未姫(ひつじひめ)の困惑  

布留洋一朗

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第4話 婚約者(候補)たちよ!

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「メグ様、お気をたしかに」
「も、もちろん、なんともありませんっ」
 よろよろと座り込むのが悔しく、脚を広げ懸命にふんばると、どこからか布地の裂ける音がした。
「あら、やだ」
 困り顔の女たちに混じって、黒狐が懸命に聞こえなかったふりをしている。おっかない見た目に似合わず、繊細なところのある奴だ。

 メグがうろたえたのは、自分が騒ぎの中心と自覚したためだけではない。それを認識したとたん、頭に浮かんだ三つの鐘に関する伝承のせいだった。
 それは、「鐘はただ一人の持ち主を自ら選ぶ」というものであった。
 彼女の父、海燕公は母との結婚を機に、双樹の国の伝説的な神具「歌う鐘」の所有者となった。これは、ただ双樹の指導者層が認めて実現したのではなく、長く持ち主が不在だった当の「歌う鐘」自体が彼を認めたためだと聞かされている。どう選んだのかはメグは知らないが、とにかく鐘は父を受け入れた。そして、認めた所有者の手元にあれば、鐘は自然と天候の安定に力を発揮し続けその人物を支える。
 しかし、別の人間が能力を役立たせようとしても、鐘はそれを拒む。もし、所有者以外が正当な理由と儀式のないまま鐘を使おうとするならば、使おうとした人間あるいは本来の所有者のいずれか、鐘の不興を被った方が死ぬことになるというのだ。

 この「本当は怖い鐘の話」を、メグに教えてくれたのは双樹において祖母に仕えた老神職であり、当人も真偽のほどはわからないと注釈がついていた。長い間所有権争いがなく、確認されていないという。
 だが、これが真実なら、そしてもし父の「歌う鐘」が偽物でありメグの鐘が本物となれば、未の守り手を他人が使おうとした時点でメグに死ぬ可能性があるということになる。
(ひやー、どうしよう。こりゃたまらんな)
 無辜の領民のため命を投げ出すのは、領主の姫と生まれた花道なのかもしれないが、家老とか用人とか妖術使いの私利私欲のために、ある日突然にポックリ死ぬのは、ちょっと勘弁してほしい。
 
 –––– おじいさまなら、どうされたかな。
 今は亡き祖父・鳳鳴公なら、こんな危機的な状況下にどう振る舞ったかを考えたメグは、とりあえず祖父がよくやっていたように、腕を胸前に組んで顎をなでてみた。まず形から入ったわけだ。
 それにお福の説教ではないが、祖父なら波間に漂う木の葉のように運命に身を任せたりはせず、さっさと自ら運命を切り開いたに違いない。しばらく顎をなで続けていると、わずかに気分が前向きになった。よし。

 そこでメグは傍にいる孔雪に聞いた。
「この館にも多少の備蓄金はありましたね」
「はい。曙川うじではなく私が管理しております」
「それは好都合。では、館の働き手としてこの地で雇った者すべてに、それを慰労金がわりに分け与えてもらえますか」
「承知しました。ただ、個々の金額については私めにご一任ください」

 お福が二人に尋ねてきた。「メグさま、いや姫。それに孔雪。これからどうすればよろしいのでしょう。篭城しますか、それとも討って出る……」
 孔雪はメグの顔に浮かんだ表情を確かめると、うなずいてお福に言った。
「援軍の期待できないこの館、いつまでも篭るのは火事の家に居続けるようなものです。さりとて我らが討って出ても相手の手間を省くだけ」
 こんな年寄じみた言い方、誰に教わったのだろうと、メグは感心した。
「なら、脱出ですか」
「付近の領民を守るためにもそうなると思いますが、まずメグ様のご意向に沿って、館で雇っている地元の者たちを解放するとともに、『邪魔な荷物』がたくさんありますので、先にそれを始末する必要があります。要は同時進行ですね」
「邪魔な荷物?」けげんな顔のお福に、孔雪はお蘭も呼んで小声で説明をはじめた。

 メグはそれを聞きながら、孔雪の策とは別の手を思い浮かべ、可否を探った。
 先に自分が投降する案についてだ。黒鷺館とその周辺にいる人々の生命を考えたら、この手もありだ。洞山か豪胆斎の手に落ちるとすればどっちがましか、とも考えた。先ほどの「伝承」が引っかかるが死ぬのは怖くない、と思う。多分。

