ガール・ミーツ・エイリアン

佐熊カズサ

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エージェント・ピートをよろしく

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 自室に入ったピートはとても自然な動作で白くて重たそうなスニーカーを脱いだ。

「調査対象の文化はすでに説明を受けている、完璧だ」屈んで靴を揃えながら、ピートはしたり顔で言った。

 靴を揃えただけで得意げになられてしまい、何だか不可解な気分で私も靴を脱いで室内に上がった。

「1人で住んでいるのか?」ピートは尋ねた。

「うん、まあ、私のわがままでな」私はおでんとティラミスを調理台に置きながら、言い訳するように言った。少し恥ずかしくてこの話題は苦手なのだ。「家族とイギリスに行く予定やったんやけど、やっぱ地元からは離れがたくて……」

 ピートは「ふうん」とだけ言うと、辺りを観察し始めた。言って損した気分だ。

 ピートは目に映るもの全てに興味を示した。キッチンのマグカップを持ち上げ、テーブルの上の文庫本をめくり、ベッドの上のテディベアを手に取って眺めた。

 その様子は好奇心旺盛な仔猫が未知の世界を冒険しているようで、勝手に家中のものを触られているという普段なら不愉快極まりない状況であるはずなのに、何故だか心が和んだ。

 しかし、私たちは話し合わなければならない。なにしろ家にまで上げたのだ。それなりには信頼してくれていると考えてもいいはずだ。

「ねえ、ピート」私は話しかけた。「そろそろホンマのこと教えてくれる?」

「君に全てを話したわけではないが、嘘はついていない。全部本当のことだよ」

 テディベアを検分しているピートとは目が合わない。お気に召したのか、ピートはテディベアを胸に抱えてブラウンの毛に覆われた手を揉んでいる。

「ピート」私はできるだけ優しく、諭すような声色を作った。「警察に言うたりせんし、好きなだけ家に居ってもええから。ホンマはどこから来たん?」

「その話なら済ませたはずだよ。僕は――」

「宇宙人、なんやんな。それを手放しで信じろってのは無理あると思わん?」

 ようやくピートが顔を上げた。その表情は真剣そのものだった。

「信じてない?」

「白状するとな」

 ピートは顎に手を当て考え込むような仕草をし、しばらくして「わかった」と独り言のようにつぶやいた。テディベアをベッドに戻し、ピートは足音の一つも立てずに歩いて私の目の前に立ち止まった。私より少し背の低い彼女が見上げる。ひやりとした手が私の手を取り、指を絡ませた。

 突然の接触にドキッとして思わず後ずさって離してしまいそうになった手を、ピートは強く握った。

「僕の目、よく見てて」

 言われるがままに、ピートの赤い目を見つめる。燃えるような赤だ。

 吸い込まれるような深紅が渦を巻いて視界に広がり、平衡感覚を奪っていく。そして――
 
 * * *

「本当に、申し訳ございませんでした」

 私はベッドに腰掛けたまま90度に腰を折り、ピートに頭を下げていた。目の前に立つピートが、オレンジが買った部屋の明かりを背に影を作っている。小さいはずの彼女が大きく見える。

「これでようやく信じたか?」

「あんなもん見せられたら、信じやんってわけにはいかんやん。何やったん、あれ?」

「近い言葉を当てはめるなら『感覚共有』だよ。僕の種族は頭の中のイメージを共有することができるんだ。とは言っても、同種族以外とは完全には共有できないのだけどね。ホノが見たのは恐らくその一部だよ」

「一部って……私に何を見せようとしてくれたん?」

「僕が地球に来るときに見た船窓の景色だよ」

「船窓って宇宙やん。やから、あんなに視界がサイケになったんや……」

 改めて、しっかりと目の前の少女を見る。脱皮したばかりであるような白い肌や、超自然的な火花を秘める赤い眼は、見れば見るほど確かに地球外生命体である。

 公園でピートから聞いた話を思い出す。

「なあ、ホンマに地球が消されるかもしれやんの……?」

「ああ。だが少し話したように、それを避ける手段はある」ピートは言った。「ではもう一度、今度はもっと詳しく、この任務における君と僕の役割と地球の存続について説明させてもらう」

 * * *

「――つまり、端的に言って地球は滅亡の危機というわけだ」

「ん~」

 優しいだしの香りがする湯気越しに力説するピートを見た。

 ピートと私はローテーブルに並べたコンビニおでんを仲良くつつきながら、宇宙規模の陰謀論めいた物語――ピートに言わせれば「事実であり真実」――について話し合った。今度は信じようと努力しながら。さすがにあんな幻覚を見せられてなお信じないのは、ただの現実逃避だ。

 しかしこれがなかなか難しい。何しろ規模があまりに大きく、展開が突拍子もないのだ。

 概略はこうだ。

 地球は数十年前から、その存在が疑問視されてきた。環境の悪化や同種族同士での争いが絶えない惑星に、予算を割く必要がどこにあるのか。新たな惑星の製造や隕石による災害の支援などで宇宙政府は資金難であるため、不要な惑星の取り壊しを求める議会や他の惑星の住民からの声は日増しに大きくなっていた。

 そしてついに、徹底的に調査したのち地球は本当に不要であるとの結果が得られれば、しかるべき機関によって抹消されることが決定した。

 そこで調査のために地球へ送られてきたのがピートである。

 ピートは宇宙情報部のエージェントであり、今回の任務は、地球がこの宇宙に存在し続けるにふさわしい惑星であるかどうかを調査することだ。そして、エージェントに地球に関する実情を伝える案内役兼地球上のセーフハウスとして選定されたのが――

「君であり、このアパートというわけだよ、ホノ」

「そんな勝手に……って!」私は驚いて思わず腰を浮かせた。「厚揚げ2個も取らんといてよぉ……」

「あ、美味しくてつい」

 ピートは器用に箸を操って厚揚げを皿の上で二つに分けた。片割れをつかみ、私の皿にのせた。

「これで半分こだ」

 1個食べたのだからもう1つは全量ほしいところだったが、私は半分になった厚揚げをありがたくいただいた。食事の席でいがみ合いは無しだ。

 心底幸せそうに厚揚げにみそを付けながら食べる宇宙人を眺めながら、大根を取られないうちに自分の皿に確保しておいた。
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