恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう

文字の大きさ
2 / 57
本編 1

第二話 いざ面接、そして採用

しおりを挟む
 建物の中にあるコンビニは、いつも見ているコンビニとはちょっと違っていた。もちろん、普通のコンビニと同じで、お菓子やカップラーメン、そして日常で使う物も並んでいる。だけど、店内の一角があきらかに異質だった。

「はー……これが駐屯地内のコンビニの品ぞろえ……」

 そこにならんでいる商品をながめていると、年配の女性が、バックヤードから出てきた。私の顔を見てにっこりすると、カウンターの向こうから出てくる。

「もしかして、バイトの面接に来てくださったかた?」
「あ、はい。御厨みくりやといいます。今日はよろしくお願いします」

 頭をさげた。

「ここを任されている仰木おおぎです。バックヤードは狭いから、あっちに座りましょうか」

 仰木さんはそう言うと、お店のバックヤードではなく、お店の前にある談話スペースのような場所をさす。

「お店にいなくて大丈夫なんですか?」
「今の時間、駐屯地にいるほとんどの人は仕事をしているか、訓練をしているかなの。見える場所にさえいたら大丈夫よ」
「なら良いんですが……」

 並んで椅子に座ると、リュックから履歴書を出す。

「こちらが履歴書になります」
「はい、たしかに。いま、読ませてもらっても良いかしら?」
「どうぞ」

 仰木さんが履歴書に目を通し始める。

「あら、もう学校は卒業してるのね」

 言われると思ったと、心の中で溜め息をついた。短大を卒業してから半年。今の私は、就職もせずに、呑気にバイトをしていると思われても、しかたのない状況だった。

「あー……いわゆる就職浪人というやつです。内定がとれたと思ったら、そこの会社が、急に業績が悪化したとかでリストラ始めてしまって。それで内定もなかったことに」
「あらまあ。それは気の毒に」

 仰木さんは気の毒そうな顔をした。

「それもあって、学生時代からバイトをしていたコンビニで、そのままお世話になっていたんです」
「なるほどね。でもそうなると、もう次の就職活動をしなければいけないんじゃないの?」
「それはそうなんですが……」

 バイト先のアットホームな空気が好きで、そのまま居ついてしまいそうな状態だった。それではいけないと、自分でもわかってはいるのだけれど……。

「自衛隊、32歳までなら入隊できるそうよ。あなたの年齢なら、まだ十分に猶予はあるわよね。就職先候補の一つにしてみたらどう?」
「え?!」

 ここでもまさかの勧誘とは。駐屯地内のコンビニの人にまで言われるなんて、自衛隊って、どれだけ人が足りていないんだろう。それとも、ここだけが特別、飛び抜けて人が不足しているんだろうか……?

「あの、私が自衛隊に入ってしまったら、こちらのお店が困るのでは? バイトが足りないんですよね?」
「そうだった! いつも人事の人から、入隊者数が増えないって愚痴を聞いているものだから、ついリクルートしちゃった!」

 舌をペロッと出して笑い出す。

「自衛隊さんも大事だけど、まずはうちのお店のバイトの確保よね。今のは忘れてちょうだい! それに、就職先が見つからないから自衛隊はどう?なんて、自衛隊さんに失礼よね! さっきのは二人だけの秘密よ?」
「わかりました」

 履歴書を封筒に入れると、仰木さんは私のほうに体を向けた。

「じゃあ最後に、一つだけ質問するわね。就職うんぬんは別として、御厨さんの、自衛隊に対しての印象はどうなのかしら?」
「どうとは?」

 いまいち質問の意図がつかめず、首をかしげる。

「んー……なんて言うのかしら、好きとか嫌いとか?」

 その言葉に、あらためて考えてみる。

 今まで、近くに自衛官をしている人はいなかった。もちろん、短大の友達にも、自衛官になった人はいない。つまり、私の生活の中にある『自衛隊』は、ニュースに出てくる程度の存在だ。だから、好きとか嫌いとか、そういうことを感じるほどの身近なものではなかった。

