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第14話 蠢動(しゅんどう)
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――暗闇。
そこは何もない。ただひたすらにどこまでも、どこまでも暗く果てしない。
固定されず散り散りに漂った意識の中で、辛うじて"個"を認識できている。しかし、その個の境界線がどこまで在るのかは定かでない。
――静寂。
意識の深層に何かを認める。意識外から伝わる"外域"からの干渉。
個を包み込むその感覚に意識を集中する。それは個の固定化など些末な行為だと思考を侵食してくる。だが、それにはどういうわけか。そう、安らぎを認める。
「さて、今回のケースは何だったかな? 同時並行で進めることがあまりにも膨大すぎて、私一人ではまるで手に負えないったらないよ。こんなにも変わり映えしないことを何万何千と繰り返して、養分にも飼料にもならない***を積み重ねているというのにだ。***の断片ほどですら、有益な要因を何一つ見つけられていないんだからねえ。全くもって、いいかげん嫌になってくるよねえ」
意識の深層とは異なる。個の認識できる更に外。意識外から何かを感知できる。それは何度か認めたことのある波だ。だが、今回の響調はこれまでとはわずかに異なっている。その波は大きく、個の内により強く打ち付けてくる。
「でもまあ、私にはこれしかない。これ以外は許されない。仮に許されたとしてもね。***意外に関心を引くものもないから仕方がないんだけどね。さて、今日はなんの検証をするんだったかなあ? ***ギア。今日のタイムテーブル確認」
「受諾。……報告。IAT:hh:mm:ssより、第***堆、第***器官、***葉-***。対***線、***構築***。検証部位:***、***。ケース:他種***検証。***体検体番号:第CO-H:9.88E+10」
二種類の波を感知。後続のそれは先のものに比べ個の中で一律に、そして等間隔に乱れることなく響いている。どうも今回のこれらの二種の波は、これまでのそれよりも長く入念に発せられているようだ。しかし、だからといってその波立つ意義を理解することはできない。
「ああ、またCOかあ。それを言うと、どれもこれも数え切れないほどに"また"なんだけどねえ。まあ、Hなら律動してるし。一見同じに見えるけど、個体ごとに個性があるんだ。君、気付いてたかい? ***は全く同じものから***しているのにねえ。実に興味深いと思わないかい? だからかもしれないねえ。私はその顔を見ると少しだけ愛らしく思えて、嫌いじゃないんだ。でも、***中枢部の検証かあ。未だ抜本的打開策を見つけられていないから、一層のこと、代替器官を新造した方が早い気がするんだねえ。***なだけに? ヒシシシシッ」
「報告。進捗、プラス120秒」
「あーー。分かったよ。そう急かすのはよしてくれ。君は洒落の一つも嗜めないのかい? 今度、そんな***の一つや二つ組み込んでみようか? それじゃあ、始めるとするかねえ」
二種の波の途絶――異常を感知。
直後、これまでに感知したことのない極大の衝撃が個の境界、その内域を激しく揺動させた。それに追従して、今度は意識下の安らぎが急激に消失していく。更に意識が、その頂点から根底にかけて明瞭な境界面を得ていく。一体何が起きている。未知の感覚に意識が乱される。――個の再認識。……異常、認められず。
しかしこれは、この内に込み上げ圧迫するこの感覚は何だ。これは、これ、が、がが、ガガガガガッ……!? くっ、く、くる、苦し、いっ!?。意識の全てを埋め尽くすこの圧力は一体っ!? この苦しみ。この個の固定化を危ぶむ衝動は、ど、どうしたらいい!? どうしたら意識外に!? わ、判らない。判らないガガッ、意識外へ。外へ、外へ、外へっ――!?
