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本編 2
第十三話 悩んでみたり楽しんでみたり
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「うーむ、どの組み合わせでいこうかなあ」
その日の夜、クローゼットの服をすべて放り出し、ああでもないこうでもないと、服の組み合わせに頭をひねる。テスト慰労会に誘われてから、毎晩のように同じことを繰り返しているんだけど、いまだに着ていく服が決まらない。
「映画の時はこれだったから、この組み合わせはボツだよね」
その時に着た服を手にとった。きっと山南さんも覚えているだろうし、この組み合わせは問答無用でボツ。それ以外の組み合わせで、ハデハデしくもなく、ジミジミしくもないコーディネートとなると、意外と難しい。
「いっそのこと、新しい服を買いに行くべき? って、もう買いに行ってる時間ないよ!」
バイトに入る日を〇で囲ったカレンダーを見てぼやく。
行く予定になっているお店は、私も学校の友達と行ったことがある多国籍料理のお店だった。文字通りの多国籍で、メニューには日本料理から聞いたことのない国の料理まであり、厨房は一体どうなっているのかと、行くたびに別の意味で気になるお店だ。そしてあのお店なら、特に服装がどうのこうのと心配する必要はない。となれば一番の問題は、尾形さんの奥さんと斎藤さんのカノジョさんの目ということになる。
「最終手段はダーツで決めちゃったり?」
それぞれの服に番号をわりふってダーツにしてみるとか?
「ああ、ダメダメ。そんなことして変な服装になったら、はずかしい思いをするのは私と山南さんじゃん?」
その気になった頭をブンブンと横にふる。当日は、バイトが終わったら一旦自宅に戻り、着替えてから待ち合わせ場所に行く予定になっている。だから悩む時間はもう少しある。もうちょっと頑張って、悩んでみよう。
「こういう時に制服ってうらやましいよね。それを着れば良いんだから」
もちろん山南さん達は、慰労会の時に制服で来るわけではないけど。ため息をつきながら、放り出した服を、クローゼットに片づけていく。
「ツーリングに行く時の服選びのほうが楽かも」
山南さん達的には、主催者が師団長さんのツーリングのほうが緊張するだろうけど、私としては階級とか無関係なだけに、そっちのほうが気楽かもしれない。
そして片づけが終わるとパソコンをつけた。駐屯地のSNSアカウントをチェックするためだ。最近はすっかり、このチェックが習慣になっている。なにがお目当てかというと、もちろんあの人だ。
「今日もコーヒー牛乳さん、写ってるかなー」
そう。私の目的はコーヒー牛乳こと加納さん。ここ最近の駐屯地のアカウントでは、自衛官候補生さん達の訓練の様子を紹介している。そしてその写真には、高確率でコーヒー牛乳さんが写っているのだ。もちろんいつものようにメソメソしているところではなく、ちゃんと訓練をしているところ。
「やっぱり、写真うつりが良い人と、そうでない人とかいるのかな」
少なくとも写真の中のコーヒー牛乳さんは、メソメソすることなく訓練にはげんでいる、立派な未来の陸上自衛官さんで、見た目も好青年といった感じだ。
「あ、これ、山南さんじゃ?」
手本を見せている先輩隊員、と注釈のついている写真の中にいたのは山南さんだった。銃みたいなのをかまえているやつで、射撃の訓練をしているところのようだ。
「そういえば私、走っているところとモサモサをつけている山南さんしか、今まで見たことないんだよねえ」
普通科というところでは、一体どんな訓練をしているんだろう。一度ちゃんと見てみたいかも。
「あ、コーヒー牛乳さん、みーっけ!」
そしてお目当ての人物を発見。やっぱり今回の写真にもうつっていた。毎日チェックしている人が他にもいたら、きっとすっかりおなじみの新人隊員さんと、覚えられているかもしれない。
「やっぱりメソメソしているようには見えない」
こうやって写真だけを見ていると、普段はハの字になっている眉毛もキリッとしているし、泣き言を言う口元もキリッとひきしまっている。あの泣き言を実際に聞いていなければ、とても同一人物とは思えない。
「コーヒー牛乳さんてばおもしろーい」
いくつか新しい記事が発信されていたので、それらを順番に見ていく。青柳さんと馬越さんも、コーヒー牛乳さんにからんで一枚だけ写っていた。この二人も真剣な顔をして訓練にはげんではいるものの、あまり普段と変わらない顔つきをしている。
「やっぱコーヒー牛乳さんのギャップが一番すごい」
訓練の様子を撮っている広報さんなら、当然、訓練中の泣き言も聞いているはずだ。そのへんのことをわかっていて、あえてコーヒー牛乳さんの写真を撮っているのだろうか?
