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本編 1
第九話 通常運転
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「……ふんふん、ふん……ふーん、ふん……」
今日の影山三佐は、朝からありえないぐらいの上機嫌だ。
ここしばらくは御無沙汰だが、普段なら「飛びたない」「晴れとるあかんやん雨はどこいった」と言いまくるところを、日曜日の朝にやっている子供向けのアニメ主題歌を口ずさみ、その曲にあわせて小刻みに体を揺らしてリズムをとりながら、飛行前の点検をしている。
それもそのはず、今朝の三佐のおにぎりは、いつものように奥さんの手作りだった。つまり、息子さんのインフルエンザのせいで実家に戻っていた奥さんと息子さんが、自宅に戻ってきたということだ。
「今日は御機嫌ですね、三佐」
「そうか? いつもと同じやで」
いつもは飛行訓練前に歌いもしないし踊りもしないんだが、それを指摘するのはやめておく。
「でも、今のところ飛びたくないって一言も言ってませんよ」
「言わんくても気分は飛びたいに決まってるやん」
「え?」
三佐が口にした言葉に、その場にいた全員が凍りついたように動かなくなった。その顔は一様に今なんて?という表情をしている。
「あ、間違えた、飛びたないに決まってるやん、や」
全員がホッとした顔をして作業を再開した。
「びっくりしました、今のもしかして寝言ですか?」
「失礼な。俺はいつもお目々ぱっちりやで」
「それで飛びたいだなんて」
「うっかり口が滑っただけやん。朝に食べたなめ茸のせいかもな~」
「なめ茸で口が滑るなんて聞いたことありませんよ」
「そうか? あれ、箸でつかめへんぐらいつるんつるんやん?」
久し振りのいつもの軽口に、飛ぶことに対しての本心がどうであれ、今日の三佐がすこぶる御機嫌なのはわかった。それだけ、三佐にとって奥さんと息子さんの存在は大きいということだ。
ここしばらくの三佐は、青井班長が同乗しない限り訓練中もそうでない時も無口で、全員がなんとなくリズムが狂ったような感じで落ち着かなかった。今日からはきっと、いつも通りのにぎやかな飛行訓練になるだろう。
―― 俺もすっかり、影山さんの愚痴りに馴染んでしまったよなあ…… ――
今日も飛びたないで~~!と嬉しそうに声をあげながら、ウォークダウンが始まる定位置へと歩いていく三佐の後ろ姿に続きながら、溜め息をつく。
「あまり嬉しそうにしないでくださいよね。三佐がそんな状態で訓練にのぞんだら、逆に天候が心配になってきますよ」
そう声をかけると、三佐は振り返って顔をしかめた。
「まったく失礼なやっちゃなあ、オール君や。誰が嬉しそうやねん、俺は飛びたないんやから今はめっちゃ憂鬱な気分なんやで」
とてもそうは見えない。それでも、本人は本気で飛びたくないと思っているのだから、人と言うのは本当に見かけではわからないものだ。
「はああああ、ほんま、飛びたないわー……朝に吹いとった風、どこにいったんや? なんで無風になっとるんや、おかしいやん、最近の天気予報はどうなってるんや、全然あたらへんやん? ほんまにちゃんと天気を調べとるんか?」
三佐の言葉に、ライダー達がニヤニヤしながら集まってくる。この光景も久し振りに見た気がするな。
「御愁傷様、シャウト」
「いい加減に自分が超晴れ男だって認めろよ」
「ほら、マニア君達がこっちにカメラ向けてるぞ、スマイルスマイル、笑顔を見せないと」
「まったく友達がいのない連中やな、君らは」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるやろ」
「やっといつもの影山に戻ったな」
