シャウトの仕方ない日常

鏡野ゆう

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本編 2

第二十三話 影さんの憂鬱

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「あかんであかんで、ほんまあかんで、今日はぜったい調子狂って、隊長のおしかり間違いなしや、あーかーんーでー……」

 今日は朝からなんとも調子の出ない日だ。憂鬱ゆううつな気分のまま、コックピットに落ち着くと離陸の準備を始める。今日の俺の気分は、頭上に広がる灰色の雲と同じだ。とにかく気分が晴れない。

「なんで天気が崩れへんのや、あかんやん、秋雨あきさめ前線はどこ行ったんや」
「うわー、俺、初めて影山かげやま三佐の愚痴りを、至近距離で聴いてる!!」

 そんな俺の後ろで、嬉しそうな声があがった。その呑気な声のぬしに、溜め息をつきながら声をかける。

「気にするんはそこやないやろ? もうちょっと気を引き締めんとあかんで」
「わかっています。ですがそこ〝も〟気になります!」
「まったく困ったヤツやなあ君は」
「おほめにあずかり恐縮きょうしゅくです!」

 そのまったくめげていない言い草に、思わず笑った。とは言え、俺の気分が憂鬱ゆううつな原因はこいつだ。今日の後席は後藤田ごとうだではなく、新しく三番機の訓練に入った飛田とびただ。な? この苗字からして、俺に喧嘩うってるやろ? とにかく、朝から子犬のようにまとわりついてくるので、調子がくるってしかたがない。

「三佐の飛行はいつも下で見ていただけなので、今日は楽しみです!」
「楽しみなんかい」
「はい、楽しみです!」

 ブルーのパイロットは、自分のポジションだけでなく、他の機体の後ろに乗って飛ぶことがある。資格保持のための飛行時間を稼ぐ意味もあるが、それだけじゃない。自分以外のライダーが、どういう動きをしているのか、チーム全体がどういう飛行をしているのか、それを頭に入れるために必要なことだった。

「なんや調子狂うわー……あ、しもた、おにぎり食うてへん、ますますあかんわー」
「そんなこと言わずに、今日もいつもの調子で頼みますよ、三佐」

 飛田のハーネスの確認をしていた神森かみもりが、こっちに手をのばしてきて肩に手をのせる。そうしないと、俺が飛び出していくとでも思っているようだ。いや、いま一瞬だけ本気で、嫁ちゃんのおにぎりを取りに行こうかと考えたんやけどな。

「そんなこと言われてもな。あー、わいのおにぎり、戻ってくるまで無事やろうか。誰かに食べられたりしたら、どないしたらええねん」
「三佐のおにぎりをつまみ食いするようなやからは、うちの基地には存在しないと思いますけどね」
「おにぎり食べてへんし、天気はあんなんやし。ブルーやわぁ……」

 そう言いながら指を空にあげる。いつもならそろそろ晴れてきそうなものなのに、今日は相変わらずのドドメ色のままだ。ま、俺としては、このまま雨になってくれてもいいんだが。

「基地上空はこんな感じですが、あっちの空域は雲がないみたいなので問題ないですよ」
「ほんまかいな。あかんやん、あっちこそくもってもらわな~。なんであっちが晴れよんねん、あかんや~ん」

 今日の訓練飛行がおこなわれる場所は、基地上空ではなく少し離れた海上にあるブルー専用の訓練空域、チビスケがいうところの〝外〟だ。

「やっぱり三佐は晴れ男なんですね。しかも、局地的に効果があるとか素晴らしいです。もしかして、機体の中に影坊主かげぼうずが仕込んであるとか?」

 飛田はそう言いながら、足元をのぞきこんでいる。

「んなもんあるかいな」
「なら、サインをどこかに書いてあるとか?」
「俺のサインはお札かわりちゃうで」
「じゃあ、小さな影坊主かげぼうずがどこかに?」
「んなわけないやろ」

 飛田の言葉に神森が笑う。笑いごとやないでほんま。

「まったく、班長のせいですっかりアイテム化しとるやん、影坊主かげぼうず
「本当に効果がありますからね、あれ。浜松はままつにも一足先に送られたそうですよ、2ダースほど。あちらの協力会で配布するらしいです」
「なんでやねん……」

 そう言えば青井あおいに手伝えと言われて、サインを何枚も書かされたな。もしかしてあれも影坊主かげぼうず関係だったんだろうか。

「そのうち、どこぞで商品化されるんちゃうか?」
「さあどうでしょうね。偽物だと快晴の絶対効果はなさそうですし」
「偽物の基準てなんやねん……」
「そりゃ、青井班長の手作りかどうかじゃないですかね」

