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「それじゃあ、パイ生地を作りましょう!」
意気込むリュリュナの前にある台には、さいころ型に切られた乳酪(バター)が置かれていた。向かい側からかざされるヤイズミの手が、冷気を送って乳酪(バター)を冷たく保っている。
しっかりと冷やされたバターに、リュリュナが小麦粉をふりかけていく。
ちいさく切られたバターの塊がすっかり白くなると、リュリュナはヤイズミをうながす。
「ヤイズミさん、おねがいします!」
「こ、これでいいのでしょうか」
おそるおそる手を伸ばしたヤイズミが、粉まみれのバターを両手でむぎゅ、と押す。
その手のそばでリュリュナは手の動かし方を実演するべく、わしゃわしゃと手を動かした。
「もっと力を入れて大丈夫です! 乳酪がよく冷えてるからかたいと思うけど、がんばってください。乳酪が溶けないようにして作れば、すっごくさくさくになるんです!」
乳酪が溶けるのを防ぐには、自身を冷やせる能力を持つヤイズミが最適だ。「おいしいお菓子のためにお願いします!」と頼られたヤイズミは、気合十分に粉まみれの乳酪へ立ち向かう。
「わかりました。白羽根のヤイズミ、精いっぱい務めさせていただきます!」
凛とした声で宣言したヤイズミは、さきほどよりも力強く乳酪と粉をもみこんでいく。
むぎゅ、むぎゅとがんばるヤイズミの周りで、観客が盛り上がる。
「疲れたら代わるからな。すぐ言ってくれよ、姫さん」
「わたしもすこし生地に触ってみたいわあ。ほどほどで交代しましょうね」
わくわくしているのがはた目にもわかるゼトとナツメグは、手をきれいに洗っていつでも交代できるように、待機中だ。
「こんな粉が菓子になるのか? すげえな! どんなのになるか、思いつかねえよ」
ヤイズミの手元にある物体をふしぎそうに眺めているチギは「手伝えることがあったら言ってくれよ」と控えている。しかし、やる気に満ちたナツ菓子舗の姉義弟を見る限り、出番はなさそうだと傍観者の立場をとっていた。
「交代しても大丈夫ですよ。ヤイズミさんがしっかり冷やしてくれてるから、みんなでしてもいいかも」
「まあ、うれしいわあ!」
「よっしゃ! 加勢するぜ」
リュリュナが言うが早いか、ナツメグとゼトが手を伸ばす。あらかた乳酪の形が崩れたところで、三人は手のひらをすり合わせるように乳酪と粉をなじませていく。
「いい感じです。そこに冷水を入れたら、生地がまとまるようにがんばってください!」
楽しげな三人に声援を送りながら、リュリュナは鍋をかきまぜる。みんなしてはじめての生地作りに盛り上がっているなか、ひとり火にかけた鍋に向かうリュリュナを見てチギは首をかしげた。
「リュリュはなにしてんだ?」
「んっふっふー。なーいしょ! できてからのお楽しみだよ」
ちっちゃな牙を見せて、リュリュナはいたずらっぽく笑う。
けっきょく鍋の中身がなんなのか、わからないままパイ作りは進んでいく。
「はあ~、乳酪の塊を生地に折り込むなんてなあ。考えもしなかったぜ」
「ほんとねえ。異国の料理本を読んだだけだったら、きっと失敗していたわね。リュリュナちゃんがいてくれて、ほんとうに良かったわあ!」
「えへへ。でも、ヤイズミさんが居なかったら乳酪が溶けて、うまくできなかったですよ。ヤイズミさんありがとう!」
アップルパイが焼けるのを待つあいだ、しみじみと言い始めたのはゼトだった。
それにうなずいたナツメグに感謝されたリュリュナは、うれしそうに笑いながらヤイズミを見上げる。
空色の瞳が恥ずかしげに伏せられるのを見てリュリュナの笑みは深くなった。
「チギも、ありがとね。火を起こしたり、洗い物を手伝ってくれて」
ほほえんだままリュリュナが言えば、ゼトとナツメグもおおきくうなずいた。
「りんごが無かったらあぷるぱいが作れなかったからな。ありがとうな、チギ!」
「わっ、ちょっと、やめてくださいよ!」
ゼトがチギの頭をわしゃわしゃとかき混ぜるものだから、チギはあわてて首をすくめる。
兄弟のようにじゃれるふたりを眺めて、ナツメグも「うふふ」とうれしそうに笑った。
「お店のお手伝いもたくさんしてくれたものねえ。ほんとうに、ありがとうチギくん」
「べ、べつにそんな大したことしてねえから」
照れ臭そうにそっぽを向いたチギは「そうだ」と声を上げる。
