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本編
第十一話 押し掛け芽衣さん
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クシュンッ
店先のバケツに入ったお花をまとめていた時にクシャミが出た。何だか急に寒くなってきたかな。こういう時の水仕事ってけっこう辛いものがある。この時期にお婆ちゃんもお母さんも手がアカギレで辛いってよく言っているのも頷ける。私もあとでハンドクリームをしっかり塗っておかなくちゃ。
階段事件(または事故)から数ヶ月。私の人間観察と真田さんの極秘捜査(多分)に進展がないままハロウィンが過ぎると、商店街も近くの駅ビルもクリスマス仕様の飾りが目立つようになってきた。十二月二十五日なんてまだ一ヶ月先だというのに何だか年々歳々準備が早くなってきているような気がして本当に忙しないんだよね。
学校の方も冬休み前の試験が始まって私てきには色々と気ばかりが焦っちゃう十一月。師匠が走る十二月前だというのに何だか私だけが全力疾走しているみたいな気分だ。
「よっし。こっちはこれでオッケー」
だからと言ってお店の手伝いを疎かになんて出来ない。頑張って綺麗な花を咲かせてくれているんだもの、お花達は毎日ちゃんとお世話してあげなくちゃ。
冬場だからと言って花屋がヒマかというとそうでもなくて、この前お花を買いに来た真田さんが寒くなっても花ってたくさんあるんだなって感心してたとおり、今じゃ温室栽培や温かい国から輸入されてくる花もあるから品数としては一年中そんなに変わらないんだよね。それに街中はクリスマス前で賑やかだけど南天とか千成とか餅花とかお正月用の飾りもそろそろ並ぶ季節。ほんと、お花屋さんって意外と年がら年中忙しい仕事なのだ。
キキーッて自転車のブレーキ音がして私を家まで送り届けくれてから巡回に出ていた真田さんが戻ってきた。
「あ、真田さん、おかえり~!」
私が声をかけると真田さんは黙ったまま頷いて自転車を派出所とお隣のお店の間にあるいつものスペースに置いた。そして何やら紙袋を片手にこちらにやってくる。
「芽衣さん、これ。黒猫さんのママさんから言付かってきた」
真田さんが差し出した紙袋、手に取ると温かいし良い匂いがしている。こ、これはもしかして澄ママさんお手製のスコーンじゃないかな?! 紙袋を開けてみるとビンゴ!! スコーンだ! しかもチョコレートチップが入っているのもある!! プレーンなスコーンにバターをたっぷりつけて食べるのも美味しいけど、このチョコチップが入っているのも美味しいから大好きなんだ。
「なんだか真田さん、最近はお巡りさんっていうより郵便屋さんか宅配屋さんって感じだね」
「巡回パトロールするたびに呼び止められて芽衣さんにって渡されるんだから仕方が無いよ。無視して走り去る訳にもいかないだろ?」
それに今日だってママさんは開店準備で忙しそうだったしねと付け加えた。私が階段から突き飛ばされたんだか勝手に転げ落ちたんだかしてから、何故か御近所さん達からの差し入れが真田さん経由で届くようになっていた。言付けられる本人はその状況に最初は戸惑っていたみたいだけど、今のところ職務外だからと断ることなくも引き受けてくれている。あ、たまには貰うばかりじゃなくてちゃんと配達の報酬を渡さなきゃいけないかな。
「真田さん、今日はずっと派出所?」
「何事も無ければそのつもりだけど。どうして?」
「じゃあ、お裾分けを持っていってあげる。せっかくだから澄ママのスコーン、一緒に食べようよ」
私の言葉に真田さんはちょっとだけ困った顔をした。
