シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 2

第二十六話 那覇 オール君の古巣

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「あの、お休み中のところを申し訳ありません。こちらに葛城かつらぎ一尉はいらっしゃいますか?」

 外に出る時間が来るまでそれぞれがくつろいでいると、ドアをノックする音がして、何名かの女性隊員が顔を出した。そしてドアの近くにいた俺に、遠慮がちに声をかけてくる。

「ん? おるで。おーい、葛城君や、君にご指名がはいったで」

 声をかけると、吉池よしいけ班長と話していた葛城が、苦笑いしながらふりかえった。

「ご指名って。俺は変な店のお姉さんじゃないんですよ」
「そんなことゆーたかて、ご指名なんやからしゃーないやん、ほれほれ」

 ドアのところに立っている女性隊員を見ろと手をふる。俺は誰かわからなかったが、葛城は知っている相手だったらしい。なるほどという顔をして笑顔を浮かべ、班長に断りを入れてこっちにやってきた。

「知り合いか?」
「ここの管制隊の人間です」
「なるほど」

 葛城は、ブルーに来る前はこの基地の飛行隊に所属していた。つまり、飛んでいる時にお世話になっていた隊員達ということだ。

「ご無沙汰ぶさたしてます、葛城一尉!」

 葛城がドアのところに歩いていくと、彼女たちがそろって敬礼をした。

「ひさしぶり。もしかして全員が、那覇のまま異動せず?」
「はい! 管制隊女子部、葛城一尉がブルーとして那覇基地にお戻りになるのを、首を長くしてお待ちしておりました!」
「……そうなんだ。ありがとう」

 少しばかり戸惑い気味の葛城の背中を、全員でニヤニヤとながめる。葛城はすで妻子持ちの身。だからと言って、こいつに好意を持たない女性隊員がいないとは限らない。

 噂によると、那覇飛行隊時代はさわやかなイケボなこともあって、無線をとりたがる女子隊員が多かったんだとか。ま、女子に人気があるのは今も同じだが。

「なんや可愛いな、女子部て。葛城のファンクラブなんか?」
「そんなんじゃありませんよ。ここの管制隊に所属する女性隊員の結束の固さから、そういう呼び名がついただけです。三佐のおにぎり仲間と同じようなものですよ」
「ほーん……なるほどね」

 葛城の後ろにいる女子部のお嬢さんがたは、そうは思っていないようだけどな。だがこれ以上のつっこみは野暮だろうからと、葛城の説明に納得したふりをする。

「それで、なにか俺に用でも?」
「サインをいただきたくて! 展示飛行が始まってしまったら、時間がとれそうにないものですから、今のうちに書いていただこうと思って」
「ああ、そういうこと。どれに書けば?」
「これにお願いします!」

 全員が、エアフェスタの広報用のチラシを差し出した。

「俺だけでいいのか? 今ならブルーのライダーは全員そろっているけど」
「葛城一尉は、この那覇基地からブルーにいったパイロットですから!」
「それだったら隊長も、ここにいたことがあったはずだけど……?」

 葛城の言葉に沖田隊長の表情が〝余計なことを言うな〟に変わる。だが背中を向けている葛城が気づくはずもない。

「そうなんですか?」
「そうだったと思うんだけど……」

 そう言いながら振りかえり、隊長の顔を見て〝しまった〟という表情をした。

「ああ、今のは俺の勘違いだったみたいだ、ごめん。俺のサインだけで我慢してもらうしかないね」

 とっさの判断にしては上出来やで、オール君や。

「いえ、こちらこそ、お休み中なのに申し訳ありません! サイン、ありがとうございました! あの、お願いついでにもう一つ。写真、お願いしてもよろしいですか?」

 葛城が無理やりに回避したことに気づかないまま、管制隊のお嬢さんがたは、申し訳なさそうにもう一つの頼みごとをしている。

「葛城を囲んで全員で撮ったらええんとちゃう? それでええんなら、カメラ、こっちに渡してくれたら俺が撮ったるで?」
「お願いします!!」
「全員がそろってることは珍しいのに、葛城だけでええやなんて、なんやちょっとけるけどなあ」

 カメラを受け取りながら笑うと、お嬢さんがたが恥ずかしそうに首をすくめた。

「すみません! 別に、他の皆さんがどうでもいいというわけではなくて……」
「わかってるわかってる。自分とこの基地からブルーにいったパイロットの、凱旋がいせんやもんな。そら、一緒に記念写真撮りたくなって当然や。ほな、いくで。みんな、ちゃんとええスマイルを浮かべなあかんで?」

 念のためにと、2回ほどシャッターを切ってからカメラを返す。

「今日の管制担当は谷口たにぐち一尉だっけ?」
「はい。私達にはまだ任せられないからっておっしゃってました」

 その顔は無念そうだ。

「そうか。久しぶりにグッチーさんの声を聴けるのは嬉しいな。よろしくお願いしますと伝えておいてくれ」
「わかりました。ではこれで失礼します。お時間をいただいて、ありがとうございました!」

 にぎやかな彼女達が部屋を出ていくと、葛城は軽く溜め息をついて、ほっとした表情をする。そして自分を見ている他のメンバーに気づいて、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

