シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

文字の大きさ
14 / 77
本編 1

第十四話 師匠

しおりを挟む
『あっかーん! あかんあかんあかんあかん! なにちんたらまわっとんねん、そんなもたついた旋回を本番でしたら、全員のタイミングがずれてなんもかんもがばらんばらんやで! 展示飛行大失敗で隊長のお仕置き待ったなしや、お尻ペンペンと伝説のかかと落しやで!』

 無線をその場で聞いていたライダー全員が、とうとう爆笑した。隊長も口元をゆがめているところをみると、面白がっているらしい。

『わかってますよ』
『わかってんなら、そんなおっかなびっくり回らんと、いっきに旋回せんかいせんかい、ってこれはダジャレちゃうで、真面目に言っとるんや笑うな!』

「今日の影山かげやまは絶好調だね」

 俺の隣に立っていた青井あおい班長が、スピーカーから流れてくる、指導というには若干難ありな影山三佐の声に笑う。

「まったくです。ところで隊長の伝説のかかと落しってなんですか?」
「え? ああ、なんていうか沖田おきたも、昔はヤンチャだったってことかな。どうして影山がそのことを知っているのか、わからないけど」
「おい、青井」

 その〝昔〟の部分を詳しく聞きたかったが、地獄耳の隊長が俺と班長の会話に気がついて、こっちに目だけをむけてきた。その顔は「余計なこと言うな」だ。残念だが、この話の続きは聞けそうにない。

 そうこうしているうちに、五番機が旋回して滑走路上に進入してきた。そして管制塔の前で一気に上昇すると、高度をあげながら機体をロールさせる。これは五番機のソロ課目のバーティカルクライムロールだ。そこでまた、影山三佐の腹立たしげな声が流れてきた。

『ああああっ、だーかーらー! なんで上がる前にためらうんや、男なら一気に操縦桿引いてさっさと上がらんかい! クルクルより上がるんが先やて、なんべんも言ってるやろ! 降りたら俺もトーダのお尻をペンペンや! はー、男のケツなんてさわりとうないのになんでやねん!』

 指導というか愚痴りというか。今日は朝から、五番機の後藤田ごとうだ一尉はローアングルキューバンテイクオフを中心に訓練中だった。ローアングルキューバンテイクオフは、五番機にとっては展示飛行一発目の課目。最初が肝心とばかりに、影山三佐の指導にも熱が入っていた。関西弁のせいでマイルドな印象になっているが、急上昇するソロ課目を連続で何度もさせているところからして、かなり厳しい指導の部類だと思う。だが、いつにも増して強烈なその影山節に、後藤田一尉には申し訳ないが、俺達だけではなく管制隊のメンバーもずっと座ったまま肩を震わせていた。

「これを聞いていて、あらためて思ったんですが」
「なんだい?」

 班長が首をかしげる。

「影山三佐って、完全に耐G呼吸法を無視してしゃべっているような気がするんですが、大丈夫なんでしょうか?」
「んー? ああ見えて影山は、ちゃんとアクロと呼吸のタイミングをはかりながら、しゃべっているよ。なあ、沖田?」

 班長が隊長に声をかけると、隊長はうなづいた。

「ああ。だから影山の愚痴りがないと、飛行の調子が狂うというのはある意味、間違ってはいない」

 意外な答えに驚く。今まで、影山三佐は好き勝手に愚痴っていると思っていたからだ。

「そうでなかったら訓練中とはいえ、飛行中の愚痴りを沖田が認めるわけないじゃないか。葛城かつらぎだってデュアルソロの時、あの愚痴りでタイミングとってないか?」
「え、いやあそんなことないと思いますが……」

 そう言われて考えてみる。今まで意識していなかったが、もしかしたらそんなことはあるのかもしれない。

「思い当たる点があるだろ? つまり影山の愚痴りは、アクロに合わせて発せられているってことだ。ま、本人がそれを意識しているかどうかは、わからないけどね」
「え、そうなんですか?」 
「もしかしたら自分では、好き放題に愚痴ってると思っているかもしれないな」
「なんと……」

「影山三佐、そろそろ時間です」

 基地上空での訓練終了時間が迫ってきたので、管制隊の隊員が呼びかける。

『了解やで。今の訓練ちゃんと映像に撮ったか?』
「はい。指示通りの場所で録画しています」
『おおきにな。トーダ、昼飯食ったら予習復習や』

「影山」

 腕時計を見ていた隊長が、ヘッドホンをつけて呼びかけた。

『なにか?』
「あと2分ある。訓練の締めに、師匠として後藤田に、バーティカルクライムロールの手本とやらを見せてやれ」
『さっさと降りたいのにまた無茶なことを。了解です、隊長。ほな行くで。トーダ、俺ハブコントロールや、操縦桿さっさとよこせ』

