シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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閑話 2

閑話 準備にも余念のない人達

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「お、今日も頑張ってるやん」
「午後からの訓練が、キャンセルなりましたからね。今のうちに作業を進めておかないと、当日に間に合わなかったら大変です」

 強風のために、飛行訓練がキャンセルになったその日の午後。少しばかりヒマを持て余していた俺は、キーパー達を冷やかしてやろうと、おにぎり片手にハンガーに向かった。そこでは坂崎さかざきをはじめとするドルフィンキーパー達が、ここしばらく続けている作業の真っ最中だ。

「去年に比べて、えらい派手になっとるやん、これ」

 おにぎりをかじりながら、目の前に鎮座している物体をながめる。

「そりゃあ、空自広報を担うブルーのキーパーとしては、去年の担当グループには負けられませんから」
「去年は、救難隊の整備班が担当したんやっけなあ?」
「そうです。なかなか好評でしたから、俺達としても負けられないんです。あ、海苔のりの切れ端をつけないでくださいね」
「わかっとるわ」

 十二月に入り、あちこちの基地で餅つきやら、日米で門松とクリスマスリースの交換をしたなんてニュースが、耳に入ってくるようになっていた。そう、今年もあの季節がやってきたのだ。

「しかしまあ、こいつもバイクも、ほんまにえらい派手なことになっとるやん。これ、誰が動かすんや?」
「それはくじ引きになりそうですよ。青井あおい班長がそう言ってました。夕方にくじ引きするそうです」
「くじ引きかいな」
「ええ、そうらしいです」

 ここしばらく、坂崎達キーパーが熱心に取り組んでいるのは、基地のクリスマス会で使用される、リヤカーとバイクの塗装と装飾作業だ。彼等のがんばりで、両方とも驚くほど派手派手しいクリスマスカラーの代物しろものになっていた。リヤカーはいわゆるサンタクロースが乗るソリ、バイクはソリをひくトナカイをイメージしたものらしいのだが、どうみてもクリスマスカラーの花車にしか見えない。ああ、これでもほめてるんやで?

「このバイク、ちゃんと元に戻せるんやろうな?」

 俺が指さしたのはバイクのほうだ。今は見る影もないが、これは普段、ブルーインパルスジュニアとして展示走行をしているものだった。今はどこからみても、走るクリスマスツリーにしか見えないが。

「もちろんですよ。クリスマスのイベントが終わったら、元のジュニアに戻します。安心してください」
「せやったら、ええんやけどな……」

 現状から、本当に元のブルージュニアに戻すことが可能なのか、少しばかり疑問ではあるんだが、まあ本人達がそう言うのなら間違いないのだろう。

「ああ、それと」

 坂崎がニヤッと笑いながらこっちを見る。

「サンタのコスプレはもちろんですが、バイク担当にはトナカイのコスプレをしてもらう予定なので、楽しみにしていてください。そっちもちゃんと準備してますから」

 その言葉を聞いて、ギョッとなった。

「なんやて? サンタだけじゃあかんのか」
「当然ですよ。トナカイ担当もトナカイになってもらわなきゃ、ここまで準備した意味ないでしょ」
「いやいや、意味ないってことないやろ」

 たちの悪い冗談だろうとキーパー達の顔を見たが、どうやらこいつらは本気らしい。

「えらいこっちゃやな。くじ引きでトナカイだけはひかんようにせな、絶対にお笑い担当になってまうやろ……」

 俺達はお笑い芸人やのうて、自衛官やんな?


+++


 そしてその日の夕方、ブルーのメンバー全員が食堂に集まり、くじ引きをすることになった。

「なんで俺がサンタやねん」

 くじ引きのこよりの先っぽについた、赤い目印を見て思わずつぶやく。坂崎によると、赤い印はサンタクロース役らしい。

「おめでとうございます、影山かげやま三佐。今年の主役、頑張ってください!」
「なあ、ほんまにこのヒゲ、つけなあかんのか?」

 テーブルの上に置かれたサンタの衣装。赤い衣装一式の横には、白いモジャモジャのつけヒゲが置かれていた。見ているだけで鼻がムズムズしそうなモジャモジャさだ。

「当たり前ですよ、ひげのないサンタさんなんてありえません。ついでにフォッフォッフォッって笑いも、きちんとマスターしておいてくださいね」
「笑いて……マジなんか……」
「子供達の夢を壊したらいけませんからね」

 そりゃ今回のクリスマスイベントには、隊員達の子供だけではなく、基地周辺の子供達が招待されている。そのちびっ子達の夢は、大事にしなければならないだろう。だがしかし……。

