70 / 102
3
しおりを挟む
いただきます、と手を合わせたユンガロスが手を伸ばしたのはリュリュナの握ったおにぎりだ。ころりと小ぶりなおにぎりを摘まみ上げて、ぱくりと食べる。
「リュリュナさんの作ってくださったおにぎり、食べやすくて良いですね。味付けも、さっぱりしていてとてもおいしいです」
ユンガロスにえへへと笑って、リュリュナは三色団子を手に取る。もっちりとした丸い団子をほお張ったリュリュナは、ほっぺたをぷっくりと膨らせてにこにこ笑った。
「おいしいですね! わ、緑色はちゃんとよもぎの香りがする!」
「気に入っていただけたなら、次は店舗にいっしょに行きましょう。焼き立ての醤油団子は香ばしさが段違いで、とてもおいしいのです」
「わあ! ぜひ行きたいです。楽しみにしてますね」
リュリュナとユンガロスが笑い合う横では、ゼトがヤイズミにまんじゅうを勧めている。礼を言って受け取ったヤイズミは、促されるままにまんじゅうを半分に割って目を丸くした。
「あら……これは、お菓子の香りではないようですが」
「おう。まあ、食ってみてくれよ」
素直にかじったヤイズミは、驚きぱちぱちと瞬きをくり返す。そんな彼女を満足気に笑って見たゼトは、ナツメグにもまんじゅうを手渡した。
まんじゅうをひと口食べたナツメグは、目を閉じて唸り声を出す。
「ううーん、これは……あさり、かしらねえ? 生姜と合わせて甘辛く煮たのね。しゃきしゃきするのは蓮根かしら。よくできてるわねえ」
「へへへ。うまいだろ。まあ、店じゃ出せねえけどよ。たまにゃこんなのも良いだろ」
具の内容を当てたナツメグに、ゼトは歯を見せて笑う。そんなゼトの発言に衝撃を受けたような顔をしたのはヤイズミだ。
「これほどおいしいものが、売り物にならないのですか」
「うちは菓子屋だからなあ。……まあ、姫さんが食べたくなったら言ってくれよ。また作るからさ」
残念でならない、と肩を落とすヤイズミに、ゼトは照れたように言ってからアップルパイを手に取りかぶりついた。
一切れの半分ほどをひと口で食べたゼトは、ヤイズミに笑いかける。
「その代わり、姫さんもまた菓子作りに来てくれよ。パイだけじゃなくてさ、あいすくりんも、他のお菓子もまたいっしょに作ろうぜ」
「は、はい! わたくし、精いっぱい頑張ります」
「あ、だったら果物を使ってシャーベットなんてどうですか。冷やさなきゃできないし、力仕事もありますよ」
「あらあら、どんなお菓子なのかしら。とっても興味あるわあ」
「力仕事なら、おれでも役に立てそうですね。仕事は優秀な部下たちに任せますから、いつでも呼んでください」
飲んでいるのはお茶だが、宴席はにぎやかに盛り上がる。話のタネはあれやこれやと尽きることなく、おいしい食べ物が彼らの心を軽くするおかげで、時間が経つほどに笑い声が絶えない花見となった。
そうして五人でわいわいとつつけば、並んでいた料理や菓子もやがて無くなってしまう。
「ううー、食べ過ぎました。お腹が重たい……」
「あらあら、大丈夫? リュリュナちゃん、たくさん食べてたものねえ」
リュリュナは敷物に足を投げ出して座り、丸くなった腹をなでる。リュリュナの食べっぷりを思い出したナツメグがくすくすと笑う。
「ですが、たしかにどれもおいしくて、わたくしもついつい食べ過ぎてしまいました」
「リュリュナはちっこいから食べすぎくらいでちょうどいいだろ。姫さんは細っこいから、もっと食べたほうがいいんじゃねえか?」
いつもよりいくぶんやわらかな表情をしたヤイズミが言うのに、ゼトが首をかしげて彼女の手を取った。
ヤイズミの白い手首を囲って、ゼトの指が輪を作る。
「ほら、おれの指が余裕でくっついちまう。しかもめちゃめちゃ隙間もある、し……」
ははは、と笑いながら顔をあげたゼトは、真っ赤になって震えているヤイズミを目にして固まった。