「報告。***体***内高濃度FICS、排出。……完了。***体***チェック、全て規定値」
「まずは、開いて顔見せてもらわないとだね。それで? ***ギア。今回のサンプルの***率は?」
「受諾。……報告。該当***体、***率:99.999999% 最終誤差:なし」
「ほう。***液の純度でも悪かったのかな? 確か、この一帯の組織は世代も古いし、近々周期的にも置換されるはずだけども。まあ、その程度の誤差ならさして問題はないかな。肝心なのはその中身だからねえ。どれどれ。***ギア。***プロトコル参照」
「受諾。……報告。第CO-H ODVE、同9.88E+10プロトコル参照。第一次行程:***骨***切開」
突発内域圧力、外域へ排除。――完了。内域圧力、正常。個の固定化。――再度完了。
意識下にて新たに胎動する未知の領域を検知。膨張、伸縮を繰り返す区画多数存在。だが、それによる意識の混濁は認められない。外域の波含め、それ以外の異常は認められず。意識が、遠のく。外周から徐々に希薄となり消失し、個の認識が……途絶え……。
「んーー。それじゃあ。***ギア。切開部にマーカー照射。加えて、Scalpelは、そうだねえ。10番は飽きちゃったし、この間セルフメイドした24-Largeでってみようかねえ」
「受諾。***部施術始点。切開部、照準、完了。***器具オーダー、準備完了」
「ありがとう。それじゃ、よい、しょっと」
――ゴガガガガガガッ!!!?
「報告。***、***誘導。V1、V2ノイズレベル:プラス3」
今度は何だっ!? 一体何ガガギガガガッ!?
「んーー。ノープロブレムだよう。おーー。今回の***体は、***骨がすべすべだねえ。骨面を引っ掻く感触がすごく気持ちいいよお。それ。じゃあ次はあ。切ったここに、これを入れてえ……。ふんっと!」
――グギギッ!? ギ異常、検知。
意識下に新たな未知の衝撃ギギッ、刺激、衝動を感ジジジジッ!? 異常ギギッ周辺の温ゴゴゴッ上昇グググッ!! ギギギッ!? ガギギギギッ!? 既知の胎動区イギギギッ、膨張、伸縮域増大。こっ、これはっ!?
「ああああ! これだよ! これっ!! この断ち切ったときの歯切れのいい感触! いいよーー! いい! すごくいいねえ!! きっとこの***体はどこの骨を切っても、すごく気持ちがいいんだろうねえ。あーー。時間がおしいよ。たまには、思うままに捌くことだけに没頭してみたいものだよ。まあ、非人道的で粗悪で愚鈍な連中とは違って、私はとても倫理的で純潔でこの上なく明哲だ。おまけに愛情深いからそんな酷いことはしないけどね。でも、そうだねえ。時間も"半永久的"にあることだし。気晴らしにやってみるのもいいかもしれないよね。もしかしたら、それで何かヒントを得られるかもしれないからねえ。ヒシシシッ」
「報告。進捗、プラス180秒。Last Diff:プラス60」
「おっと、いけない。いけない。つい独り言がすぎてしまうねえ。これも***ギア。君が相槌すらろくに打ってくれないからだよ? 私たち"だけ"になってしまってから気が遠くなるほどの時間を共有してきたというのに。いつになったら気前のいい返事をくれるんだい? 悲しいじゃないか」
だだガガガガガガッ!? 尋常でない意識ギギッ混濁。撹拌。欠落。急ギギギッ、意識ノゴゴゴガギッ、再認シギギギギッ!? 再、さい、サグゴガガガガガギッ!!!?
「警告***、***誘導。V1、V2ノイズレベル:プラス6。同V3:プラス7」
「***切開した***骨をーー、ふんっ……! 圧排してーー、ふんっ……! 術野を確保おーー。ふんっ!!」
や、やめっ!? グゴギギギガガガギッ!? 強制される衝撃ギギッ、個の確立不ガガガゴゴガッ!? 直ちに、この未知の衝撃をガイ、ガガガッ!? ガイイギギギギギッ!!!?
