恋もバイトも24時間営業?

鏡野ゆう

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本編 2

第二十二話 いよいよ夏です

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「あーづーいー……」

 駐屯地の手前にある交差点で信号待ちをしながら、思わずつぶやいた。梅雨つゆもあけていよいよ夏本番。昼からの出勤はバイク通勤をやめて、電車とバスを利用すべきかもしれない。

―― もう汗びっしょりだよ、早く日陰ひかげに入りたい ――

 ヘルメットの中も蒸れていて、交通ルールがなければ放り出しているところだ。信号が青になってスタートさせる。風のおかげで少しはマシ……ということもなかった。

―― もうこれ熱風じゃん!! 早く涼しいところにたどりつかないと、ひからびちゃう!! ――

 とは言え、いつ白バイのお兄さんと遭遇するかわからない。スピード違反で捕まらない程度にバイクを早く走らせ、駐屯地のゲートをくぐった。

「おつかれさまですー!」
「おつかれさーん。今日はまた暑いねえ」
「本当に! 早くお店で涼みたいです!」
「だよねえ。はい、行ってください。気をつけて走ってねー」

 入門許可証を見せると、いそいでバイクを走らせる。頭の中は「クーラー!クーラー!クーラー!」という言葉が、グルグルと回っていた。駐輪場に向けて走っていると、前を走っている集団が目に入った。

「ごくろーさまでーす!」

 追いこすと同時に声をかける。あちらからも「うぃーす」という返事が返ってきた。皆さん、Tシャツの背中が汗でびっしょりだった。きっと今日も、冷たい飲み物がたくさん出るだろうなと考える。

「おはようございますー!!」
「おはようございまーす! 仰木おうぎさん、お昼前に帰られました。日がかたむくまでは出てこないって。あと配送のおじさんですけど、今日は四時ごろになるって連絡がありました。品出し、お願いします」
「了解です」

 そう言いながら時計を見る。シフトに入るまでもう少し時間があった。

「シフトに入る前に、お客さんしますね」
「まいどありでーす」

 ジュースの棚からレモネードの紙パックを選び、それをレジに持っていく。お金を払ってストローを受け取ると、長椅子に向かった。

「七月からこれじゃあ、八月九月が思いやられるよ……」

 冷たいジュースを吸い込む。熱くなった体に冷たいレモネードが染み込んでいくようだ。

「はー……極楽ごくらく極楽ごくらく

 レモネードを飲みながら、熱がこもった体が冷えるのを待つ。十分ほど涼んだら、ようやく人心地ひとごこちがついた。腕時計に目をやれば、ちょうどいい時間だ。

「さーて。今日もがんばろう!」

 空になったパックをゴミ箱に入れると、バックヤードに入って着替える。

「じゃあ交代します」
「お願いします。だけどこの時間、外に出るのはイヤだなあ……」

 バイト君が憂鬱ゆううつそうな顔をした。

「暑いから気をつけて帰ってください」
「外に出る前に冷たい飲み物を飲んで、少しでも体を冷やしていきます!」
「それが良いかも!」

 通勤するだけの私達ですらこんな状態なのだ。外で訓練をしている隊員さん達、大丈夫なんだろうか? 着替えたバイト君は、清涼飲料水がならんでいる冷蔵庫に向かい、そこのスポーツドリンクを持って戻ってきた。

「これをお願いします」
「はーい」

 支払いをすませると、私と同じように長椅子に座りゴクゴクと飲み始める。

「ここで飲んだ分も帰るまでに全部、汗で出ちゃいますよねー」
「ですよねー」
「じゃあ、お疲れさまでしたー」
「外、本当に暑いので、気をつけて帰ってくださいね」
「了解です!」

 バイト君は意を決して立ち上がり、建物を出ていった。

「あっつ!! なんじゃこりゃー!!」

 そんな叫び声が聞こえてきて思わず笑ってしまった。

「いや、笑い事じゃないよね、この暑さ」

 慶子けいこさんが出てくる時間には、夕立ゆうだちでも降って涼しくなると良いんだけどな。

 そして一時間ほどすると、今度はコンテナを台車に乗せた運送屋のおじさんがやってきた。おじさんは外の熱気を一緒につれてきてしまったようで、入ってきただけで室内温度が一度ぐらい上がったような気がした。

「お疲れさまでーす」
「お待たせー! 遅れてごめんねー!」
「いえいえ。終業時間まではお客さんほとんど来ないので、問題なしですよー」

 そう返事をすると、スポーツドリンクを一本、おじさんに持っていく。

「お疲れさまです。これ、オーナーさんからのおごりです。時間があるならそこで一服して、涼んでいってください」

 冷たい風が当たる場所にある長椅子を指でさす。

「いつもありがとう」

 おじさんは、タオルで顔と頭をふきながら長椅子に座った。そしてスポーツドリンクをゴクゴクと飲み始める。

「今日も暑いですよね」
「本当にね。今、都内のあっちこっちで、ゲリラ豪雨になっているらしいよ。こっちもそのうち降るかもね」
「そうなんですか?」
「ただ最近は、夕立ゆうだちなんてかわいいもんじゃないから、うかつに一雨ひとあめほしいねって言えないご時世じせいだけどね」

 おじさんはスポーツドリンクを飲み干すと立ち上がった。

「さて! 体の中が冷えたから、もうひと頑張りしてくるか」
「お疲れさまです!」
「じゃあ、また明日! オーナーさんにはお礼を言っといてくれるかな。いつもごちそうさまって」
「はーい」


+++


「んー?」

 品出しをしていると、なんとなく暗くなったような気がして、お店の外をのぞく。

「あれ? もしかして、おじさんが言ったとおり夕立ゆうだちがくるのかな……?」

 そう口にしたとたん、ドーンッという音がした。そして建物内の蛍光灯がチラチラと点滅する。

「雷?」

 一分もしないうちに、外でザーッという音がしはじめた。どうやら雨が降り出したようだ。

「あとちょっとが間に合わなかったかー!」
「雨が降るじゃなくて、水が落ちてきたが正しいぞ」
「南国のスコールなみだな」

 そして玄関に飛び込んでくる隊員さん達。上から下までびしょ濡れ状態になっている。飛び込んできたのは山南やまなみさん達の部隊だった。

「お疲れさまですー……?」

 こういう時にタオルとか渡してあげれば良いんだろうけど、さすがにこれだけの人数分はない。

御厨みくりやさん、すみません。あとで掃除をしに戻ります」

 お店に入ってくることなく、山南さんがこっちに声をかけてきた。髪の毛からポタポタと水が落ちている。掃除というのは多分、濡れてしまった床のことだろう。

「ああ、気にしないでください。私がやっておきますから。もしかして土砂降どしゃぶりですか?」
「もしかしなくても土砂降どしゃぶりです。今日は閉店までですか?」
「はい」
「だったら問題ないかな。この土砂降りも、一時間ぐらいだってことなので」
「おい、カピバラモードはそのぐらいにして、そろそろ行くぞ」

 尾形おがたさんが後ろから声をかけてくる。

「わかってる」
「ごめんね、店前を汚しちゃって。普段なら濡れたまま走り続けろって言うところなんだけど、ゲリラ豪雨と雷の合わせ技になると、隊員の安全が優先だからさ」

 斎藤さいとうさんが申し訳なさそうに言った。

「お気になさらずー」

 そう言って、皆さんを見送った。たしかに雨だけなら濡れて走ってそうだけど、さっきみたいな雷が鳴っているなら安全が第一だ。

 ドーーーンッ、ゴロゴロゴロゴロ~~、ドーンッ

「うっわー……すっごい雷……」

 この様子だと、雨がやむまで慶子さんも出てこれそうにない。蛍光灯もチラチラしているし、なんとも不穏だ。モップを手に店の外に出ると、窓の外が一瞬だけ明るくなると同時に、バーンッという音がひびく。あまりの音に、思わずモップを取り落としそうになった。

「ひぇぇぇぇ……建物の中にいて良かった……」

 大丈夫と思いつつ、雷の音にビクつきながら濡れた床のモップがけを始める。

「ああ、御厨さん、俺がやるって言ったじゃないですか」

 山南さんが戻ってきた。首にはタオルをかけている。

「でもほら、山南さん達は、まだお仕事の時間じゃないですか。お店のお掃除も私の仕事ですし、お店前の掃除もその範囲ですから」
「いやいや。ビショビショにしたのは俺達ですから。ちゃんと上司には断ってきたので心配ありません。バケツと乾いた雑巾ぞうきんはありますか?」
「はい。バックヤードに」
「お願いします。俺は勝手に入れないので」

 山南さんにモップをあずけ、バックヤードに戻る。そして掃除道具を片づけてあるロッカーを開け、バケツと雑巾を何枚か出した。それを持って戻ると、そこには隊員さんが何人か増えていた。

「こっちは俺達がやりますから。御厨さんは店番のほうをどうぞ」
「え、でも」
「ここを濡らしたのは自分達なので。その後始末あとしまつはちゃんと自分達でやります」

 山南さんはそう言うと、私をその場から追い立てた。そこへ斎藤さんと尾形さんもやってくる。なぜか掃除をしている隊員さん達を見て、ため息をついた。

「お前達さあ、もう少し気をつかえよー」
「まさかと思って来てみたら、案の定か」
「山南と御厨さんを二人っきりにしてやるという、気づかいはないのかー?」

 その言葉に、他の隊員さんが「あっ」という顔をする。

「あ、お気づかいなく。皆でしたほうが早くお掃除も終わりますし。ね、山南さん」

 私の言葉に山南さんは、真面目な顔をしてうなづいた。あの顔は間違いなく、カピバラモードだ。

「まーったく、二人してカピバラモードとは」
「まあ、お似合いだね、カピバラさん同士でさ」

 斎藤さんと尾形さんの愚痴りに、私と山南さんは「一体なんのことでしょう」的なカピバラ顔をして、無言の返事をした。

 そんなわけで夏も本番。冷たいドリンクとアイスと氷が売れる季節がやってきた。
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