「私の中の自衛隊さんって、テレビの向こう側の存在なんです。今のところ、大きな災害にも遭遇したことはありませんし。だから、好きとか嫌いとか、そういうのを感じることすらできないというか」

 私の答えに、仰木さんはにっこりとほほ笑んだ。

「正直で大変よろしい」
「あの、好きでないとダメですか?」
「そんなことないわよ。下手に好きすぎて興味津々きょうみしんしんだと、色々と困ったこともあるから」
「そうなんですか?」

 そう言えば、ここに送ってくれた隊員さんが、そんなことを言っていたような。

「あ、もしかしてそれって、バイトさんが長続きしないっていうのと、関係あることなんですか?」
「そうなの。私達の仕事はね、お店で商品を売ることなの。その点をね、わかっていない人も多くて」

 困ったことよねと笑う。

「さっき、ここまで送ってくれた自衛官さんが言ってました。マニアの延長みたいな考えで応募してきた人は、自分が想像していたバイト生活じゃないから、長く続かないって」
「そういうこと。自衛隊さんにとっては、好きで興味がある人がいるのは、ありがたいことだと思うのよ。でも、その活動を見たいなら、バイトではなく、駐屯地の創立記念に来てもらうのが一番ねってこと」

 それから交通費や時給のこと、そしてお店の営業時間についても教えてもらった。街中にあるコンビニは基本24時間営業だけど、ここは朝の7時から夜の10時までらしい。これはどうやら、門限や消灯時間と関係しているようだ。それと、さっきの話にも出た創立記念日や一般開放がある日は、ここもイベント仕様の陳列になるので、その前後はできるだけシフトに入ってほしいことなどなど。

「基本的な仕事は、他のコンビニと変わらないわね。扱っている商品の中に、自衛隊の人達が使う物があるだけで」
「なるほど」

 その商品に関しても、扱いは他のコンビニと大差はないということだった。最近はレジの性能もあがり、最初に商品のコードを読み込ませて登録しておけば、大抵のことはレジが勝手にやってくれる。つまり極端な話、人間がするのは、商品出しをして、バーコードリーダーでコードを読み取るぐらいなものなのだ。まあ、それがなかなか、骨の折れる仕事ではあるのだけれど。

「シフト的には、どこに入るのが良さそうですか?」
「今いるバイト君は、ほとんど大学生さんなの。だから授業があることが多い、その時間帯に入ってくれると助かるかしら。長期の休みは、要相談ってとこね。御厨さんはこちらが地元?」
「実家を出てアパート住まいですけど、実家は同じ市内ですから、夏休みも融通がきかせられると思います」

 そう言うと、仰木さんはホッとした様子だった。

「じゃあ、その時にまた、相談させてちょうだいね」
「わかりました。いつから始めましょうか。ここのお店のやり方もあるでしょうから、しばらくは誰かについてもらうと助かるんですが」
「そうね。だったら、明後日の朝からどう? その日は私が朝からここにいるから、そのつど、教えてあげられるわ」
「わかりました。お願いします」

 思わぬところで一日、空きができた。明日はゆっくり寝られそうだ。

「それと、業者用の入門許可証を作るから、写真を一枚、履歴書に貼ってある写真が余っていたら、それでかまわないから、次の時に持ってきてね」
「はい。あ、お客さんが来られたみたいですよ?」

 お店に、制服を着た人が入っていくのが見えた。

「あら、駐屯地の司令さんだわ」
「え。ここで一番偉い人ですか?」
「まあそうとも言うわね。せっかくだから紹介しておくわね。これからもきっと、顔を合わせることになるだろうから」
「ええ?!」