「やあ、こんにちは。はじめましてだねえ。んーー? 元気に動いてるじゃないかあ。ヒシシシシッ!! それじゃあねえ。元気なところ悪いんだけどっと。ふんっ! こっちにも端子をっ! お? ちょっと硬いかな? 怖がらなくてもいいからねえ……それっ!!」
「警告***、***誘導。V1~V6ノイズレベル:安全域超過」
こっ、こ……れガガッ!? 痛……みっ!? ギッ!? ゴギギギギギッ!!!? ……いっ、いギギッ!? ガガギッいっギギギッ!? い……や、ギギギッ!? いや、だ……。いや……だ……。いギギギッ、グギギギガギッ!? いやっ……。いや、いや、ギガガッ、いっ――。
「警告」
「警告」
「警――」
「Ουαααααααα……!!!?」
「――うおおおおっ!? なっ何よっ!? びっくりするじゃなひっ!? 痛っ!?」
太陽が天辺から西に少し流れて天窓から見切れよとする頃。炉を囲うように三様に寝息を立てていると、寝言にしては物々しい雄叫びを上げて銀眼の少年が飛び起きた。
膝の上で少年を寝付かせた後、自分もそのまま眠りこけていたその人も、突然耳元で叫ばれたものだからたまったもんじゃない。涎を垂らしたまま半分寝ぼけた顔はちょっと不機嫌そうだ。
「……ん、んーー。どうしたのう? 2人して大声出したりして……。ふわあああ……。……ご飯、する……?」
二人の奇声に揺り起こされて、遅れてテララもゆっくりと身体を持ち上げる。もろもろの疲れが溜まったせいか、こちらも少し瞼が重そうだ。
草臥れた深緑の目の先。炉から少し離れた辺りに、両肩を抱えながら床にうずくまって震えている少年の姿があった。
一方の姉はと言うと。突然の出来事にどうやら舌を噛んだらしい。顔を歪めて舌を出し、ひーひー言っている。
また、お姉ちゃんが悪戯したのかな……?
今一状況を掴めない。そんなふうに小首を傾げるテララではあったが、どうやら少年が怯えていることだけは寝ぼけた目でも分かったようだ。夢心地を振り払ってテララは急いで小さく震える背中に駆け寄り、そっとさすってやった。
「どうしたの? どうして震えてるの? お姉ちゃん、何か知ってる?」
「いたたた……んあ? あっ、ああ……、いいや。あたしもその子の傍で眠ってただけだよ。そしたら急に大声出してさ……。何も嫌がることしてないからね!? いや本当にっ! ……あれ? 寝ながら何かしてた……?」
「お姉ちゃんの寝相の悪さは知ってるけど、それでこんなに怯えたりしないよ? きっと……」
「そ、そっか……。何ともなかったか。よかったあ……。うん。そうだねえ。なら、何か怖い夢でも見たとか?」
怖い夢? 赤ちゃんならそれもあるかもしれないけど。この感じ……。分からないけど、違う気がする……。でも、何だろう……?
テララの腕の中で震える少年の様子はそれとはまるで違う。明らかに常軌を逸しているように見える。
それまで息ができなかったかのように大きく深く長く深呼吸を繰り返していた。かと思えば、徐々に粗く、浅く、小刻みな息遣いに変わり、とても苦しそうだ。額から首にかけて汗が滴り、その背中に添えた手でも衣服ごしに冷汗をかいているのが容易に分かるほどだ。
それはまるで夢から覚めなければ、そのまま二度と目を開くことはなかったかもしれない。そんな恐怖に怯えるようにさえ見て取れる。
居間は特に荒らされた感じもないし。何か盗られた物もなさそうだし。お姉ちゃんは何もしてないって言うし……。本当に、ただの夢のせいかな……?
