳に巻いたら、火の準備のすむまで守ってやって)
またさっきの声がした。今度はおれにだ。とても逆らえない。
ビビりながら受け取って、バンテージの要領で左拳に巻く。
これ、絶対やばいと思ったが、全身に得体の知れない力が伝わって、恐怖が少し和らいた。よし。
左右の拳で相手を突く構えをとった。昔のベアナックル風だ。祖父に習った構えでもある。じいちゃん、おれたちを守ってくれ。
「へへへ。無駄な抵抗は、やめといたら」ケンイチがじりじりと近づいてきた。サトミは少し離れ、冷たくこちらを見ている。
次の瞬間、ケンイチは目の前に現れた。さらに空中へと跳ね上がる。体操選手みたいなやつだ。そのまま、「バア」と言いながら玲馬にダイブする。
だが、おれの拳が間に合った。なんか動きがめっちゃ良い。拳は肋骨と顎にヒットして、おかしな手応えが返ってきた。
やつはいったん地面に転がったが、蜘蛛みたいに四つん這いになって後ろに下がり、咳き込みながら立ち上がった。しかし器用なやつ。
妖しい髪を巻いた拳を、また突き出すように構える。
「しーらね。おれを怒らせたな」怒った犬みたいに顔になったケンイチは、へジコを持った片手でおれの胸を指差した。まずい。胸がぞわぞわする。
「おまたせ!」玲馬が火のついた火炎瓶をケンイチの足元に叩きつけた。
映画みたいな燃え上がり方はせず、美しい緑色の炎がゆったり広がった。
「ひええ、あちいあちい」おどけたケンイチは炎の上でステップを踏んでみせた。だが、すぐに顔つきが一変した。「てめえっ」
彼は、燃えてもいないのに棒立ちとなり、みるみる生気を失った。地面に倒れると丸まって動かなくなった。
「やったか?」
「たぶん」厳しい顔の玲馬に小声で聞いた。「火炎瓶の中身、なんなの?」
「家になぜか聖なる秘法?の油ってのが飾ってあって、ずっと目をつけてた。それをブレンド」
「おれの家なんかヘルシーなオイルしかないよ」
「だめねえ、弱虫」サトミの声がした。「あいつらを代わりにしようか」
一方、玲馬はあたりを見回し耳をすませている。
「これからどうする」とささやく。
「もうまもなくだと思うんだけど…」
彼がそう言ったとたん、「意外にやるね」という声がすぐ近くでした。
目の前にサトミの可愛い顔があった。思わず悲鳴が漏れる。
サトミはおれをぶっ飛ばし、玲馬の首をつかむと片手で持ち上げた。
「細っこい首、へし折ってやるよ」
しかし玲馬も負けてはいない。カーゴポケットからつかみ出したものをサトミの顔に叩きつけた。
当たる直前、サトミは一挙に10㍍は飛び下がった。すごい跳躍力だ。首を振り、おれたちをにらむ。「なによ、それ」
玲馬を助け起こすと、黒っぽい塊を握りしめていた。
「蛇姫さまの祠から拝借した。もし御神体だったら謝っといて」
霊力があるはずだと、祠の奥にあった銅鏡を持ってきたという。
「おまえなあ、いつの間に」
「もう、お前たちの身体はいいや。苦しめて、殺してやる」
サトミの宣言に、玲馬は姿勢を正し深呼吸すると、すっかり死霊っぽくなった彼女に言葉を投げかけた。「あなたは早野聡美さん、享年17歳」
「それがどうかしたの」うっすら笑いが返ってきた。
「赤井翔子さんは、従姉妹でしたよね」
サトミの目が細まった。かすかな動揺。
「…そうだったかな」
どこかで犬が吠えた。
「じゃあまた!」玲馬が駆け出し、おれもあとを追った。
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俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
合成師
盾乃あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
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