全機の確認を終えた隊長が遅れてやってきた。そして他のライダー達にあれこれいじられている三佐を見て、うっすらと口元に笑みを浮かべる。
「また今日から、にぎやかな訓練飛行に逆戻りだな」
「ブルーもやっと通常運転に戻りますね」
「そうとも言うか」
呆れたようなあきらめたような顔をしている隊長だったが、普段通りの三佐に戻ったことに一番安堵していたのは、隊長だったのかもしれない。
+++++
「他の連中はなにか勘違いしとるようやけど、俺はほんまに飛びたないねんで」
「はいはい、わかってますよ。基地上空での訓練です、きっと息子さんが見てますよ。ですから、風がやんだのは良かったんじゃないですかね」
ハーネスの確認をする神森が俺の言葉に返事をした。最近は、俺が言っていることのほとんどを適当に聞き流していると感じるのは、気のせいではないはずだ。
「良くないわ。こんな天気が良かったら、第一区分をスキップなしで飛ばなあかんやん」
「でも、風がやんで息子さんが部屋からベランダに出ても寒くないのは、良いことじゃないですか」
「そりゃあ、チビスケ的にはそうなんやろうけどな」
「だったら今日は、申し分ない天気でしょう。きっと息子さんも、三佐が飛ぶのを楽しみにしてますよ」
『パパ、きょうはどことぶー? そと~? なか~?』
『今日は一番に中で飛ぶで』
『わーい、みるー!!』
チビスケが言う「外」とは、基地から離れた場所にある洋上の訓練空域のこと。そして「中」は基地上空での訓練のことをさしている。今日最初の飛行訓練は基地上空、つまり「中」だ。今日も視界良好の晴天、基地上空での訓練中のブルーの様子は、官舎からもはっきり見えることだろう。
きっと慎重派な嫁ちゃんのことだ、チビスケは服をしこたま重ね着させられて、ダルマみたいな姿になっているに違いない。そんなチビスケとその横で一緒空を見上げている嫁ちゃんの姿を思い浮かべると、自然と口元がゆるんでくる。
「ま、たしかに風邪がぶりかえしでもしたら、えらいこっちゃやからな」
「そういうことです。では気をつけていってきてください」
「ちゃっちゃと飛んで、ちゃっちゃと訓練は終わらせるに限るで」
「やれやれ。いつもの影山さんがとうとう戻ってきましたね。ここまできて逃げないでくださいよ」
そう言いながら、神森は俺の肩をいつものようにつかんだ。
「なんやねん、そのいやそうな口調は」
「いやがってませんよ。これで通常運転に戻るってやつです」
神森はそう言って笑うと、タラップを降りて機体から離れた。
それぞれの機体の前にキーパーが立つと、隊長の合図でエンジンに灯を入れる。いつもと同じ軽快なエンジン音が響き渡った。エンジンの音と操縦桿を通して伝わってくるその振動。飛ぶのは好きじゃないが、このエンジンスタートの瞬間はなんとも言えずいい気分だった。
「今日も五番機のエンジンは絶好調やな」
「それはなによりだ。久し振りにリードソロの本領発揮をしてもらおうか、シャウト」
耳元で隊長の声がした。
「久し振りにとは失礼な。俺はいつでも本領発揮してまっせ、隊長」
「ということだがどうなんだ、葛城? デュアルソロの相方として、ここしばらくの影山の飛行について意見を聞かせてくれ」
「自分には判断しかねますが、隊長がそう言うのでしたら、そういうことなのだと思います」
優等生らしい口調での模範解答に、思わず苦笑いをする。
「そういうことってなんなんや。まーったく優等生みたいなふりして、可愛くないんやからな、君は」
「おほめにあずかり光栄です」
「ほめてへんやろ」
全機に異常がないことが確認され、隊長の指示でキャノピーを閉じる。そして滑走路へと出た。
隊長が管制塔と言葉をかわし全機のテイクオフに許可が出る。五番機と六番機が待機している中、四機のブルーが編隊を組んだまま離陸していった。
「今日も無事に訓練飛行が終わりますように!」
