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本編 1
第八話 青井班長
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「……はあ、飛びたないわ、濃霧にでもならんかいな」
いつものようにハンガー前に陣取ると、訓練飛行の準備を始めているキーパー達を眺めながら、おにぎりをほおばった。本日も快晴、雲も風もほとんどなし。
今日のおにぎり一発目はツナマヨだ。だがいつも嫁ちゃんがにぎってくれるものではなく、ここに来る途中で買ったコンビニのおにぎりだった。海苔はパリパリでそれなりにうまいが、やはり嫁ちゃんがにぎってくれたものにはかなわない。
「あれ? 今日は奥さんのおにぎりじゃないんですか?」
エプロンに出てきた葛城が、俺の手元をのぞき込む。
最近は何気に葛城のおにぎりチェックが厳しい。もしかしたら毎日『影さんのおにぎり観察日記』でもつけているんじゃないかってぐらいだ。本人いわく、デュアルソロの相棒なんだからおにぎりチェックも仕事のうちです、とのことなんだが一体どういう理屈なんや?
「昨日から嫁ちゃんと息子、嫁ちゃん実家にいっとんねん」
「え……」
「おい、なんやその顔は。別に離婚の危機とかやないで」
「それを聞いて安心しました。だったらなんでまた?」
ちょっと待て。ってことは本当に離婚の危機だと思ったのか、こいつ。
「息子がなあ、最後の最後でインフルエンザにかかりよったんや」
「ああ。最盛期はすぎましたけど、油断はできないって本当ですね。小さい子ならあの高熱はつらいでしょう、かわいそうに」
俺の答えに、葛城が気の毒そうな顔をする。さすがお子様には優しいと評判のオール君だ。
「ほんまやで。んで、今の五番機は俺だけやろ? こっちもきちんと予防接種はしてるんやけど、それでもうつる時はうつやん? そうなったら一大事やからって、嫁ともども実家に緊急避難したんや」
もちろん嫁ちゃんの実家は市内だから、顔を見に行くことは可能な距離だ。だが嫁ちゃんからは、少なくとも一週間は一切の接触禁止令が出されている。チビスケも、パパにインフルエンザをうつしてブルーが飛べなくなったら大変だからと言われ、泣く泣く納得した。
正直おにぎりのことより、嫁ちゃんとチビスケの顔が一週間も見れないことのほうがこたえる。チビスケが熱と半泣きのせいで顔を真っ赤にしながら、お義父さんの車に乗せられて嫁ちゃん実家に向かう姿は、大袈裟な表現ではなく本当に心が痛んだ。
「そういうわけで、息子のインフルエンザが完治するまでは、嫁ちゃんのおにぎりはなしや」
「おにぎりを食べない選択肢というのは……?」
「んなもんあるかい。ま、嫁ちゃんの愛が包まれてへんから、飛んでる途中でとんでもないことになるかもしれへんけどなあ」
「そんなことになったら恥ずかしいって、言ってませんでしたっけ?」
「そうやったか?」
コンビニおにぎりを食べて飛ぶのは今回が初めてではない。だからそんなことがないのは、百も承知での言葉なんだが。
「一日や二日ならコンビニのおにぎりでもええけど、嫁ちゃんのおにぎりが食べられへん日はいつまで続くんやろうなあ。しかも家に帰っても嫁ちゃんもチビスケもおらんのやで。あー……帰宅した時のこと考えたらめちゃブルーや、あかーん、もう最悪な気分や。飛びたないわー……」
そこでなぜか葛城が笑った。おい、こっちは真面目に言ってるっていうのに何気に失礼なヤツだな。
「どんなことでも、結局は飛びたくないにつながるってのが、三佐らしいというかなんというか」
「やかましい。家族あってこそのブルーやで」
「わかってますけど、それがあっても結局は飛びたくないわけでしょ?」
「嫁と息子がおらんくて独り身やったら絶対に飛ばへんわ。はあ、ごちそうさん」
最後の一口を放り込み、手を合わせてから立ち上がる。
「でもな、実家の二階からはブルーが飛んでいるのが見えるんや。チビスケが起きてたら、そこからパパが飛んでるのを見るって言うんや。そんなこと言われたら飛ばんわけにはいかんやろ?」
「息子さんが三佐の一番のファンですからね」
「そやで? ほな、そろそろいこか」
「はい」
俺と葛城はならんで、駐機されている五番機と六番機の方へと向かった。
これで憂鬱な気分は吹っ飛んだのかって? そんなことがあるわけない。嫁ちゃんのおにぎりとチビスケの声援があっても飛びたくないんだぞ? それがない日に、どうして気分よく飛ぶ気になれるんだ?