自分は何もしていない。そう言うわりにはどこか余所余所しい姉が少し気に掛かる。だからと言って、それに代わる原因に心当たりもない。ふむ、少々腑に落ちない。けれども、理由はどうあれ怯え続ける少年をこのままにしておく訳にもいかない。
「怖い夢見たの? もう、平気だよ? 怖くないからね? んーー、どうしよう……。聞こえていないみたい……」
「よっぽどひどい夢見たんだろうね。……さっき撫で回してた夢って……。やっぱりあたしのせい? じゃなくてっ!? そ、その子の気を紛らわせるもの。何かないの? 何か!? あるんでしょ? ほらっ!」
「気を紛らわせること……? 急にそんなこと言われてもう……。外……には連れていけないだろうし。気を惹けること……、気を惹く…………あっ!?」
「お? やっぱりあるんだね!? それじゃ早く! それしてやんなよ!」
「う、うん。でも……」
少年がどれほど興奮しようと、どれだけ何かに夢中になろうと。その銀眼を一途に惹きつけて放さないもの。そんなものがあるとすれば、思い当る答えは今のところ一つしかなかった。
その深緑の瞳に一瞬迷いが見えた。けれど今は自分のことより目の前の少年のために。テララはぐっと何かを押し止めるように一呼吸つくと、少年の背中をゆっくりとさすりつつ、そして歌いはじめた。腕の中で怯えるその小さな背中も、その優しく語りかけるような歌声に思わず小躍りしたくなる母親譲りのあの歌だ。
「……ん? その歌……!?」
少年の様子に明らかに何か思い当る節がある。そんな顔に感づかれまいとテララを捲し立てた姉ではあったが、妹のその選択は予想外だったようだ。
何せそれはあの日以来、避けるように口にしていなかったものだ。二人とも大好きなはずなのに、妹が口ずさむそれはどこか物悲しく胸を締め付けられる。だから聞えるところで歌わせないようにと茶化しさえした。傷痕になってしまった歌。そうだと言うのに。
……テララ。あんた……そっか……。
怯える子供をなだめる姿が重なるからかもしれない。少年の恐れをほぐすように口ずさむそれは、ほんの少しだけ違って聞える。止めるのも諦めるほどに姉も聞き入ってしまうよう。
「…………テ……ララ……?」
「ん? ここに居るよ? 落ち付いた? もう怖くない?」
潤んだ銀の瞳でこくんと小さく頷きを返す。
よかった。気が付いてくれたみたい。
身体の震えもだんだん納まってきた。さする手に合わせて呼吸も落ち着きを見せている。
まだ焦点が定まらず恐る恐る持ち上げられた少年の視線を少女はそっと覗き込んだ。
「お腹、空いたでしょ? ご飯。一緒にしようか?」
その深緑の微笑みが銀の瞳の奥底で像を結ぶと、怯える少年の表情からも不安が少しずつ和らいでいくようだった。
弱々しく頷いてみせる少年の肩をそっと起こしてやりながら、テララは気遣うように声をかけ続けた。
「あなたが眠ってた間にね、おいしい乳粥を貰ったんだよ? 甘くて温かくてね。とろっとしててすごくおいしいの」
「……オ……イ、シ……イ?」
「うん、そう。きっと気に入ると思うよ? お姉ちゃんも好きなの。ね? お姉ちゃん?」
少年の顔色を伺いながら会話を広げるテララであったが、俯いたまま何故か姉は返事を返してはくれない。
「お姉ちゃん? もーー、また寝ちゃったの? 大好きなドゥ―ルスの実、先に食べちゃうよーー!」
「……んあっ!? お、起きてる起きてる!?」
「ん? 今、もしかして泣いてた?」
「んな!? 何であたしが泣かなきゃいけないのさっ! 泣いてない! 泣いてない! そ、それより飯にするんでしょ? もう、腹が潰れて死にそうだよう……」
「フフッ。滅多なこと言わないでよ。今、皆によそってあげるね。ちょっと待って。ほら、君も。手、掴んで?」
炉に掛けられた鍋からは白い湯気が立ち上がり、食事の頃合いだと上蓋を躍らせている。
