シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 1

第五話 猫

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『……ブルーのライダーになるのは簡単なことじゃありません。そして、なれたからそれで終わりというわけでもないんです。常に毎日がスタート地点で、ラストフライトをむかえるまで、技量向上の努力を続けていくわけですからね。もちろんこれはブルーに限ったことではなく、すべての空自パイロットに言えることです』

 テレビの画面では、見たことのあるヤツがなにやらすました顔で、インタビュアーのおねーちゃんの質問に答えていた。あれがいわゆる広報用の顔ってやつだ。思い出しただけでも顔の筋肉が痛くなる。

『では最後に影山かげやま三佐、テレビを御覧になっている、自衛隊パイロットを目指している皆さんになにかメッセージをお願いします』

 おねーちゃんがそう言うと、カメラがその顔をズームした。

『なにを目指すにしても、あきらめずに努力をした先に道がひらけるんだと思います。陸海空それぞれのパイロットを目指している皆さん、壁にぶつかってもあきらめず、頑張って空を目指してください。我々もお待ちしています』
『ありがとうございました。次にブルーインパルスが展示飛行を行うのは芦屋あしや基地航空祭ですよね。もし良ければ、そちらの皆さんにもなにか』
『芦屋の皆さん、来月はそちらにうかがいますので、楽しみに待っていてくださいね~』

 最後にニッコリ笑ってカメラに向かって手を振る自分に、「うっわー……」となんとも微妙な気分になった。そしてその場にいる全員の視線が、自分に集まっていることに気づく。

「なんやねん! 俺かてあんな喋り方しとーなかったわ。知り合いの連中から絶対、こいつ宇宙人にとりかれとるわって、言われとるに違いないねんから」
「なにも言ってないじゃないですか」

 隣に座っていた葛城かつらぎが言った。

「言わんでもわかるっちゅうねん、この空気で。しかも嘘八百ならべたてとるわて思ってたやろ?」
「ですからなにも言ってないでしょ」
「しゃーないやろ? 広報から飛びたくないだの怖いだの、後ろ向きなこと言うんは禁止やーって言われたんやから」
「だから~~……」

 これでも考えたのだ。そういう言葉を使わずに、なんとか飛びたくない気持ちを匂わすことができやしないかと。だがそこは相手も百戦錬磨ひゃくせんれんまの広報担当。俺の珍しい経歴を相手に先に言わせ、釘を刺してきやがった。

 しかも全国向けのインタビューだから関西弁禁止とか。大阪人にけんか売ってるんか?

「でもこのインタビュー、リテイク無しの一発OKだったんですよね。さすがです」
「なにがさすがやねん。カメラの後ろで広報の偉いさんからにらまれててみ? 一発OKでも長いわ。大体ほんまやったらこれ、隊長の役目ちゃいますのん?」

 俺の言葉に、沖田おきた隊長は咳払いをしながら、書類を手に明後日あさっての方向に顔を向けた。大阪人だからといって、誰もがテレビに出ても緊張せずに平気で喋ると思ったら大間違いなんだぞ?

「五番機は、隊長機に次いでブルーの花形ですから」
「あかんわー。次こんなんきたら絶対に逃げたんねん。次は葛城君、君がやれ。オカンがこっち関係の仕事しとるんやったら慣れてるやろ」
「親が報道関係の仕事をしているからって関係ないですよ。それにこういうのは上からの指名でしょ? 次に取材がきる時も、隊長か影山三佐の単独インタビューがきっとありますよ。ところで……」

 さらに葛城は首をかしげながら続けた。

「今の映像を見ていて気がついたんですが。三佐、愚痴らなくても普通に飛べてましたよね」

 葛城が言っているのは、インタビューの前に流れた訓練飛行の映像のことだ。それぞれの機体にカメラをつけて飛んだもので、五番機に関しては、コックピットの中にもカメラが持ち込まれての撮影となっていた。

 そのせいか広報からは、映像と音声を記録されるので余計なことは一切喋るなと言い渡され、この時の俺は管制との通信とアクロの説明以外はなにも喋っていない。思い出しただけでも実に窮屈きゅうくつな飛行だった。

「めっちゃ調子狂って最悪な気分やったわ。自分史上、確実に五本指に入るぐらいの最悪さやで」
「そうは見えませんでしたが」
「そうは見えんでもや。葛城、自分で納得できひん飛行をしといて満足できるんか?」

 そう答えて葛城をにらんだ。

「いえ」
「ほなそういうことや」
「なにか違うような……」
「俺はそうなんや」

 とにかくカメラを乗せて飛んだアクロは、最初から最後まで調子の狂った状態の最悪な飛行だった。もう二度と広報だろうがマスコミだろうが、その手の人間を後ろに乗せて飛ばないからな。絶対だ。

「……以後は黙ったままで飛ぶ選択肢は」
「んなもんあるわけないやろ。……あー、さっきの見たら思い出して超憂鬱ちょうゆううつになったわ~~、今日はいつも以上に飛びたないわー……」
「あ、やっぱりそれを聞かないと、自分も落ち着かないかも」
「やかましい」

 葛城にデコピンをかまして席を立つと、ハンガーに向かった。少しでも早く飛びたいからだろうって? そんなわけあるか。外でゆっくりと、嫁ちゃんが作ってくれた朝のおにぎりを食べるために決まっているだろって話だ。

「はー、まったく。上の連中はなーんもわかってへんのやからなあ……かなわんで」

 ハンガー前にあぐらをかいて座ると、おにぎりを包んだラップをはがす。今日の一個目のおにぎりの具は、牛肉のしぐれ煮だったはずだ。一口食べるとすぐに具にあたって、ショウガのいい香りが口の中に広がった。

「うん、今日もうまいなあ。やっぱり嫁ちゃんのおにぎりは最高や」

 よく晴れている空を見上げながら、おにぎりをほおばる。

「天気、なかなか崩れへんな。天気予報どーなっとるんやー?」

 目の前ではキーパー達が、機体の点検を始めていた。その中に当然のように五番機も並んでいる。その横には六番機も。

「六番機と一緒ってことは、まーた引っ繰り返って飛ばなあかんのか俺。まったく憂鬱ゆううつやなあ……ん?」

 五番機の鼻先に、なにか乗っているのに気がついた。キーパーが工具でも置きっぱなしにしているのか?とよく見てみれば、なにやらモソモソと動いている。風にあおられているのか?

「なんや、あれ。風なんて吹いてへんはずなんやけどな」

 おにぎりの残りを口に押し込んでラップをポケットに突っ込むと、立ち上がってそちらに向かう。近づくにつれ、それが工具の収まった袋ではないことがわかった。そこのあるのは、茶色いシマシマ模様のモサモサしたものだ。

「おお? 猫がおるやん」

 なんと、五番機の鼻先に乗っていたのは大きな野良猫だった。器用にT-4の鼻先の上に座って、呑気に毛づくろいをしている。

「お前、どっから来たんやー?」

 人が近づいたら逃げそうなものなのに、こいつはこ俺の声に一瞬動きを止めてこっちを一瞥いちべつすると毛づくろいを再開した。なんともまあ図太いやつだ。

「そんなところにおったら、キーパーに見つかって捕まるで?」

ニャア

「ニャアってなあ……エンジンが回りだしたら危険やし、こんなとこにおらんと、よそ行ったほうがええんとちゃうか?」

ニャーゴ

「いやいや、エンジンの吸引力をなめたらあかんで?」

ニャーーー

 こっちのことはおかまいなくと言わんばかりの呑気さだ。

「ていうかお前、めっちゃ毛並みエエよな? もしかしてどこぞの飼い猫か?」
「どうした影山、五番機になにか異常でもあったのか?」

 隊長がハンガーから出てきた。

 俺が外でおにぎりを食べるようになってからは、俺のほうが先にここにいることが多くなっていたが、うちの隊長は信じられないぐらい飛ぶことに熱心で、大抵はここに一番乗りをしている。

