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本編 1

第四話 女性隊員もいました

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 初出勤の日、面接に来た時と同じように、門の少し手前で原チャリからおりた。そして、門の前に立っている自衛官さんのところへと、バイクを押しながら向かう。立っているのは、前とは違う自衛官さんだ。

「おはようございます。こちらのコンビニでバイトをすることになった、御厨みくりやと言います。入門許可証がまだなので、こちらで確認をとってもらうよう、オーナーさんから言われているのですが。ちなみに御厨は、こういう漢字です」

 そう言いながら、免許証を差し出す。

「ここでお待ちください」

 守衛室に引き返した自衛官さんは、前と同じように、ノートをパラパラとめくった。そして振り返る。

「みくりや、あや、さん、でしたね」
「はい」
「間違いなく訪問者リストに載っています。入っていただいてけっこうですよ。そのバイクは~」
「左の駐車場ですか?」

 前の時に、置かせてもらった場所を指でさした。

「いえ。そちらは来客用なので。次からは、コンビニが入っている建物横、関係者用の駐輪スペースにとめてください」
「関係者!」
「ええ。コンビニのバイトさん、自転車やバイクで来る人は、全員そこに置いてもらってますので」

 関係者とは、なんとも言いようがない特別感を感じてしまう。

「入門証を渡されたら、ここでそれを見せて、乗ったまま向かってもらったら良いですからね。ただし、営内を好き勝手に走り回ったりはしないように」
「やっぱり、戦車が走ってたりするんですか?」
「え、どうかなあ……」

 隊員さんは、私の質問に首をかしげる。

「どちらかと言えば、戦車より、訓練で隊員が走っていることのほうが多いかな。とにかく、安全第一でお願いします」
「あ、はい。ありがとうございます」

 そう言って、原チャリに乗るとエンジンをかけ、目的地まで走らせた。建物の横には言われた通り、自転車が置かれている場所がある。屋根つきなので、雨が降ってきても安心だ。

「おはようございまーす!」

 お店の前で声をあげると、スイーツが置かれている棚の前に立っていた自衛官さんが、ギョッとした顔で振り返った。どこかで見た顔だ。どこだっただろう?

「おはようございます。っていうか、いらっしゃいませ!」
「あ、はい。お邪魔してます……おはようございます?」

 その人は、お店の時計を見ながら言った。時間はもう昼すぎ。たしかに「おはようございます」の時間じゃない。まあこれは、業界用語のようなもので、出勤時は必ず「おはようございます」なのだ。

「なにかお探しですか?」
「え、いや、もう見つけました」

 手にしているのはプリン。しかも新商品。この前、先を越されてしまった司令さんが、悔しがっていたやつだ。

「司令さんのおつかいですか?」
「いえ、師団長の命令で」
「ああ、なるほど。この前、先を越されたって、司令さんが悔しがってましたよ?」

 私がそう言うと、その人は少しだけゆかいそうな顔をした。

「そうでしょうね。下っ端の自分達は、司令と師団長のプリン争奪戦に巻き込まれて、ひじょうに苦労しているんですよ」
「そうなんですか。で、そちらは師団長さんサイドの人なんですね、えーと……あぁ、思い出しました、山南やまなみさんだ!」

 やっと名前を思い出した。面接の日に、ここまで送ってくれた自衛官さんだ。

「よく覚えてましたね。まさか自分の名前を覚えられているとは、思いませんでした」
「だって、その前におじさん、じゃなくて、上官さんが、めちゃくちゃ大きな声で呼んでましたから。あ、もしかして、あの人が師団長さんなんですか?」
「いえいえ。あの人は、うちの先任です」
「センニン……仙人?」

 まったくわからない。

「正しくは、最先任上級陸曹長ってやつです。階級は准陸尉ですが」
「……え、まって、まって。その、なんとか曹長の曹長ってのは階級ですよね? それなのに、階級が准陸尉? どーゆーこと……?」

 頭の中でヒヨコが躍り出した。山南さんも、私が混乱していることに気づいたようだ。

「わかりませんか」
「すみません、まったくわかりません!」
「まあ、簡単に言えば、隊長の補佐をしている人です」
「隊長さんの補佐! それならわかります」

 私が理解したとわかって、山南さんは満足げにうなづいた。

「その隊長も色々あるので、先任にも色々あるのですが、それを話している時間はなさそうなので、また次の機会にでも」

 そう言いながら、デザートの棚から離れる。

「ああ、すみません、おつかいの途中でしたね!」
「いえいえ、お気になさらず」

 山南さんがプリンをレジに持っていくと、オーナーの仰木おうぎさんが、バーコードリーダーを片手に、ニコニコしながら立っていた。

「御厨さん、さっそく仲良しの自衛官さんができたのね、良かったわ。山南さん、こちらは、新しくバイトで来てくれることになった、御厨さんよ。よろしくね」
「え、ああ。こちらこそ、よろしくお願いします。あ、レジ袋に入れてください。司令と鉢合わせしたら一大事なので」
「はい。今日も隠密任務、ご苦労様」