鼻先を甘く包む香りがとても心地いい。今になって食欲が蘇ってくるようだ。
ようやっと今日の食事にありつくことができる。炉を囲む面々の心待ちにする表情に、粥をよそうテララも自然と晴れやかな笑みを浮かべた。
そこは何もない。ただひたすらにどこまでも、どこまでも暗く果てしない。
固定されず散り散りに漂った意識の中で、辛うじて"個"を認識できている。しかし、その個の境界線がどこまで在るのかは定かでない。
――静寂。
意識の深層に何かを認める。意識外から伝わる"外域"からの干渉。
個を包み込むその感覚に意識を集中する。それは個の固定化など些末な行為だと思考を侵食してくる。だが、それにはどういうわけか。そう、安らぎを認める。
「さて、今回のケースは何だったかな? 同時並行で進めることがあまりにも膨大すぎて、私一人ではまるで手に負えないったらないよ。こんなにも変わり映えしないことを何万何千と繰り返して、養分にも飼料にもならない***を積み重ねているというのにだ。***の断片ほどですら、有益な要因を何一つ見つけられていないんだからねえ。全くもって、いいかげん嫌になってくるよねえ」
意識の深層とは異なる。個の認識できる更に外。意識外から何かを感知できる。それは何度か認めたことのある波だ。だが、今回の響調はこれまでとはわずかに異なっている。その波は大きく、個の内により強く打ち付けてくる。
「でもまあ、私にはこれしかない。これ以外は許されない。仮に許されたとしてもね。***意外に関心を引くものもないから仕方がないんだけどね。さて、今日はなんの検証をするんだったかなあ? ***ギア。今日のタイムテーブル確認」
「受諾。……報告。IAT:hh:mm:ssより、第***堆、第***器官、***葉-***。対***線、***構築***。検証部位:***、***。ケース:他種***検証。***体検体番号:第CO-H:9.88E+10」
二種類の波を感知。後続のそれは先のものに比べ個の中で一律に、そして等間隔に乱れることなく響いている。どうも今回のこれらの二種の波は、これまでのそれよりも長く入念に発せられているようだ。しかし、だからといってその波立つ意義を理解することはできない。
「ああ、またCOかあ。それを言うと、どれもこれも数え切れないほどに"また"なんだけどねえ。まあ、Hなら律動してるし。一見同じに見えるけど、個体ごとに個性があるんだ。君、気付いてたかい? ***は全く同じものから***しているのにねえ。実に興味深いと思わないかい? だからかもしれないねえ。私はその顔を見ると少しだけ愛らしく思えて、嫌いじゃないんだ。でも、***中枢部の検証かあ。未だ抜本的打開策を見つけられていないから、一層のこと、代替器官を新造した方が早い気がするんだねえ。***なだけに? ヒシシシシッ」
「報告。進捗、プラス120秒」
「あーー。分かったよ。そう急かすのはよしてくれ。君は洒落の一つも嗜めないのかい? 今度、そんな***の一つや二つ組み込んでみようか? それじゃあ、始めるとするかねえ」
二種の波の途絶――異常を感知。
直後、これまでに感知したことのない極大の衝撃が個の境界、その内域を激しく揺動させた。それに追従して、今度は意識下の安らぎが急激に消失していく。更に意識が、その頂点から根底にかけて明瞭な境界面を得ていく。一体何が起きている。未知の感覚に意識が乱される。――個の再認識。……異常、認められず。
しかしこれは、この内に込み上げ圧迫するこの感覚は何だ。これは、これ、が、がが、ガガガガガッ……!? くっ、く、くる、苦し、いっ!?。意識の全てを埋め尽くすこの圧力は一体っ!? この苦しみ。この個の固定化を危ぶむ衝動は、ど、どうしたらいい!? どうしたら意識外に!? わ、判らない。判らないガガッ、意識外へ。外へ、外へ、外へっ――!?