 隊長が合図を出したので、そこでお喋りはおしまい。神森は、飛田にグッドラックと言って機体から離れた。そして全機でプリタクが開始され、訓練に飛び立つ準備を開始する。今日も六機すべてが好調だ。問題なくプリタクは完了。隊長を先頭に滑走路に出て、いよいよ訓練開始だ。

「今日はいい思い出になりそうですよ」

 一番機から四番機までが順番に飛び立っていくのを見送りながら、飛田が後ろで落ち着かなげにモゾモゾ動く。本人は呑気な口調で喜んでいるが、それでも初めての五番機後席。それなりに緊張しているらしい。

「飛んでる時はちゃんと集中せえよ?」
「はい!」
「はー飛びたないでほんま。なんであっちは晴れてるんや」
「でたーーー、飛びたない!」

 とたんに嬉しそうな声があがった。

「こりゃあかん……オール君や、そろそろ行くで」
『了解です、シャウト』

 なぜか葛城かつらぎの返事には、笑いがまじっている。そして後ろからは〝本当にシャウトなんだ〟というつぶやきが聞こえてきた。そしてその呟きが聞こえたのか、葛城が変な咳をした。ほんまに笑いごとやないんやで、オール君や。

「さあて、今日も無事に訓練が終わりますように! 俺がムカついて、飛田をコックピットから放り出さんですみますように!」

 そう言いながらかしわ手を打つ。

「覚悟はええか、トビー君や」
「いつでもどうぞ!」
「ほな行くで。ブレーキリリース、ナウ! 05、ローアングルキューバン、レッツゴー!」


+++++


「お疲れさまです」
「ほんまやで」
「今日は、三佐の声にまじって飛田の声が聞こえていたので、妙な気分でしたよ」

 訓練が終わって地上に降りてから、葛城が笑いながらこっちにやってきた。

「青井班長の時みたいににぎやかで、面白かったです」
「笑いごとやあらへんで。ほんま今日はあぶなかったわー……」
「そうなんですか? 三佐は、すごく楽しんで飛んでいたように見えましたけど」
「そんなことあるかいな」

「影山」

 ほら、来た。一番機を降りた隊長が、真っ直ぐこちらにやってくる。絶対に隊長殿のおしかりだ。ブリーフィングまで待てないぐらい、ひどいありさまだったらしい。

「ほらほら来たで隊長が。絶対におしかりや」
「そんなことないと思いますけどね。見た感じ、隊長の御機嫌はうるわしそうだし」
「うるわしそうて」

 隊長は俺達の前で立ち止まると、俺と葛城、そして飛田の顔を順番にみつめた。

「今日もいつも通り、完璧なデュアルソロでなによりだった。飛田、影山の後ろで飛んでみてどうだった」
「はい、素晴らしいリードソロでした。自分も、ああいう飛行を目指したいと思います!」
「そうか。今日は編隊飛行が中心だが、明日は基地上空で第一地区分を飛ぶ予定でいる。どうだ、影山の後ろでもう一度飛んでみるか?」
「はい! 是非ともお願いします!」

 まてまて。ということは、明日もこいつのピャーピャー喜んでいる声を聴きながら、飛ばなあかんのか?

「わかった。では影山、明日も飛田を乗せて飛べ」

 飛んでみるか?とか任せてかまわないか?ではなく飛べと直球だ。どうやら俺に拒否権はないらしい。

「後藤田をほったらかしでええんですか」
「明日は俺が、後藤田を後ろに乗せて飛ぶ。ではブリーフィングルームでまた。飛田、ちょっと話がある」
「はい!」

 そう言いながら、隊長は飛田をつれてその場を離れた。それと入れ替わるように、青井がハンガーから出てきてこっちにやってくる。

「飛田、明日もずーっとあんな感じなんやろうかな……」
「そうかもしれませんね」
「はー、まいるでほんま……」

 そりゃ俺の愚痴りもたいがいだとは思うが、そこに飛田のピャーピャーが加わるのだ。よくもまあ、うちの連中は、平気な顔して飛んでいるよなって話だ。

「影山ー、冷蔵庫の上に、おにぎりが置きっぱなしになってたぞ」

 俺達のところにやってきた青井は、そう言いながら俺におにぎりを差し出した。

「それやそれ。それ食べるの忘れて飛んだんや、もー、あかんかとおもうたで」
「あれだけ飛田にまとわりつかれたら、さすがの影山も食べてるヒマはないか」
「明日の朝一も飛田と一緒やねん。まーた食べ損ねそうで今から憂鬱ゆううつや……」