「はー、みっくんのためとはいえやっぱり飛びたないわー……」
「こちら管制、ブルーインパルス05、上空クリア、離陸準備よし」
「あーはいはい、05、離陸準備よしー……」
管制塔からの通信に答えるのも気が乗らず、つい棒読みのような口調になってしまう。ブルーな気分のままランディングギアのブレーキを解除した。
「ブレーキリリース、ナ~ウ~」
なにやら耳元で葛城と管制官が変な咳をしているのが聞こえたが、きっと空耳だろう。
「なんや皆して風邪でもひいたんか? 大事にせなあかんでー? ほな行くで?」
「了解、シャウト」
「05、06、レッツゴー」
俺の合図で五番機と六番機が並走する形で滑走路を走り出す。そして滑走路から機体が離れた。
「06、スモークオン」
六番機の後ろからスモークが吐き出される。
「06、ロールオン、レッツゴー」
六番機が高度を上げながら機体を右回りに回転させた。さすがオール君。先日、オヤジさんに出されたダメ出しポイントを、きちんと修正しているのが素晴らしい。
それを視界で確認しながらランディングギアを収納する。
「05、スモークオン……ほないくで、05、レッツゴー」
高度を一気に上げた。コックピットではピープ音が鳴り響くがそれはいつものことだ。そのままほぼ垂直に昇りつめると、機体をひねってローリング。頭上の景色が青空から東松島の街並み、そして再び青空へと戻る。
「ほんま、この課目を考えたヤツを見つけたら、半日ほど話を聞かせてもらいたいわ。あかんで、これ。ピーピー騒がしい時点でお察しやろ」
機体が水平飛行に戻ったところでつぶやいた。
「いつもながらお見事です、シャウト」
「おだててもなんもでーへんでオール君。今日の俺は超絶飛びたないレベルなんやからな。さて次いこ次。ちゃっちゃと飛んでちゃっちゃと降りる。燃料かてただやないんやから」
「了解しました」
そしてこの時の俺は、飛んでいる時、いつものように自分が愚痴っていなかったことに気がついていなかった。
+++
午後からの飛行訓練で上がるため、気乗りしないままエプロンに出ると、なぜか耐Gスーツをつけてヘルメットを手にした総括班長の青井が、落ち着かない様子で五番機の横に立っていた。
「なんで班長がそこに立っとるんや? もしかして五番機の新しいデッシーって班長なん?」
「違うよ。隊長命令で、影山の後ろに乗るようにって言われたんだ」
「なんでまた?」
五番機の調子は特に問題なかったはずなんだが。
「そんなの知らないよ。とにかく隊長命令なので。今日はよろしくお願いします」
班長は改まった口調でそういうと敬礼をした。班長も俺達と同じでウィングマークを持っているから、飛ぶことに関してはなんら問題はない。だが飛ぶのとアクロをするのとでは大違いだ。
「大丈夫なんかいな。午前とは違って第一区分を全部通しでやるんやで?」
「大丈夫。これでも俺、ウィングマーク持ってるから」
「アクロやで?」
「大丈夫!」
そう本人は言い切ったんだが、当然のことながら大丈夫なわけがなかったんだな。
「あーーーーっ、うわあ、よくこんなことっ……いっ、あーーーっ!!」
こんな調子で、後席の青井はさっきから絶叫しっぱなしだ。こっちがちょっと派手な動きをすると、この調子でにぎやかなことこの上ない。
「やーかーまーしーー!! 班長、いい加減静かにせえぇ!」
自分とは違う人間の叫びに、普段の愚痴りを棚に上げて黙らせようと怒鳴ったがまったく効果がない。そしてその状態にいらついて、普段より機体のひねりが鋭くなる。その動きにさらに班長が叫ぶ。もう悪循環以外のなにものでもないな、こりゃ。