「見てください隊長。野良猫がおるんですわ。こんなふうに乗られてたら飛べませんわ、残念やなあ」
「猫がなんだって?」

 隊長がこっちにやってくると、T-4の鼻先に陣取っていた猫を見下ろした。そして小さく溜め息をつくと、いきなり手をのばして猫を捕獲する。猫はまったく抵抗するそぶりも見せず、両脇をつかまれてたらーんとのびた状態で連行されていった。猫ってほんまに液体なみの柔らかさやな……。

「毛がついていたらはらっておけよ?」

 そう言い残して隊長が立ち去った。プラプラされながら運ばれていく猫を見送ると、ハッと我にかえる。

「あかんやん、猫。なんでおとなしゅう隊長に捕獲されとんねん……野良猫なんやから、もう少し逃げるとか逆らうとか粘らなあかんちゃうん」


+++


「本当に影山が連れ込んだんじゃないんだね?」
「だからそうやって言ってるやん。俺かて最初は、あれが猫とは思わへんかったんやぞ」

 そんなわけでさっきから総括班長の青井あおいにうるさく問い詰められている。

 ここの管理を任されている青井からしたら、野良猫がブルーのハンガーやエプロンに迷い込むなんてあってはならないことなんだろう。そうは言われても、知らないものは知らないんだからしかたがないだろ?

「まさか、俺が飛ばんでいい口実作りに猫を連れてきたとか思ってるんか?」
「そうは言いわないけどね。とにかくこっちも警戒しておくけど、次に忍び込んできたら、呑気に猫と喋ってないでさっさと捕獲するように」
「もう追い出したんやろ?」
「一度忍び込んできたんだ。どこから入ってきたか判明していないから、また同じところから入ってくるかもしれないだろ? 大事な機体に傷でもつけられたら大変だ。傷ならまだしも機体の中に入りこんだりしたらどうするんだ? 機体を分解するはめになるんだぞ?」
「まあそうやけどな」

 猫は警務隊に引き渡されたそうだ。そのあとの処遇はあちら任せにするしかない。

「なあ。いっそのこと、この基地で飼い主を募集したほうが早かったんちゃうか? それやったら、確実に敷地内に侵入してくる猫はおらんくなるわけやし」
「それまで誰が世話するんだよ」
「基地内で警務隊が、とか?」

 青井はとんでもないという顔をした。

「そんなのダメダメ。ここで猫を飼ってるなんて噂になったら、捨てに来る人が出るかもしれないじゃないか」
「気がついたら松島は猫基地になってたりしてなあ」
「笑いごとじゃないって」

 笑ったら青井ににらまれた。

「わかってるって。そんな怖い顔せんでも。しかし里親探しをしたほうがええんやないのかってのは、本気やで?」
「……まあ次にその猫が現れた時に考えるよ」

 まさか青井も次の日の朝、そいつが姿を再び現わすとは思いもしなかったんだろうな。そしてこの後、その猫がとある司令の家にもらわれていくことになり、猫輸送大作戦なるものが遂行されることになるんだが、それはまた別の話だ。


+++


 本日の朝一発目の訓練飛行で上がるのは一番機、五番機、六番機。つまり五番機と六番機のデュアルソロ課目の訓練だ。さっきから一緒に上がった一番機の隊長が、遠巻きに飛行しながら俺達のアクロを確認している。

「だいたい、なんで俺のヘルメットの5だけが引っ繰り返っとんのや。葛城かて引っ繰り返ることが多いんやから、数字引っ繰り返しておいてもええやんなあ?」
「6を引っ繰り返したら9になる、キューちゃんやーって言って笑ってたのは誰ですか」

 俺の言葉に葛城が憤慨したような口調で答えてくる。

「あ、それ、俺かもな。しかしお前、関西弁なってないわー、あかんでそれ。後で指導したるさかいな。さてほないくでー。05、06、スモークオン、タック・クロス、レッツゴー!」

 二機で並んで飛びながらスモークを出すと、次の課目へと入った。
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