冴えない理系大生はVRゲーム作って一山当てたい!

千華あゑか

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第29話 紅の銀眼

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 血溜まりに伏してしまった少年。片や、みじめに泣き崩れ気を失った少女。こんなに滑稽こっけいで、腹を抱えて笑えるほど愉快な見世物はない。
 まるでうだげでも楽しむかのように、下卑げびた笑い声がいつまでも響きつづける。
 無理もない。これ見よがしに強がっていた子供が、あれよあれよと手玉に取られ息絶えたのだ。特に大声でわめいていたガキが見っともなく、ヤリ甲斐もなく、呆気なく壊れてしまったのだから傑作だ。

「クハハハハハハハッ!! ひでえことしやがる。遊ぶならもっと楽しませてやるのが大人ってもんだろ」
「クケケッ。遊び過ぎるとまたドロスの兄貴怒る。それに俺も少し、アイツの声煩かった。でも、ケケッ。やっぱりまだ遊び足りない」
「んじゃあ、バラすのはアジトに帰ってからにするか。その方が盛り上がるだろ。こりゃあ全員で宴だな! カハハハハハハハッ!!」

 しかし、ソレはまだ絶えて・・・などいなかった。

「……γι、……γιγιγι……」
「――おい、あのガキ。まだ動いてやがるぞ……」
「ケッ? そんなはずない。頭割ってやった。止め刺した。兄貴、疲れて――グゲッ!?」

 見間違いなどではなかった。
 その亡骸だった・・・・・はずのものは、ゆっくりと身体を持ち上る。赤黒く垂れた髪の奥。轟々ごうごうと渦巻いた害意を宿して、銀眼は再び男たちを捉えた。

「くそっ……なんてガキだ。ふざけやがって……!」

 刃が付き立ち全身を切り裂かれた小さな身体。それがゆっくりと、血濡れた頭をぶら下げるようにして不気味に起き上がった。
 これには宴の談義もお預けにせざるを得ない。異様で異形すぎる見世物。その小さくも凄まじい見幕けんまくに、男たちは言葉を失う。
 一体、何の冗談か。確かに仕留めたはずだ。刃の軌跡からして間違いなく急所に命中したはずだ。その証拠に刃が当った瞬間、固く手応えのある音がした。では何故アレは今、動いている?
 そんな男たちの経験から来る困惑も自信うぬぼれも、呆気なく砕かれることとなる。
 驚くことに、放たれた刃は少年の頭蓋ずがいを貫いてなどいなかった。確かにオルデの放った刃は、少年の顔面を目掛け一直線に飛んでいった。だがそれはすんでのところでかわされ、今、その口の中にあった。き出された白い歯牙きばによって噛みしめられていたのだ。
 やがてその刃は、男たちの余裕もろともひしめき産声を上げた敵意によって粉々に噛み砕かれた。
 さすがに男たちも、これにはたじろがずにはいられない。
 そして、その不吉すぎる音を皮きりに報復が始まった。

「――Γυαααααααααααα!!!!!!」

 少年は獣のように四肢で地を駆ける。予想外の事態に戸惑うえものどもを目掛け、歯牙を剥き出し凄まじい勢いで襲いかかった。

「どうやら、まだ遊び足りねえらしいな! おいっ! お望み通り最期まで相手してやれっ!!」
「グゲッ!? い、言われなくてもっ!? ――ギャガガガガアアアアアアアアッ!!!?」

 直後、血しぶき。
 低空から襲い来る狂気に手間取る隙などなかった。ソレはまず小柄な男の顔面に飛び掛かる。
 オルデは咄嗟に身を反らし、その一撃から間一髪で逃れたかのように思えた。
 しかし、その狂う牙はすれ違う間際、男の顔左側面。尖った耳に喰らい付き、勢いそのままにそれを根元の肉ごと引き千切った。
 頭半分が大きく引き裂かれる。身の毛のよだつ悲鳴。鳴り止まない流血音。吹きこぼれる色濃い血汐で、男の半身が瞬く間に紅く染まる。
 男の傍らを飛び去るや、たけり狂う獣はその断片を吐き捨て、鋭い爪で立て続けに襲いかかる。獲物に身構えさせる暇など与えはしない。

「み、耳がああああああっ!!!? 俺の、みみ、ぐっ!? ギギャアアアアアアアアッ!!!!!!!?」

 再び、噴血。
 振りかざされたつめは、激痛にもだえる顔面を捉えた。両目や鼻。顔の右から左にかけて深くえぐり破り取った。
 顔面に納まりきらず全身を駆け巡る死臭。
 オルデは耐え切れず、崩れるように地に倒れ込みなげきちらす。

