シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 1

第四話 築城

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「はああああ、嫁ちゃんのおにぎりがないと調子でーへんわあ……こんなんで飛んでも絶対にうまくいかへんで。今日は今までで一番飛びたないわー……」

 航空祭当日、窓から外をみれば雲一つない青空が広がっていた。まさに快晴、飛行日和びより。だが、そんな航空祭日和びよりの空とは正反対に、俺の気分はどんよりどどめ色だ。

「はあ、あかん。どないもこないもほんま調子でえへん。最悪な気分や」

 毎日のように、自分の背中を後押ししてくれる嫁ちゃんのおにぎりが無いのだ。ただでさえ飛びたくない気持ちに、ますます拍車がかかる。しかも昨日の予行と違って、今日は展示飛行で失敗しそうな気分にまでなってきた。これは非常にまずい。朝飯を呑気に食っている場合じゃない。

「あかーん、これは冗談ではすまされへんわ。しゃーない、コンビニで今から買ってくるかあ?」

 嫁ちゃんお手製のものではなくても、無いよりマシだろう。ゲート周辺は開場待ちの人達が並んでいて、基地近間のコンビニも客でいっぱいになっている可能性もある。しかし背に腹は代えられない、ここはひとっ走りコンビニまで行ってくるか。

「あの、影山かげやま三佐はどちらにー……」
「影山なら俺やけどなにか?」

 そこにやって来たのは、空自の制服をきた若いお兄ちゃん。見たところ、幹部学校でたてのピカピカの新人幹部様という感じだ。俺が返事をして手を上げると、急ぎ足でこっちまでやってきて、姿勢を正すと敬礼をした。

「自分は芦屋あしや基地整備隊所属の林原はやしばら三尉と申します。実は昨日、芦屋に来た定期便に影山三佐宛の荷物がありまして」
「俺宛の荷物? 芦屋基地に?」
「はい。航空祭当日の昼までに、影山三佐に必ず直接お渡しするようにとの指示つきで、自分が受け取りましたのでお届けにあがりました」
「そうなんか? 朝はようから、わざわざこっちまで届けてもらってすまんなあ」
「いえ。昨日のうちにお届けできれば良かったのですが、どうしても抜けられない任務がありまして、このような時間になってしまいました。申し訳ありません」

 そう言えば今日は、こっちには定期便がやってこない日だったな。しかし芦屋からわざわざ届けに来るとは、一体どんな荷物なんだ?

 なにか忘れ物でもしたかと、自分が持ってきた荷物とハークに乗せてきた荷物を、頭の中に思い浮かべてみるが、わざわざ定期便を使ってまで、届けてもらわなければならないものがあったようには思えない。昼までにということは、展示飛がらみのものか? いや、サングラスも帽子も普通に持ってきているはずだ。

「こちらです。松島基地からの荷物です。要冷蔵となっておりましたので、昨日は基地食堂の冷蔵室で、厳重に保管しておきましたので御安心ください」
「冷蔵……?」

 手渡されたのは紙袋で、その中には長方形の形をしたポーチが入っていた。受け取りにサインをしながら、ますます首をかしげる。なんや、これ。しかも要冷蔵とか。だがこの形、どこかで見たことあるようなないような……?

「たしかにお渡ししました。では、自分はこれで失礼いたします」
「御苦労さん。こっちで航空祭見物をしていかへんでええのか?」

 俺の質問にその三尉君は、無念そうな笑みを浮かべて首を横に振る。

「自分もブルーが飛ぶのを拝見したかったのですが、三佐に荷物を届けたらさっさと戻ってこいと、上官からクギをさされていまして。年明けに芦屋基地に来られる時を、楽しみにしています」

 そう言って三尉君は、自分が所属している基地へと戻っていった。

「さて、後の問題はこの荷物やな。誰からなんや?」

 ポーチには、松島まつしま基地警務隊からの荷物だと分かるタグがついている。つまり、正真正銘の基地からの届け物ってことだ。

「警務隊なあ……もしかして、自転車のカギでも差しっぱなしやったかな? いやそれやったら要冷蔵ってことないか。なんかカゴに入れっぱなしにしとったか? せやったら、戻るまで預かるか自宅に届けておいてくれたらええのに。しかもこんな袋に入れて定期便に乗せるなんて、大袈裟な」

 ずっしりとしているポーチのチャックを開けてみた。お? こ、これはもしかしてもしかする?!