「俺、勤務中なんだけど……」
「ふーん、お母さんやお婆ちゃん達の差し入れは大人しく一緒に食べるくせに私が持っていくのは駄目なんだ……」
「いや、そういうことじゃなくて……」
何でお母さんが差し入れしているのを知ってるんだ?って顔をしてるよね。そりゃ娘だもん、そのぐらい分かりますよーだ。差別だ、めっちゃ傷ついた、と呟きながらお店の中に戻ると後から真田さんがついてきた。
「芽衣さん、差し入れてくれることが嫌な訳じゃないんだ。ただ勤務中だから。本当はお婆ちゃん達のことも芽衣さんのお母さんのことも断らなきゃいけないんだ」
「ふーん……」
だけど断らずに皆で食べてるよね? たまにお婆ちゃん達と派出所前のベンチに並んで座ってお茶を飲んだりもしているし。なのに私とは駄目なんだ、ふーん、そーなの、そーなのかー、そーなのねー。
「芽衣さん、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「いいですよ、一人で寂しく食べるから……ハ、ハ……クシュッ」
我慢しようとしたせいで何だか中途半端なくしゃみが出てしまった。真田さんの方はそんな私のことを困った顔で見下ろしていたんだけど急に真面目な顔をして手袋を外した手をのばしてきた。そしてペタリとおでこに大きな手が当てられる。
「風邪、ひいてない? そんな薄着のままで店先で水を触っているのはよくないだろ?」
「はいはい、私のことはもういいですからお仕事に戻って下さい。また酒井さんに言われちゃうよ? ほら、こっち見てるし」
派出所の方を指さす。窓の向こう側では酒井さんがこちらに背中を向けて立っていた。その仕草がとてもわざとらしくてさっきまでこっちを見ていたのが丸分かり。真田さんもそれに気が付いたのか溜め息をついた。
「俺は戻るけど芽衣さん、温かい格好しないと風邪ひくぞ? ただでさえお店の床はコンクリートがむき出しで冷えるんだから。せっかく怪我が治ったのに風邪をひいたら馬鹿みたいだろ? 頭痛の薬にはまだお世話になっているんだから大事にしないと」
真田さんがようやく絆創膏が外れた傷の辺りをツンツンと指で触れる。長い時間細かい作業をしていたりするとまだ頭が痛くなったりするけど普段の生活ではお薬の世話になることもかなり減ってきていた。それでもまだ薬が無いとちょっと心配かなって感じで処方箋を何度か貰いに行ってるんだ。あまり続くようならもう一度検査しないと駄目なんじゃないのかって煩い人が約一名いるけど、そこまで深刻じゃないと思ってる。
「我が家ではね、“芽衣ちゃんは風邪ひかない”ってことわざがあるの。だからクシャミぐらいで心配しなくても大丈夫♪」
「それ、どんなことわざ……」
「んー、私の前では風邪の菌も逃げ出すってことなのかな」
今まで風邪らしい風邪ってひいたことないのよね。もともとお医者さんとは縁遠い健康な人生を歩んでいた筈なのだ、階段のことがあるまでは。
「ま、確かに芽衣さんに風邪ひきは似合わないね」
「でしょ? 元気印が私のトレードマークみたいなものだから」
「俺からしたら元気すぎると思うけどね。とにかく病院にこれ以上のお世話にならないように温かくしてるんだぞ?」
「はいはい」
じゃあねと言って真田さんは店を派出所へと戻っていく。ふふーん、話をうまく逸らしたつもりでいるんだろうけどこんなことで私が諦めると思ったら大間違いなんだから。美味しい澄ママのスコーンを持って押し掛けちゃうもんね。あ、お茶はあっちにもあるかな? 大丈夫だよね、電気ポットがあっていつもお茶飲んでいるの見えてるし。でもさすがに紅茶は無いよね? よし、じゃあティーバッグとお砂糖も持参で押し掛ける準備を開始!
