30 / 59
30.ドクター離島②
しおりを挟む
岡が悠斗を腕に抱き上げて岸辺に上げてくれる。美湖もすぐにそばに座らせて、悠斗の手を診る。
すぐにドクターバッグを開けてガーゼを取り出す。患部を押さえ止血をしながら、傷口を見た。
「大丈夫。切ったばかりで出血しているだけ。消毒をして応急処置をしよう。お母さんに連絡して、診療所でもう少し詳しく見ようか」
「うちすぐそこや。先生、暑いけんそっち行こう。おう、悠斗。おっちゃんがおぶってやるけん」
悠斗の腕にガーゼを当て美湖も素早く包帯を巻く。それだけで子供達が『はええ、すげえ』と感心してくれる。
「そやからいったやろ。テトラポットで遊ぶ時は父ちゃんか母ちゃんと来い。それか漁協のおっちゃんたちを呼べ。わかったな」
子供たちがしゅんとしながら、岡氏の後をついていく。
ほんとうにすぐそこの、港と面しているこちらも古民家なご自宅だった。
庭の縁側に連れて行ってくれ、よしずの日陰があるところで、美湖はさっそく応急処置する。
「痛いけど、我慢だよ。消毒するね」
あー、これはちょっと縫うかもしれないなと思ったがここではできない。岡に悠斗の母親に連絡して、診療所に来てもらうようお願いする。
「芳子、これ茹でてやってくれや。スイカか桃あったやろ。あれ、出してやれや」
「あらあ。懐かしい。カメノテやないの」
岡の妻が出てきて、バケツの中を見て微笑んだ。
「こいつらこれで美湖先生をからかっておったわ。わしまで先生に子供の時にこんな酷い遊びをしていたのか、子供達に継いできたのかと怒られたわ」
芳子がそれを聞いて笑った。
「まあ、あんたら。なにも知らん先生を驚かせたんかね。そら怒られるわ」
「ま、美人に怒られるのも悪うなかったわ」
「はあ、なにゆうてんのお父ちゃんは、もう!」
奥さんに頭をぺしりと叩かれたが、芳子は子供たちに待つように伝えてカメノテのバケツをキッチンへと持っていった。
その間に、岡が悠斗の家に連絡をしてくれる。
「先生、すぐ来てくれるってよ。うちの軽トラ、乗っていきや。おーい、芳子。大輝とか子供たち頼んだでー」
奥から『はーい』という奥様の声だけが聞こえた。
大輝たち元気な男児は奥様に監督を任せて、美湖は悠斗を連れて診療所へ向かうことに。ドクターバッグに消毒液やピンセットなどの器具セットを閉まっている時だった。
縁側、日陰になっている畳の古い部屋からおばあちゃんが現れる。
「美湖先生、これ、持って帰って」
岡の母親、志津だった。高齢ではあるが元気で、たまに薬をもらうためにお嫁さんの芳子と診療所へやってくる。往診もよくさせてもらっていて馴染んできたところだった。
その志津の手には、松山銘菓のタルトと桃。
「先生、好きやろ。じいさんの仏壇に備えておったもんやけど、持って帰って」
「ありがとう志津さん」
心なしか足取りが頼りなく感じた。受け取るために握った手も熱い?