そして自分の手元に視線を落とし、赤く染まったヤイズミの手首を握る自身の指に気づく。
何気なく「細いなあ」と思って手を伸ばしたゼトに、格別な意図はなかった。ただ、リュリュナやチギにするような感覚で気軽に触れた相手が、ヤイズミだった。
それだけだ。それだけなのに、顔を赤くしてうつむくヤイズミを見た途端、ゼトにまで恥ずかしさがじわじわと這い上ってくる。
「あらあらまあまあ!」
声もなくうろたえるゼトとヤイズミを見て、楽しげに声をあげたのはナツメグだ。
「ふたりとも、顔が真っ赤ねえ。うふふ、ここは日当たりが良過ぎたかしらね? ちょっとお散歩でもして、涼んできたらどうかしら」
ナツメグの発言にしゅびっと手を挙げたのはリュリュナだ。
「あ、お片づけはあたしがやっときます。まだすこしお腹も苦しいし」
「では、おれも手伝います。どうぞ、ゆっくり散策してきてください」
すかさずユンガロスがリュリュナの横を陣取って、ゼトを促す。ナツメグがゼトの背中を物理的にぐいぐい押して、ヤイズミとゼトのふたりはあっと言う間に敷物のうえから追いやられた。
「お、おいナツ姉……!」
「さあさ、行ってらっしゃい! まだ日は高いから、急がなくていいわよ~」
抗議しようとしたゼトは、いい笑顔のナツメグが手を振るのを見て腹をくくったらしい。
「……片付けは頼んだ。姫さん、行こう」
「え、あ、はい」
ゼトの差し出した手のひらにヤイズミが手を乗せる。手をつないだふたりはそのまま、斜面を登って桜の木の向こうへと歩いて行く。
ヤイズミの長い白髪を風が揺らし、舞い散る花びらがふたりのまわりで踊る。
「ひゃあ、なんだかお姫さまの物語を見てるみたい!」
ほほに手を当てたリュリュナの歓声に、ナツメグが「そうねえ。素敵ねえ」と同意する。
決して振り向こうとしなかったゼトは、きっと顔を赤くしていたことだろう。義弟の背中を見送ったナツメグは、目を細めて「うふふ」と笑うのだった。
「リュリュナさんの作ってくださったおにぎり、食べやすくて良いですね。味付けも、さっぱりしていてとてもおいしいです」
ユンガロスにえへへと笑って、リュリュナは三色団子を手に取る。もっちりとした丸い団子をほお張ったリュリュナは、ほっぺたをぷっくりと膨らせてにこにこ笑った。
「おいしいですね! わ、緑色はちゃんとよもぎの香りがする!」
「気に入っていただけたなら、次は店舗にいっしょに行きましょう。焼き立ての醤油団子は香ばしさが段違いで、とてもおいしいのです」
「わあ! ぜひ行きたいです。楽しみにしてますね」
リュリュナとユンガロスが笑い合う横では、ゼトがヤイズミにまんじゅうを勧めている。礼を言って受け取ったヤイズミは、促されるままにまんじゅうを半分に割って目を丸くした。
「あら……これは、お菓子の香りではないようですが」
「おう。まあ、食ってみてくれよ」
素直にかじったヤイズミは、驚きぱちぱちと瞬きをくり返す。そんな彼女を満足気に笑って見たゼトは、ナツメグにもまんじゅうを手渡した。
まんじゅうをひと口食べたナツメグは、目を閉じて唸り声を出す。
「ううーん、これは……あさり、かしらねえ? 生姜と合わせて甘辛く煮たのね。しゃきしゃきするのは蓮根かしら。よくできてるわねえ」
「へへへ。うまいだろ。まあ、店じゃ出せねえけどよ。たまにゃこんなのも良いだろ」
具の内容を当てたナツメグに、ゼトは歯を見せて笑う。そんなゼトの発言に衝撃を受けたような顔をしたのはヤイズミだ。
「これほどおいしいものが、売り物にならないのですか」
「うちは菓子屋だからなあ。……まあ、姫さんが食べたくなったら言ってくれよ。また作るからさ」
残念でならない、と肩を落とすヤイズミに、ゼトは照れたように言ってからアップルパイを手に取りかぶりついた。
一切れの半分ほどをひと口で食べたゼトは、ヤイズミに笑いかける。