「報告。***体***内高濃度FICS、排出。……完了。***体***チェック、全て規定値」
「まずは、開いて顔見せてもらわないとだね。それで? ***ギア。今回のサンプルの***率は?」
「受諾。……報告。該当***体、***率:99.999999% 最終誤差:なし」
「ほう。***液の純度でも悪かったのかな? 確か、この一帯の組織は世代も古いし、近々周期的にも置換されるはずだけども。まあ、その程度の誤差ならさして問題はないかな。肝心なのはその中身だからねえ。どれどれ。***ギア。***プロトコル参照」
「受諾。……報告。第CO-H ODVE、同9.88E+10プロトコル参照。第一次行程:***骨***切開」
突発内域圧力、外域へ排除。――完了。内域圧力、正常。個の固定化。――再度完了。
意識下にて新たに胎動する未知の領域を検知。膨張、伸縮を繰り返す区画多数存在。だが、それによる意識の混濁は認められない。外域の波含め、それ以外の異常は認められず。意識が、遠のく。外周から徐々に希薄となり消失し、個の認識が……途絶え……。
「んーー。それじゃあ。***ギア。切開部にマーカー照射。加えて、Scalpelは、そうだねえ。10番は飽きちゃったし、この間セルフメイドした24-Largeでってみようかねえ」
「受諾。***部施術始点。切開部、照準、完了。***器具オーダー、準備完了」
「ありがとう。それじゃ、よい、しょっと」
――ゴガガガガガガッ!!!?
「報告。***、***誘導。V1、V2ノイズレベル:プラス3」
今度は何だっ!? 一体何ガガギガガガッ!?
「んーー。ノープロブレムだよう。おーー。今回の***体は、***骨がすべすべだねえ。骨面を引っ掻く感触がすごく気持ちいいよお。それ。じゃあ次はあ。切ったここに、これを入れてえ……。ふんっと!」
――グギギッ!? ギ異常、検知。
意識下に新たな未知の衝撃ギギッ、刺激、衝動を感ジジジジッ!? 異常ギギッ周辺の温ゴゴゴッ上昇グググッ!! ギギギッ!? ガギギギギッ!? 既知の胎動区イギギギッ、膨張、伸縮域増大。こっ、これはっ!?
「ああああ! これだよ! これっ!! この断ち切ったときの歯切れのいい感触! いいよーー! いい! すごくいいねえ!! きっとこの***体はどこの骨を切っても、すごく気持ちがいいんだろうねえ。あーー。時間がおしいよ。たまには、思うままに捌くことだけに没頭してみたいものだよ。まあ、非人道的で粗悪で愚鈍な連中とは違って、私はとても倫理的で純潔でこの上なく明哲だ。おまけに愛情深いからそんな酷いことはしないけどね。でも、そうだねえ。時間も"半永久的"にあることだし。気晴らしにやってみるのもいいかもしれないよね。もしかしたら、それで何かヒントを得られるかもしれないからねえ。ヒシシシッ」
「報告。進捗、プラス180秒。Last Diff:プラス60」
「おっと、いけない。いけない。つい独り言がすぎてしまうねえ。これも***ギア。君が相槌すらろくに打ってくれないからだよ? 私たち"だけ"になってしまってから気が遠くなるほどの時間を共有してきたというのに。いつになったら気前のいい返事をくれるんだい? 悲しいじゃないか」
だだガガガガガガッ!? 尋常でない意識ギギッ混濁。撹拌。欠落。急ギギギッ、意識ノゴゴゴガギッ、再認シギギギギッ!? 再、さい、サグゴガガガガガギッ!!!?
「警告***、***誘導。V1、V2ノイズレベル:プラス6。同V3:プラス7」
「***切開した***骨をーー、ふんっ……! 圧排してーー、ふんっ……! 術野を確保おーー。ふんっ!!」
や、やめっ!? グゴギギギガガガギッ!? 強制される衝撃ギギッ、個の確立不ガガガゴゴガッ!? 直ちに、この未知の衝撃をガイ、ガガガッ!? ガイイギギギギギッ!!!?
「やあ、こんにちは。はじめましてだねえ。んーー? 元気に動いてるじゃないかあ。ヒシシシシッ!! それじゃあねえ。元気なところ悪いんだけどっと。ふんっ! こっちにも端子をっ! お? ちょっと硬いかな? 怖がらなくてもいいからねえ……それっ!!」
「警告***、***誘導。V1~V6ノイズレベル:安全域超過」
こっ、こ……れガガッ!? 痛……みっ!? ギッ!? ゴギギギギギッ!!!? ……いっ、いギギッ!? ガガギッいっギギギッ!? い……や、ギギギッ!? いや、だ……。いや……だ……。いギギギッ、グギギギガギッ!? いやっ……。いや、いや、ギガガッ、いっ――。
「警告」
「警告」
「警――」
「Ουαααααααα……!!!?」
「――うおおおおっ!? なっ何よっ!? びっくりするじゃなひっ!? 痛っ!?」
太陽が天辺から西に少し流れて天窓から見切れよとする頃。炉を囲うように三様に寝息を立てていると、寝言にしては物々しい雄叫びを上げて銀眼の少年が飛び起きた。
膝の上で少年を寝付かせた後、自分もそのまま眠りこけていたその人も、突然耳元で叫ばれたものだからたまったもんじゃない。涎を垂らしたまま半分寝ぼけた顔はちょっと不機嫌そうだ。
「……ん、んーー。どうしたのう? 2人して大声出したりして……。ふわあああ……。……ご飯、する……?」
二人の奇声に揺り起こされて、遅れてテララもゆっくりと身体を持ち上げる。もろもろの疲れが溜まったせいか、こちらも少し瞼が重そうだ。
草臥れた深緑の目の先。炉から少し離れた辺りに、両肩を抱えながら床にうずくまって震えている少年の姿があった。
一方の姉はと言うと。突然の出来事にどうやら舌を噛んだらしい。顔を歪めて舌を出し、ひーひー言っている。
また、お姉ちゃんが悪戯したのかな……?
今一状況を掴めない。そんなふうに小首を傾げるテララではあったが、どうやら少年が怯えていることだけは寝ぼけた目でも分かったようだ。夢心地を振り払ってテララは急いで小さく震える背中に駆け寄り、そっとさすってやった。
「どうしたの? どうして震えてるの? お姉ちゃん、何か知ってる?」
「いたたた……んあ? あっ、ああ……、いいや。あたしもその子の傍で眠ってただけだよ。そしたら急に大声出してさ……。何も嫌がることしてないからね!? いや本当にっ! ……あれ? 寝ながら何かしてた……?」
「お姉ちゃんの寝相の悪さは知ってるけど、それでこんなに怯えたりしないよ? きっと……」
「そ、そっか……。何ともなかったか。よかったあ……。うん。そうだねえ。なら、何か怖い夢でも見たとか?」
怖い夢? 赤ちゃんならそれもあるかもしれないけど。この感じ……。分からないけど、違う気がする……。でも、何だろう……?
テララの腕の中で震える少年の様子はそれとはまるで違う。明らかに常軌を逸しているように見える。
それまで息ができなかったかのように大きく深く長く深呼吸を繰り返していた。かと思えば、徐々に粗く、浅く、小刻みな息遣いに変わり、とても苦しそうだ。額から首にかけて汗が滴り、その背中に添えた手でも衣服ごしに冷汗をかいているのが容易に分かるほどだ。
それはまるで夢から覚めなければ、そのまま二度と目を開くことはなかったかもしれない。そんな恐怖に怯えるようにさえ見て取れる。
居間は特に荒らされた感じもないし。何か盗られた物もなさそうだし。お姉ちゃんは何もしてないって言うし……。本当に、ただの夢のせいかな……?