「志津さん。どこか調子よくない?」
「まあ、この暑さじゃけん。しょーもないわ。ちょっとぐったりしとるだけやけん。美湖先生の声が聞こえて、出てきてしもうたわ」
そう言われると美湖もつい頬が緩む。素直に嬉しく思えるようになっていた。
「先生。悠斗が痛がっとるんよ。もう行くで!」
急かされて、美湖も軽トラックへと向かった。
悠斗の手のひらの傷は専用の固定テープにて傷口を閉じることで、なんとかなった。
「もうちょっと深かったら縫っていたよ。気をつけようね」
大事に至らず、母親もほっとしたようだった。島に来てから、美湖は母親のこのような顔に何度も遭遇している。
「先生、ありがとうございました」
「ちょうど、通りかかりだったんですよ。往診の帰りで。カメノテで驚かされましてね。本当に亀の手をちぎって遊んでいたのかと、それにもヒヤリとしましたよ」
「あれ、おいしいんですよ。甲殻類なので海老や蟹みたいな味がするんです」
「そうなんですかー、ちょーっとすぐには口にできないぐらい、手そのもの、そんなリアリティありましたよ」
機会があれば是非と悠斗ママが笑う。悠斗も落ち着いたようで、帰りは笑って母親と帰っていった。
気がつくと夕方になっていた。静かな診療所にひとり。誰もいない、来ない。また診察室でもくもくと雑務をこなす。窓辺が暗くなり、心なしか夜風が涼しくなったように感じる。
遠い漁り火が見える窓辺で、美湖は晴紀を思う。いま、どこにいるの。瀬戸内海を往く貨物に乗っているとわかっていても、いま彼はそばにいない。
往診した時のカルテをパソコンに記録しようとドクターバッグを開けた時、志津から桃とタルトをもらったことを思い出す。
白衣のままキッチンへ向かい、冷蔵庫に桃を入れる。冷えたら寝る前に切って食べようと思いながら……。
ふと、不安に駆られた。
診察室に急いで戻った美湖は、またドクターバッグに薬剤と機器を補充。灯りを消して戸締まりをして外に飛び出した。
走って走って、息を切らして向かったのはすぐそこの港。漁船が並ぶ水辺に立ち並ぶ古民家を目指す。そして岡氏の家へ。
玄関のチャイムを鳴らすと、岡が出てくれる。
「岡さん、あの志津さん……」
もう一度よく診せてほしいと言おうとしたら。
「ちょうどよかった先生! ばあちゃん、めまいみたいなの起こして倒れてぐったりしたままなんよ。呼びに行こう思ってたところや!」
心臓がどくんと大きく動いた。やっぱりあの時、もっとよく見ておけばよかった。でも不安が当たった!
すぐにドクターバッグを開けてガーゼを取り出す。患部を押さえ止血をしながら、傷口を見た。
「大丈夫。切ったばかりで出血しているだけ。消毒をして応急処置をしよう。お母さんに連絡して、診療所でもう少し詳しく見ようか」
「うちすぐそこや。先生、暑いけんそっち行こう。おう、悠斗。おっちゃんがおぶってやるけん」
悠斗の腕にガーゼを当て美湖も素早く包帯を巻く。それだけで子供達が『はええ、すげえ』と感心してくれる。
「そやからいったやろ。テトラポットで遊ぶ時は父ちゃんか母ちゃんと来い。それか漁協のおっちゃんたちを呼べ。わかったな」
子供たちがしゅんとしながら、岡氏の後をついていく。
ほんとうにすぐそこの、港と面しているこちらも古民家なご自宅だった。
庭の縁側に連れて行ってくれ、よしずの日陰があるところで、美湖はさっそく応急処置する。
「痛いけど、我慢だよ。消毒するね」
あー、これはちょっと縫うかもしれないなと思ったがここではできない。岡に悠斗の母親に連絡して、診療所に来てもらうようお願いする。
「芳子、これ茹でてやってくれや。スイカか桃あったやろ。あれ、出してやれや」
「あらあ。懐かしい。カメノテやないの」
岡の妻が出てきて、バケツの中を見て微笑んだ。
「こいつらこれで美湖先生をからかっておったわ。わしまで先生に子供の時にこんな酷い遊びをしていたのか、子供達に継いできたのかと怒られたわ」