「せやかてなあ……別にひげのないサンタさんがおってもええんちゃう? あ、しかも、つけ眉毛まゆげまであるやんかい」

 ヒゲの横には、ご丁寧に白いつけ眉毛まであった。

「もちろんですよ」
「もちろんて。昨今の人手不足や、若いサンタクロースがいてもええんちゃうん?」
「ダメです。少なくともうちのサンタは、白いヒゲと白い眉毛まゆげのサンタさんと決まってますから」
「決まってるて……。どうせなら基地司令にさせればええのに……」

 ブツブツ文句を言っていると、くじを引き終えた青井がこっちにやってくる。

「影山なんてまだいいほうだよ。俺なんてトナカイだぞ」

 青井が、茶色い目印のついたこよりを俺につき出した。

「班長、僕もトナカイです。デュアルソロ、よろしくお願いします」

 そう言って笑ったのは、青井の後ろについてきた葛城かつらぎだ。どうやら今年のサンタとトナカイは、すべてブルーのライダーが務めることになったようだ。

「今年のトナカイは二頭立てなんだから、ブルー的には、デュアルソロをする葛城と影山がすればいいじゃないか。で、俺か沖田おきたがサンタ役で」
「なにゆーとんねん。くじ引きで決めようゆーたんは班長やないかい。引いたからには、あきらめてトナカイをせなあかんやろ」
「そうですよ、班長。あきらめてください」
「トナカイ、これを着て頭にはこれをかぶるんだろ……なんの罰ゲームだよ……」

 青井が、目の前のテーブルに置かれた角つきヘルメットを持ち上げた。もちろんそれだけじゃない。着るものも、茶色いトナカイの着ぐるみもどきだ。ケツの部分には、ご丁寧にも尻尾まであるというこだわりようだった。

「まさか自分で引くとは思ってなかったんかいな」
「……」

 どうやら図星らしい。

「なんや楽しみやわ、それを着た二人を見るのが」

 自分のことを棚に上げてニヤつくと、青井が心の底からイヤそうな顔をする。

「そりゃ、小さい子達は喜ぶだろうけどさあ……」
「子供達が喜んでくれるのが一番ですからね」

 葛城が、角がついたヘルメットを見ながら笑った。


+++++


 それからクリスマス会当日までの空いた時間は、葛城と青井のデュアルソロの特訓が始まった。ブルージュニアのように、ある程度の間隔をあけて編隊走行をするならともかく、リアカーを牽引けんいんしながらの並走は、思っていたより大変な運転だ。

「なあ。やっぱりここは、影山がトナカイになったほうがいいんじゃないのか?」

 バイクを右へとターンさせながら、青井が不満げに声を上げる。俺はなぜか隊長命令で、リヤカーに乗って二人の走行訓練に付き合わされていた。

「くじ引きで決めるってゆーたんはそっちやろ。いい加減にかんねんせえ」
「絶対に俺より影山のほうが、葛城と息が合うと思うんだけどなあ……」

 次に左へとターンする。今は青井の走行に、葛城が合わせている状態だ。それが青井としては気になるらしい。

「大丈夫ですよ、班長。この調子で問題ありません。トナカイのデュアルソロ、問題なしです」
「そうかなあ……葛城だって、いつも一緒に飛んでいる影山のほうがよくないか?」
「誰とでも編隊を組んで飛べるようにならないと、一人前のパイロットではないと言われてますから」
「誰に?」
「父です」
「……」

 青井はその言葉に、溜め息をついた。青井が気にするのにはもう一つ理由がある。それはこの走行訓練の出来の如何いかんによって、子供達を乗せての基地内走行をするかどうかが決まるからだ。本人としては、やはりそこがプレッシャーなんだろう。

「心配あらへんて班長。少なくともこのソリは、空を飛ぶことはあらへんのやからな」
「そんな気楽に言えるのは、影山がパイロットで、葛城のデュアルソロの相棒だからだろ? しかも当日はトナカイのかっこうなんだぞ……」
「ああ、そう言えば週間予報を確認したんですが、当日はかなり冷え込みそうだということでした。カイロ、用意しておかないと風邪をひくかもしれません」

 葛城の呑気な報告に、青井が顔をしかめる。

「……葛城はあのかっこう平気なのかよ」
「なかなか可愛いじゃないですか。班長、あの尻尾、見ましたか?」
「……」

 まったく動じてない葛城の様子に、青井はやれやれと首を横に振った。さすが葛城一佐の血をひくオール君、なかなかの大物ぶりやで。
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