「わーーーーーっ!!」
「わーーやない! 静かにせえへんかったらなあ、こうやで!」
そう言って機体を思いっきりローリングさせた。これで気絶でもしてくれれば良いんだが、相変わらずの絶叫状態で最後の最後までずっとこんな感じだった。
「まったく、よくもまあ喉がかれへんこっちゃなあ、そっちのほうでも感心するわ」
地上に戻り機体から降りたところで、あわててハンガー内へと走っていく班長の後ろ姿を見送りながら、溜め息をついた。あれだけGがかかる状態で飛んでいるのに、ほとんど叫びっぱなしとはまったく恐れ入る。うちの総括班長、整備しているより飛んでいるほうが向いているんじゃないか?
「……まあなんやスッキリした気分やからええんやけどな」
認めたくはなかったが、怒鳴りながら飛んでいたせいか妙にさわやかな気分だ。たまにはこういうのもありかもしれない。まあ「たまには」なんだが。
「あの、影山?」
それからしばらくして、昼寝をしていたところで班長に声をかけられた。アラートから離れて久しいが習慣とは恐ろしいもので、声をかけられると直ぐに体が反応する。パチッとスイッチが入って眠気が吹き飛んだ。
「……やっぱり五番機に異常があるんか?」
「いや、五番機に異常はなかったよ。そうじゃなくて、また後ろに乗せてくれって言いたくて。じゃあ」
そう言うとその場をさっさと立ち去った。思わず体を起こして班長の背中を見送る。
「たまげたな、まだ乗りたいんか。恐れ入るわ、さすがブルーの総括班長」
まさか訓練飛行に同行したいとは。なんとまあ物好きな男もいたものだ。
+++++
「あーーーー、やっぱりこの課目はっ、わーーーー!!」
「だからやかましいとなんべん言わせんねん!! 葛城の気が散る、デュアルソロの時ぐらい黙っとれ!」
「そんなこといっても、わあぁぁぁぁ、ここはそんなローリングないはずじゃっっっ」
予想外の回転に班長が叫ぶ。
「マニアのカメラに向かってお手振りまでして乗り込んでおいて、なにがわーーやねん、恥ずかしいないんか、こらっ」
「俺はライダーじゃなくてキーパーだからああああっ」
「ウィングマーク持ってるからと宣言したのは誰やねん! そんなんやったら訓練飛行で飛ばず、おとなしゅうメトロでも飛んどれ!」
そんなわけで、なぜかここしばらく俺の相棒は班長だ。一緒に飛ぶ葛城も、今日も班長はお元気そうでなによりですと、まったく動じた様子がない。もしかしたら、本当に班長がそのまま俺のデッシーになるんじゃないだろうな?
「なあ、思うんやけど俺の代わりに班長が五番機飛ばさへん? もしかしてデッシーの話が内々に出ているとか?」
俺の言葉に、隣に座っておにぎりを食べていた青井がこっちをにらんだ。一緒に飛ぶようになって、いつのまにかおにぎりタイムまで一緒にすることが増えている。まあこうやって親しくなれば、機体のことを話し合うのにちょうど良いこともあるんだが、なにか違わないか?と思わないでもない。
「んなことあるわけないだろ、まったく……」
「あんだけ飛んでても喉がかれへんのや、向いてると思うんやけどなあ」
「それとこれとは別問題だって。あ、ところでこの前のシジミのしぐれ煮の件なんだけどね、うちの嫁があの味つけが気に入ったみたいなんだ。奥さんにレシピを教えもらえないかな」
機体の話をするより、おにぎりの具の話をすることのほうが多いのは気のせいだろうか?