芳子がそれを聞いて笑った。
「まあ、あんたら。なにも知らん先生を驚かせたんかね。そら怒られるわ」
「ま、美人に怒られるのも悪うなかったわ」
「はあ、なにゆうてんのお父ちゃんは、もう!」
奥さんに頭をぺしりと叩かれたが、芳子は子供たちに待つように伝えてカメノテのバケツをキッチンへと持っていった。
その間に、岡が悠斗の家に連絡をしてくれる。
「先生、すぐ来てくれるってよ。うちの軽トラ、乗っていきや。おーい、芳子。大輝とか子供たち頼んだでー」
奥から『はーい』という奥様の声だけが聞こえた。
大輝たち元気な男児は奥様に監督を任せて、美湖は悠斗を連れて診療所へ向かうことに。ドクターバッグに消毒液やピンセットなどの器具セットを閉まっている時だった。
縁側、日陰になっている畳の古い部屋からおばあちゃんが現れる。
「美湖先生、これ、持って帰って」
岡の母親、志津だった。高齢ではあるが元気で、たまに薬をもらうためにお嫁さんの芳子と診療所へやってくる。往診もよくさせてもらっていて馴染んできたところだった。
その志津の手には、松山銘菓のタルトと桃。
「先生、好きやろ。じいさんの仏壇に備えておったもんやけど、持って帰って」
「ありがとう志津さん」
心なしか足取りが頼りなく感じた。受け取るために握った手も熱い?
「志津さん。どこか調子よくない?」
「まあ、この暑さじゃけん。しょーもないわ。ちょっとぐったりしとるだけやけん。美湖先生の声が聞こえて、出てきてしもうたわ」
そう言われると美湖もつい頬が緩む。素直に嬉しく思えるようになっていた。
「先生。悠斗が痛がっとるんよ。もう行くで!」
急かされて、美湖も軽トラックへと向かった。
悠斗の手のひらの傷は専用の固定テープにて傷口を閉じることで、なんとかなった。
「もうちょっと深かったら縫っていたよ。気をつけようね」
大事に至らず、母親もほっとしたようだった。島に来てから、美湖は母親のこのような顔に何度も遭遇している。
「先生、ありがとうございました」
「ちょうど、通りかかりだったんですよ。往診の帰りで。カメノテで驚かされましてね。本当に亀の手をちぎって遊んでいたのかと、それにもヒヤリとしましたよ」
「あれ、おいしいんですよ。甲殻類なので海老や蟹みたいな味がするんです」
「そうなんですかー、ちょーっとすぐには口にできないぐらい、手そのもの、そんなリアリティありましたよ」
機会があれば是非と悠斗ママが笑う。悠斗も落ち着いたようで、帰りは笑って母親と帰っていった。
気がつくと夕方になっていた。静かな診療所にひとり。誰もいない、来ない。また診察室でもくもくと雑務をこなす。窓辺が暗くなり、心なしか夜風が涼しくなったように感じる。
遠い漁り火が見える窓辺で、美湖は晴紀を思う。いま、どこにいるの。瀬戸内海を往く貨物に乗っているとわかっていても、いま彼はそばにいない。
往診した時のカルテをパソコンに記録しようとドクターバッグを開けた時、志津から桃とタルトをもらったことを思い出す。
白衣のままキッチンへ向かい、冷蔵庫に桃を入れる。冷えたら寝る前に切って食べようと思いながら……。
ふと、不安に駆られた。
診察室に急いで戻った美湖は、またドクターバッグに薬剤と機器を補充。灯りを消して戸締まりをして外に飛び出した。
走って走って、息を切らして向かったのはすぐそこの港。漁船が並ぶ水辺に立ち並ぶ古民家を目指す。そして岡氏の家へ。
玄関のチャイムを鳴らすと、岡が出てくれる。
「岡さん、あの志津さん……」
もう一度よく診せてほしいと言おうとしたら。
「ちょうどよかった先生! ばあちゃん、めまいみたいなの起こして倒れてぐったりしたままなんよ。呼びに行こう思ってたところや!」
心臓がどくんと大きく動いた。やっぱりあの時、もっとよく見ておけばよかった。でも不安が当たった!
1
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる