恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう

文字の大きさ
9 / 57
本編 1

第九話 駐屯地のお客さん

しおりを挟む
 朝からホットドリンクを買っていたお客さん達がはけた後、急に客足が鈍くなったような気がした。今日は平日で就業時間中だし、普段から限られた人しか来ない場所だから、もともとお客さんがそこまで多いわけじゃない。だけど、今日はいつにもまして、少ないような気がする。

「なんだか今日は、お客さんが少なくないですか?」

 バックヤードで、売り上げのデータを打ち込んでいた仰木おうぎさんが、ひょっこり顔を出した。

「そう言えば、そうね。お給料日前でもないのに、珍しいわね」
「ですよねえ」

 お客さんがいない時間を利用して、お掃除をすることにする。バックヤードからモップを出してきたところで、お店に誰かが駆け込んできた。

「いらっしゃいませー。あ、司令さん」

 お店に入ってきたのは、駐屯地司令の永倉ながくらさんだった。

「ああ、おはよう。ちょっと探し物なんだ。髭剃りとシェービングフォーム、あるかな?」
「もちろんありますよ。この棚の向こう側です」
「ありがとう」

 せかせかした足取りで、商品が置かれている場所へと向かう。

「最近のはローマ字ばかりでわからんな、これか?」

 なんとなく怪しい雰囲気だったので、そっと様子をのぞいた。案の定、永倉さんが手に取ったのは、シェービングフォームではなく、制汗剤だ。

「それじゃなくて、シェービングフォームは、こっちです」

 その横に置かれているビンをさす。

「こっちか。ありがとう。それと髭剃りは、これだな。意外と安いな……」
「そりゃ、電動じゃないですからね、それ」
「なるほど」

 それを手にすると、レジへと向かったので、私もついていった。

「急にどうしたんですか?」
「ん? 今日は昼から、ここに来客があってね。そのことを、すっかり忘れていたんだよ。駐屯地司令が、不精髭をはやしたまま、お客さんの前に立ったら失礼だろう?」

 そう言って、自分のあごに手をやる。

「お髭、のびてるようには、見えませんけど?」
「念には念をいれておかないとね。身だしなみは大事だから」
「なるほど。駆け込んできたから、てっきり、先を越されないうちにって、プリンを買いに来たのかと思いましたよ」

 私がそう言うと、お財布を持つ手がピタリと止まった。

「……もしかして、まだあるのかい?」
「はい。師団長さんのおつかいの山南やまなみさんが買ったのは、今朝はココアだったので」
「なるほど。大野おおの陸将も、来客を出迎える準備で忙しいんだろうな。そうか。ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、髭剃りとシェービングフォームを置いて、スイーツが置いてある場所へと引き返す。そしてプリンを二つ持って戻ってきた。その顔が、とても嬉しそうで可愛い。

「じゃあこれで、お会計をよろしく」
「はーい」

 レジに通し、レジ袋に入れる。

「スプーン、どうしますか?」
「二つ、入れておいてくれるかな」
「了解しました」

 引き出しからスプーンを出すと、それを袋に入れた。そしてお会計をする。

「じゃあね」
「ありがとうございました~」

 急ぎ足で戻っていく司令さんを見送る。

「さて、お掃除を再開、と」

 万が一、お客さんが前を通った時のために、商品の整理も念入りにしておこう。モップがけをしながら、限られた人しか来ないと平和だなあと、しみじみ感じた。前のバイト先も、比較的、平和だったけど、ここは別格だ。

「司令さんが慌てて髭剃りをして、師団長さんまで出迎えの準備をするなんて、一体どんなVIPが来るのかな……」

 少しだけ興味がわく。

「仰木さん、質問ですけど良いですか?」

 カウンター越しに、バックヤードに声をかけた。

「なあに?」

 声だけが返ってくる。

「駐屯地に来るお客さんて、一体どういう人が多いんですか? 司令さんが、大慌てで髭剃りを買いに来るような人ですけど」
「そうねえ。一番偉い人だと、総理大臣とか、外国の大統領さんや首相さんじゃないかしら?」
「え、そんな人まで来るんですか?!」

 外国の人まで来ると聞いて驚いた。

「私は詳しい事情はわからないけれど、この駐屯地が、視察するにはちょうど良い場所にあるかららしいわよ?」
「ちなみに、二番目に偉い人だと、どんな感じなんです?」
「防衛大臣とか副大臣さん? あとは、そっち関係の部会に所属している議員さんとか、そんな感じかしら。あとは、モニターさんかしらね」
「モニター?」

 これまた聞き慣れない言葉に、首をかしげる。

「商品のモニターみたいなものですか?」
「そんな感じ。行事やいろいろな自衛隊の施設を見学して、アンケートに答えたりするのよ。最近じゃあ、人気だって話ね」
「その手の人達にってことですか?」

 マニアさん達の存在が頭に浮かんだ。

「もちろん、真面目にやってる人のほうが多いと思うけどね」
「今日のお客さん、どれなんですかねー……」 
「さあ、誰なのかしら。有名人だと良いわよね、ほら、テレビの取材とか」

 床拭きを終えると、商品の消費未期限が切れているものがあるかどうかの、チェックに入る。スイーツ系は、期限切れ前にほぼ売り切れてしまうけど、スナック菓子などは要注意だ。たまにお客さんが、うっかり置いてある順番を変えてしまうので、油断ができない。だけど、ここは駐屯地内のお店。今日も、どの商品棚も順番が乱されることなく、きちんと並んでいた。