 ふたたび黙り込んだメグのそばに、黒狐がそっと近づいてきた。
「姫様、気つけの酒でもお持ちいたしましょうか。それとも食事でも」
「わたくしの顔色は、よくありませんか」
「正直申しまして、あまり」
 女三人の相談は、佳境に入ったらしく激しい応酬となっている。それを利用して黒狐にこっそりと聞いてみた。
「わたくしが洞山か妖術師に投降するというのはどうでしょう。皆の命は救ってくれるかな」
 即座に返事があった。「上策とは思えません。慈悲心など期待できない奴ですし、洞山は己に都合の悪い証拠を消したいでしょうから。豪胆斎も同じこと。姫と人々の命をすべて奪ってから、世間には綺麗事でいいつくろう。死人に口無し、というのが奴らの常道です」
「じゃあ、基本的には、策を孔雪にまかせていいかな」
「はい。すでになにか考えがあってタイミングを測っているようですし。それに…」
「それに?」
「昔、あるところで偶然に、三つの鐘についての話を聞きました。もし未の守り手こそ本物の歌う鐘であるなら、誰かに奪われ使われるのは姫様のお命が危機にさらされることを意味します。決して渡してはなりません」
「黒狐、あなたそれを、誰から……」

「やあ皆さん、姫は無事にお戻りか」その時、廊下に張りのある声が響いた。
「これは、市之進様」ふりむいたお福がよそ行きの声を出して迎えに行った。顔をのぞかせたのは藤の国の有力氏族、沢木家の子息である市之進だった。
 すばやく孔雪がささやいた。「とりあえず、市之進様に話を合わせていただけますか。ただし、さきほどの脱出についての打ち合わせはなかったことに」
「わかっています」と、メグはうなずいた。

 今年で二十二になるという市之進は、生真面目そうなりりしい眉に、繊細さも感じさせる顔つきをもった青年だ。体つきは引き締まってひ弱さは感じない。
 彼は、黒鷺館に海燕公の先遣隊として十人ほどの家臣を連れて駐留していた。同時に、未姫の婚約者候補筆頭でもあった。
 メグに対しては初対面から親しげに、「ご遠慮なさらず、タリーとお呼びください」と申し出たが、
 (……タ、タリー?)と思ってしまった彼女がそう呼んだことは一度もない。

 婚約者候補に筆頭がつくのは、もうひとり磯野桐丸という男がいるせいだ。これまた名高い武将の子息であり、市之進にやや遅れて部下を伴い館にきていて、メグの護衛が名目であるが、実際のところ彼もまた婿候補なのだ。ついでに優れた姿かたちの持ち主であるのも共通している。桐丸のほうが派手な顔立ちに長めの黒髪、皮肉がかった口調とややワイルドな雰囲気を放っているが、メグに対し紳士的な態度を保っているのは変わりない。

 要するに父、海燕公は今回の祭儀に合わせて婿候補をあらかじめ呼び、邪魔の入らない環境でテストをしたのち、合格者をしばらく近くに置いて人柄を最終的に確認してから、機を見て正式な婚約者に指名しようとのハラだったらしい。どちらも国内の豪族関係者なのは、メグを他国に嫁に出すのをやめたということらしい。
 らしいが続くのは、このプランは海燕公の頭の中だけにあって、メグ本人には一切、知らされていなかったためである。母に対してもごく短い説明があっただけのようだ。
 父は、頭脳明晰なのは疑いなくとも、自分の思惑に熱心になりすぎるあまり、周囲への根回しというか配慮をポカッと忘れることがあった。今回もそのたぐいのようだった。
 もっといえば、謀反なんてくらった遠因もこのあたりにあるのではないかと、メグはちらっと考えたりした。
 もちろん、二人の候補は、家柄はもとより人物にも非のうちどころはなく、館で働く人々に態度や礼儀について陰口を叩かれることもない。さらに、海燕公の期待通り、毎朝どちらが神域まで未姫を送っていくかで恋の鞘当まで演じてくれている。

 嘘偽りなく二人が自分に恋心を抱いていると思うほど、メグは楽天的な人間ではない。彼女が、人々の期待するお姫様像を懸命に演じているように、彼らもまた周囲の望む貴公子像を演じているだけだろう。その努力や価値観にケチをつけるつもりはない。
 それにしても、だ。

 彼女だって子供のうちは、と言うかつい先ごろまで、爽やかハンサム優等生と見た目不良のイケメンに同時に出会っちゃったらどうしよう、といった類の空想をこれでもかこれでもかと脳内で思い描いていたわけであり、現在のシュチュエーションを小馬鹿にする気はさらさらない。しかし、リアルに美男二人から日々かしずかれる羽目になって、期待や想像とは全く違うのに困り果ててもいた。
 とりわけ、祭祀が進んで一段と緊張度の増したこの数日は、二人の輝くような美貌が視野に入っただけで、
「またかよ」なんて思ってしまう自分がいる。
 容姿にも女性的魅力にも恵まれない女がこんな感想を抱くなんて罰当たりにもほどがある、と自らを戒めつつも、
 
 –––– 現実となったら、結構めんどくさいものね。
 と昨日も鼻から吐息を漏らしたりしていた。これが彼女の、正直な感想である。
 はっきり言って、どうしても二人に関心および親近感が湧かないのだ。