それを見送りながらいつものとおり柏手を打つ。
「ほな行くで、オール君。さっきの言葉、忘れてへんで。自分もチンタラ飛んだら承知せえへんからな?」
「望むところです、シャウト」
「05、ブレーキリリース、ナウ」
「06、ブレーキリリース、ナウ」
「05、レッツゴー!」
「06、レッツゴー!」
いつものピープ音と共に雲一つない青空へと五番機と六番機は飛び立った。
+++
もちろん葛城がチンタラ飛ぶなんてことはありえない。だが俺としてはそれでは気がすまないわけで、どうしたものかと考えた末に妙案を思いついた。そこで訓練を終えて地上に戻ってきてから葛城に声をかけることにする。
「オール君や、ちょっとちょっと」
「なんでしょうか」
「ちょいちょい、こっちに来て」
ハンガーに戻ってきた葛城が立ち止まったので手招きをする。
ここで飛び始めた頃の葛城は、訓練が終わると汗でぐっしょりと髪が濡れていたものだが、最近はそういうことも少なくなっていた。さすが若いだけあって、すっかりブルーの訓練飛行に順応しているようだ。そういう点では若い葛城が少しうらやましい。ああ、話が横道にそれよった、言いたいのはそんなことじゃない。
「なんでしょうか」
「君、昼からの飛行訓練は俺の後ろな」
「は?」
葛城がポカーンとした顔をする。
「せやから、次の飛行訓練では六番機ではなく五番機の後席に乗るように。デュアルソロの相方なんや、相方がどんな飛び方をするか知りたいやろ? しっかり本領を発揮して飛んだるさかい、俺の後ろに座って楽しんでくれたらええんやで?」
「え……しかしそれ、いいんですか?」
葛城は困ったような顔をして、隊長のほうに視線を向けた。もちろん隊長は俺がそう言い出すことを予想していたのだろう、少しだけ考える素振りを見せると、すぐにうなづいてみせた。
「六番機はまだ長尾と葛城の二人体制だから問題ない。なにごとも経験だ、次の飛行訓練は五番機の後ろで、影山の本気に付き合ってみろ」
「ぇぇぇ……」
「俺が本領発揮してへんと思ってたんやろ? せやから俺の本領ってやつを見せたる言うてんねん。俺ってほんまに親切やんなあ? ええ相方やろ?」
「ぇぇぇ……」
マジですかと言いたげな顔をしているが、俺の知ったことじゃない。
「ちゅうわけで長尾、次の飛行訓練ではお前とお久し振りのデュアルソロやで。大丈夫か? ここしばらく葛城に任せっきりで耄碌してへんやろうな?」
ここしばらくは後席かメトロで飛ぶことが多くなった長尾が、俺の言葉に呆れたように笑った。
「まったく大人げないんだから」
「やかましい。飛べるんか? 飛べへんのんか? どっちや?」
「誰に質問してるんですか。葛城が来るまで影山さんと一緒に飛んでいたのは俺ですよ? 大丈夫に決まってるでしょ。そっちこそ大丈夫なんでしょうね?」
「なんや、君もまた俺の後ろに乗って飛んでみたいんか?」
ニヤッと笑ってやったら本気でイヤそうな顔をした。長尾を後ろに乗せて飛んだのは、まだ俺が師匠と飛んでいた訓練中のことだったが、その時のことをヤツはしっかり覚えているらしい。
「まったく影山さん。若い葛城相手に大人げないと思わないんですか?」
長尾がなにをするかお見通しだぞという顔をした。
「なんでや。本気で飛んでへんて疑われたんや、そこはちゃんとパイロットとして、自分の技量を証明せなあかんやろ」
「これで飛ぶのがイヤだとか言ってるんだから、本当に信じられない」
「ほんまに飛ぶの嫌いやで」
「最初に本領発揮がどうのこうのって言ったのは、俺じゃなくて隊長なのに……」
長尾の横で葛城がブツブツと文句を言っている。
「なんやて? 聞こえへんでー、なんて言った?」
耳に手を当ててわざとらしく聞き返す。
「昼からの飛行訓練、よろしくお願いします!」
「おう、ええ心がけや、俺も楽しみにしとるでー」