「ほんと。あきれるぐらい、きれいに並んでる。私が品出しした時よりも、きれいに並んでいるかも」

 ここのお店にいる限り、とんでもなく散らかった商品棚にお目にかかることは、当分なさそうだ。


+++++


 バイトの時間中は、途中の休憩時間以外、建物の外に出ることはなかった。だから、外でなにが起こっているかなんて、話を聞かせてもらうまでは、まったくわからない。それもあって、司令さんが慌てていた原因のお客さんも、どんな人が来ているのかわからないまま、その存在を半分ぐらい忘れていた。

「ん?」

 急に人の気配がしはじめた。しかも、さっきからお店の前を通りすぎていくのは、制服の人ではなく、背広姿の人達ばかり。

「もしかして、お客さん関係の人達……?」

 横目でチラチラとそれを見ながら、コーヒーマシンに貼りつけるポップを描いていると、慌てた様子でスーツ姿のお姉さんが駆け込んできた。

「すみません!」
「いらっしゃいませー」
「あの! ストッキング、ありますか?」
「あります。左手奥の棚です」
「ありがとうございます!」

 小走りに棚のほうへと向かう、チラリと足に電線が走っているのが見えた。そして戻ってくるとお会計をすませる。

「あの、こちらのお店は、店内にお手洗い、ないですよね?」
「あー、自衛隊さんのトイレを使っているんですよ」
「ですよねー……」
「あの、レジ袋をお渡ししますので、捨てるものはそこのゴミ箱に入れてください」

 ごみ箱つきのカウンターを指でさしながら言うと、お姉さんはあきらかに、ホッとした顔をした。

「助かります!」

 そう言って、お手洗いがあるほうへと走っていく。

「……今日はもしかして、駆け込みさんと、ストッキングの日? だったら、もうちょっと出しておいたほうが良いかな」

 ピンク色のマジックでポップの縁取りをして、それをマシンの角に貼りつけた。そしてバックヤードに入ると、在庫を置いてある棚から、お姉さんが買っていったストッキングをいくつか出して、棚に持っていく。

「おお、乱れている……」

 さっきのお姉さん、よほど慌てていたらしく、重ねてあった商品の列が乱れていた。

「陳列の乱れ、まさかこんなに早く見ることができるなんて」

 そんなことを呟きながら、思わず笑ってしまった。

「すみません、ありがとうございました! 助かりました!」
「いえいえ、お気になさらずー」

 お姉さんの声がしてから十分後、駐屯地に来ていたお客さんが誰か判明した。

「あ、防衛大臣さんだ……」

 大勢の人がわらわらと、お店にやってきた。広報の人が、説明をしながら店内の商品を一緒に見て回っている。その相手が、テレビで見たことがある議員さんで、今の防衛大臣をしている人だったのだ。

「……いらっしゃいませー……」

 ここに来るなら、司令さんも事前に知らせておいてくれたら良かったのにと、心の中でぼやく。

「お弁当は売ってないんだね」
「ああ、こちらには自衛官用の品物があるんだ」
「値段はどんな感じで決めてあるのかな?」

 見て回りながら様々な質問をし、それに広報の人が答えている。店内を一通り見た後、大臣さんは、ホットドリンクとチョコレートを持って、レジにやってきた。

―― えええ、買うの?! ――

 とは言え、ここで買うなら大臣もお客さんだ。お店の売り上げが一円でも増えるのはありがたい。

「電子マネーは使えますか?」

 大臣さんは、上着のポケットからお財布を出しながら、私にたずねたてきた。どうやら自腹らしい。

「あ、はい。ご利用できます。こちらにカードをタッチしてください」
「その点は、他のコンビニと同じだね。隊員達は現金払いがほとんど?」

 まさか質問をされるとは思っていなかったので、飛びあがりそうになる。

「そうですね。だいたいは皆さん、現金ですね。電子マネーを使っているかたも、いるにはいますけど」
「なるほどね。ここのバイトさんなんだよね?」
「はい。ちなみに、入隊希望の気持ちは微塵もありません」
「先回りされちゃったか、まいったな」
 
 うっかり口が滑ってしまったけれど、大臣さんは気を悪くした様子はなかった。アハハと笑いながら、カードをピッとタッチさせる。

「大人数で押し掛けてしまって申し訳ありませんでした。これからも、隊員達の厚生施設の維持に、ご協力お願いします」
「はい」

 大臣さんはニッコリほほ笑むと、大勢の人達を引き連れて、お店を出ていった。そしてその中にさっきのお姉さんがいることに気づく。お姉さんは私と目が合うと、会釈をして大臣さん達と立ち去った。

「……はぁ」

 人の気配が感じられなくなったところで、思いっ切り息をはく。

「びっくりしたぁ……変な汗、かいちゃったよ……」

 まさか自分が大臣さんと会話するなんて。芸能人と話をするより緊張したかもしれない。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 少し時を遡ること十数年。商店街の駅前にある花屋のお嬢さん芽衣さんと、とある理由で駅前派出所にやってきたちょっと目つきの悪いお巡りさん真田さんのお話です。 【本編完結】【小話】 こちらのお話に登場する人達のお名前がチラリと出てきます。 ・白い黒猫さん作『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 こちらのお話とはコラボエピソードがあります。 ・篠宮楓さん作『希望が丘商店街 正則くんと楓さんのすれ違い思考な日常』 https://ncode.syosetu.com/n3046de/ ※小説家になろうでも公開中※

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️

高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。

七海の商店街観察日誌 in 希望が丘駅前商店街

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 鏡野課長は松平市役所の市民課の課長さん。最近なぜか転入する住民が増えてきてお仕事倍増中。愛妻弁当がなかなか食べられない辛い毎日をおくっています。そんな一家の長女、七海ちゃんの商店街観察日誌。 ☆超不定期更新の一話完結型となりますので一話ごとに完結扱いにします☆ ※小説家になろうでもでも公開中※ このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪ ・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』 https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376

処理中です...