恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう

文字の大きさ
27 / 57
本編 2

第三話 先輩のアドバイスは手荒い

しおりを挟む
「そろそろ戻ってくる時間かなー」

 店前の廊下をモップがけしながら、時計を見あげる。そろそろ今日一日の訓練が終わる時間だ。もちろん時間ぴったりに終わることはめったにないけれど、それでもよほどのことがない限り、誰かしらはお店にやってくる。

「みんな、ちゃんとここに戻ってこれたのかな」

 今のところ、朝からお店に顔を出したのは、お昼ご飯を買いにきた事務方や幹部の隊員さんばかり。山南さん達と同じ部隊の人が昼休みにチョロッと顔を出しはしたけど、それ以外はまだ誰もここに来ていない。

「コーヒー牛乳切れをおこして、どこかで行き倒れてなきゃいいけど」

 ま、なにかあったら山南やまなみさん達がなんとかしてくれるだろうけど。

「まさか担いで現われたりして……」

 さすがにそれはないかと笑いながら、モップがけを続ける。

 モップがけを終え、壁にかかった時計が五時を少し回ったところで、ざわつく気配が廊下の向こうから近づいてくるのがわかった。どうやら今日もなにごともなく、お仕事の時間は終わったようだ。

「足が痛いぃぃぃ」

 そして真っ先の聞こえてきたのは、案の定、コーヒー牛乳さんの泣き言だった。無事に戻ってこれたらしい。相変わらず泣き言を言っているけど、その声を聞いてホッとする。

「痛いのは俺のほうだよ。加納かのう、なんだかんだで足裏はノーダメじゃないか」
「けど痛いぃぃぃ、もう歩けないぃぃぃ、明日は筋肉痛で動けないぃぃぃ」

 そんな泣き言に、憤慨したような声が続く。

「だったら逆立ちして歩けよ、加納。俺なんて足の裏、皮がベロンベロンなんだからな! 見てみろよ、これ!」
「おい、馬越まごし、こっちに汚い足を向けるな。ていうか、廊下を裸足はだしで歩くなよ。そんなことしたら、洗ったのが意味ないだろ?」
「汚いとはなんだ汚いとは。お前の足だって似たようなもんだろ。それに足裏の皮がベロベロで、いまさら靴下も靴もはけやしねーよ!」

 どうやら、靴下に穴があいたレベルの話ではなさそうだ。こういう場合に必要なのは、靴下ではなく絆創膏ばんそうこう。そう言えば、普通の絆創膏ばんそうこうより高価で傷の治りが早いと書かれた商品が、なぜかいつもよりたくさん、商品棚に並んでいたような。もしかして、この時のためのもの?

―― 慶子けいこさんが仕入れリストに加えてくれていたのかな。あとで確認しておかなくちゃ ――

 ここに来て日の浅い私では気づけないような商品は、まだまだたくさんありそうだ。

「とにかく、もう一度ちゃんと洗ってこいよ。絆創膏ばんそうこうを貼るにしても、ちゃんと洗って消毒しなきゃダメだって、看護師の新見にいみさんに言われただろ?」
「コンビニに消毒液ぐらいあるだろ? それを買えば問題なし!」
「わざわざ買うのかー? 部屋にまだ使いさしがあったはずじゃ?」
「何本あっても困ることはないだろ? どうせ毎日のように使うんだから」

 なぜか、それまでメソメソと声をあげていたコーヒー牛乳さんの声が、ピタリと止まった。

「俺、新見さんに絆創膏ばんそうこうはってもらう!」
「だから、加納の足の裏はノーダメだろ?」
「馬越と青柳あおやぎだけずるい!」
「だから、わざわざ医務室に行く理由がないじゃないか。コンビニで絆創膏ばんそうこうを買って、それを貼るだけで終わりだから」
「ぶーぶー」
「ぶーぶーじゃない。とにかく加納はまずはコーヒー牛乳だろ? 空腹で人格が変わる前に飲んだ方がいいぞ?」

 人格が変わるって……なに? ビクビクしている私の前を、今の三人を含め、隊員さん達がゾロゾロと列をなして通りすぎていく。

「すみません、ストローもお願いします」

 コーヒー牛乳を手に真っ先にレジの前に来たのは、たぶん青柳と呼ばれた隊員さんだ。そしてもう一人の馬越さんという人は、雑貨の棚の前で消毒液を手にしたまま、絆創膏ばんそうこうを物色している。

「おい、青柳! この絆創膏ばんそうこう、ジャンボサイズってのがあるぞ! これなら足の裏全体に貼れる大きさだ!」

 商品を手にしてこっちに向ける。

「それ、高いつやだろ? もっと手頃のがあるじゃないか」
「大きいのはこれしかない! 俺はこれにする! これなら明日には足の裏の皮も復活してるだろうし!」
「いや、いくらなんでもそこまで早く復活しないと思う……」

 コーヒー牛乳の値段を言うと、その人は電子マネーのカードを提示して、それをカードリーダーにタッチする。残金表示を見て、あっと声をあげた。

「馬越、俺のカード、もう残金が150円しかない。絆創膏代、あとで返すから一緒に頼む」
「だったら俺と同じジャンボサイズで決まりな。選ぶ権利は俺にあるから」
「えー、なんでだよー」

 絆創膏ばんそうこうと消毒液を手に戻ってきた隊員さんがニヤリと笑う。

「それ、切らないとダメだろ。幅がありすぎ」
「コンビニにはハサミも売ってるぞ」
「それだけのために買うのもったいないだろ? いい加減にしないと、部屋に物があふれて大変なことになる」
「ハサミぐらいだったら、貸しますよ? 文房具のハサミなので、切りにくいかもしれませんけど」