+++++
「こんにちはー、差し入れですよ~!」
私の声に奥でお水をポットに入れていた真田さんがギョッとして振り返った。
「芽衣さん?!」
「ああ、真田さんは食べたくないんですよね? 酒井さん、おやつにスコーンはどうですか? 黒猫の澄ママお手製のスコーンなの。ティーバッグだけど紅茶も持ってきました、気分だけでもイギリスっぽくアフタヌーンティーなんてどうでしょう」
「おや、有り難いね。あと少しで巡回に出るからその前に御馳走になっていこうかな」
「お腹が脹れたら寒いのも平気ですもんね」
酒井さんはバイクでパトロールに出るから寒さ対策は真田さん以上にきちんとしていかないといけない人。お腹に美味しい物を入れたら寒さも少しはマシだと思う。何やら言いたげな真田さんのことは無視して籐のバスケットに入れたスコーンを机に置いてお茶の用意を始める。
「まったく芽衣さん……」
ポットを手にこっちに戻ってきた真田さんが呆れた顔をして見下ろしてきたので思いっ切り無邪気な顔を装って見詰め返してみた。ま、無邪気じゃないのはお互いに分かっていることなんだけど。
「芽衣さん、お湯、やかんで人数分だけ沸かすからちょっと待っててくれるかな」
酒井さんが奥に行って湯沸かし器のお湯をやかんに入れている。
「はーい。真田さんは食べないんですよね?」
わざとらしく尋ねたら苦笑いした。
「意地悪だね、芽衣さんは」
「意地悪なのは真田さんの方でしょ? お婆ちゃんやお母さんは良いのに私だけ駄目なんて」
「だからあれは……」
「あれは?」
「……そこでずっと立っているつもり? 椅子に座ったら?」
そう言いながらパイプ椅子をこっちへと押し出してきたので有り難く座らせてもらう。
「こんな風に芽衣さんが来るようになったら来てくれるのが当然みたいな感じになって俺としては色々と困るんだけどなあ……」
「なにが困るの?」
「いや、まあ……」
「もしかして俺は邪魔か?」
酒井さんがちょっと意地の悪い笑みを浮かべて真田さんに声をかけてくる。
「そんなことないですよ、居て下さい、酒井さん」
「そっか。じゃあ遠慮なく芽衣さんが持ってきてくれたスコーンをご馳走になるかな、芽衣さん、一個いい?」
「どうぞどうぞ。澄ママさんが作ったスコーンなので私は本当に持ってきただけなんですけどね」
酒井さんがバスケットの中から一つ摘まんで齧ると美味いね~と嬉しそうな顔で笑った。真田さんはそれを見て溜め息をついている。
「真田さんも食べれば?」
「良いのかい?」
「私は心がサハラ砂漠並に広いので」
「うーん、それって寛大だっていう意味には聞こえないんだけど……」
微妙な顔をしながらスコーンに手をのばす。
「そうかな……じゃあ、タクラマカン砂漠ならどうかな」
「どうして砂漠」
「え、なんとなく」
やれやれと首を振っている真田さん。いいじゃない、広いっていう比喩で使う分には別に湿原や草原じゃなきゃいけないって決まりは無いんだから。要はすっごく広いってことが伝われば良いのよ伝われば。……砂漠じゃ駄目かな。じゃあ宇宙にしてみる? あ、駄目だ、私はそこまで心が広くないし!
店先のバケツに入ったお花をまとめていた時にクシャミが出た。何だか急に寒くなってきたかな。こういう時の水仕事ってけっこう辛いものがある。この時期にお婆ちゃんもお母さんも手がアカギレで辛いってよく言っているのも頷ける。私もあとでハンドクリームをしっかり塗っておかなくちゃ。
階段事件(または事故)から数ヶ月。私の人間観察と真田さんの極秘捜査(多分)に進展がないままハロウィンが過ぎると、商店街も近くの駅ビルもクリスマス仕様の飾りが目立つようになってきた。十二月二十五日なんてまだ一ヶ月先だというのに何だか年々歳々準備が早くなってきているような気がして本当に忙しないんだよね。
学校の方も冬休み前の試験が始まって私てきには色々と気ばかりが焦っちゃう十一月。師匠が走る十二月前だというのに何だか私だけが全力疾走しているみたいな気分だ。
「よっし。こっちはこれでオッケー」
だからと言ってお店の手伝いを疎かになんて出来ない。頑張って綺麗な花を咲かせてくれているんだもの、お花達は毎日ちゃんとお世話してあげなくちゃ。
冬場だからと言って花屋がヒマかというとそうでもなくて、この前お花を買いに来た真田さんが寒くなっても花ってたくさんあるんだなって感心してたとおり、今じゃ温室栽培や温かい国から輸入されてくる花もあるから品数としては一年中そんなに変わらないんだよね。それに街中はクリスマス前で賑やかだけど南天とか千成とか餅花とかお正月用の飾りもそろそろ並ぶ季節。ほんと、お花屋さんって意外と年がら年中忙しい仕事なのだ。
キキーッて自転車のブレーキ音がして私を家まで送り届けくれてから巡回に出ていた真田さんが戻ってきた。
「あ、真田さん、おかえり~!」
私が声をかけると真田さんは黙ったまま頷いて自転車を派出所とお隣のお店の間にあるいつものスペースに置いた。そして何やら紙袋を片手にこちらにやってくる。
「芽衣さん、これ。黒猫さんのママさんから言付かってきた」
