シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

文字の大きさ
8 / 77
本編 1

第八話 青井班長

しおりを挟む
「……はあ、飛びたないわ、濃霧にでもならんかいな」

 いつものようにハンガー前に陣取ると、訓練飛行の準備を始めているキーパー達を眺めながら、おにぎりをほおばった。本日も快晴、雲も風もほとんどなし。

 今日のおにぎり一発目はツナマヨだ。だがいつも嫁ちゃんがにぎってくれるものではなく、ここに来る途中で買ったコンビニのおにぎりだった。海苔はパリパリでそれなりにうまいが、やはり嫁ちゃんがにぎってくれたものにはかなわない。

「あれ? 今日は奥さんのおにぎりじゃないんですか?」

 エプロンに出てきた葛城かつらぎが、俺の手元をのぞき込む。

 最近は何気に葛城のおにぎりチェックが厳しい。もしかしたら毎日『影さんのおにぎり観察日記』でもつけているんじゃないかってぐらいだ。本人いわく、デュアルソロの相棒なんだからおにぎりチェックも仕事のうちです、とのことなんだが一体どういう理屈なんや?

「昨日から嫁ちゃんと息子、嫁ちゃん実家にいっとんねん」
「え……」
「おい、なんやその顔は。別に離婚の危機とかやないで」
「それを聞いて安心しました。だったらなんでまた?」

 ちょっと待て。ってことは本当に離婚の危機だと思ったのか、こいつ。

「息子がなあ、最後の最後でインフルエンザにかかりよったんや」
「ああ。最盛期はすぎましたけど、油断はできないって本当ですね。小さい子ならあの高熱はつらいでしょう、かわいそうに」

 俺の答えに、葛城が気の毒そうな顔をする。さすがお子様には優しいと評判のオール君だ。

「ほんまやで。んで、今の五番機は俺だけやろ? こっちもきちんと予防接種はしてるんやけど、それでもうつる時はうつやん? そうなったら一大事やからって、嫁ともども実家に緊急避難したんや」

 もちろん嫁ちゃんの実家は市内だから、顔を見に行くことは可能な距離だ。だが嫁ちゃんからは、少なくとも一週間は一切の接触禁止令が出されている。チビスケも、パパにインフルエンザをうつしてブルーが飛べなくなったら大変だからと言われ、泣く泣く納得した。

 正直おにぎりのことより、嫁ちゃんとチビスケの顔が一週間も見れないことのほうがこたえる。チビスケが熱と半泣きのせいで顔を真っ赤にしながら、お義父とうさんの車に乗せられて嫁ちゃん実家に向かう姿は、大袈裟おおげさな表現ではなく本当に心が痛んだ。

「そういうわけで、息子のインフルエンザが完治するまでは、嫁ちゃんのおにぎりはなしや」
「おにぎりを食べない選択肢というのは……?」
「んなもんあるかい。ま、嫁ちゃんの愛が包まれてへんから、飛んでる途中でとんでもないことになるかもしれへんけどなあ」
「そんなことになったら恥ずかしいって、言ってませんでしたっけ?」
「そうやったか?」

 コンビニおにぎりを食べて飛ぶのは今回が初めてではない。だからそんなことがないのは、百も承知での言葉なんだが。

「一日や二日ならコンビニのおにぎりでもええけど、嫁ちゃんのおにぎりが食べられへん日はいつまで続くんやろうなあ。しかも家に帰っても嫁ちゃんもチビスケもおらんのやで。あー……帰宅した時のこと考えたらめちゃブルーや、あかーん、もう最悪な気分や。飛びたないわー……」

 そこでなぜか葛城が笑った。おい、こっちは真面目に言ってるっていうのに何気に失礼なヤツだな。

「どんなことでも、結局は飛びたくないにつながるってのが、三佐らしいというかなんというか」
「やかましい。家族あってこそのブルーやで」
「わかってますけど、それがあっても結局は飛びたくないわけでしょ?」
「嫁と息子がおらんくて独り身やったら絶対に飛ばへんわ。はあ、ごちそうさん」