 声をかけると、二人はこっちを見て頭をさげた。

「ありがとうございます! お借りします!」
「いえいえ。いつもご利用ありがとうございます」

 引き出しからハサミを出して渡す。ハサミを受け取ると、絆創膏と消毒液のお会計をすませ、三人はお店前に並べてある長椅子のところへと向かった。

「おっわーーー、しみる、しみすぎる!!」
「がまんしろって」
「あとで覚えてろ、お前の足の裏もきっちり消毒してやるからな! あー、皮を無理やりはがすなー!!」

 コーヒー牛乳を飲んでご機嫌になっている人、足がしみると騒いでいる人、その人達をお世話している人。皆さんそれぞれ個性的だ。なんとなく三人が仲良くかたまっているのがわかる気がする。にぎやかな三人を気にしつつ、他の隊員さん達のお会計をしていく。仰木さんが言った通り、甘い系の飲みものとチョコレートがたくさん出た。

御厨みくりやさん、ただいまー」

 斎藤さいとうさん、尾形おかださん、山南さんが遅れてやってきた。

「お疲れさまですー。今日は候補生さん達の付き添いだったんですよね? どうでした?」
「脱落者はなしだよ」
「ま、ここで脱落したら、35キロ行進とかどうなちゃうんだよって話なんだけどね」
「というか、脱落させないので」
「コーヒー牛乳さんはどうでした?」

 つい気になって質問してしまった。山南さん達は顔を見合わせながらクスクス笑っている。

「いやあ、加納の件、山南の読みは当たるかもね」
「だなー。俺もビックリだ」
「どういう?」

 どういうこと?と山南さんの顔を見あげた。

「いつものように終始ピーピー泣き言はつぶやいていたけど、最初から最後まで歩くスピードは一定で、追い抜かれることなく、ずっと先頭を歩いていたってことですね」
「それってすごいことなんですよね?」
「もちろん。ただ、先頭がずっと泣き言を言っているのは考えものだけど」

 アハハと三人が笑う。

「どうやらコーヒー牛乳さん、足の裏はノーダメらしいですよ?」
「らしいね。どんなインソールを入れているのか、気になるところだよな。ちょっと聞いてくる」

 そう言いながら、尾形さんは三人のところへと行ってしまった。

「で、なんですけど」

 尾形さんのせいで、三人が挙動不審きょどうふしんになっているのを横目で見ながら、言葉を続ける。

「ん?」
「山南さんが肩にかけている荷物はなんですか?」

 そう言いながら私は、山南さんが肩にかけている大きな荷物を指でさした。山南さんは「ああ、これね」と笑う。

「ほら、御厨さん、彼らのことを心配してたでしょ? だからきっと、どんな荷物を背負って歩いているか気になっているだろうと思って、実物を持ってきました。さすがに小銃は持ってこれなかったけど」
「え、私に背負えと?」
「え? 背負ってみたくないですか?」
「みたいです」

 それが痛い目をみる結果になろうとも、好奇心には勝てない。

「じゃあ今のお客さんが途切れたら、試させてください」
「了解しました」

 山南さんは荷物を肩にかけたまま、斎藤さんと一緒に店内の飲みものの棚へと向かった。見た感じ、そこまで重たそうな荷物には見えない。だけどそれは、山南さんが軽々と肩にかけているからであって、実際はかなり重たいに違いないのだ。

 尾形さんは、コーヒー牛乳さん達となにやら話し込んでいる。コーヒー牛乳さん達の顔つきからして、きっと先輩隊員として、あれこれとアドバイスをしているに違いない。

―― 山南さん達も、入りたての頃はあんな感じだったのかな ――

 ただ、メソメソと泣き言を言っているところなんて想像がつかない。こっちの三人は、最初から豪快に笑いながら訓練にのぞんでいたような気がする。もちろんこれは、あくまでも私の想像なんだけど。

「あーーーーっ!」

 いきなり、青柳さんという隊員さんが悲鳴をあげた。目の前に立っている尾形さんは、一方の手で青柳さんの足首をつかみ、もう一方の手で消毒液を容赦なく足の裏にかけている。

「こういう時は思いっきりが大事なんだよ。そんなソロソロかけてたら時間がもったいないだろ」
「わかりました! わかりましたから、もうけっこ、あーーーーっ! しみるーーーーっ!!」

「……なんだか楽しそう?」

 先輩のアドバイスはなかなか手荒そうだ。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 少し時を遡ること十数年。商店街の駅前にある花屋のお嬢さん芽衣さんと、とある理由で駅前派出所にやってきたちょっと目つきの悪いお巡りさん真田さんのお話です。 【本編完結】【小話】 こちらのお話に登場する人達のお名前がチラリと出てきます。 ・白い黒猫さん作『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 こちらのお話とはコラボエピソードがあります。 ・篠宮楓さん作『希望が丘商店街 正則くんと楓さんのすれ違い思考な日常』 https://ncode.syosetu.com/n3046de/ ※小説家になろうでも公開中※

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️

高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。

七海の商店街観察日誌 in 希望が丘駅前商店街

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 鏡野課長は松平市役所の市民課の課長さん。最近なぜか転入する住民が増えてきてお仕事倍増中。愛妻弁当がなかなか食べられない辛い毎日をおくっています。そんな一家の長女、七海ちゃんの商店街観察日誌。 ☆超不定期更新の一話完結型となりますので一話ごとに完結扱いにします☆ ※小説家になろうでもでも公開中※ このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪ ・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339 ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』 https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376

処理中です...