真田さんが差し出した紙袋、手に取ると温かいし良い匂いがしている。こ、これはもしかして澄ママさんお手製のスコーンじゃないかな?! 紙袋を開けてみるとビンゴ!! スコーンだ! しかもチョコレートチップが入っているのもある!! プレーンなスコーンにバターをたっぷりつけて食べるのも美味しいけど、このチョコチップが入っているのも美味しいから大好きなんだ。
「なんだか真田さん、最近はお巡りさんっていうより郵便屋さんか宅配屋さんって感じだね」
「巡回パトロールするたびに呼び止められて芽衣さんにって渡されるんだから仕方が無いよ。無視して走り去る訳にもいかないだろ?」
それに今日だってママさんは開店準備で忙しそうだったしねと付け加えた。私が階段から突き飛ばされたんだか勝手に転げ落ちたんだかしてから、何故か御近所さん達からの差し入れが真田さん経由で届くようになっていた。言付けられる本人はその状況に最初は戸惑っていたみたいだけど、今のところ職務外だからと断ることなくも引き受けてくれている。あ、たまには貰うばかりじゃなくてちゃんと配達の報酬を渡さなきゃいけないかな。
「真田さん、今日はずっと派出所?」
「何事も無ければそのつもりだけど。どうして?」
「じゃあ、お裾分けを持っていってあげる。せっかくだから澄ママのスコーン、一緒に食べようよ」
私の言葉に真田さんはちょっとだけ困った顔をした。
「俺、勤務中なんだけど……」
「ふーん、お母さんやお婆ちゃん達の差し入れは大人しく一緒に食べるくせに私が持っていくのは駄目なんだ……」
「いや、そういうことじゃなくて……」
何でお母さんが差し入れしているのを知ってるんだ?って顔をしてるよね。そりゃ娘だもん、そのぐらい分かりますよーだ。差別だ、めっちゃ傷ついた、と呟きながらお店の中に戻ると後から真田さんがついてきた。
「芽衣さん、差し入れてくれることが嫌な訳じゃないんだ。ただ勤務中だから。本当はお婆ちゃん達のことも芽衣さんのお母さんのことも断らなきゃいけないんだ」
「ふーん……」
だけど断らずに皆で食べてるよね? たまにお婆ちゃん達と派出所前のベンチに並んで座ってお茶を飲んだりもしているし。なのに私とは駄目なんだ、ふーん、そーなの、そーなのかー、そーなのねー。
「芽衣さん、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「いいですよ、一人で寂しく食べるから……ハ、ハ……クシュッ」
我慢しようとしたせいで何だか中途半端なくしゃみが出てしまった。真田さんの方はそんな私のことを困った顔で見下ろしていたんだけど急に真面目な顔をして手袋を外した手をのばしてきた。そしてペタリとおでこに大きな手が当てられる。
「風邪、ひいてない? そんな薄着のままで店先で水を触っているのはよくないだろ?」
「はいはい、私のことはもういいですからお仕事に戻って下さい。また酒井さんに言われちゃうよ? ほら、こっち見てるし」
派出所の方を指さす。窓の向こう側では酒井さんがこちらに背中を向けて立っていた。その仕草がとてもわざとらしくてさっきまでこっちを見ていたのが丸分かり。真田さんもそれに気が付いたのか溜め息をついた。
「俺は戻るけど芽衣さん、温かい格好しないと風邪ひくぞ? ただでさえお店の床はコンクリートがむき出しで冷えるんだから。せっかく怪我が治ったのに風邪をひいたら馬鹿みたいだろ? 頭痛の薬にはまだお世話になっているんだから大事にしないと」
真田さんがようやく絆創膏が外れた傷の辺りをツンツンと指で触れる。長い時間細かい作業をしていたりするとまだ頭が痛くなったりするけど普段の生活ではお薬の世話になることもかなり減ってきていた。それでもまだ薬が無いとちょっと心配かなって感じで処方箋を何度か貰いに行ってるんだ。あまり続くようならもう一度検査しないと駄目なんじゃないのかって煩い人が約一名いるけど、そこまで深刻じゃないと思ってる。
「我が家ではね、“芽衣ちゃんは風邪ひかない”ってことわざがあるの。だからクシャミぐらいで心配しなくても大丈夫♪」
「それ、どんなことわざ……」
「んー、私の前では風邪の菌も逃げ出すってことなのかな」
今まで風邪らしい風邪ってひいたことないのよね。もともとお医者さんとは縁遠い健康な人生を歩んでいた筈なのだ、階段のことがあるまでは。
「ま、確かに芽衣さんに風邪ひきは似合わないね」
「でしょ? 元気印が私のトレードマークみたいなものだから」
「俺からしたら元気すぎると思うけどね。とにかく病院にこれ以上のお世話にならないように温かくしてるんだぞ?」
「はいはい」
じゃあねと言って真田さんは店を派出所へと戻っていく。ふふーん、話をうまく逸らしたつもりでいるんだろうけどこんなことで私が諦めると思ったら大間違いなんだから。美味しい澄ママのスコーンを持って押し掛けちゃうもんね。あ、お茶はあっちにもあるかな? 大丈夫だよね、電気ポットがあっていつもお茶飲んでいるの見えてるし。でもさすがに紅茶は無いよね? よし、じゃあティーバッグとお砂糖も持参で押し掛ける準備を開始!
