名もなき朝の唄〈湖畔のフレンチレストランで〉

市來茉莉(茉莉恵)

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【4】名もなき朝の私《さよなら、先生》

14.ダラシーノの動画配信

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 ハコチャンネルが停滞している理由を、ダラシーノが包み隠さず報告している!

「診察の結果、心因性のものだそうです。ストレスから出なくなっちゃったみたいですね」

 当然、コメント欄の熱も沸騰していた。

*声が出なくなったって、どういうこと!?
*それで配信が停まってたのか! ハコちゃん、いまどうしてるんだよ!
*ずっとひとりで北星さんのために頑張っていたんだもん。そろそろ休んでもいいよ。少しずつ再開すればいいよ!!

 だいたい好意的なコメントが溢れている。
 ただライブ配信が終わった状態で、葉子はリアルタイムに見ていないので、必死に動画とコメントを併せて目で追っていると、訳がわからないコメントを先に見つけてしまう。

*えええ!? 北星さんの写真集が出るの!!! 絶対に買う!!

『なななな まだ私が伝えていないこと、アオイさん言っちゃったの!?』

 そう叫んだが、声はやっぱり出なくて、口元ではすはす息が漏れているだけだった。
 さらに動画の閲覧を追う。

「実は、北星さんの写真集が発売されることになっています! 出版社から許可を得て、本日、情報解禁とさせていただきます。ハコちゃんの代わりに、僕、ダラシーノが頑張ってお伝えしていきますね!!」

 風景だけの映像に、蒼の元気の良い声だけが響いていた。
 それでも葉子は呆然としていた。いつのまにか蒼自身が出版社と連絡を取り合って、情報を共有して、しかも葉子のかわりに宣伝を担ってくれている。

*ついにハコちゃんがやった! 俺、ハコちゃんが北星さんのことを言い出す前の、ただただ唄っていた初期から知ってるから涙でてくる……
*疲れたんだよ。ハコちゃん! ここまで来たんだ。休んで、また北星さんの発売日を無事に迎えられるように頑張ろう!!

 コメントも続々と残っている。
 さらに葉子は、動画を再生させたままコメントを追うが、またもや蒼の驚く発言に出くわす。

「それで。その写真集が発売される前に。皆様にきちんとお伝えしておきたいことがあります。いまここ撮影しているところ。チャンネル開設当初からずっとここでハコちゃんが唄ってきたことは、皆さんご存じだと思います。いまここで唄うことはほとんどしていなくて、ハコちゃんのプライベートを守るために場所をランダムに変えることにしています。でも、ハコちゃんがここでずっと唄っていたのは――」

 嘘、それも言っちゃうの!? ダラシーノ!!
 もうライブ配信はとっくに終わっている。もう止めることなどできない。撮影は終わっている。だけれど、葉子は両手で顔を伏せて唸る。やがて蒼が言ってしまう。

「ここが、北星さんが亡くなった場所だからです」

*え、え……。どういうこと??
*ハコちゃんが尊敬していたレストランの師匠がそこで??

 またコメントの数が爆発的に増えている。普段コメントをしない人まで『初めまして。お話を聞いて涙が出ました』と打ち込んでいる。

「ここでハコちゃんは追悼をするために唄い始めたんです。北星が写真を続けてきたように、ハコちゃんにも唄を続けて欲しかった思いが、ハコちゃんには残っているんです。師匠のようにプロじゃないけど、好きなことを続けている。それを北星に伝えたかった気持ちから始めていたと思います。それだけではありません――」

 蒼のカメラ視点はずっと冠雪の駒ヶ岳に固定されいてるが、風の音が強く入っていた。それでも、蒼の芯ある声がきちんと聞こえてくる。

「それだけではありません――、お父さんが特別縁故者になるまでに閲覧数を少しでも増やして、数名でもいい、誰も見てくれなかった北星さんの写真を観てもらおうと決めていたんだと思います。その結果がいまの状態です。ついに写真集です。北星にはもう縁者がいないことは皆様、ご存じだと思います。それでも、北星の表現に対する精神にいちばんそばで触れたハコちゃんの思いがここまで続いた強さは、家族同然の師匠だったからです。だから、この形になったんだと、僕は思っています」

 コメントは、視聴者がいままで見慣れてきたその場所が、北星の逝去した場所と知ってショックを受けている人もいれば、泣いているというコメントも。やっぱりそんなことは胸にしまっておいて欲しかったというコメントも様々――。

 さらに、蒼は写真集に関して付け加えた。

「その写真集の最後に掲載される予定の写真は、北星の遺作です。ここで、その写真を撮影している時に逝去しました。北星が命を落とした撮影だったので、ハコちゃんも、写真の著作権を持っている特別縁故者であるハコちゃんパパも、もの凄く悩んだ末の掲載です。私たち関係者は批判も覚悟しています。ですが北星がどうしても撮りたかった、北星が常々口にしていた『僕のエゴ』の塊です。そこだけはご理解いただける方だけでも、ご理解くだされば幸いです」

 それも言っちゃうのか――と、もう葉子はノートパソコンに向かって座っている椅子の上で脱力していた。

 きっと……。葉子がストレスを抱えて説明するよりはと、思ってくれたのかもしれない。葉子の声がでないうちに俺が伝えて矢面に立つと蒼が……。

 葉子の目尻に熱い涙がこぼれてきた。

 蒼の動画はまだ続いていた。

「ハコちゃんにとって、北星との死別は突然のことだったから、ものすごくショックだったと思います。なのにその数ヶ月後にはここで唄い始めていたんです。皆さん、ハコちゃんがなにを言われても、ここで頑張って唄を続けて、北星の写真が注目されるようにきっかけを頑張って作って、ここまで来たことを知っていますよね。慣れないフレンチの世界に飛び込んで、給仕セルヴーズの修行をしながらです。走り続けてきたんですよ。この三年間。三年ですよ。そのハコちゃんが疲れ切って、声がでなくなるのも当然だと思うんですよ。ぼく、ダラシーノがしばらくの間は経緯をお伝えしていきますので、ハコちゃんのことはそっとしておいてあげてほしいと思います。北星の写真集の発売準備に専念させてあげたいので、唄はしばらくお休みにします。ハコちゃんの許可を得て、ダラシーノが代理を務めます、よろしくお願いいたします。北星の写真アップは毎日続けるとハコちゃんが言っているので、そちらもお楽しみくださいね! それでは!!」

 それでは!! と元気に切って、潔くそこで配信が終わっていた。

アオイさん……。アオイさん……。

 声がでないまま彼の名を呟いて、葉子は泣いていた。
 心が疲れ切ってしまったんだと、葉子から言えないことを、きちんと伝えてくれていた。

 コメント欄が沸騰しているが、温かいコメントには元気をもらって、批判的なコメントはもう、いままでどおり気にもならなかった。

 葉子はギターを持って、二階の自室を飛び出していた。
 時間はランチ開始前。11時。まだ間に合う。
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