やけくそ気味で敬礼をした葛城の肩を、ニコニコしながらたたいてやった。
今日の影山三佐は、朝からありえないぐらいの上機嫌だ。
ここしばらくは御無沙汰だが、普段なら「飛びたない」「晴れとるあかんやん雨はどこいった」と言いまくるところを、日曜日の朝にやっている子供向けのアニメ主題歌を口ずさみ、その曲にあわせて小刻みに体を揺らしてリズムをとりながら、飛行前の点検をしている。
それもそのはず、今朝の三佐のおにぎりは、いつものように奥さんの手作りだった。つまり、息子さんのインフルエンザのせいで実家に戻っていた奥さんと息子さんが、自宅に戻ってきたということだ。
「今日は御機嫌ですね、三佐」
「そうか? いつもと同じやで」
いつもは飛行訓練前に歌いもしないし踊りもしないんだが、それを指摘するのはやめておく。
「でも、今のところ飛びたくないって一言も言ってませんよ」
「言わんくても気分は飛びたいに決まってるやん」
「え?」
三佐が口にした言葉に、その場にいた全員が凍りついたように動かなくなった。その顔は一様に今なんて?という表情をしている。
「あ、間違えた、飛びたないに決まってるやん、や」
全員がホッとした顔をして作業を再開した。
「びっくりしました、今のもしかして寝言ですか?」
「失礼な。俺はいつもお目々ぱっちりやで」
「それで飛びたいだなんて」
「うっかり口が滑っただけやん。朝に食べたなめ茸のせいかもな~」
「なめ茸で口が滑るなんて聞いたことありませんよ」
「そうか? あれ、箸でつかめへんぐらいつるんつるんやん?」
久し振りのいつもの軽口に、飛ぶことに対しての本心がどうであれ、今日の三佐がすこぶる御機嫌なのはわかった。それだけ、三佐にとって奥さんと息子さんの存在は大きいということだ。
ここしばらくの三佐は、青井班長が同乗しない限り訓練中もそうでない時も無口で、全員がなんとなくリズムが狂ったような感じで落ち着かなかった。今日からはきっと、いつも通りのにぎやかな飛行訓練になるだろう。
―― 俺もすっかり、影山さんの愚痴りに馴染んでしまったよなあ…… ――
今日も飛びたないで~~!と嬉しそうに声をあげながら、ウォークダウンが始まる定位置へと歩いていく三佐の後ろ姿に続きながら、溜め息をつく。
「あまり嬉しそうにしないでくださいよね。三佐がそんな状態で訓練にのぞんだら、逆に天候が心配になってきますよ」
そう声をかけると、三佐は振り返って顔をしかめた。
「まったく失礼なやっちゃなあ、オール君や。誰が嬉しそうやねん、俺は飛びたないんやから今はめっちゃ憂鬱な気分なんやで」
とてもそうは見えない。それでも、本人は本気で飛びたくないと思っているのだから、人と言うのは本当に見かけではわからないものだ。
「はああああ、ほんま、飛びたないわー……朝に吹いとった風、どこにいったんや? なんで無風になっとるんや、おかしいやん、最近の天気予報はどうなってるんや、全然あたらへんやん? ほんまにちゃんと天気を調べとるんか?」
三佐の言葉に、ライダー達がニヤニヤしながら集まってくる。この光景も久し振りに見た気がするな。
「御愁傷様、シャウト」
「いい加減に自分が超晴れ男だって認めろよ」
「ほら、マニア君達がこっちにカメラ向けてるぞ、スマイルスマイル、笑顔を見せないと」
「まったく友達がいのない連中やな、君らは」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるやろ」
「やっといつもの影山に戻ったな」
全機の確認を終えた隊長が遅れてやってきた。そして他のライダー達にあれこれいじられている三佐を見て、うっすらと口元に笑みを浮かべる。
「また今日から、にぎやかな訓練飛行に逆戻りだな」
「ブルーもやっと通常運転に戻りますね」
「そうとも言うか」