「すみません。こんなところにまで押し掛けてきて」
「お前が謝ることもないだろ、あっちが勝手に押しかけてきたんだから。気にするな。きちんと〝処置〟していたし問題なしだ」

 そう言ったのは吉池班長だった。その〝処置〟の中には、さっきの沖田隊長のことも含まれているんだろうな。すぐそばで隊長を見ていたんだ、班長が隊長の表情の変化に気づかないわけがない。

影山かげやまさんもすみませんでした」
「いやいや、写真を撮るぐらいなんでもないから気にせんとき。しかしオール君、えらい人気やん? こんなところまで女子隊員が押し掛けてくるなんて、滅多にないことやで」
「影山さんほどじゃないですよ」

 葛城は笑いながら椅子に座った。

「そんなことあらへんやろ。築城に行った時、俺にはあんなふうに、基地内の女の子達は押しかけてきてくれへんかったで? あ、別にうらやましいとかちゃうんやけどな」
「わかってますよ。だけど、築城ついきの航空祭での握手とサインの行列、影山さんの列がブルー史上最長だったって話ですよ?」
「そうなん? 行列記録ぎょうれつきろく最長保持者さいちょうほじしゃはうちの隊長やろ?」

 俺達の行列が終わろうとしていた時でも、いつも隊長の前にはかなりの長さの行列が残っていた。時間の都合で申し訳ないと言いつつ、途中で打ち切ったこともあったぐらいだ。あの行列を見るたびに、ブルーの隊長が腱鞘炎けんしょうえんにでもなったらどないすんねんと心配になる。

 今日の行列はどうやろうな。しかも二日連続や、隊長の手がどうにかならへんか心配やで。

「そうかなあ」
「なんやねん。俺と隊長の間に、波風をたてるつもりなんかいな」
「そんなことないですよ。俺が言いたいのは、築城での影さん人気はすごいってことです」
「ま、お互いに古巣に帰ると、大変やっちゅーことやな」
「そういうことです」

 そこでなにやらゴロゴロと、不穏な音が部屋の外から聞こえてきた。その音はどんどん近づいてくる。そしてドアが開いて、ゴロゴロの音が部屋に大きく響き渡った。

「なんやなんや?」

 入ってきたのは、大きな段ボール箱を台車に乗せた青井あおいと整備班の連中だ。

「班長、どうしたん、それ」
「差し入れだよ」

 そう説明する青井の顔は、なんともいえない表情をしている。

「そんなでっかい箱に?」
「ここに持ってきたのは一箱だけだよ。重すぎて二箱も運べなかったんだ」

 つまり差し入れは、大きな箱が二つということらしい。

「それで? どんな差し入れなん?」

 青井は〝勝手に見ろ〟とばかりに段ボール箱をあけた。そこに入っていたのはオレンジ色の球体だった。

「……どないしたん、これ」
「だから差し入れなんだよ。地元の果物を味わってくれって。冬はこたつにみかんが定番だろ? だからみかんの代わりにタンカンだそうだ。来年度は、島バナナが旬の五月から十月までの間に来てほしいって言われた」
「はー……」

 全員で箱を取り囲む。

「タンカンて鹿児島かごしま県産ばかりやと思うてたで」
「流通しているほとんどは鹿児島県産らしいんですけど、沖縄おきなわでも栽培されているんですよ」

 葛城が手をのばして手に取った。

「これには、妻が妊娠中にずいぶんとお世話になりました。夜中に買いに走らされたこともあったかな。売られている季節で助かりましたよ」
「オール君一家がお世話になった果物っちゅうことか」
「そういうことですね。甘くておいしいですよ」
「へえ……」

 それぞれが一個ずつ手に取る。みかんより皮は厚そうだ。俺の横で葛城がさっさと皮をむきはじめる。

「意外とあっさりとむけるんやな」
「そうなんです」
「てか、いま食うんかいな」

 口に放り込んでいる葛城をみて思わず笑う。

「え、見たら食べたくなったので。でも、飛ぶ前におにぎりを食べる影山さんに、言われたくないですよ。ほら、大きさだって同じぐらいです」
「いや、おにぎりのほうが小さいやろー……」
「そんなことないでしょ」

 その場でしばらく俺達のやり取りを聞いていた青井が、咳払いをして全員の注意をひく。

「で、だ。昨日も話したと思うけど、ハークにはもう荷物を載せる余裕はない。なので、これは今日と明日で消費するように」

 その宣言に、その場にいた全員があんぐりと口をあけたまま固まった。

「また無茶なこと言うわ。これ、何個ある思うてんねん……」
「この一箱だけじゃないって言ったろ? 残りのもう一箱は整備班のほうで消費する。つまり、これはお前達ライダーの消費ノルマだ。残すなんて失礼なことはできないからな、なんとしてでも食べろよ?」
「ええええ……」

 この日のブルーのメンバーは、なんとなく柑橘系かんきつけいの香りを漂わせていたとかいないとか。

 ま、甘くておいしかったからええんやけどな……ちょっとお腹がタプタプして、色々と危なかったで?
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