 中には保冷剤が入っており、その下にはアルミホイルで包まれた、三角形っぽい物体が二つ詰め込まれている。その一つを出してホイルをはがすと、中からラップに包まれたおにぎりが出てきた。

「おお?! これ、もしかして嫁ちゃんがにぎったおにぎり!」

 いつもよりしっかり握られているせいか、かなりの重量だ。ポーチの中をもう一度見ると、メモ書きが入っていた。いつも電話の横に置かれている、チビスケお気に入りのキャラクターの絵が描かれたメモだ。そこには、間違いなく嫁ちゃんの文字が書かれていた。

『予行の時に調子が出ないってぼやいていたから、作ってやってくれって連絡が入ったので、おにぎり二個を届けてもらうね。具は牛肉のしぐれ煮と、大阪のお母さんが送ってきてくれた昆布のつくだ煮です。さすがにツナは危なそうだからやめておきました。保冷用のポーチだけど念のために保冷剤をたくさん入れておくので、冷たいままだったら電子レンジでチンして食べてください。明日も良い天気になりますように♪ 真由美&みっくん』

 その文字の下に、青い丸い物体がクレヨンで描かれていた。多分これは、チビスケが描いたブルーインパルスだろう。

「良い天気になりますようにか。飛びたないから、雨でも降ってくれへんかなと思ってたんやけどなあ……」

 メモ書きを見ながら思わず顔がにやける。

「さてと、食堂に電子レンジあったよなあ」

 まず朝一のおにぎりは、牛肉のしぐれ煮が入っているほうにするか。そんなことを考えながら、メモをフライトスーツのポケットにしまい込んで食堂へと向かった。そして歩きながらふと首をかしげる。

「しかし誰やろうな、これ、嫁ちゃんにおにぎり頼んだん……まさか隊長か総括班長?」

 ま、誰が頼んだとしても、こうやって嫁ちゃんのおにぎりが食べられるや、些細ささいなことなんて気にすることないか。


+++++


 さて、飛行展示は午後からだが、俺達には別の広報任務もある。それが来場者達との記念撮影やサイン会だ。一番人気の隊長は当然のことながら、それぞれのライダー達の前には、アイドルほどではないにしろ結構な長さの行列ができる。

「影さん、おかえり!」
「昼から影さんが飛ぶの楽しみにしとるからね!」
「晴れて良かった、やっぱり晴れ男やなあ、影さん!」
「予行のハーフスローロールしっかり見たばい!」
「あんなに長く引っ繰り返ったまま飛んだのって、予行ならではのサービス?」

 さっきから色んな言葉を受け取りながらサインを書いていたんだが、なかなか行列が終わりそうな気配がこない。そろそろイベントが終了する時間が迫ってきているんだが、大丈夫か?と体をずらして並んでいる行列の長さを確認してみた。そしてその長さを見て驚く。

「こりゃまたえらい行列やな。なあ皆、隊長のほうに並ばんでええんか? それと、お嬢さん達に人気の四番機の彼はあっちやで? おーい、ここは隊長の行列とも四番機の行列ともちゃうでー? ええのんかー?」

 後ろの人達に聞こえるように声をかける。するといっせいに「ええんやでー」と、関西弁もどきの答えが返ってきた。そしてそんな返しに目を丸くしていると一番前にいたお客さん達が、ニコニコしながら話しかけてきた。

「うちら影さん見に来たっちゃけん、なんいいよんとねー」
「俺を見にきた?」

 俺の前に立っていた嫁ちゃんと同世代ぐらいの女性の言葉に、その後ろに立っていた初老の男性が笑いながらうなづく。

「そらそうやろ。あんた築城のはなやけん」
「もっと叫んでも良かとにー。遠慮しとろ? ブルーインパルスやけんて、叫びをおさえとるん知っとうばい」
「今日は楽しみにしとーけんね、影さんの叫び~」
「影さんの叫び聞くんは久し振りや~」

 おい、ちょい待ち。なんでこの人達は俺の「飛行」ではなく「叫び」を楽しみにしてるんだ?

「なんや。俺の飛がぶのを見るのが楽しみとちゃうんかいな。ちょっとショックやで、それ~~」

 俺がそう言うと、その場にいた人達がいっせいに笑った。ま、それで皆が楽しんでくれるなら、それはそれでかまわないんやけどな。しかし叫びて……シャドウではなく、普通にシャウトと呼ばれる日がやってくるんじゃないかと、本気で心配になってきた。

「三佐、すごい行列でしたね」

 イベントが終わって、一旦基地内の建物に撤収した俺達。行列を見ていた葛城かつらぎが声をかけてきた。

「ほんまやで。もう一年分くらいの文字を書いた気分や。手が腱鞘炎けんしょうえんになって昼から操縦桿が握られへんかもなあ」
「湿布薬、医務室からもらってきますよ? 今は塗り薬もあるそうです」
「それ、本気で言うてるんか?」
「もちろんです。もらってきますか?」

 あくまでも真面目な表情を崩さない葛城。じゃあ、こいつが本気で俺の手のことを心配して言ってくれているのかって? そんなことがあるわけないやろって話だ。

「自分、ほんまに食えんやつやなあ」
「父で慣れてますので」

 そこでシレッと笑うなシレッと。

「俺は自分のパパちゃうで」
「当然です。父は飛びたくないと愚痴ることはありませんでしたから。その逆はありましたけどね」
「やれやれ、まったく。さーて、昼からの飛行に備えておにぎり食っておくかあ。あ、もしかしてうちの嫁におにぎり宅配を依頼したのは自分?」
「いいえ。自分はなにも」

 ふむ。ってことは、やはり隊長か総括班長だったのかもしれないな。


+++


「なんかここって他の基地と客層が違わないですか?」

 ウォークダウンが始まる前の機体点検をしていた時、両翼のしなり具合を確かめていた俺に、坂崎さかざきがこそっと声をかけた。

「そうか?」
「さっき、お客さんの前を通った時にちらっと見たんですけどね。なんていうか無線機を持ってる人が異様に多いんですよ、ここの人達。しかもそれを見せ合って談笑してるんです」
「無線機?」

 航空祭では、管制塔とパイロットのやり取りや、ブルーが飛行展示をしている時の隊長の指示を、無線で聴くというコアなマニアが存在していることは知られていた。だからそれ自体はさして珍しいことじゃない。

「周囲に迷惑をかけへん程度に楽しむぶんには、問題ないやろ」
「そうなんですけどねえ……なんかいつもより多いんで、ちょっと気になったんですよ」
「気にしすぎやろ、坂崎。グルグルしすぎて脳みそがちょっとあれになったか?」
「ですかねえ……って、脳みそがあれって余計なお世話ですよ!」

 さて、点検も終わって展示飛行が始まる時間だ。いつものテーマが鳴り響き、アナウンスが始まった。まずは今日の展示飛行に参加するクルー達の紹介が始まる。一番機の隊長が紹介されると、いっせいにカメラがそっちを向いた。さすが隊長、相変わらず絶大な人気ぶりだ。

『そして五番機はここ、築城基地の飛行隊で飛んでいた影山達矢たつや三等空佐、大阪府出身!』

 整備担当の三人と共に手を振ると、前に陣取っていたお客さん達から『影さーん!』という声がいっせいにあがり、たくさんの人がこっちに向けて手を振ってくる。

「こりゃまた大歓迎やな」

 思わぬ声援に手を振りながら、笑ってしまった。

「すごい人気ですね、地元に帰ってきたみたいじゃないですか」

 夏から五番機組に入った萩原はぎわらが、お客さん達の声に目を丸くする。

「俺にとってここは、故郷みたいなもんやからなあ」
「大阪出身なのにですか?」
「せやで? 第一の故郷はもちろん生まれ故郷の大阪、第二は嫁ちゃんの実家がある東松島、そしてパイロットとして配属された築城ついきは、俺にとっては第三の故郷や」

 久し振りに地元の人達と話したことで、大阪に帰省した時とはまた違った、なんとも懐かしい気分になった。こういうのもホームシックというやつかもしれない。

「なんつーか、はようここに戻てきたくなったわー……はようデッシーが来たらええんやけどなあ。そしたらさっさと訓練して覚えさせて、展示飛行を押しつけてやるのに」

 とは言え、まだ後継パイロットが決まっていない五番機。当分のあいだは自分一人で飛ぶしかない。まだまだ嫁ちゃんにおにぎりを作ってもらう日々は続きそうだ。
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