「その代わり、姫さんもまた菓子作りに来てくれよ。パイだけじゃなくてさ、あいすくりんも、他のお菓子もまたいっしょに作ろうぜ」
「は、はい! わたくし、精いっぱい頑張ります」
「あ、だったら果物を使ってシャーベットなんてどうですか。冷やさなきゃできないし、力仕事もありますよ」
「あらあら、どんなお菓子なのかしら。とっても興味あるわあ」
「力仕事なら、おれでも役に立てそうですね。仕事は優秀な部下たちに任せますから、いつでも呼んでください」
飲んでいるのはお茶だが、宴席はにぎやかに盛り上がる。話のタネはあれやこれやと尽きることなく、おいしい食べ物が彼らの心を軽くするおかげで、時間が経つほどに笑い声が絶えない花見となった。
そうして五人でわいわいとつつけば、並んでいた料理や菓子もやがて無くなってしまう。
「ううー、食べ過ぎました。お腹が重たい……」
「あらあら、大丈夫? リュリュナちゃん、たくさん食べてたものねえ」
リュリュナは敷物に足を投げ出して座り、丸くなった腹をなでる。リュリュナの食べっぷりを思い出したナツメグがくすくすと笑う。
「ですが、たしかにどれもおいしくて、わたくしもついつい食べ過ぎてしまいました」
「リュリュナはちっこいから食べすぎくらいでちょうどいいだろ。姫さんは細っこいから、もっと食べたほうがいいんじゃねえか?」
いつもよりいくぶんやわらかな表情をしたヤイズミが言うのに、ゼトが首をかしげて彼女の手を取った。
ヤイズミの白い手首を囲って、ゼトの指が輪を作る。
「ほら、おれの指が余裕でくっついちまう。しかもめちゃめちゃ隙間もある、し……」
ははは、と笑いながら顔をあげたゼトは、真っ赤になって震えているヤイズミを目にして固まった。
そして自分の手元に視線を落とし、赤く染まったヤイズミの手首を握る自身の指に気づく。
何気なく「細いなあ」と思って手を伸ばしたゼトに、格別な意図はなかった。ただ、リュリュナやチギにするような感覚で気軽に触れた相手が、ヤイズミだった。
それだけだ。それだけなのに、顔を赤くしてうつむくヤイズミを見た途端、ゼトにまで恥ずかしさがじわじわと這い上ってくる。
「あらあらまあまあ!」
声もなくうろたえるゼトとヤイズミを見て、楽しげに声をあげたのはナツメグだ。
「ふたりとも、顔が真っ赤ねえ。うふふ、ここは日当たりが良過ぎたかしらね? ちょっとお散歩でもして、涼んできたらどうかしら」
ナツメグの発言にしゅびっと手を挙げたのはリュリュナだ。
「あ、お片づけはあたしがやっときます。まだすこしお腹も苦しいし」
「では、おれも手伝います。どうぞ、ゆっくり散策してきてください」
すかさずユンガロスがリュリュナの横を陣取って、ゼトを促す。ナツメグがゼトの背中を物理的にぐいぐい押して、ヤイズミとゼトのふたりはあっと言う間に敷物のうえから追いやられた。
「お、おいナツ姉……!」
「さあさ、行ってらっしゃい! まだ日は高いから、急がなくていいわよ~」
抗議しようとしたゼトは、いい笑顔のナツメグが手を振るのを見て腹をくくったらしい。
「……片付けは頼んだ。姫さん、行こう」
「え、あ、はい」
ゼトの差し出した手のひらにヤイズミが手を乗せる。手をつないだふたりはそのまま、斜面を登って桜の木の向こうへと歩いて行く。
ヤイズミの長い白髪を風が揺らし、舞い散る花びらがふたりのまわりで踊る。
「ひゃあ、なんだかお姫さまの物語を見てるみたい!」
ほほに手を当てたリュリュナの歓声に、ナツメグが「そうねえ。素敵ねえ」と同意する。
決して振り向こうとしなかったゼトは、きっと顔を赤くしていたことだろう。義弟の背中を見送ったナツメグは、目を細めて「うふふ」と笑うのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
42
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる