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【後日談2】トロワ・メートル
11.焼酎を飲もう
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甲斐師匠を函館の宿まで送り届けると、けっこうな深夜になってしまっていた。
葉子も蒼の車に乗って、函館のホテルまで付き添った。
ガレージに車を止めて、カエルの鳴き声が聞こえる湖畔ちかくの自宅へと到着する。
玄関からダイニングキッチンに入ると、蒼が明かりを付けてくれる。
ふたりの住まいに帰ってきて、やっと一緒に『サービス業』の制服を脱げた気がするのだった。
特に、仕事中は凜々しい蒼が、とたんにふにゃっとした顔になった。今夜はいつも以上に、崩れている。しかも柔らかな笑顔ではなくて、ぐったり疲れ顔。
「はあ、疲れたね。大丈夫かな、葉子ちゃん。びっくりしたよね」
いつも自分より葉子のことを気遣ってくれる蒼を、葉子はバッグをテーブルに置きながら見上げた。
「びっくりしたけど。でも、蒼君のほうが、お師匠さんだから気が張ったよね。私はもう、なにがなんだかわからなかった」
「もうすぐ寝ようね」
「お風呂、入れてくるね。蒼君は休んでいて」
いつも彼がさっとなんでもやってくれるから、今日は葉子から動いた。
背が高い蒼の背をぐいぐいとリビングのソファーまで押した。
さすがに、今日の蒼は疲れ切っているのか『じゃあ、お言葉に甘えて』と笑顔はちゃんと葉子に返してくれて、そのままソファーへと身を沈める。
それを確かめてから、葉子はバスルームへ向かった。
そこでメイクをついでに落としたりして、少し時間が経ってからリビングに戻ると、蒼はもう、ソファーに足を投げ出して横になり微睡んでいた。
そうっとそうっと。隣の和室から予備で置いているブランケットを運んで、葉子は静かに蒼の細長い身体にかけてあげる。
夏といえども、北海道の初夏は、夜間になると肌寒い日もある。
寝顔はやっぱり、少し枯れた大人の男だった。彼が若々しいのは、元気いっぱい明るくて朗らかな性格とか、なんでも前向きに熱血エネルギッシュで意識が高いからなのかなと、こんな時に葉子は彼がうんと年上の人なんだとつくづく感じ入る。
先に入浴をひとりで済ませてバスルームからリビングに戻ると、もう彼が起き上がってダイニングでなにかを作っていた。
「俺たちも少し飲んで、身体をほぐして休もうか」
今夜の蒼が、彼のコレクション棚から出したのは『いいちこ』。おなじく、大分焼酎だった。
「二階堂じゃないんだ」
「うん。流通的に『いいちこ』が手に入りやすいね」
「飲みくらべるため?」
「そうだね。ちょっと勉強ってことで飲んでみようか。焼酎というと鹿児島などの芋焼酎がすぐに浮かぶよね。でも大分の焼酎は麦が特長、『いいちこ』に、『二階堂』だ。近いうちに、二階堂を味わうとして、まずは『いいちこ』との味の違いを感じてみよう」
ここは自宅だけれど、こうして蒼は葉子にも仕事に役立つことを、無理なく自然にプライベートタイムにも織り込んでくれる。それらはいつも葉子の心をくすぐり興味を持たせてくれる。
ソムリエになるならワインだけではない、様々なアルコールに触れていくことになるだろうから。葉子も風呂上がりのまま、テーブルについた。
「シンプルにいこう。焼酎にそんなに慣れていない葉子ちゃんには、ロックよりも、まずはソーダ割りでためそう」
ボウルに市販の氷が既に準備されていた。ロングのグラスを手に持って、蒼が葉子に見せる。
「葉子ちゃんが入浴中に冷やしておいた。シンプルであればあるほど、こうした下準備で味が変わってくるんだ。それだけ味が際立つ飲み方ともいえる。ちなみに、この飲み方は秀星さんから教わった」
「秀星さんから……?」
「でも、秀星さんが教わったのは、甲斐さんだ」
つまり、大分出身でワインエキスパートの資格をもつほどに、アルコールに精通している甲斐師匠が、自分の後にメートル・ドテルを継いだ秀星へと教え、次は親しい後輩でさらに後を任せた蒼にも教え伝えていたということらしい。
今夜は、その飲み方を葉子へと蒼が伝えようとしている。それがわかり、葉子は気を引き締める。
「冷えたグラスに氷を入れる。大きい氷ばかり選ぶのではなく、小さい氷から選んで隙間なく積んでいく。大きい氷だけ入れると注ぐ分量が調整しにくくなる。氷を入れたら、そこに焼酎をグラスの三分の一まで。ここですぐにソーダを注がない。マドラーで軽くステアする。ここで氷と焼酎が馴染むんだ」
蒼の手元で、無色の氷と焼酎が、グラスの中で透き通ったきらめきに揺らぎながら混ざっていく。
「ソーダ水は勢いよく注がない。氷を避けてグラスの端から、そうっとゆっくりそそぐ。焼酎1に対して、ソーダ水は2。最後に炭酸を飛ばさないように、ゆっくりと軽くステア――」
これでできあがり――と、蒼が葉子の目の前に焼酎のソーダ割を出してくれる。
「いただきます」
「どうぞ。俺も今日はビールのかわりに、これにしようっと」
蒼が自分の分を作っている目の前で、葉子も遠慮なく先にひとくち――。
あ、飲みやすい。それが第一印象だった。
「日本酒とか焼酎って、ワインに比べて匂いが如何にもお酒ってかんじだったから敬遠していたけれど。おいしい!」
「だろ。特に暑くなってきたから、余計に、くちあたりがいい分、美味しく感じるんだと思う。焼酎はね、アレンジもきくからね。最近は、焼酎モヒートとかあるらしいし、苺やブルーベリーを入れた焼酎モヒートも美味しいらしいんだ。女性が好きそうだろ。だから俺はやらないんだけど、今度は葉子ちゃんのために作ってあげるよ」
「ほんと? わー、焼酎を飲むっていう楽しみができちゃった! 蒼君がつくってくれるカクテルって、飲みやすいのが多いけれど、これも仲間入りだね」
「いやあ、俺も、葉子ちゃんと焼酎とか思いつかなかったもんだから。今回、葉子ちゃんが飲みたそうにしていたからね。そんなアレンジもありだなと思い出したんだ」
そこで蒼が、自分の分を作り終え、再度、葉子の隣の椅子へと腰を下ろした。
葉子へとグラスを掲げている。乾杯をしたいのかなと思った葉子だったが、蒼はグラスの中で泡立つ炭酸を見つめている。
「俺も思い出しちゃったね。先輩とこうして飲んでさ。愚痴を聞いてもらっていたこと」
「そうなんだ……。男同士の思い出なんだね」
「まあね。さすがに秀星先輩も、若い女の子の葉子ちゃんに『焼酎飲もう』なんて言えなかったんだろうね。それにさ、きっと甲斐さんが持ってきた『二階堂』は、いくつかあるブランドの中のひとつ『吉四六』というやつで、箱から出したら、いかにもオヤジみたいな『酒壺』デザインなんだ」
「オヤジみたいな、デザイン?」
秀星が好んでいた銘柄がオヤジ臭かったというだけでも、やっぱり葉子は早く見てみたいと思う。
葉子と秀星のお酒を飲む思い出はなにかと言えば。ワインカーブでの試飲だった。
勉強と指導として、一緒にワインをテイスティングをして、チーズやハムや様々な食材とのマリアージュを試した。先生として教えようとしている秀星は、給仕長の顔と生真面目な声で淡々としていたが、その日に試した組み合わせが極上だったら、『ん! やっぱりこの組み合わせ、最高! ね、ハコちゃんおいしいねえ!』――なんて、湖畔でカメラを持っている時のお兄さん顔になってくれたものだった。
朝は湖畔で、夜はワインカーブで。そこで秀星と語らう時間は、葉子にとっても日々の楽しみで糧だった。いま、思えば……だった。
あの心地よさが、若いときは、どれだけ尊いことかわからず、またどうして癒やされているかもわかっていなかった。失って初めて知ったもの。
「もうちょっと大人になるまで一緒にいてくれたら。秀星さん、私にも焼酎を教えてくれたかな」
「どうかな~。ワインはフレンチには必須だから教えただろうけど。ハコちゃんには『オヤジ臭いなんて思われたくなーい』なんて、考えていたかもな。俺だって、葉子ちゃんにはオジサンに見られたくないもん。そういう男の意地ってやつがあったと思うよ~」
あの秀星さんが『ハコちゃんには若く見られたい』なんてあったのかな? そんな姿は想像できないなと葉子は思う。でも葉子が『オヤジ臭くない、どちらかというとお兄さん』と思えていたのは、もしかすると秀星のそんな隠れた努力があってのこと? 初めてそう感じてしまった。
炭酸が弾け、無色に透き通る焼酎を見つめる葉子に、蒼が付け加える。
「で、この『いいちこ』の味を覚えておいてください。ヒントとしては、麦の香り、甘み、苦み、香ばしさです」
「わかりました。覚えておいて、比べてみます。たのしみ!」
甲斐師匠のお土産を試すのが待ち遠しくなってきた。
その時は、秀星さんも一緒に呑もうと誘いたいなと、葉子はあっというまにソーダ割りを飲み干していた。
そのせいか、すぐに眠気がやってきた。二階のベッドルームで、入浴を終えた蒼と一緒に寄り添って寝床に入る。
夏で薄着になった蒼の胸に抱きついて微睡みはじめたころ。彼が葉子の黒髪を撫でながらも、じっと天井をみつめてなにかを考えている。
「ひとまず、ギャルソン一名、確保できたな。できたけどなあ……」
矢嶋社長から『ギャルソンを一名補充するように』と言われてから数ヶ月、募集から五人ほど面接に来たが、うち三名は蒼の眼鏡に適わず不採用となり、あとの二人は採用したものの、一人は一週間で辞め、もう一人は一ヶ月で根を上げてしまったのだ。
どの仕事もそうだが、楽なものなどひとつもない。
その仕事に『熱意』を持たねばやっていけない。あるいは『手段』として割り切るか――。
『手段』という言葉が思い浮かぶのは、秀星がそうだったからのだろう。
なのに、なんでだろう。『手段』だったはずなのに、熱意がなければできないことばかりを秀星は身につけていた。
すべては、写真のため。彼の生き様。
そして、隣で葉子を労ってくれている男には、この仕事は『熱意』であって『生き甲斐』なのだ。
「はあ~、やっと雇えたギャルソンが、元上司って……。はあ~」
葉子が寝付くまで、蒼はずっとそんな独り言を繰り返していた。
葉子も蒼の車に乗って、函館のホテルまで付き添った。
ガレージに車を止めて、カエルの鳴き声が聞こえる湖畔ちかくの自宅へと到着する。
玄関からダイニングキッチンに入ると、蒼が明かりを付けてくれる。
ふたりの住まいに帰ってきて、やっと一緒に『サービス業』の制服を脱げた気がするのだった。
特に、仕事中は凜々しい蒼が、とたんにふにゃっとした顔になった。今夜はいつも以上に、崩れている。しかも柔らかな笑顔ではなくて、ぐったり疲れ顔。
「はあ、疲れたね。大丈夫かな、葉子ちゃん。びっくりしたよね」
いつも自分より葉子のことを気遣ってくれる蒼を、葉子はバッグをテーブルに置きながら見上げた。
「びっくりしたけど。でも、蒼君のほうが、お師匠さんだから気が張ったよね。私はもう、なにがなんだかわからなかった」
「もうすぐ寝ようね」
「お風呂、入れてくるね。蒼君は休んでいて」
いつも彼がさっとなんでもやってくれるから、今日は葉子から動いた。
背が高い蒼の背をぐいぐいとリビングのソファーまで押した。
さすがに、今日の蒼は疲れ切っているのか『じゃあ、お言葉に甘えて』と笑顔はちゃんと葉子に返してくれて、そのままソファーへと身を沈める。
それを確かめてから、葉子はバスルームへ向かった。
そこでメイクをついでに落としたりして、少し時間が経ってからリビングに戻ると、蒼はもう、ソファーに足を投げ出して横になり微睡んでいた。
そうっとそうっと。隣の和室から予備で置いているブランケットを運んで、葉子は静かに蒼の細長い身体にかけてあげる。
夏といえども、北海道の初夏は、夜間になると肌寒い日もある。
寝顔はやっぱり、少し枯れた大人の男だった。彼が若々しいのは、元気いっぱい明るくて朗らかな性格とか、なんでも前向きに熱血エネルギッシュで意識が高いからなのかなと、こんな時に葉子は彼がうんと年上の人なんだとつくづく感じ入る。
先に入浴をひとりで済ませてバスルームからリビングに戻ると、もう彼が起き上がってダイニングでなにかを作っていた。
「俺たちも少し飲んで、身体をほぐして休もうか」
今夜の蒼が、彼のコレクション棚から出したのは『いいちこ』。おなじく、大分焼酎だった。
「二階堂じゃないんだ」
「うん。流通的に『いいちこ』が手に入りやすいね」
「飲みくらべるため?」
「そうだね。ちょっと勉強ってことで飲んでみようか。焼酎というと鹿児島などの芋焼酎がすぐに浮かぶよね。でも大分の焼酎は麦が特長、『いいちこ』に、『二階堂』だ。近いうちに、二階堂を味わうとして、まずは『いいちこ』との味の違いを感じてみよう」
ここは自宅だけれど、こうして蒼は葉子にも仕事に役立つことを、無理なく自然にプライベートタイムにも織り込んでくれる。それらはいつも葉子の心をくすぐり興味を持たせてくれる。
ソムリエになるならワインだけではない、様々なアルコールに触れていくことになるだろうから。葉子も風呂上がりのまま、テーブルについた。
「シンプルにいこう。焼酎にそんなに慣れていない葉子ちゃんには、ロックよりも、まずはソーダ割りでためそう」
ボウルに市販の氷が既に準備されていた。ロングのグラスを手に持って、蒼が葉子に見せる。
「葉子ちゃんが入浴中に冷やしておいた。シンプルであればあるほど、こうした下準備で味が変わってくるんだ。それだけ味が際立つ飲み方ともいえる。ちなみに、この飲み方は秀星さんから教わった」
「秀星さんから……?」
「でも、秀星さんが教わったのは、甲斐さんだ」
つまり、大分出身でワインエキスパートの資格をもつほどに、アルコールに精通している甲斐師匠が、自分の後にメートル・ドテルを継いだ秀星へと教え、次は親しい後輩でさらに後を任せた蒼にも教え伝えていたということらしい。
今夜は、その飲み方を葉子へと蒼が伝えようとしている。それがわかり、葉子は気を引き締める。
「冷えたグラスに氷を入れる。大きい氷ばかり選ぶのではなく、小さい氷から選んで隙間なく積んでいく。大きい氷だけ入れると注ぐ分量が調整しにくくなる。氷を入れたら、そこに焼酎をグラスの三分の一まで。ここですぐにソーダを注がない。マドラーで軽くステアする。ここで氷と焼酎が馴染むんだ」
蒼の手元で、無色の氷と焼酎が、グラスの中で透き通ったきらめきに揺らぎながら混ざっていく。
「ソーダ水は勢いよく注がない。氷を避けてグラスの端から、そうっとゆっくりそそぐ。焼酎1に対して、ソーダ水は2。最後に炭酸を飛ばさないように、ゆっくりと軽くステア――」
これでできあがり――と、蒼が葉子の目の前に焼酎のソーダ割を出してくれる。
「いただきます」
「どうぞ。俺も今日はビールのかわりに、これにしようっと」
蒼が自分の分を作っている目の前で、葉子も遠慮なく先にひとくち――。
あ、飲みやすい。それが第一印象だった。
「日本酒とか焼酎って、ワインに比べて匂いが如何にもお酒ってかんじだったから敬遠していたけれど。おいしい!」
「だろ。特に暑くなってきたから、余計に、くちあたりがいい分、美味しく感じるんだと思う。焼酎はね、アレンジもきくからね。最近は、焼酎モヒートとかあるらしいし、苺やブルーベリーを入れた焼酎モヒートも美味しいらしいんだ。女性が好きそうだろ。だから俺はやらないんだけど、今度は葉子ちゃんのために作ってあげるよ」
「ほんと? わー、焼酎を飲むっていう楽しみができちゃった! 蒼君がつくってくれるカクテルって、飲みやすいのが多いけれど、これも仲間入りだね」
「いやあ、俺も、葉子ちゃんと焼酎とか思いつかなかったもんだから。今回、葉子ちゃんが飲みたそうにしていたからね。そんなアレンジもありだなと思い出したんだ」
そこで蒼が、自分の分を作り終え、再度、葉子の隣の椅子へと腰を下ろした。
葉子へとグラスを掲げている。乾杯をしたいのかなと思った葉子だったが、蒼はグラスの中で泡立つ炭酸を見つめている。
「俺も思い出しちゃったね。先輩とこうして飲んでさ。愚痴を聞いてもらっていたこと」
「そうなんだ……。男同士の思い出なんだね」
「まあね。さすがに秀星先輩も、若い女の子の葉子ちゃんに『焼酎飲もう』なんて言えなかったんだろうね。それにさ、きっと甲斐さんが持ってきた『二階堂』は、いくつかあるブランドの中のひとつ『吉四六』というやつで、箱から出したら、いかにもオヤジみたいな『酒壺』デザインなんだ」
「オヤジみたいな、デザイン?」
秀星が好んでいた銘柄がオヤジ臭かったというだけでも、やっぱり葉子は早く見てみたいと思う。
葉子と秀星のお酒を飲む思い出はなにかと言えば。ワインカーブでの試飲だった。
勉強と指導として、一緒にワインをテイスティングをして、チーズやハムや様々な食材とのマリアージュを試した。先生として教えようとしている秀星は、給仕長の顔と生真面目な声で淡々としていたが、その日に試した組み合わせが極上だったら、『ん! やっぱりこの組み合わせ、最高! ね、ハコちゃんおいしいねえ!』――なんて、湖畔でカメラを持っている時のお兄さん顔になってくれたものだった。
朝は湖畔で、夜はワインカーブで。そこで秀星と語らう時間は、葉子にとっても日々の楽しみで糧だった。いま、思えば……だった。
あの心地よさが、若いときは、どれだけ尊いことかわからず、またどうして癒やされているかもわかっていなかった。失って初めて知ったもの。
「もうちょっと大人になるまで一緒にいてくれたら。秀星さん、私にも焼酎を教えてくれたかな」
「どうかな~。ワインはフレンチには必須だから教えただろうけど。ハコちゃんには『オヤジ臭いなんて思われたくなーい』なんて、考えていたかもな。俺だって、葉子ちゃんにはオジサンに見られたくないもん。そういう男の意地ってやつがあったと思うよ~」
あの秀星さんが『ハコちゃんには若く見られたい』なんてあったのかな? そんな姿は想像できないなと葉子は思う。でも葉子が『オヤジ臭くない、どちらかというとお兄さん』と思えていたのは、もしかすると秀星のそんな隠れた努力があってのこと? 初めてそう感じてしまった。
炭酸が弾け、無色に透き通る焼酎を見つめる葉子に、蒼が付け加える。
「で、この『いいちこ』の味を覚えておいてください。ヒントとしては、麦の香り、甘み、苦み、香ばしさです」
「わかりました。覚えておいて、比べてみます。たのしみ!」
甲斐師匠のお土産を試すのが待ち遠しくなってきた。
その時は、秀星さんも一緒に呑もうと誘いたいなと、葉子はあっというまにソーダ割りを飲み干していた。
そのせいか、すぐに眠気がやってきた。二階のベッドルームで、入浴を終えた蒼と一緒に寄り添って寝床に入る。
夏で薄着になった蒼の胸に抱きついて微睡みはじめたころ。彼が葉子の黒髪を撫でながらも、じっと天井をみつめてなにかを考えている。
「ひとまず、ギャルソン一名、確保できたな。できたけどなあ……」
矢嶋社長から『ギャルソンを一名補充するように』と言われてから数ヶ月、募集から五人ほど面接に来たが、うち三名は蒼の眼鏡に適わず不採用となり、あとの二人は採用したものの、一人は一週間で辞め、もう一人は一ヶ月で根を上げてしまったのだ。
どの仕事もそうだが、楽なものなどひとつもない。
その仕事に『熱意』を持たねばやっていけない。あるいは『手段』として割り切るか――。
『手段』という言葉が思い浮かぶのは、秀星がそうだったからのだろう。
なのに、なんでだろう。『手段』だったはずなのに、熱意がなければできないことばかりを秀星は身につけていた。
すべては、写真のため。彼の生き様。
そして、隣で葉子を労ってくれている男には、この仕事は『熱意』であって『生き甲斐』なのだ。
「はあ~、やっと雇えたギャルソンが、元上司って……。はあ~」
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