 最後の一口を放り込み、手を合わせてから立ち上がる。

「でもな、実家の二階からはブルーが飛んでいるのが見えるんや。チビスケが起きてたら、そこからパパが飛んでるのを見るって言うんや。そんなこと言われたら飛ばんわけにはいかんやろ?」
「息子さんが三佐の一番のファンですからね」
「そやで? ほな、そろそろいこか」
「はい」

 俺と葛城はならんで、駐機されている五番機と六番機の方へと向かった。

 これで憂鬱ゆううつな気分は吹っ飛んだのかって? そんなことがあるわけない。嫁ちゃんのおにぎりとチビスケの声援があっても飛びたくないんだぞ? それがない日に、どうして気分よく飛ぶ気になれるんだ?

「はー、みっくんのためとはいえやっぱり飛びたないわー……」

「こちら管制、ブルーインパルス05、上空クリア、離陸準備よし」
「あーはいはい、05、離陸準備よしー……」

 管制塔からの通信に答えるのも気が乗らず、つい棒読みのような口調になってしまう。ブルーな気分のままランディングギアのブレーキを解除した。

「ブレーキリリース、ナ~ウ~」

 なにやら耳元で葛城と管制官が変なせきをしているのが聞こえたが、きっと空耳だろう。

「なんや皆して風邪でもひいたんか? 大事にせなあかんでー? ほな行くで?」
「了解、シャウト」
「05、06、レッツゴー」

 俺の合図で五番機と六番機が並走する形で滑走路を走り出す。そして滑走路から機体が離れた。

「06、スモークオン」

 六番機の後ろからスモークが吐き出される。

「06、ロールオン、レッツゴー」

 六番機が高度を上げながら機体を右回りに回転させた。さすがオール君。先日、オヤジさんに出されたダメ出しポイントを、きちんと修正しているのが素晴らしい。

 それを視界で確認しながらランディングギアを収納する。

「05、スモークオン……ほないくで、05、レッツゴー」

 高度を一気に上げた。コックピットではピープ音が鳴り響くがそれはいつものことだ。そのままほぼ垂直に昇りつめると、機体をひねってローリング。頭上の景色が青空から東松島ひがしまつしまの街並み、そして再び青空へと戻る。

「ほんま、この課目を考えたヤツを見つけたら、半日ほど話を聞かせてもらいたいわ。あかんで、これ。ピーピー騒がしい時点でお察しやろ」

 機体が水平飛行に戻ったところでつぶやいた。

「いつもながらお見事です、シャウト」
「おだててもなんもでーへんでオール君。今日の俺は超絶飛びたないレベルなんやからな。さて次いこ次。ちゃっちゃと飛んでちゃっちゃと降りる。燃料かてただやないんやから」
「了解しました」

 そしてこの時の俺は、飛んでいる時、いつものように自分が愚痴っていなかったことに気がついていなかった。


+++


 午後からの飛行訓練で上がるため、気乗りしないままエプロンに出ると、なぜか耐Gスーツをつけてヘルメットを手にした総括班長の青井あおいが、落ち着かない様子で五番機の横に立っていた。

「なんで班長がそこに立っとるんや? もしかして五番機の新しいデッシーって班長なん?」
「違うよ。隊長命令で、影山かげやまの後ろに乗るようにって言われたんだ」
「なんでまた?」

 五番機の調子は特に問題なかったはずなんだが。

「そんなの知らないよ。とにかく隊長命令なので。今日はよろしくお願いします」

 班長は改まった口調でそういうと敬礼をした。班長も俺達と同じでウィングマークを持っているから、飛ぶことに関してはなんら問題はない。だが飛ぶのとアクロをするのとでは大違いだ。

「大丈夫なんかいな。午前とは違って第一区分を全部通しでやるんやで?」
「大丈夫。これでも俺、ウィングマーク持ってるから」
「アクロやで?」
「大丈夫!」

 そう本人は言い切ったんだが、当然のことながら大丈夫なわけがなかったんだな。

「あーーーーっ、うわあ、よくこんなことっ……いっ、あーーーっ!!」

 こんな調子で、後席の青井はさっきから絶叫しっぱなしだ。こっちがちょっと派手な動きをすると、この調子でにぎやかなことこの上ない。

「やーかーまーしーー!! 班長、いい加減静かにせえぇ!」

 自分とは違う人間の叫びに、普段の愚痴りを棚に上げて黙らせようと怒鳴ったがまったく効果がない。そしてその状態にいらついて、普段より機体のひねりが鋭くなる。その動きにさらに班長が叫ぶ。もう悪循環以外のなにものでもないな、こりゃ。