「リュリュナ、さっき作ってたやつはけっきょく何なんだ? できてからの楽しみ、とか言ってたけど、作ってるのはあぷるぱいだけじゃないのか」
チギの明らかな話題転換に、リュリュナはにっこり笑った。
「それはねえ、いまわかるよ!」
楽しげに笑ったリュリュナが、かまどに入れたアップルパイを引き出した。
パチパチ、パリパリと良い音を立てて、熱々のパイがみんなの前に現れた。きつね色に焼けたパイは、つやつやと光りながら甘く香ばしい香りをふりまいている。
「えっと。四つに分けたらおおきすぎるから、八等分にしますね」
そう言って、リュリュナがパイに包丁を入れた。
パリパリパリ。軽い音を立てて切られたパイから、ぶわりと湯気が立つ。
どうぞ、と渡されたゼトは待ちきれず、熱々のパイにかぶりついた。
「あっちぃ! けど、うめえ! 生地がパリパリで、さくっとしたりんごとよく合うな!」
「ほんとねえ。外側はパリッとしてるけど、りんごの周りはしっとりしてるのもいいわね。でもこれは……?」
「あっふ! ふはっ! なんかとろっと甘いのが入ってるぜ! 黄色くて甘いの!」
次々とパイにかぶりついては、思い思いの感想を口にする。そのなかでナツメグが首をかしげるのを見て、リュリュナは小鍋を差し出した。
「これを、りんごといっしょに生地にはさんだんです。カスタードクリーム、っていうんですけど」
鍋のなかにわずかに残っているのは、黄色くなめらかな餡に見えた。リュリュナに許可を得て指ですくったゼトは、ひとくち舐めてふむ、と目を閉じる。
「たまごと、牛の乳と砂糖、か?」
「正解です! それにすこしだけ小麦の粉も入ってるんです」
うんうん、とうなずくリュリュナに、ナツメグがほうっと息をついた。
「それだけの材料で、こんなすてきなものが出来るのね。生地とりんごにうまく絡んで、とってもおいしいわあ」
「えへへ。成功して良かったです」
とろけるような顔でパイを食べるナツメグに、リュリュナもうれしそうだ。
けれど、にこにこしていたリュリュナは不意に笑顔を消して、真剣な表情になる。
「ヤイズミさん。アップルパイ、どうですか……?」
恐る恐る尋ねた先では、ヤイズミがにこりともせず真顔でアップルパイをもぐもぐしていた。
意気込むリュリュナの前にある台には、さいころ型に切られた乳酪(バター)が置かれていた。向かい側からかざされるヤイズミの手が、冷気を送って乳酪(バター)を冷たく保っている。
しっかりと冷やされたバターに、リュリュナが小麦粉をふりかけていく。
ちいさく切られたバターの塊がすっかり白くなると、リュリュナはヤイズミをうながす。
「ヤイズミさん、おねがいします!」
「こ、これでいいのでしょうか」
おそるおそる手を伸ばしたヤイズミが、粉まみれのバターを両手でむぎゅ、と押す。
その手のそばでリュリュナは手の動かし方を実演するべく、わしゃわしゃと手を動かした。
「もっと力を入れて大丈夫です! 乳酪がよく冷えてるからかたいと思うけど、がんばってください。乳酪が溶けないようにして作れば、すっごくさくさくになるんです!」
乳酪が溶けるのを防ぐには、自身を冷やせる能力を持つヤイズミが最適だ。「おいしいお菓子のためにお願いします!」と頼られたヤイズミは、気合十分に粉まみれの乳酪へ立ち向かう。
「わかりました。白羽根のヤイズミ、精いっぱい務めさせていただきます!」
凛とした声で宣言したヤイズミは、さきほどよりも力強く乳酪と粉をもみこんでいく。
むぎゅ、むぎゅとがんばるヤイズミの周りで、観客が盛り上がる。
「疲れたら代わるからな。すぐ言ってくれよ、姫さん」
「わたしもすこし生地に触ってみたいわあ。ほどほどで交代しましょうね」
わくわくしているのがはた目にもわかるゼトとナツメグは、手をきれいに洗っていつでも交代できるように、待機中だ。
「こんな粉が菓子になるのか? すげえな! どんなのになるか、思いつかねえよ」
ヤイズミの手元にある物体をふしぎそうに眺めているチギは「手伝えることがあったら言ってくれよ」と控えている。しかし、やる気に満ちたナツ菓子舗の姉義弟を見る限り、出番はなさそうだと傍観者の立場をとっていた。
「交代しても大丈夫ですよ。ヤイズミさんがしっかり冷やしてくれてるから、みんなでしてもいいかも」
「まあ、うれしいわあ!」
「よっしゃ! 加勢するぜ」