「――おいっ!? 何しくじってやがるっ!? チッ、何なんだっ!! テメエッ!!!!」

 血みどろになり苦しんでいる連れの無残な有様。有り得ない。全くふざけている。大の大人が見窄みすぼらしい子供一人にこうも容易くやられるなどと。番狂わせにしても度が過ぎすぎている。
 ドロスの身体に刻まれた古傷がうずきだす。掴み上げた少女を投げ捨て、その拳に力が込められてゆく。

「調子に……乗るんじゃねえぞおおおおおおおっ!!!!!!」
「――γι!? γυυυυ!!!?」

 重く鋭い拳が血濡れた獣の脇腹を捉えた。子供の身体には到底納まりきらない剛力。
 その怪力に圧し負け、小さな身体は日が燃え盛る紺碧こんぺきの空高くへと打ち上げられた。
 ハハッ! 肋骨あばらを何本かやったか!?
 今度こそ少年の身体に喰い込んだ確かな手応え。子供をねじ伏せるには十分な感触が残っている。間違いなく致命傷だ。
 鍛え上げた拳を眺めるドロスの表情は焦りに加え、わずかな余裕が見えるようになった。そして、きつく噛みしめられた歯をのぞかせながら、紅いうめき声を上げてうずくまる獣の下へとゆっくり近づいていった。

「チッ! 手間取らせやがって。他愛ねえ。だがまだだ。まだ連れの分を返してもらっちゃいねえ。腕の1、2本はもらわないと・・・・・・釣り合わないよなあ?」

 内に叩き込まれた凄まじい怒り。全身を砕くような激しい鈍痛を吐き出そうと口を大きく開くも、血が噴きこぼれるばかりでまるで息ができていない。
 ひどく強張り青ざめた表情の少年の傍らに、勝ち誇った男が勇み立つ。そして全身を振るわせ悶えている少年を見降ろし、兇悪な笑みを込めて片足を持ち上げた。

「そらよおおおおおお!!!!!!」
「――γιγι!!!?」

 弱りきった少年の細い腕を目掛け、振り下ろされた醜悪しゅうあくな一撃。
 しかし、その腕が断絶される寸前でソレは身を逸らす。

「このガキッ!? いい加減、くたばりやがれっ!!!!!!」

 渾身の一撃をかわされ更に激怒。練り上げた強烈な殺意をもってドロスは再び殴りかかった。
 その拳は先程とは明らかに違う。たわむれや怯えなど微塵もない。殺意一色の必死の一撃が少年に振りかかる。直撃すれば絶命は免れない。その渾身の連撃が、疲弊した少年の頭蓋を砕かくべく一直線に襲い来る――。

「やったか!?――」

 一瞬にして巻き上がる土煙と激しい撲音ぼくおん。勝負は決したか――。

「Ουαααααααααα!!!!!!!!?」

 いや、まだだ。
 土煙が退いたそこに、期待したむくろは見当たらなかった。ドロスが会心の一撃を外したことに気付くも、それは既に遅い。
 男の視界のその外。うめき声がたけり立つ。
 銀の狂気は透かさず男の左腕、テララから貰い受けたあの髪飾りが握りしめられた左手に襲いかかった――。

「なっ!? このガキ、どこまでふざっ――ウゴゴゴゴアアアアアアアッ!!!!!?」

 瞬間、噛砕ごうさい
 ドロスは咄嗟に体勢を整えるも間に合わない。
 連れをほふった血濡れた歯牙が、男の左手に深々と喰らい付いた。小さく、しかし鋭い少年の激情が、鈍い音を立て男の手を分断してゆく。

「ウググググッ!!!? く……、くそ……が……!!!! 離し、や……がれええええええっ!!!!?――」

 全身にいくつも戦傷きずを負った屈強な男でさえ、耐えがたい激痛。
 体面や恥など構う余裕があるはずもない。早々に逃れなければやられる。ただそれだけ。腕から身体中を燃やしつくすような強烈な痛みが、男の理性を容易く消し飛ばす。むき出しの本能に駆られるまま、ドロスは見苦しく必死に手にぶら下がる死の暴徒を幾度とち、暴れ散らす。
 だがその顔面を、胴体を、何度撲とうがソレは怯まない。 男が焦るほどに着実に、死が食い込み身が引き裂かれてゆく。

 一触即発の攻防。
 男の視界でうなるその銀眼は人のそれではなかった。
 瞳孔は大きく開き、血潮よりも赤い真紅。その奥底で底知れない何かが・・・禍々まがまがしく煌々と燃えるように鋭い。
 銀の瞳と相まって、その目はどんな猛獣であろうが畏怖せざるを得ない。そんな兇悪さをはらんだものだった。
 摂理の頂点に立つ、絶対的な強者。
 ついにドロスは我慢の限界を超え、噛まれた手を無我夢中で大きく振り払おうともがきだした。