いつものようにハンガー前に陣取ると、訓練飛行の準備を始めているキーパー達を眺めながら、おにぎりをほおばった。本日も快晴、雲も風もほとんどなし。
今日のおにぎり一発目はツナマヨだ。だがいつも嫁ちゃんがにぎってくれるものではなく、ここに来る途中で買ったコンビニのおにぎりだった。海苔はパリパリでそれなりにうまいが、やはり嫁ちゃんがにぎってくれたものにはかなわない。
「あれ? 今日は奥さんのおにぎりじゃないんですか?」
エプロンに出てきた葛城が、俺の手元をのぞき込む。
最近は何気に葛城のおにぎりチェックが厳しい。もしかしたら毎日『影さんのおにぎり観察日記』でもつけているんじゃないかってぐらいだ。本人いわく、デュアルソロの相棒なんだからおにぎりチェックも仕事のうちです、とのことなんだが一体どういう理屈なんや?
「昨日から嫁ちゃんと息子、嫁ちゃん実家にいっとんねん」
「え……」
「おい、なんやその顔は。別に離婚の危機とかやないで」
「それを聞いて安心しました。だったらなんでまた?」
ちょっと待て。ってことは本当に離婚の危機だと思ったのか、こいつ。
「息子がなあ、最後の最後でインフルエンザにかかりよったんや」
「ああ。最盛期はすぎましたけど、油断はできないって本当ですね。小さい子ならあの高熱はつらいでしょう、かわいそうに」
俺の答えに、葛城が気の毒そうな顔をする。さすがお子様には優しいと評判のオール君だ。
「ほんまやで。んで、今の五番機は俺だけやろ? こっちもきちんと予防接種はしてるんやけど、それでもうつる時はうつやん? そうなったら一大事やからって、嫁ともども実家に緊急避難したんや」
もちろん嫁ちゃんの実家は市内だから、顔を見に行くことは可能な距離だ。だが嫁ちゃんからは、少なくとも一週間は一切の接触禁止令が出されている。チビスケも、パパにインフルエンザをうつしてブルーが飛べなくなったら大変だからと言われ、泣く泣く納得した。
正直おにぎりのことより、嫁ちゃんとチビスケの顔が一週間も見れないことのほうがこたえる。チビスケが熱と半泣きのせいで顔を真っ赤にしながら、お義父さんの車に乗せられて嫁ちゃん実家に向かう姿は、大袈裟な表現ではなく本当に心が痛んだ。
「そういうわけで、息子のインフルエンザが完治するまでは、嫁ちゃんのおにぎりはなしや」
「おにぎりを食べない選択肢というのは……?」
「んなもんあるかい。ま、嫁ちゃんの愛が包まれてへんから、飛んでる途中でとんでもないことになるかもしれへんけどなあ」
「そんなことになったら恥ずかしいって、言ってませんでしたっけ?」
「そうやったか?」
コンビニおにぎりを食べて飛ぶのは今回が初めてではない。だからそんなことがないのは、百も承知での言葉なんだが。
「一日や二日ならコンビニのおにぎりでもええけど、嫁ちゃんのおにぎりが食べられへん日はいつまで続くんやろうなあ。しかも家に帰っても嫁ちゃんもチビスケもおらんのやで。あー……帰宅した時のこと考えたらめちゃブルーや、あかーん、もう最悪な気分や。飛びたないわー……」
そこでなぜか葛城が笑った。おい、こっちは真面目に言ってるっていうのに何気に失礼なヤツだな。
「どんなことでも、結局は飛びたくないにつながるってのが、三佐らしいというかなんというか」
「やかましい。家族あってこそのブルーやで」
「わかってますけど、それがあっても結局は飛びたくないわけでしょ?」
「嫁と息子がおらんくて独り身やったら絶対に飛ばへんわ。はあ、ごちそうさん」
最後の一口を放り込み、手を合わせてから立ち上がる。
「でもな、実家の二階からはブルーが飛んでいるのが見えるんや。チビスケが起きてたら、そこからパパが飛んでるのを見るって言うんや。そんなこと言われたら飛ばんわけにはいかんやろ?」
「息子さんが三佐の一番のファンですからね」
「そやで? ほな、そろそろいこか」
「はい」
俺と葛城はならんで、駐機されている五番機と六番機の方へと向かった。
これで憂鬱な気分は吹っ飛んだのかって? そんなことがあるわけない。嫁ちゃんのおにぎりとチビスケの声援があっても飛びたくないんだぞ? それがない日に、どうして気分よく飛ぶ気になれるんだ?