 仰木さんはにこにこしながら、レジ袋にプリンとスプーンを入れる。

「偵察隊じゃないんですけどね、俺……」

 ぼやきと同時に、コードを読み込むピッという音がした。そして音とともに、値段が画面に出る。

「お値段は外と同じですね」

 値段の表示を見て、おもわずつぶやく。

「もちろんよ。そういうところは、普通のお店と変わらないわよ。違うのは、普通じゃない商品が並んでいることぐらいね。ああ、それと、お客さんのほとんどが自衛官さんってことかしら」
「では、自分はこれで」
「はい。いつもありがとう。たまには、自分のお買い物もしにきてね」

 仰木さんの言葉に、山南さんは恥ずかしそうな顔をすると、急ぎ足で立ち去った。

「あの様子だと、待たれてますね、プリン」
「待たれてるわねー、間違いなく」
「意外でした。屈強な自衛官さん達が、プリンで一喜一憂いっきいちゆうするなんて」
「自衛官も普通の人とかわらないわよ」

 バックヤードのロッカーに荷物を入れると、渡された制服の上着を着る。

「では今日一日、よろしくお願いします」
「こちらこそ。今の時間はあまりお客さんは多くないの。だから今のうちに、一通りの仕事の流れを説明しておくわね」

 そう言いながら、二人で店内を回った。

「昼すぎから夕方までは、そこまでお客さんは多くないから、その時間を利用して、商品整理とお掃除を集中的にするのが、うちのパターンね。ああ、商品の整理は、そこまで気にしなくても良いかな」
「そうなんですか?」

 お客さんが少ないからだろうか?と首をかしげた。

「ほら、ここの人達って整理整頓が得意でしょ? ちょっとでも乱れていると、気になっちゃうみたいでね。自分達で勝手に整理整頓しちゃうのよ。最近は止めるのをあきらめて、お任せしちゃってるの」

 仰木さんがカラカラと笑う。

 そして言葉通り、夕方までは、本当に数えるぐらいしかお客さんはこなかった。来店したのは、事務の人や、外にある設備の保守点検をしている人達など。その時間に来た人達は、自衛隊のお仕事をしているけれど、自衛官ではなく防衛技官という身分らしい。

 お客さんがいなくなった時間を利用して、商品棚を確認しつつ、お掃除をする。今ここにいるのは私だけだ。仰木さんには、自宅にもどって休憩をしてもらっていた。やめてしまったバイトさんの穴埋めで、ずっと家のことがほったらかしになっていると聞いたからだ。

「基本的な仕事は前と変わらないし、ここは変なお客さんも来ないから、コンビニのバイトとしては、理想的な店舗だよね……」

 掃除を続けながら、自衛隊の人達しか買えないモノがならんでいる、棚の前に立った。いかにもな雰囲気の商品から、これは何に使うもの?的なものまで様々だ。品出しをする時に品名はチェックするけど、私にはどんなものなのか、さっぱりわからなかった。

「ドーランて……あのドーランかな?」

 目の前の「ドーラン」が自分の考えている「ドーラン」なのかも、実に怪しい。

「これ、なにに使うのか、山南さんが次にプリンのお使いに来た時に、教えてもらおう」

 夕方、そろそろ交替の時間で、仰木さんが戻ってくるころだなと考えていると、廊下をバタバタと走る音が近づいてきた。

「こらっ、廊下を走るな!!」
「もうしわけありません!!」

 野太い声の後に、謝っている女性の声がする。しかも複数の声。そしてワイワイガヤガヤと、にぎやかな空気とともに、迷彩服を着たお姉さん達が来店した。

「いらっしゃいませー」
「あ、新しいバイトさんだ! こんばんはー!」
「こんばんはー! ここの駐屯地、女子がめちゃくちゃ少ないので、バイトさんでも女子は大歓迎ですよ!」

 お姉さん達は、ニコニコしながら、お菓子のコーナーへと突進する。

―― お姉さんっていうのは失礼かな。下手すると、あっちのほうが年下っぽい…… ――

 お姉さん達は、楽しそうにおしゃべりをしながら、カゴにお菓子とジュースをどんどん放り込んでいた。そして、あふれそうなカゴを、レジに持ってくる。

「たくさんで驚きました? 今日は金曜日で、明日は訓練もお休みなんです。なので、今日の消灯時間までの自由時間は、ちょっとした女子会をするんですよ」
「へー、そんなのもできるんですか?」

 お菓子をレジに通しながら、質問をする。

「外の居酒屋とか行くのも楽しいんですけど、中のほうが、門限を気にせずに、気兼ねなくおしゃべりができるので」
「あ、男子は圧倒的に、外に出ちゃうほうが多いんですよ。男子が中に残るのは、夜勤か懲罰ちょうばつを受けてる時ぐらいかな」
「ちょうばつ……」
「ま、いつの時代もバカな男子はいるってやつです」
「あー……なんとなく、わかるような」

 小学校や中学校の時を思い出す。たしかに学年に一人ぐらいは、とんでもなくぶっ飛んだ男子がいた記憶が。

「そのうち、バイトさんも、いっしょに女子会しましょうね。じゃあ、しつれいしまーす!」

 はち切れそうなレジ袋を二つかかえると、お姉さん達は廊下を走っていった。その途中で、再び走るなと怒られている。だけどその注意も、まったく無駄様子が聞こえてきた。

「ま、週末の夕方は、学生さんでも社会人さんでも、浮かれちゃうものね……」

 自衛官さんも人間だ。お休み前に浮かれるのも、ありなんだろう。
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