「コーヒー牛乳さんなら、カメラを向けていも泣いてそうだけど」
シャッターを押す瞬間だけ、キリッとした顔になるとか? まさかね。そのあたりの撮影事情も、ちょっとだけ聞いてみたくなった。
「さてと、写真のチェックも終わったし、お風呂はいって体操して寝よ!」
楽しい写真に満足し、パソコンの電源をおとした。体操とはもちろん陸自体操のこと。せっかく苦労して覚えたのだから、ちゃんと続けている。
もちろん狭い単身者用のマンションだから、一階の部屋でも激しく飛んだり跳ねたりはできない。だからそのへんの動きは自分なりにアレンジをして、毎日の日課にしていた。そのおかげか、寝つきもよく、いつまでたっても寝られなくて布団の中でジタバタすることもなくない。苦労して覚えたかいはあった。
お気に入りの入浴剤をいれて湯船につかりながら、やっぱり気がかりなのは、どんな服を着ていこうかということ。
「もうちょっと早く慰労会の話を聞いていたら、バイトの休みを利用して新しい服を見にいったんだけどなあ……」
そんなことをつぶやいて「ん?」となった。私、山南さんと映画に行く時はこんなに悩んでなかったじゃない?と思いいたる。いくら尾形さんの奥さんと斎藤さんのカノジョさんの目が気になるとはいえ、あの時と今回との差に申し訳なくなった。
「いや! あの時はまだ、付き合ってるとかそういうのじゃなかったし! それにあの時だっておシャレしてたって、山南さんは言ってくれてたし!」
と口にしても、やっぱり申し訳ない気になってしまう。
「……ま、まあ、そういうのは次の機会にがんばるってことで! まずは今度の慰労会だから!!」
心の中で山南さんに土下座をしておくことにした。
+++++
そして悩んでいると時間もあっという間にすぎるもので、ちゃんと決められないまま、当日のバイトが終わる時間がきてしまった。
「あー、決められないままだー……本格的にあせってきたー」
ぼやいていると、運送屋のおじさんが、コンテナをつんだ台車をおしながら建物に入ってきた。
「あ、お疲れ様でーす」
「おつかれさーん。なんだか浮かない顔してるねー、どうしたの」
「いやあ、お食事会に誘われたんですけどね、どんな服を着ていこうか迷っちゃって、なかなか決められないんですよ。おシャレしていかないと、お年頃の女の子なのにーって、あきれられちゃうでしょ?」
ため息まじりに答えると、おじさんは気の毒そうに笑った。
「おじさんからしたら、今のままでじゅうぶん可愛いと思うけどねえ、御厨さん」
「えー? 上着の下、見えないだけでよれよれのTシャツですよー?」
ジュースが入っている冷蔵庫のドアにうつった自分の姿に目をやる。上はTシャツにコンビニの制服の上着だし、下は動きやすくて汚れが目立ちにくい色のダボッとした綿パンだ。しかも、スニーカーはここ一年程はきつづけているものだし。さすがに、このままの服装で行くのはまずいと思う。
「あ、いつもの差し入れのコーヒーは仰木さんからのなので、私にお世辞は言わなくても大丈夫ですからね?」
「いやいやいやいや! これはお世辞じゃなくて、おじさんの本心からだからね?!」
おじさんはとんでもないよって顔をしてみせた。
「いやいやー、さすがにこのままじゃダメっす」
「そうなのかー。女の子ってのは大変だねえ。そういや、うちの娘も幼稚園のころにそんなこと言ってたかな。リボンの色がーとかゴムの色がーとか」
おじさんが笑う。
「あー、そういうのありましたねえ。あ、これ差し入れです! いつもありがとうございます」
空のコンテナをお店の外まで押していき、おじさんにコーヒーを渡した。
「さっきのはけっしてお世辞じゃないからね!」
「わかりましたー」
「本当に本当だからね!」
「はーい」
「あ、変な意味で言ってるわけでもないから!」
「わかってまーす」
運送屋のおじさんは、しつこいほど念押しをして帰っていった。
「気持ちはうれしいけど、さすがにこの格好はないでしょー」
笑いながら商品のコンテナをそれぞれの場所に持っていく。お客さんがいない今のうちに、できるだけ商品登録を進めておこう。
「……いや、この服装はどう考えてもまずいから! あと映画に行った時と同じのもダメだから!」
一瞬、無精者の私がひょっこりと顔を出しそうになったから、あわててそいつを頭の奥に押しこめた。
そして飲み物の登録を始める。もちろん今日も、コーヒー牛乳の在庫に問題なし!
その日の夜、クローゼットの服をすべて放り出し、ああでもないこうでもないと、服の組み合わせに頭をひねる。テスト慰労会に誘われてから、毎晩のように同じことを繰り返しているんだけど、いまだに着ていく服が決まらない。
「映画の時はこれだったから、この組み合わせはボツだよね」
その時に着た服を手にとった。きっと山南さんも覚えているだろうし、この組み合わせは問答無用でボツ。それ以外の組み合わせで、ハデハデしくもなく、ジミジミしくもないコーディネートとなると、意外と難しい。
「いっそのこと、新しい服を買いに行くべき? って、もう買いに行ってる時間ないよ!」
バイトに入る日を〇で囲ったカレンダーを見てぼやく。
行く予定になっているお店は、私も学校の友達と行ったことがある多国籍料理のお店だった。文字通りの多国籍で、メニューには日本料理から聞いたことのない国の料理まであり、厨房は一体どうなっているのかと、行くたびに別の意味で気になるお店だ。そしてあのお店なら、特に服装がどうのこうのと心配する必要はない。となれば一番の問題は、尾形さんの奥さんと斎藤さんのカノジョさんの目ということになる。
「最終手段はダーツで決めちゃったり?」
それぞれの服に番号をわりふってダーツにしてみるとか?
「ああ、ダメダメ。そんなことして変な服装になったら、はずかしい思いをするのは私と山南さんじゃん?」
その気になった頭をブンブンと横にふる。当日は、バイトが終わったら一旦自宅に戻り、着替えてから待ち合わせ場所に行く予定になっている。だから悩む時間はもう少しある。もうちょっと頑張って、悩んでみよう。
「こういう時に制服ってうらやましいよね。それを着れば良いんだから」
もちろん山南さん達は、慰労会の時に制服で来るわけではないけど。ため息をつきながら、放り出した服を、クローゼットに片づけていく。
「ツーリングに行く時の服選びのほうが楽かも」
山南さん達的には、主催者が師団長さんのツーリングのほうが緊張するだろうけど、私としては階級とか無関係なだけに、そっちのほうが気楽かもしれない。
そして片づけが終わるとパソコンをつけた。駐屯地のSNSアカウントをチェックするためだ。最近はすっかり、このチェックが習慣になっている。なにがお目当てかというと、もちろんあの人だ。
「今日もコーヒー牛乳さん、写ってるかなー」
そう。私の目的はコーヒー牛乳こと加納さん。ここ最近の駐屯地のアカウントでは、自衛官候補生さん達の訓練の様子を紹介している。そしてその写真には、高確率でコーヒー牛乳さんが写っているのだ。もちろんいつものようにメソメソしているところではなく、ちゃんと訓練をしているところ。
「やっぱり、写真うつりが良い人と、そうでない人とかいるのかな」
少なくとも写真の中のコーヒー牛乳さんは、メソメソすることなく訓練にはげんでいる、立派な未来の陸上自衛官さんで、見た目も好青年といった感じだ。
「あ、これ、山南さんじゃ?」
手本を見せている先輩隊員、と注釈のついている写真の中にいたのは山南さんだった。銃みたいなのをかまえているやつで、射撃の訓練をしているところのようだ。
「そういえば私、走っているところとモサモサをつけている山南さんしか、今まで見たことないんだよねえ」
普通科というところでは、一体どんな訓練をしているんだろう。一度ちゃんと見てみたいかも。
「あ、コーヒー牛乳さん、みーっけ!」
そしてお目当ての人物を発見。やっぱり今回の写真にもうつっていた。毎日チェックしている人が他にもいたら、きっとすっかりおなじみの新人隊員さんと、覚えられているかもしれない。
「やっぱりメソメソしているようには見えない」
こうやって写真だけを見ていると、普段はハの字になっている眉毛もキリッとしているし、泣き言を言う口元もキリッとひきしまっている。あの泣き言を実際に聞いていなければ、とても同一人物とは思えない。
「コーヒー牛乳さんてばおもしろーい」
いくつか新しい記事が発信されていたので、それらを順番に見ていく。青柳さんと馬越さんも、コーヒー牛乳さんにからんで一枚だけ写っていた。この二人も真剣な顔をして訓練にはげんではいるものの、あまり普段と変わらない顔つきをしている。
「やっぱコーヒー牛乳さんのギャップが一番すごい」
訓練の様子を撮っている広報さんなら、当然、訓練中の泣き言も聞いているはずだ。そのへんのことをわかっていて、あえてコーヒー牛乳さんの写真を撮っているのだろうか?
「コーヒー牛乳さんなら、カメラを向けていも泣いてそうだけど」
シャッターを押す瞬間だけ、キリッとした顔になるとか? まさかね。そのあたりの撮影事情も、ちょっとだけ聞いてみたくなった。
「さてと、写真のチェックも終わったし、お風呂はいって体操して寝よ!」
楽しい写真に満足し、パソコンの電源をおとした。体操とはもちろん陸自体操のこと。せっかく苦労して覚えたのだから、ちゃんと続けている。
もちろん狭い単身者用のマンションだから、一階の部屋でも激しく飛んだり跳ねたりはできない。だからそのへんの動きは自分なりにアレンジをして、毎日の日課にしていた。そのおかげか、寝つきもよく、いつまでたっても寝られなくて布団の中でジタバタすることもなくない。苦労して覚えたかいはあった。
お気に入りの入浴剤をいれて湯船につかりながら、やっぱり気がかりなのは、どんな服を着ていこうかということ。
「もうちょっと早く慰労会の話を聞いていたら、バイトの休みを利用して新しい服を見にいったんだけどなあ……」
そんなことをつぶやいて「ん?」となった。私、山南さんと映画に行く時はこんなに悩んでなかったじゃない?と思いいたる。いくら尾形さんの奥さんと斎藤さんのカノジョさんの目が気になるとはいえ、あの時と今回との差に申し訳なくなった。
「いや! あの時はまだ、付き合ってるとかそういうのじゃなかったし! それにあの時だっておシャレしてたって、山南さんは言ってくれてたし!」
と口にしても、やっぱり申し訳ない気になってしまう。
「……ま、まあ、そういうのは次の機会にがんばるってことで! まずは今度の慰労会だから!!」
心の中で山南さんに土下座をしておくことにした。
+++++
そして悩んでいると時間もあっという間にすぎるもので、ちゃんと決められないまま、当日のバイトが終わる時間がきてしまった。
「あー、決められないままだー……本格的にあせってきたー」
ぼやいていると、運送屋のおじさんが、コンテナをつんだ台車をおしながら建物に入ってきた。
「あ、お疲れ様でーす」
「おつかれさーん。なんだか浮かない顔してるねー、どうしたの」
「いやあ、お食事会に誘われたんですけどね、どんな服を着ていこうか迷っちゃって、なかなか決められないんですよ。おシャレしていかないと、お年頃の女の子なのにーって、あきれられちゃうでしょ?」
ため息まじりに答えると、おじさんは気の毒そうに笑った。
「おじさんからしたら、今のままでじゅうぶん可愛いと思うけどねえ、御厨さん」
「えー? 上着の下、見えないだけでよれよれのTシャツですよー?」
ジュースが入っている冷蔵庫のドアにうつった自分の姿に目をやる。上はTシャツにコンビニの制服の上着だし、下は動きやすくて汚れが目立ちにくい色のダボッとした綿パンだ。しかも、スニーカーはここ一年程はきつづけているものだし。さすがに、このままの服装で行くのはまずいと思う。
「あ、いつもの差し入れのコーヒーは仰木さんからのなので、私にお世辞は言わなくても大丈夫ですからね?」
「いやいやいやいや! これはお世辞じゃなくて、おじさんの本心からだからね?!」
おじさんはとんでもないよって顔をしてみせた。
「いやいやー、さすがにこのままじゃダメっす」
「そうなのかー。女の子ってのは大変だねえ。そういや、うちの娘も幼稚園のころにそんなこと言ってたかな。リボンの色がーとかゴムの色がーとか」
おじさんが笑う。
「あー、そういうのありましたねえ。あ、これ差し入れです! いつもありがとうございます」
空のコンテナをお店の外まで押していき、おじさんにコーヒーを渡した。
「さっきのはけっしてお世辞じゃないからね!」
「わかりましたー」
「本当に本当だからね!」
「はーい」
「あ、変な意味で言ってるわけでもないから!」
「わかってまーす」
運送屋のおじさんは、しつこいほど念押しをして帰っていった。
「気持ちはうれしいけど、さすがにこの格好はないでしょー」
笑いながら商品のコンテナをそれぞれの場所に持っていく。お客さんがいない今のうちに、できるだけ商品登録を進めておこう。
「……いや、この服装はどう考えてもまずいから! あと映画に行った時と同じのもダメだから!」
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