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「ふぅ。着いたわね。ついに来てしまったわね」

16歳の夏、私ーールナ・アースーーは、王立学院の正門の前にいた。

去年、ひょんなことから前世の記憶を思い出してしまった私。

アース家にとっては黒歴史であり、決して近よってはならない場所だと思っていた王立学院。

国内にいくつかある貴族学校の中でも、難しい試験をパスした優秀な者しか入れないという、間違いなく王国No. 1の学校。

前世の記憶を思い出さなければ、入ることはなかっただろう。

私はルナ・アース。

私の髪はピンクブロンドで、瞳の色はエメラルド。

祖母はややたれ目、私はややつり目、の違いはあれど、私と祖母の見た目はとてもよく似ている。

(我ながら、よく入学させてくれたと思うわね)

入試の際、筆記試験の他に面接もあった。その時、試験官の中に学院長がいたのだが、ルナが面接室に入ったとたん、老齢の彼は息をのんでいた。パクパクと音も出ない口からはーー

(ルネ・アース…とつぶやいていたわね)

学院長は、祖母を知っているのだ。

確実に学院長は王宮にそのことを伝えただろう。

王立学院には、今まさに王子を含む高位貴族の子息令嬢が通っているのだから。

(第二王子のルミエール殿下、殿下の婚約者である公爵令嬢のサチュルヌ嬢、宰相家の侯爵子息メルキュールの3人が同じ年。公爵子息でサチュルヌの兄ヴェルソーが1つ上。騎士団長が父の伯爵子息マルスが1つ下。だったかしら…)

「まさに勢ぞろいって感じね」

ラブラビの世界は、祖母の世代のものだが、世代が変わっても王子はいるし、高位貴族の子息令嬢はいるのだ。

「まさか、第2シーズンとかじゃないだろうし。そうなってくると、もうお手上げね。私はラブラビしか知らないから」

ヒットした乙女ゲームがシリーズ化することはよくあることだが、前世たまたまラブラビをやったことがあるだけの私は、ラブラビがその後どうなったかを知らなかった。

「でも、まぁなるようになるか」

(と言うか、なるようにしかならないわよね)

これから私が所属するのは特進クラス。
つまり、成績優秀者が集まるクラスだ。王子達も間違いなく同じクラスにいるだろう。

(本当によくまぁ私の入学を許可したものだと思うわよ)

過去のことは水に流してやるよ。なのか、過去と同じ過ちは繰り返さない。なのか、はたまたしがない男爵令嬢なんて知りませんよ。なのか…

なぜ私の入学が許可されたのかは分からないけれど、入れたからには遠慮なくやらせてもらおうと思う。勉強を。


それにしても。


「…ねぇ、いいかげん出てこないと置いてくわよ」


私は乗ってきた馬車を振りかえり声をかけた。


返事はない。


仕方なく、馬車をのぞき込む。


「起きてるじゃない。もう!出てこないなら、私だけでも先に行くわよ」


「それはダメだろ」


そう言って男が馬車から出てくる。


つややかな黒髪に藍色の目をした、美しい青年。
スラリとした長身に整った容姿。

ルナの幼なじみの子爵家の長男ノーヴァ。
子爵家といってもノーヴァの家、エトワール家はルナのアース家と違い、名実ともに名家である。

ノーヴァの祖父の時代は、血筋は正しくとも力はない静かな一族だったが、ノーヴァの父の代になって急速に力を伸ばしてきた。領土は富み、領民は豊かになり、それが噂になり、有能な人材が集まってくる。人の流入は多いのに、領土の治安はいい。領民に優しく住みよい場所として着々と力をつけてきた。

今はまだ子爵の地位だが、ゆくゆくは爵位を上げていくだろう。

その飛躍の立役者が実は息子のノーヴァである。

(というか、エトワール家の躍進はほぼノーヴァのおかげなのよね)

ごく一部の人間しか知らないが、エトワール家をまわしているのはノーヴァである。こういうことをやったらどうかという提案をノーヴァが父である子爵にし、子爵が実行にうつしていく。

(ノーヴァは、いうなら天才なのよね)

前世、大学受験をしたことのある私は、この世界の16歳にしてはとても賢い。はっきりいって異次元の賢さである。入試でも満点だっただろう。

(だから学院も私の入学を許可したんだろうし)

アース家の娘だろうと、優秀な頭脳は利用できるなら利用したい…といったところだろうか。

その私からしてもノーヴァには敵わない。

そもそも、ノーヴァほどの天才なら学院に行く必要はないのだ。もともと行く気もなかったと思う。


(いいヤツなのよね。ホント) 


ルナが学院に行くことをノーヴァに伝えると、当然のようにノーヴァも学院に行くと言った。

"ルナは、アース家のルナだからな。お目付役だよ"と言って。

ノーヴァは自分の賢さや天才的な頭脳をまわりに知られたくないと思っているはずだった。

なのに、私が学院に行くというとついてくるという。

学院で私が孤立する可能性はとても高い。それを心配したのだろう。

(まぁ、でも私はそれならそれで構わないんだけどね)

友人や人脈作りのために学院に行くわけではないのだ。私はあくまで学院で学びたいことがあるから行くのだ。



私の学びたいこと。




それは気象学である。



前世、私は新米お天気お姉さんだった。


勉強して勉強して勉強しまくった結果、難関といわれる気象予報士試験に合格し、地方のテレビ局で働いていた。

(せっかく気象予報士になれたのに、そのあとすぐに死んだっぽいのよねー)

なぜどうやって死んだのかは覚えていない。

覚えていないが、前世の記憶が蘇ったあと強烈に思ったのが、こちらの世界でも気象学を勉強したいということだった。

特にこちらの世界には魔法がある。
ルナは会ったことがないが、世界には数人、天候まで変えてしまうほどの魔法士が存在するらしい。

そういった天候と魔法の因果関係についても勉強したかった。


なぜ空は青いのかー?


なぜ太陽は時がたつと色を変えるのかー?


なぜ空から雨がふるのかー?


なぜ雨上がりに虹がかかるのかー?


考えだすと止まらなかった。


(気象学を学ぶには、ここ王立学院しかなかったのよねー)


「ルナ。そろそろ行くんだろ?ボーッと突っ立ってると馬車にひかれるぞ?」


「ひかれないわよ。失礼ね。私がアンタを待ってたんでしょ?」


「おいおい大丈夫か?素がでまくりだぞ。ルナお嬢さま?」


端正な顔でニヤニヤしながら冗談を言ってくるノーヴァ。


「うるさいわね。学院では気をつけるし、ノーヴァ以外と話すことなんてないだろうからこれでいいのよ。さ、さっさと行くわよ」


こうしてルナは王立学院に入学した。






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