 戸惑う私の手をとると、そのままお店へと引っ張っていく。

「いらっしゃい、永倉ながくらさん。今日はなにをお求めかしら?」
「ああ、そっちにいたんですか。今日はねえ……そちらは?」

 その自衛官さんが、私に視線を向けた。

「新しくバイトに来てくれることになった、御厨さん。御厨さん、こちらはここの駐屯地の司令さんで、永倉さん」
「御厨です。よろしくお願いします」

 ペコリと頭をさげる。

「永倉です。見ない顔だと思ったら、ここの新しいバイトさんか。てっきり、うちへの入隊希望者かと期待したのに」
「残念でした。陸自さんより、うちの店の人員不足のほうが深刻なんですからね。良い子だからって、そっちに引っ張ろうなんて考えないように!」
「心得ました。仰木さんは私の先輩の奥さんでね。この年になっても頭があがらないんだ」

 二人の親し気なやり取りをながめていた私に、その人は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて、そう言った。

「はいはい、おしゃべりはそこまで! 司令がフラフラしていたらダメなのは、私にもわかりますよ。さっさと買うものを決めて、自分のお部屋に戻りなさい」
「だったら、新しく出たプリン、今日はまだあるかな?」
「残念でした。それは朝一番に、師団長の大野おおのさんが買い占めていかれましたよ」

 それを聞いた司令さんは、悔しそうな顔をした。

「あー、またかー! まったく、師団長の素早さときたら! じゃあ、いつもの焼きプリンを一つで……レジ袋は不要です……」

 見るからに屈強な自衛官さんが、プリン一つの存在に一喜一憂するなんて。とても不思議な光景だ。私が見ている前で、お支払いをすませる。そしてスプーンとプリンを受け取ると、心なしか嬉しそうな顔をして、そのまま廊下を歩いていった。

「普通にお買い物をしていかれるんですね……」
「驚くほど普通でしょ?」
「はい、驚くほど」
「そういうわけだから、明後日あさってからのバイト、よろしくね」

 仰木さんはニッコリとほほ笑んだ。

 面接を終え建物を出ると、原チャリをとめていた駐車場に戻る。門に立っていた自衛官さんが、こっちを見ていることに気づいた。さっきと同じ人だ。バイクを押して警備室の前まで行くと、その人に頭をさげる。

「バイト、採用されました。明後日あさってから、こちらでお世話になりますので、よろしくお願いします」
「それは良かった。オーナーさんに、入門証のことは聞きましたか?」
「はい。その時に作ってもらえるみたいで、明後日はまたここで、確認してもらわないといけないと思います」

 自衛官さんは了解しましたと、うなづいた。

「今日中に来訪者リストに追加されると思うので、当日、ここに立っている者に名乗ってください」
「はい。では失礼します」
「ご苦労様です。気をつけて」
「ありがとうございます」

 門を出ると、そのまま家路についた。いよいよ、新しい場所でのバイト開始だ。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

七海の商店街観察日誌 in 希望が丘駅前商店街

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 鏡野課長は松平市役所の市民課の課長さん。最近なぜか転入する住民が増えてきてお仕事倍増中。愛妻弁当がなかなか食べられない辛い毎日をおくっています。そんな一家の長女、七海ちゃんの商店街観察日誌。 ☆超不定期更新の一話完結型となりますので一話ごとに完結扱いにします☆ ※小説家になろうでもでも公開中※ このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪ ・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』 https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 少し時を遡ること十数年。商店街の駅前にある花屋のお嬢さん芽衣さんと、とある理由で駅前派出所にやってきたちょっと目つきの悪いお巡りさん真田さんのお話です。 【本編完結】【小話】 こちらのお話に登場する人達のお名前がチラリと出てきます。 ・白い黒猫さん作『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 こちらのお話とはコラボエピソードがあります。 ・篠宮楓さん作『希望が丘商店街 正則くんと楓さんのすれ違い思考な日常』 https://ncode.syosetu.com/n3046de/ ※小説家になろうでも公開中※

処理中です...