「は……離……せ……!? く、くそ……くそっ!!!! 離し、や……が……れええええええええええっ!!!!!!」

 強引に瞬間的に速度の増す腕。
 尚も狂者・・が喰らい付く手が、その加重に耐えられるはずもない。当然にして、無残にも噛撃ごうげき部は鋭く引き裂かれた。

「うグッ!? ――ガガガガガアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!?」

 均衡が崩れた力が両者を弾き飛ばす。
 紅く燃えた銀眼は、髪留めを咥えたまま勢い良く宙に投げ出され、後方の小山に激しく打ち付けられた。

「指……が……!? お、俺の、指……。もって……いきやがったああああああっ!!!!!?」

 腹下できつく握りしめられた左手。小指から数えて二本の指が削ぎ落されてしまったように喰い千切られた跡。赤く吹きこぼれる激痛に屈強な身体も震え悶える。

「……ころ、す……! ころす……、殺して、やる……!!!! ……絶対、に……ぶっ殺してやるっ!!!!!!!!」

 踏みにじられた享楽。くじかれた仇討ち。
 食いしばった歯から血がにじむほどに、男は憤怒をたぎらせる。その苛立ちは絶え間なく燃え盛り、ドロスは殺意を更に塗り重ね怨敵を睨みつけた。
 ――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!!!
 必死の痛みに八つ裂きにされ振るえる足取りで、連れの腰から刃物をもぎ取る。片手で傷口を押えたまま、残された指で握りしめる。
 山肌で仰向けになったまま、ついに動かななくなった忌々しい獣。
 単純で明確で強烈な執念。"殺してやる"。自我さえ燃やし尽くしてそれ一つに身をゆだね、ただの凶器と化した男が一歩一歩にじり寄ってゆく。うらめしく伸びた影が息絶え絶えの少年にかかり、いよいよその刃が胸の急所を捉えた。そして――。

「おーーーーいっ! テララちゃーーん!! ソーーマーー!! どこだい? 返事をしておくれーー?」

 不意に声がした。
 それは狂気に駆られた男が知らない声だ。どうやら他にも数人は居るらしい。いくつかの声が近づいてくる。

「……チッ。他にまだ居やがったのか……。くそ……。くそおおおおっ!!!! おいっ! さっさと起きろ!! ずらかるぞっ!!」
「痛い、いたいいい……。あ、あああ……兄貴い……、どこ……? どこ……だあ……。どこ……だよお……。目……。俺の……。何も、見えない……」
「ああああ!!!! わめくなっ!! くそっ!! この借りは絶対に返してやるからなっ!!!!」

 まさに運命の分かれ目。
 あとほんの少し、その声の主が呼び掛けに躊躇ためらっていたなら。あとほんの少し、少年が男の傍で倒れていたなら。有り得た事象数々。その偶然の重なりが、刃を握り締めた男に最悪な事態を予期させ、復讐を思い留まらせたのだ。
 声の方。やはり数人の影が認められた。聞えた声は女のものだが、もし仲間に男がいたなら。この有様では多勢に無勢すぎる。こんな子供一人、二人に命を賭ける価値があるはずもない。
 歯が砕けんばかりの力を込めて殺意を噛み殺す。代わりに指を奪われた手を咥え込み、血みどろで今にも息絶えそうな連れを引きずって、ドロスは小山の影へと退散していった。

「テララちゃ――テララちゃんっ!!!? どうしたんだいっ!!!? お、おーーいっ! 大変だよっ!! 皆、早く来ておくれっ!!!!」

 悪族達と入れ替わるように、ムーナが二人の下に駆け込んで来た。待ち合わせの頃合いになっても姿が見えないからと探していたのだろうか。思いもよらない凄惨せいさんな光景に、ふくよかでほがらかな顔もたちまちに真っ青だ。
 荷物を投げ出し慌てて抱き上げた見知った少女。弱々しく横たわったその顔色は、道中で見せたような晴れやかさなど一切なかった。

「ああ……テララちゃん……! 一体どうしてこんな目に……」

 腕の中の小さな身体。生々しい傷の数々。
 かける言葉がまるで見当たらない。ムーナはただただ罪悪感と自責の念にさいなまされることしかできなかった。
 そうして、大人たちはひどく弱り変わり果ててしまった二人を抱え、拾集を中断して急ぎ村へと帰還したのだった。
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