呆れたようなあきらめたような顔をしている隊長だったが、普段通りの三佐に戻ったことに一番安堵していたのは、隊長だったのかもしれない。
+++++
「他の連中はなにか勘違いしとるようやけど、俺はほんまに飛びたないねんで」
「はいはい、わかってますよ。基地上空での訓練です、きっと息子さんが見てますよ。ですから、風がやんだのは良かったんじゃないですかね」
ハーネスの確認をする神森が俺の言葉に返事をした。最近は、俺が言っていることのほとんどを適当に聞き流していると感じるのは、気のせいではないはずだ。
「良くないわ。こんな天気が良かったら、第一区分をスキップなしで飛ばなあかんやん」
「でも、風がやんで息子さんが部屋からベランダに出ても寒くないのは、良いことじゃないですか」
「そりゃあ、チビスケ的にはそうなんやろうけどな」
「だったら今日は、申し分ない天気でしょう。きっと息子さんも、三佐が飛ぶのを楽しみにしてますよ」
『パパ、きょうはどことぶー? そと~? なか~?』
『今日は一番に中で飛ぶで』
『わーい、みるー!!』
チビスケが言う「外」とは、基地から離れた場所にある洋上の訓練空域のこと。そして「中」は基地上空での訓練のことをさしている。今日最初の飛行訓練は基地上空、つまり「中」だ。今日も視界良好の晴天、基地上空での訓練中のブルーの様子は、官舎からもはっきり見えることだろう。
きっと慎重派な嫁ちゃんのことだ、チビスケは服をしこたま重ね着させられて、ダルマみたいな姿になっているに違いない。そんなチビスケとその横で一緒空を見上げている嫁ちゃんの姿を思い浮かべると、自然と口元がゆるんでくる。
「ま、たしかに風邪がぶりかえしでもしたら、えらいこっちゃやからな」
「そういうことです。では気をつけていってきてください」
「ちゃっちゃと飛んで、ちゃっちゃと訓練は終わらせるに限るで」
「やれやれ。いつもの影山さんがとうとう戻ってきましたね。ここまできて逃げないでくださいよ」
そう言いながら、神森は俺の肩をいつものようにつかんだ。
「なんやねん、そのいやそうな口調は」
「いやがってませんよ。これで通常運転に戻るってやつです」
神森はそう言って笑うと、タラップを降りて機体から離れた。
それぞれの機体の前にキーパーが立つと、隊長の合図でエンジンに灯を入れる。いつもと同じ軽快なエンジン音が響き渡った。エンジンの音と操縦桿を通して伝わってくるその振動。飛ぶのは好きじゃないが、このエンジンスタートの瞬間はなんとも言えずいい気分だった。
「今日も五番機のエンジンは絶好調やな」
「それはなによりだ。久し振りにリードソロの本領発揮をしてもらおうか、シャウト」
耳元で隊長の声がした。
「久し振りにとは失礼な。俺はいつでも本領発揮してまっせ、隊長」
「ということだがどうなんだ、葛城? デュアルソロの相方として、ここしばらくの影山の飛行について意見を聞かせてくれ」
「自分には判断しかねますが、隊長がそう言うのでしたら、そういうことなのだと思います」
優等生らしい口調での模範解答に、思わず苦笑いをする。
「そういうことってなんなんや。まーったく優等生みたいなふりして、可愛くないんやからな、君は」
「おほめにあずかり光栄です」
「ほめてへんやろ」
全機に異常がないことが確認され、隊長の指示でキャノピーを閉じる。そして滑走路へと出た。
隊長が管制塔と言葉をかわし全機のテイクオフに許可が出る。五番機と六番機が待機している中、四機のブルーが編隊を組んだまま離陸していった。
「今日も無事に訓練飛行が終わりますように!」
それを見送りながらいつものとおり柏手を打つ。
「ほな行くで、オール君。さっきの言葉、忘れてへんで。自分もチンタラ飛んだら承知せえへんからな?」
「望むところです、シャウト」
「05、ブレーキリリース、ナウ」