「はー、みっくんのためとはいえやっぱり飛びたないわー……」
「こちら管制、ブルーインパルス05、上空クリア、離陸準備よし」
「あーはいはい、05、離陸準備よしー……」
管制塔からの通信に答えるのも気が乗らず、つい棒読みのような口調になってしまう。ブルーな気分のままランディングギアのブレーキを解除した。
「ブレーキリリース、ナ~ウ~」
なにやら耳元で葛城と管制官が変な咳をしているのが聞こえたが、きっと空耳だろう。
「なんや皆して風邪でもひいたんか? 大事にせなあかんでー? ほな行くで?」
「了解、シャウト」
「05、06、レッツゴー」
俺の合図で五番機と六番機が並走する形で滑走路を走り出す。そして滑走路から機体が離れた。
「06、スモークオン」
六番機の後ろからスモークが吐き出される。
「06、ロールオン、レッツゴー」
六番機が高度を上げながら機体を右回りに回転させた。さすがオール君。先日、オヤジさんに出されたダメ出しポイントを、きちんと修正しているのが素晴らしい。
それを視界で確認しながらランディングギアを収納する。
「05、スモークオン……ほないくで、05、レッツゴー」
高度を一気に上げた。コックピットではピープ音が鳴り響くがそれはいつものことだ。そのままほぼ垂直に昇りつめると、機体をひねってローリング。頭上の景色が青空から東松島の街並み、そして再び青空へと戻る。
「ほんま、この課目を考えたヤツを見つけたら、半日ほど話を聞かせてもらいたいわ。あかんで、これ。ピーピー騒がしい時点でお察しやろ」
機体が水平飛行に戻ったところでつぶやいた。
「いつもながらお見事です、シャウト」
「おだててもなんもでーへんでオール君。今日の俺は超絶飛びたないレベルなんやからな。さて次いこ次。ちゃっちゃと飛んでちゃっちゃと降りる。燃料かてただやないんやから」
「了解しました」
そしてこの時の俺は、飛んでいる時、いつものように自分が愚痴っていなかったことに気がついていなかった。
+++
午後からの飛行訓練で上がるため、気乗りしないままエプロンに出ると、なぜか耐Gスーツをつけてヘルメットを手にした総括班長の青井が、落ち着かない様子で五番機の横に立っていた。
「なんで班長がそこに立っとるんや? もしかして五番機の新しいデッシーって班長なん?」
「違うよ。隊長命令で、影山の後ろに乗るようにって言われたんだ」
「なんでまた?」
五番機の調子は特に問題なかったはずなんだが。
「そんなの知らないよ。とにかく隊長命令なので。今日はよろしくお願いします」
班長は改まった口調でそういうと敬礼をした。班長も俺達と同じでウィングマークを持っているから、飛ぶことに関してはなんら問題はない。だが飛ぶのとアクロをするのとでは大違いだ。
「大丈夫なんかいな。午前とは違って第一区分を全部通しでやるんやで?」
「大丈夫。これでも俺、ウィングマーク持ってるから」
「アクロやで?」
「大丈夫!」
そう本人は言い切ったんだが、当然のことながら大丈夫なわけがなかったんだな。
「あーーーーっ、うわあ、よくこんなことっ……いっ、あーーーっ!!」
こんな調子で、後席の青井はさっきから絶叫しっぱなしだ。こっちがちょっと派手な動きをすると、この調子でにぎやかなことこの上ない。
「やーかーまーしーー!! 班長、いい加減静かにせえぇ!」
自分とは違う人間の叫びに、普段の愚痴りを棚に上げて黙らせようと怒鳴ったがまったく効果がない。そしてその状態にいらついて、普段より機体のひねりが鋭くなる。その動きにさらに班長が叫ぶ。もう悪循環以外のなにものでもないな、こりゃ。
「わーーーーーっ!!」
「わーーやない! 静かにせえへんかったらなあ、こうやで!」
そう言って機体を思いっきりローリングさせた。これで気絶でもしてくれれば良いんだが、相変わらずの絶叫状態で最後の最後までずっとこんな感じだった。
「まったく、よくもまあ喉がかれへんこっちゃなあ、そっちのほうでも感心するわ」
地上に戻り機体から降りたところで、あわててハンガー内へと走っていく班長の後ろ姿を見送りながら、溜め息をついた。あれだけGがかかる状態で飛んでいるのに、ほとんど叫びっぱなしとはまったく恐れ入る。うちの総括班長、整備しているより飛んでいるほうが向いているんじゃないか?