 青井から受け取ると、ラップをはがしておにぎりにかぶりつく。

「はー、これやこれ。やっぱり嫁ちゃんのおにぎりがないと、一日が始まらんで。食べんまま飛ぶなんてどうかしてたでほんま。明日は絶対に忘れへん。なにがなんでも食べてから飛ぶで。飛ばんでええんなら、もっとええんやけどな」

 青井が差し出したお茶を受け取って一口飲む。それを見ていた葛城が笑い出した。

「なんやねん」
「だって今のやり取り、まるで夫婦みたいで」
「まったく世話が焼けるよな、影山も。俺がここから離れたらどうするつもりなんだよ。大丈夫なのか?」

 葛城の指摘に、青井がやれやれと溜め息をつく。

「……え? なんなん急に」
「急にじゃなくて。俺のほうが先にここに来ていたんだから、離れるのも俺が先になるのは当然だろ?」
「そりゃそうやけど……どないしよ俺。班長がいてへんかったら、もう飛べへんかもしれん」
「そこでもやっぱり、飛びたくないに結びつけるのかよ……」

 青井が呆れながら言った。だが、なぜか葛城が真面目な顔をする。

「いえ、班長、今のはもっと深刻です。いま影山三佐は〝飛びたない〟ではなく〝飛べへん〟と言いました」
「え、ちょっと待った。まさか本気で飛ばないとかないよな? 影山は飛びたくないって言ってても、本当は飛びたいんだよな?」
「え? 俺は飛びたない男やで。だから、班長いなくなったら飛ばへんかもしれん」
「おーいー……」

 青井は眉毛をハの字にして、勘弁してくれよとつぶやいた。

「もしかしてもうそんな時期なん? そろそろ班長も卒業なんか?」
「まだだけど、そうなったらどうするんだよって話だろ?」
「あかんて。班長は俺がいる間はここにいてもらわんと」
「そんなこと言われても。上から言われたら行くしかないんだから」

 よほどの事情がない限り、ライダーもキーパーも三年から四年ほどでここから異動していく。青井は俺が来る前からここにいたから、そろそろそんな話が出るころなんだろう。

「班長の次の勤務地は、どこになる予定なんですか?」
「また浜松に戻ることになるんじゃないかな。まだなにも決まってないけどね」
「松つながりで、そのまま松島にいたらええやん」
「そういうわけにはいかないのは、影山だってわかってるだろ?」

 俺の言葉に困った顔をした。

影坊主かげぼうずはどないすんねん」
「それはちゃんと後任に引き継ぎするから問題ないよ。もちろん影山が卒業した後もね」
「……」
「なんだよ、どうしたんだよ」
「なんや、今週はもう飛びたないわ……」
「今週はって、今日はまだ月曜日の昼前じゃないか! いくらなんでも早すぎだろ!!」

 葛城がとうとうその場で声を出して笑い始める。

「そんなこと言ったら、俺なんてどうなるんですか。三佐達全員が卒業して、ここから離れるのを見送る立場なんですよ? こんなやり取りをしていた人達が全員いなくなったら、きっと寂しいだろうなあ」

 少しだけ悲しそうな顔をした。

「君はまだ若いからええねん。俺は年寄りやからな。寂しいのがこたえんねん」
「年寄りって、俺とそんなに変わらないでしょ」

 速攻で鋭い突っ込みが返ってきた。

「卒業のこと考えたら、なんや飛びたなくなってきたで」
「昼からのメトロ、班長と一緒に飛んだらどうですか? 少しはなぐさめになるかも」

 その提案に、青井はとんでもないという顔をした。

「急に変更すると提出する書類が増えて、大変なのは葛城だってわかってるだろ? これ以上、俺の仕事を増やすなよ」
「はー、飛びたない……飛びたないで、ほんま」
「……わかったよ、わかった! とにかくまずは、沖田おきたに確認してからだからな!」

 プリプリしながら行ってしまう班長を二人で見送る。

「影山さんは本当に飛びたくないんですか?」
「ほんまに飛びたないんやで。メトロで飛ばんと下にいたいわ」
「そうは見えませんけどねえ……」

 首をかしげている葛城とともに、俺達もハンガーへと戻った。
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