「06、ブレーキリリース、ナウ」
「05、レッツゴー!」
「06、レッツゴー!」
いつものピープ音と共に雲一つない青空へと五番機と六番機は飛び立った。
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もちろん葛城がチンタラ飛ぶなんてことはありえない。だが俺としてはそれでは気がすまないわけで、どうしたものかと考えた末に妙案を思いついた。そこで訓練を終えて地上に戻ってきてから葛城に声をかけることにする。
「オール君や、ちょっとちょっと」
「なんでしょうか」
「ちょいちょい、こっちに来て」
ハンガーに戻ってきた葛城が立ち止まったので手招きをする。
ここで飛び始めた頃の葛城は、訓練が終わると汗でぐっしょりと髪が濡れていたものだが、最近はそういうことも少なくなっていた。さすが若いだけあって、すっかりブルーの訓練飛行に順応しているようだ。そういう点では若い葛城が少しうらやましい。ああ、話が横道にそれよった、言いたいのはそんなことじゃない。
「なんでしょうか」
「君、昼からの飛行訓練は俺の後ろな」
「は?」
葛城がポカーンとした顔をする。
「せやから、次の飛行訓練では六番機ではなく五番機の後席に乗るように。デュアルソロの相方なんや、相方がどんな飛び方をするか知りたいやろ? しっかり本領を発揮して飛んだるさかい、俺の後ろに座って楽しんでくれたらええんやで?」
「え……しかしそれ、いいんですか?」
葛城は困ったような顔をして、隊長のほうに視線を向けた。もちろん隊長は俺がそう言い出すことを予想していたのだろう、少しだけ考える素振りを見せると、すぐにうなづいてみせた。
「六番機はまだ長尾と葛城の二人体制だから問題ない。なにごとも経験だ、次の飛行訓練は五番機の後ろで、影山の本気に付き合ってみろ」
「ぇぇぇ……」
「俺が本領発揮してへんと思ってたんやろ? せやから俺の本領ってやつを見せたる言うてんねん。俺ってほんまに親切やんなあ? ええ相方やろ?」
「ぇぇぇ……」
マジですかと言いたげな顔をしているが、俺の知ったことじゃない。
「ちゅうわけで長尾、次の飛行訓練ではお前とお久し振りのデュアルソロやで。大丈夫か? ここしばらく葛城に任せっきりで耄碌してへんやろうな?」
ここしばらくは後席かメトロで飛ぶことが多くなった長尾が、俺の言葉に呆れたように笑った。
「まったく大人げないんだから」
「やかましい。飛べるんか? 飛べへんのんか? どっちや?」
「誰に質問してるんですか。葛城が来るまで影山さんと一緒に飛んでいたのは俺ですよ? 大丈夫に決まってるでしょ。そっちこそ大丈夫なんでしょうね?」
「なんや、君もまた俺の後ろに乗って飛んでみたいんか?」
ニヤッと笑ってやったら本気でイヤそうな顔をした。長尾を後ろに乗せて飛んだのは、まだ俺が師匠と飛んでいた訓練中のことだったが、その時のことをヤツはしっかり覚えているらしい。
「まったく影山さん。若い葛城相手に大人げないと思わないんですか?」
長尾がなにをするかお見通しだぞという顔をした。
「なんでや。本気で飛んでへんて疑われたんや、そこはちゃんとパイロットとして、自分の技量を証明せなあかんやろ」
「これで飛ぶのがイヤだとか言ってるんだから、本当に信じられない」
「ほんまに飛ぶの嫌いやで」
「最初に本領発揮がどうのこうのって言ったのは、俺じゃなくて隊長なのに……」
長尾の横で葛城がブツブツと文句を言っている。
「なんやて? 聞こえへんでー、なんて言った?」
耳に手を当ててわざとらしく聞き返す。
「昼からの飛行訓練、よろしくお願いします!」
「おう、ええ心がけや、俺も楽しみにしとるでー」
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