マルタン王国の魔女祭

カナリア55

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フェリックス・マルタン

時間

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 幼い頃は、時間が長く感じた。
 早く大きくなって働いて、女手一つで俺を育ててくれている母さんに楽をさせてあげたいと思っていた。
 毎年誕生日に一歳年をとって、でも、いつまでも俺の手は小さくて、早く時間が過ぎて、大人になれたらいいのに、と思っていた。
 でも、母さんを楽にしてあげられるようになる前に、俺は母さんと引き離されてしまった。
 いきなり、王子として王宮に連れていかれてしまったんだ。
 そしてそこから、王子としての勉強が始まった。
 死んだって聞いていた父親は王様で、俺の事はほったらかしだったし、義理の母親も兄も周りの貴族達も使用人達も、みんな意地悪だった。
 勉強、剣術、馬術、ダンス、マナー……時間はどんどん短くなっていった。
 成人し、戦に行き、王が亡くなり、兄が王になり、戦に行き……。
 
『頼りにしてるぞ』
『お前に任せた』

 他人事だと思って、簡単に言ってくれる。
 王は、命じるだけでいい。
 兵は、民は、遊戯盤上の駒のようなものだ。
 替えはいくらでもいるし、生きようが死のうが関係ない。
 作戦が上手くいけば喜び、失敗すれば癇癪を起こす。
 そのくらいの事。

 初めての戦でひどい目にあった俺は、次からは自分で考え、準備し、戦うようにした。
 時間はどんどん短くなり、足りなくなっていった。
 相手の国を知り、自分達の兵力を知り、それを最大限に発揮する為の作戦を考える。
 武器や武具の改良、食糧の確保、医療の充実……準備期間が足りなくても、相手は待ってくれない。王は簡単に『開戦』と宣言する。

 問題は山積みなのに、王は毎晩宴を催し、酒と女の事しか考えていない。
『戦の事か、民の事か、せめてどちらかは考えてくれ』と何度思った事か。
 俺は平民で幸せだったのに、無理矢理王子にされ、いじめられたり軽んじられてきたのに、大人になったら都合良く使われ、責任を負わされ、いろんな問題に頭を悩ませなければならなくなった。
 嫌でも仕方がない。
 民を、兵を、国を、見捨てるわけにはいかないのだから。
 王が何もしない分、俺がどうにかしなけりゃ、この国は滅びてしまうのだから。

 ……まあ、そうやって、苦労しながら生きてきたわけだけど、今、久し振りに、時間が経つのが遅いと感じている。
 なぜなら、愛しいエリスが俺との結婚に、一年間の準備期間を設けて欲しいと言ってきたからだ。
 理由は、その間にできるだけマルタン王国の貴族や民達に受け入れられるようになりたいからだという。

『わたくしは、王を殺した者です。陛下は大丈夫だと仰って下さいましたが、『王殺しの黒魔女』と呼ばれているわたくしが、王妃となる事に納得しない者は多いでしょう、特に貴族は。ですからわたくしは、わたくしがこの国の為になる事ができる人物だという事を示したいのです。このような事を希望できる立場ではないという事はわかっておりますが、どうかお願い致します』

 そう言われちゃあ、了承するしかなかったんだけど……、

「あーあ、まだふた月しかたっていない。あと十ヶ月も待たなきゃいけないなんて……」
「……陛下、何度言っても変わりはありませんよ。それより早く書類を……」
「わかってるよ、サミュエル。でも、つい口に出てしまうんだ。あーあ、つまらないなぁ……」
「つまる、つまらない、の問題ではありませんよ、これは王の仕事なのですから。ああ、そういえば、エリス様より書類を預かっておりました」
「えっ? エリスから? 早く言えよ、そういう事は」

 そして俺は手を伸ばしたんだけど、

「……なんですか?」
「なんですかって、エリスからの書類をくれ」
「駄目ですよ。先に机の上の書類を処理してください。エリス様のはその後です」
「えーっ? そんな事言わないでさぁ」
「駄目です。エリス様からも、急ぎではないので陛下の仕事がひと段落してからでいいと言われています」
「そんな! ちょっとでいいから見せろよ」
「駄目です、お渡しできません。早く見たいのなら、早く今ある物を片付けて下さい」
「うーっ、わかったよ! やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」

 サミュエル相手の交渉は、時間の無駄だ。
 俺は必死に、書類をめくった。

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