リュリュナが言うが早いか、ナツメグとゼトが手を伸ばす。あらかた乳酪の形が崩れたところで、三人は手のひらをすり合わせるように乳酪と粉をなじませていく。
「いい感じです。そこに冷水を入れたら、生地がまとまるようにがんばってください!」
楽しげな三人に声援を送りながら、リュリュナは鍋をかきまぜる。みんなしてはじめての生地作りに盛り上がっているなか、ひとり火にかけた鍋に向かうリュリュナを見てチギは首をかしげた。
「リュリュはなにしてんだ?」
「んっふっふー。なーいしょ! できてからのお楽しみだよ」
ちっちゃな牙を見せて、リュリュナはいたずらっぽく笑う。
けっきょく鍋の中身がなんなのか、わからないままパイ作りは進んでいく。
「はあ~、乳酪の塊を生地に折り込むなんてなあ。考えもしなかったぜ」
「ほんとねえ。異国の料理本を読んだだけだったら、きっと失敗していたわね。リュリュナちゃんがいてくれて、ほんとうに良かったわあ!」
「えへへ。でも、ヤイズミさんが居なかったら乳酪が溶けて、うまくできなかったですよ。ヤイズミさんありがとう!」
アップルパイが焼けるのを待つあいだ、しみじみと言い始めたのはゼトだった。
それにうなずいたナツメグに感謝されたリュリュナは、うれしそうに笑いながらヤイズミを見上げる。
空色の瞳が恥ずかしげに伏せられるのを見てリュリュナの笑みは深くなった。
「チギも、ありがとね。火を起こしたり、洗い物を手伝ってくれて」
ほほえんだままリュリュナが言えば、ゼトとナツメグもおおきくうなずいた。
「りんごが無かったらあぷるぱいが作れなかったからな。ありがとうな、チギ!」
「わっ、ちょっと、やめてくださいよ!」
ゼトがチギの頭をわしゃわしゃとかき混ぜるものだから、チギはあわてて首をすくめる。
兄弟のようにじゃれるふたりを眺めて、ナツメグも「うふふ」とうれしそうに笑った。
「お店のお手伝いもたくさんしてくれたものねえ。ほんとうに、ありがとうチギくん」
「べ、べつにそんな大したことしてねえから」
照れ臭そうにそっぽを向いたチギは「そうだ」と声を上げる。
「リュリュナ、さっき作ってたやつはけっきょく何なんだ? できてからの楽しみ、とか言ってたけど、作ってるのはあぷるぱいだけじゃないのか」
チギの明らかな話題転換に、リュリュナはにっこり笑った。
「それはねえ、いまわかるよ!」
楽しげに笑ったリュリュナが、かまどに入れたアップルパイを引き出した。
パチパチ、パリパリと良い音を立てて、熱々のパイがみんなの前に現れた。きつね色に焼けたパイは、つやつやと光りながら甘く香ばしい香りをふりまいている。
「えっと。四つに分けたらおおきすぎるから、八等分にしますね」
そう言って、リュリュナがパイに包丁を入れた。
パリパリパリ。軽い音を立てて切られたパイから、ぶわりと湯気が立つ。
どうぞ、と渡されたゼトは待ちきれず、熱々のパイにかぶりついた。
「あっちぃ! けど、うめえ! 生地がパリパリで、さくっとしたりんごとよく合うな!」
「ほんとねえ。外側はパリッとしてるけど、りんごの周りはしっとりしてるのもいいわね。でもこれは……?」
「あっふ! ふはっ! なんかとろっと甘いのが入ってるぜ! 黄色くて甘いの!」
次々とパイにかぶりついては、思い思いの感想を口にする。そのなかでナツメグが首をかしげるのを見て、リュリュナは小鍋を差し出した。
「これを、りんごといっしょに生地にはさんだんです。カスタードクリーム、っていうんですけど」
鍋のなかにわずかに残っているのは、黄色くなめらかな餡に見えた。リュリュナに許可を得て指ですくったゼトは、ひとくち舐めてふむ、と目を閉じる。
「たまごと、牛の乳と砂糖、か?」
「正解です! それにすこしだけ小麦の粉も入ってるんです」
うんうん、とうなずくリュリュナに、ナツメグがほうっと息をついた。
「それだけの材料で、こんなすてきなものが出来るのね。生地とりんごにうまく絡んで、とってもおいしいわあ」
「えへへ。成功して良かったです」
とろけるような顔でパイを食べるナツメグに、リュリュナもうれしそうだ。
けれど、にこにこしていたリュリュナは不意に笑顔を消して、真剣な表情になる。
「ヤイズミさん。アップルパイ、どうですか……?」
恐る恐る尋ねた先では、ヤイズミがにこりともせず真顔でアップルパイをもぐもぐしていた。
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