 メグのような立場の娘が、好き嫌いのみで夫を選ぶものではないのは理解している。また、不潔とか陰気とか粗暴とかの欠点は二人から感じず、
(ありがたいこと。きっと違和感も、時が経てば慣れるよね)と思うようにしていたが、出会って三ヶ月近くたって、いまだに毎日顔を合わせる二人のイケメンのどちらとも、打ち解けた気持ちを持てないのには悩みにさえなっていた。

 メグより三つ四つ歳上のお蘭には、彼女の抱く違和感は知られていて、
「とりあえず、あの二人を交互に弄んでみたらどうです?で、飽きれば捨てる。さいわい城から遠い黒鷺館だから、後腐れなく試せるんじゃないですか」なんてアドバイスをされたりしたのだが、それもやっぱり抵抗がある。

 それで、孔雪と二人だけの時にこの感情を打ち明けてみた。彼女なら年齢上は子供に近くとも、メグの気分を客観的に評価してくれるのでは思ったのだ。
 すると即座に孔雪は、「要するに、どちらも親とか主君の命に従って己を殺すばかり、人間味に乏しいということでございましょ」と、二人に対するメグの違和感をずばり言い表した。
「さらにいえば、二人そろって美しい貴公子然とした姿の内に、たっぷりの嘘を内包している。この偽善臭さが鼻についておいでなのです」
「お前も、そう思う?つまり嘘っぽいと」
「ええ。ただし、国主の婿になる利点を考えたら、詐術を働くのは当然ともいえます。それより私は、二人の芝居の程度の低さが気になります。つまり、やるならもっと相手の好みを研究して真摯にそれに合わせよ、ということです。残念ながらお二人とも最初から演技プランが間違っている。これは物事を考える力および真を見抜く力が二人の場合、メグ様に比べて著しく……」と、付け加えたが、さすがに全てを言うのは自粛した。
「まあ、嘘すらつけない馬鹿よりはマシともいえますが。畏れ多いことながら、海燕公のお気持ちを忖度しますと、メグ様がお考えになる以上に、末娘を他国に遣りたくはない気持ちがお強いのでは?ここしばらく、公の外遊が続きました。その折にどこかの国から打診があったのかも、と私などは見ておりました」
「そうかな」


「どうぞ市之進様、これへ」お福が市之進を祈祷室へと迎え入れた。彼らを見て、黒狐はさらに背を曲げて部屋の隅にのがれた。彼はメグたち以外の前では、年寄りぶる傾向がある。
 お福は笑顔を浮かべているが、これは黒狐にちょっと当てこすっただけで、彼女自身が海燕公からあてがわれた婿候補に高得点は与えてはいない。お福の好みは、もっと素朴な感じのする正統派好青年だった。ただ主命に逆らう意識が薄く、「分際を弁える」というポーズを好むだけだ。

 市之進は立ったまま、緊張した面持ちで父と兄の遭難について簡潔に語り、すでにメグらの耳にはいっているのを知ると、何度もうなずいて見せた。
「ならば話は早い。ところで姫。川を遡上してくる一軍についてはご存知か」
 孔雪の目が光ったが、口は閉じたままだった。
「護衛目的というわけではありませんね」メグは言葉少なく答えた。地元民のスパイや鳥耳まで駆使して状況を把握していることを口にするのは控えた。
「はい。おそらく、洞山どのの放った追手とみるべきでしょう。その数は三百」
「この素朴な館を攻めるには、そのぐらいが手ごろでしょうかね」
「それが」市之進は言った。「我が手の者の調べにより、その三百のうち百ほどが、やっかいな助っ人なのが判明しました。どうやら『赤い影』の忍びども。これは考えねばなりません」

 お福の息を飲む気配がした。彼女は赤い影と名乗る集団をよく知っている。かつて、福の父の属する水軍が、港に停泊・補給中にまさかの夜襲を受けて大損害を被ったことがあった。その主力が赤い影だった。連中は、高値で雇われて戦闘活動を行う忍びたちであり、暗殺者としても有能だとされる。
「参州、いや天下において最強とされる殺し屋どもです」と市之進が言うと、
「いいえ。天下一は別にいます」と、孔雪がわざわざ訂正した。

「失礼だが、なんと?」市之進がムッとしたような顔になった。
「赤い影は二番手以下。むろん伝聞ですが」と孔雪は言った。「どんな国の最精鋭部隊が守っていようと、狙われて覚悟を決めなければならぬのは風魔団であって赤い影ではない。風魔団が関わっていると知れば、赤い影も引っ込むそうです。何が言いたいかと言えば、まだ終わりと決まったわけではないということ」
「もちろんだ」市之進は、こんどは怒気を含んで力強く言った。
「徹底的に戦い、姫とともに生き延びるのこそ我らが努め。小娘のくせにいらぬ口出しをするな」
 これはどうも、という感じで孔雪は頭を下げた。
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