 後藤田一尉の返事が返されたと同時に、五番機の動きが変わったのがここからでもわかった。影山三佐が操縦する五番機が大きく旋回すると、真っ直ぐ滑走路へと向かってくる。

『ほないくで、05、バーティカルクライムロール、レッツゴー!』

 管制塔の前を通りすぎたところで、機体が一直線に上昇し、さきほどと同じように高度をあげながら機体をロールさせた。さきほどとはまったく動きが違う。やはり影山三佐の機動はすごい。なにがどうすごいのかうまく説明できないが、今まで見たブルーのライダーの中でも、三佐の操縦技術は抜きん出ていると思う。

「隊長はどうして最後に三佐にアクロを?」

 流れてくる影山三佐のアクロに対する文句を聞きながら、隊長の真意を知りたくて班長に質問をした。

「前に、葛城が影山と一緒にメトロを飛んだ時のことを覚えてるか? あの時と同じことさ」

 班長がニコニコしながら俺の問いに答える。

「三佐は飛びたくないんですよね?」
「本人はそう思っているみたいだけどね」

 そう言った青井班長は、相変わらずのニコニコ顔のままだった。


+++


「あっつ!」

 滑走路に降りて、キャノピーをあげたところで思わず叫んだ。バイザーをあげて空を見上げれば、雲一つない青空がひろがっている。季節はもう夏。最近はこのあたりでも、気温が30度をこえる日が珍しくなくなってきていた。

「はー、終わった終わった、後藤田、お疲れさん」
「お疲れ様でした」
「午後からももうひとっ飛びあるから、きばらなあかんで」
「わかってますよ。ですがその前に、今の訓練映像を見るのが楽しみです」

 後藤田の訓練が始まって一週間。区分ごとのアクロの流れは、すでに頭の中に入っているようで安心した。問題はやはり難易度の高いアクロ。通常の防空任務ではありえない機動をするのだ。そりゃあ、恐ろしくて腰が引けるのも無理はない。事実、俺だって訓練を始めたころはそうだった。

「自分のへっぴりごし飛行に、ショックをうけたらあかんで?」
「大丈夫です。自分でもどんなありさまで飛んでいるか、想像はついてますから」

 後藤田が笑った。

「おっかないのはわかってんねん。俺かて、こんなん考えたヤツは頭わいとるに違いないって、思ってるんやからな。せやかて、この機動を身につけへんかったら、展示飛行は任せられへん。なにがなんでもモノにしてもらわなな。デッシーとしてもう顔が知られているのに、本番に出ずに卒業なんてことになったら、恥ずかしいやん?」
「あの機動をしてもこの機体が平気だってことは、わかっているんですけどね。頭でわかっていても、気持ちがついていかないんですよ、今までの機動とブルーのアクロが違いすぎて。本当におっかないです」

 機体が神森かみもりの指示で、ハンガー前にピタリと止まる。

「せやかて俺としたら、おっかなびっくりで飛ばれたら、そっちのほうが怖いわ。今は、千歳ちとせにいた時のことは頭から消しておかなあかんで。あれとこれとは、まったくのベツモンやと割り切らな」
「わかっています。一日でも早く師匠に合格点をもらえるよう、鋭意努力えいいどりょくします。もたもた飛んでいたら、そのうち後ろから影山さんのドツキがくるんじゃないかって、気が気じゃないですから」
「心配せなあかんのは、俺のドツキより隊長のかかと落しやろ」

 タラップが設置されたので、二人で機体から降りた。

「とにかくや。今日の映像を見たら、自分でどこを改善すべきかはっきりするやろ。後藤田がはよう脱デッシーしてくれな、いつまでたっても俺が飛ばんならんやん。きばらなあかんで」

 俺がそう言うと、後藤田は疑わしげな顔をする。

「本当に飛びたくないんですか? 俺は絶対、影山さんは飛びたがりに見えるんですけどね」
「冗談やろ。俺は飛ばんでええなら、ずーっと飛ばへんで」

 そう返事をすると、いつものフェンス向こうに視線を向けた。いつのようにマニア君達が何人か立っている。こんな暑い中ご苦労さんやで。そう思いながら手を振った。後藤田も俺にならって手を振る。