+++++
「こんにちはー、差し入れですよ~!」
私の声に奥でお水をポットに入れていた真田さんがギョッとして振り返った。
「芽衣さん?!」
「ああ、真田さんは食べたくないんですよね? 酒井さん、おやつにスコーンはどうですか? 黒猫の澄ママお手製のスコーンなの。ティーバッグだけど紅茶も持ってきました、気分だけでもイギリスっぽくアフタヌーンティーなんてどうでしょう」
「おや、有り難いね。あと少しで巡回に出るからその前に御馳走になっていこうかな」
「お腹が脹れたら寒いのも平気ですもんね」
酒井さんはバイクでパトロールに出るから寒さ対策は真田さん以上にきちんとしていかないといけない人。お腹に美味しい物を入れたら寒さも少しはマシだと思う。何やら言いたげな真田さんのことは無視して籐のバスケットに入れたスコーンを机に置いてお茶の用意を始める。
「まったく芽衣さん……」
ポットを手にこっちに戻ってきた真田さんが呆れた顔をして見下ろしてきたので思いっ切り無邪気な顔を装って見詰め返してみた。ま、無邪気じゃないのはお互いに分かっていることなんだけど。
「芽衣さん、お湯、やかんで人数分だけ沸かすからちょっと待っててくれるかな」
酒井さんが奥に行って湯沸かし器のお湯をやかんに入れている。
「はーい。真田さんは食べないんですよね?」
わざとらしく尋ねたら苦笑いした。
「意地悪だね、芽衣さんは」
「意地悪なのは真田さんの方でしょ? お婆ちゃんやお母さんは良いのに私だけ駄目なんて」
「だからあれは……」
「あれは?」
「……そこでずっと立っているつもり? 椅子に座ったら?」
そう言いながらパイプ椅子をこっちへと押し出してきたので有り難く座らせてもらう。
「こんな風に芽衣さんが来るようになったら来てくれるのが当然みたいな感じになって俺としては色々と困るんだけどなあ……」
「なにが困るの?」
「いや、まあ……」
「もしかして俺は邪魔か?」
酒井さんがちょっと意地の悪い笑みを浮かべて真田さんに声をかけてくる。
「そんなことないですよ、居て下さい、酒井さん」
「そっか。じゃあ遠慮なく芽衣さんが持ってきてくれたスコーンをご馳走になるかな、芽衣さん、一個いい?」
「どうぞどうぞ。澄ママさんが作ったスコーンなので私は本当に持ってきただけなんですけどね」
酒井さんがバスケットの中から一つ摘まんで齧ると美味いね~と嬉しそうな顔で笑った。真田さんはそれを見て溜め息をついている。
「真田さんも食べれば?」
「良いのかい?」
「私は心がサハラ砂漠並に広いので」
「うーん、それって寛大だっていう意味には聞こえないんだけど……」
微妙な顔をしながらスコーンに手をのばす。
「そうかな……じゃあ、タクラマカン砂漠ならどうかな」
「どうして砂漠」
「え、なんとなく」
やれやれと首を振っている真田さん。いいじゃない、広いっていう比喩で使う分には別に湿原や草原じゃなきゃいけないって決まりは無いんだから。要はすっごく広いってことが伝われば良いのよ伝われば。……砂漠じゃ駄目かな。じゃあ宇宙にしてみる? あ、駄目だ、私はそこまで心が広くないし!
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