「……まあなんやスッキリした気分やからええんやけどな」
認めたくはなかったが、怒鳴りながら飛んでいたせいか妙にさわやかな気分だ。たまにはこういうのもありかもしれない。まあ「たまには」なんだが。
「あの、影山?」
それからしばらくして、昼寝をしていたところで班長に声をかけられた。アラートから離れて久しいが習慣とは恐ろしいもので、声をかけられると直ぐに体が反応する。パチッとスイッチが入って眠気が吹き飛んだ。
「……やっぱり五番機に異常があるんか?」
「いや、五番機に異常はなかったよ。そうじゃなくて、また後ろに乗せてくれって言いたくて。じゃあ」
そう言うとその場をさっさと立ち去った。思わず体を起こして班長の背中を見送る。
「たまげたな、まだ乗りたいんか。恐れ入るわ、さすがブルーの総括班長」
まさか訓練飛行に同行したいとは。なんとまあ物好きな男もいたものだ。
+++++
「あーーーー、やっぱりこの課目はっ、わーーーー!!」
「だからやかましいとなんべん言わせんねん!! 葛城の気が散る、デュアルソロの時ぐらい黙っとれ!」
「そんなこといっても、わあぁぁぁぁ、ここはそんなローリングないはずじゃっっっ」
予想外の回転に班長が叫ぶ。
「マニアのカメラに向かってお手振りまでして乗り込んでおいて、なにがわーーやねん、恥ずかしいないんか、こらっ」
「俺はライダーじゃなくてキーパーだからああああっ」
「ウィングマーク持ってるからと宣言したのは誰やねん! そんなんやったら訓練飛行で飛ばず、おとなしゅうメトロでも飛んどれ!」
そんなわけで、なぜかここしばらく俺の相棒は班長だ。一緒に飛ぶ葛城も、今日も班長はお元気そうでなによりですと、まったく動じた様子がない。もしかしたら、本当に班長がそのまま俺のデッシーになるんじゃないだろうな?
「なあ、思うんやけど俺の代わりに班長が五番機飛ばさへん? もしかしてデッシーの話が内々に出ているとか?」
俺の言葉に、隣に座っておにぎりを食べていた青井がこっちをにらんだ。一緒に飛ぶようになって、いつのまにかおにぎりタイムまで一緒にすることが増えている。まあこうやって親しくなれば、機体のことを話し合うのにちょうど良いこともあるんだが、なにか違わないか?と思わないでもない。
「んなことあるわけないだろ、まったく……」
「あんだけ飛んでても喉がかれへんのや、向いてると思うんやけどなあ」
「それとこれとは別問題だって。あ、ところでこの前のシジミのしぐれ煮の件なんだけどね、うちの嫁があの味つけが気に入ったみたいなんだ。奥さんにレシピを教えもらえないかな」
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