自分は何もしていない。そう言うわりにはどこか余所余所しい姉が少し気に掛かる。だからと言って、それに代わる原因に心当たりもない。ふむ、少々腑に落ちない。けれども、理由はどうあれ怯え続ける少年をこのままにしておく訳にもいかない。
「怖い夢見たの? もう、平気だよ? 怖くないからね? んーー、どうしよう……。聞こえていないみたい……」
「よっぽどひどい夢見たんだろうね。……さっき撫で回してた夢って……。やっぱりあたしのせい? じゃなくてっ!? そ、その子の気を紛らわせるもの。何かないの? 何か!? あるんでしょ? ほらっ!」
「気を紛らわせること……? 急にそんなこと言われてもう……。外……には連れていけないだろうし。気を惹けること……、気を惹く…………あっ!?」
「お? やっぱりあるんだね!? それじゃ早く! それしてやんなよ!」
「う、うん。でも……」
少年がどれほど興奮しようと、どれだけ何かに夢中になろうと。その銀眼を一途に惹きつけて放さないもの。そんなものがあるとすれば、思い当る答えは今のところ一つしかなかった。
その深緑の瞳に一瞬迷いが見えた。けれど今は自分のことより目の前の少年のために。テララはぐっと何かを押し止めるように一呼吸つくと、少年の背中をゆっくりとさすりつつ、そして歌いはじめた。腕の中で怯えるその小さな背中も、その優しく語りかけるような歌声に思わず小躍りしたくなる母親譲りのあの歌だ。
「……ん? その歌……!?」
少年の様子に明らかに何か思い当る節がある。そんな顔に感づかれまいとテララを捲し立てた姉ではあったが、妹のその選択は予想外だったようだ。
何せそれはあの日以来、避けるように口にしていなかったものだ。二人とも大好きなはずなのに、妹が口ずさむそれはどこか物悲しく胸を締め付けられる。だから聞えるところで歌わせないようにと茶化しさえした。傷痕になってしまった歌。そうだと言うのに。
……テララ。あんた……そっか……。
怯える子供をなだめる姿が重なるからかもしれない。少年の恐れをほぐすように口ずさむそれは、ほんの少しだけ違って聞える。止めるのも諦めるほどに姉も聞き入ってしまうよう。
「…………テ……ララ……?」
「ん? ここに居るよ? 落ち付いた? もう怖くない?」
潤んだ銀の瞳でこくんと小さく頷きを返す。
よかった。気が付いてくれたみたい。
身体の震えもだんだん納まってきた。さする手に合わせて呼吸も落ち着きを見せている。
まだ焦点が定まらず恐る恐る持ち上げられた少年の視線を少女はそっと覗き込んだ。
「お腹、空いたでしょ? ご飯。一緒にしようか?」
その深緑の微笑みが銀の瞳の奥底で像を結ぶと、怯える少年の表情からも不安が少しずつ和らいでいくようだった。
弱々しく頷いてみせる少年の肩をそっと起こしてやりながら、テララは気遣うように声をかけ続けた。
「あなたが眠ってた間にね、おいしい乳粥を貰ったんだよ? 甘くて温かくてね。とろっとしててすごくおいしいの」
「……オ……イ、シ……イ?」
「うん、そう。きっと気に入ると思うよ? お姉ちゃんも好きなの。ね? お姉ちゃん?」
少年の顔色を伺いながら会話を広げるテララであったが、俯いたまま何故か姉は返事を返してはくれない。
「お姉ちゃん? もーー、また寝ちゃったの? 大好きなドゥ―ルスの実、先に食べちゃうよーー!」
「……んあっ!? お、起きてる起きてる!?」
「ん? 今、もしかして泣いてた?」
「んな!? 何であたしが泣かなきゃいけないのさっ! 泣いてない! 泣いてない! そ、それより飯にするんでしょ? もう、腹が潰れて死にそうだよう……」
「フフッ。滅多なこと言わないでよ。今、皆によそってあげるね。ちょっと待って。ほら、君も。手、掴んで?」
炉に掛けられた鍋からは白い湯気が立ち上がり、食事の頃合いだと上蓋を躍らせている。
鼻先を甘く包む香りがとても心地いい。今になって食欲が蘇ってくるようだ。
ようやっと今日の食事にありつくことができる。炉を囲む面々の心待ちにする表情に、粥をよそうテララも自然と晴れやかな笑みを浮かべた。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
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