「わーーーーーっ!!」
「わーーやない! 静かにせえへんかったらなあ、こうやで!」

 そう言って機体を思いっきりローリングさせた。これで気絶でもしてくれれば良いんだが、相変わらずの絶叫状態で最後の最後までずっとこんな感じだった。

「まったく、よくもまあのどがかれへんこっちゃなあ、そっちのほうでも感心するわ」

 地上に戻り機体から降りたところで、あわててハンガー内へと走っていく班長の後ろ姿を見送りながら、溜め息をついた。あれだけGがかかる状態で飛んでいるのに、ほとんど叫びっぱなしとはまったく恐れ入る。うちの総括班長、整備しているより飛んでいるほうが向いているんじゃないか?

「……まあなんやスッキリした気分やからええんやけどな」

 認めたくはなかったが、怒鳴りながら飛んでいたせいか妙にさわやかな気分だ。たまにはこういうのもありかもしれない。まあ「たまには」なんだが。

「あの、影山?」

 それからしばらくして、昼寝をしていたところで班長に声をかけられた。アラートから離れて久しいが習慣とは恐ろしいもので、声をかけられると直ぐに体が反応する。パチッとスイッチが入って眠気が吹き飛んだ。

「……やっぱり五番機に異常があるんか?」
「いや、五番機に異常はなかったよ。そうじゃなくて、また後ろに乗せてくれって言いたくて。じゃあ」

 そう言うとその場をさっさと立ち去った。思わず体を起こして班長の背中を見送る。

「たまげたな、まだ乗りたいんか。恐れ入るわ、さすがブルーの総括班長」

 まさか訓練飛行に同行したいとは。なんとまあ物好きな男もいたものだ。


+++++


「あーーーー、やっぱりこの課目はっ、わーーーー!!」
「だからやかましいとなんべん言わせんねん!! 葛城の気が散る、デュアルソロの時ぐらい黙っとれ!」
「そんなこといっても、わあぁぁぁぁ、ここはそんなローリングないはずじゃっっっ」

 予想外の回転に班長が叫ぶ。

「マニアのカメラに向かってお手振りまでして乗り込んでおいて、なにがわーーやねん、恥ずかしいないんか、こらっ」
「俺はライダーじゃなくてキーパーだからああああっ」
「ウィングマーク持ってるからと宣言したのは誰やねん! そんなんやったら訓練飛行で飛ばず、おとなしゅうメトロでも飛んどれ!」

 そんなわけで、なぜかここしばらく俺の相棒は班長だ。一緒に飛ぶ葛城も、今日も班長はお元気そうでなによりですと、まったく動じた様子がない。もしかしたら、本当に班長がそのまま俺のデッシーになるんじゃないだろうな?

「なあ、思うんやけど俺の代わりに班長が五番機飛ばさへん? もしかしてデッシーの話が内々に出ているとか?」

 俺の言葉に、隣に座っておにぎりを食べていた青井がこっちをにらんだ。一緒に飛ぶようになって、いつのまにかおにぎりタイムまで一緒にすることが増えている。まあこうやって親しくなれば、機体のことを話し合うのにちょうど良いこともあるんだが、なにか違わないか?と思わないでもない。

「んなことあるわけないだろ、まったく……」
「あんだけ飛んでてものどがかれへんのや、向いてると思うんやけどなあ」
「それとこれとは別問題だって。あ、ところでこの前のシジミのしぐれ煮の件なんだけどね、うちの嫁があの味つけが気に入ったみたいなんだ。奥さんにレシピを教えもらえないかな」

 機体の話をするより、おにぎりの具の話をすることのほうが多いのは気のせいだろうか?
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...