「せやけど、人に教えるって難しいもんやな。お手本みせて、ほなやってみようかだけでは終わらんところが、難しいわ」
「影山さんの指導はわかりやすいですよ」
「それやったらええんやけどな」

 俺の師匠も、こんなふうに悩みながら俺を指導したんだろうか? 当時は、そんな師匠の心の内のことを考える余裕さえなかったが。

「影山三佐、さっきの訓練を録画した機材、全部集めてきましたよ」

 坂崎さかざきが、ゴロゴロと機材を乗せた台車を押してきた。

「おおきにな。せやけど坂崎、さすがに三脚はいらんで?」
「こっちは、俺が片づけておきますから大丈夫ですよ。SDカードだけ渡しておきますね」

 それぞれのビデオカメラから抜かれたSDカードを受け取る。

「そう言えば先輩、訓練中の管制塔が大変だったらしいですよ?」
「そうなんか? もしかして訓練を見ていた隊長が、腹を立ててかかと落しを連発したとか?」
「違いますよ。俺は聞きそびれましたけど、先輩の愚痴りがすごいことになってたって話です。ほとんどの隊員が呼吸困難を起こしていたみたいで」
「こっちは真剣に指導していたというのに、失礼なやっちゃな」

 こっちは、一日でも早く後藤田に脱デッシーを果たしてもらいたくて、厳しく指導しているというのに。

「そもそも俺はそこまで愚痴ってへんやろ」
「……」
「なんや坂崎。異論でもあるんか?」
「え、いやまあ……知らぬがほっとけかなあと?」

 坂崎はアハハと笑いながら、台車を駆け足で押しながらその場を離れていった。

「なにがほっとけやねん」


+++


「なあ、後藤田……」
「はい?」

 昼飯後、録画した映像を見ながらつぶやく。

「この録画、俺の音声をかぶせて撮る必要があったんやろうか」
「さあ、どうなんでしょうね」

 午前の訓練飛行の映像は、なぜかすべてに俺の無線音声が入っていた。自分で話しておいてなんだが、かなりうるさい。こんなにしゃべっていたか?と思うぐらい、しゃべりまくっている。青井を後ろに乗せて飛んだ時に「やかましい」と言ったが、これは人のことを言えないかもしれない。

「でもこの声のおかげで、訓練時の機動のタイミングがはかれるので便利ですよ」
「便利……」
「ほら、最初のターンですが、この〝あっかーん〟〝ん〟の部分でターンしたら、遅すぎと言われたんですよ。なので次は〝か〟の部分のタイミングでターンしました。それでOKが出たので、そのタイミングがベストだということがわかりました」

 後藤田は、わざわざ映像をコマ送りしながら俺に説明した。

「……そんなふうにタイミングをはかっとったんか」
「もちろん、そのたびにわざわざ影山三佐に叫んでもらう必要はありませんよ。もう頭の中にインプットしてますから」
「なにを?」
「三佐の叫びのタイミング」
「……」

 こっちはどう指導したら良いのか悩んでいたというのに、後藤田は俺の愚痴りを物差しにして飛んでいたのか。しかも頭の中にインプットしたとか。

「タイミングはそれではかれるようになりましたが、機動に関してはどうしようもないですね。何度もトライするしかないみたいです。あれ? 影山三佐?」
「悩んだ自分がアホらしゅうなってきたわ……」
「なんのことです?」

 不思議そうに首をかしげている後藤田の前で、俺は溜め息をついた。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

今日も青空、イルカ日和

鏡野ゆう
ライト文芸
浜路るいは航空自衛隊第四航空団飛行群第11飛行隊、通称ブルーインパルスの整備小隊の整備員。そんな彼女が色々な意味で少しだけ気になっているのは着隊一年足らずのドルフィンライダー(予定)白勢一等空尉。そしてどうやら彼は彼女が整備している機体に乗ることになりそうで……? 空を泳ぐイルカ達と、ドルフィンライダーとドルフィンキーパーの恋の小話。 【本編】+【小話】+【小ネタ】 ※第1回ライト文芸大賞で読者賞をいただきました。ありがとうございます。※ こちらには ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/999154031 ユーリ(佐伯瑠璃)さん作『ウィングマンのキルコール』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/515275725/972154025 饕餮さん作『私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/812151114 白い黒猫さん作『イルカフェ今日も営業中』 https://ncode.syosetu.com/n7277er/ に出てくる人物が少しだけ顔を出します。それぞれ許可をいただいています。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

処理中です...