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本編 4
第四十五話 ラストショー 1
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「はー、いよいよ最後やなあ、ブルーとしての航空祭も」
そろそろサイン会の時間なので、それまで使っていた控室から出る。
「今日は影山さんの前、たくさんのファンが並ぶんじゃないですか? 行列の長さ、新記録になったりして」
後から出てきた葛城が言った。
「なんでや」
「だって最後じゃないですか」
「せやかて、今日が最後て誰も知らんやん? 行列が一番長いんは、今回も隊長で間違いなしやで」
「でも時期的に、これが影山さん最後のブルー展示だって、察しているファンは多そうじゃないですか。ファンの情報網をなめたらダメですよ」
そう言いながら笑う。
「そーゆーもんなんかいなあ」
「そういうものなんですよ」
「ま、とにかく、にぎやかしいのもこれが最後や。ブルーから離れたら、あっという間に忘れられてまう思うわ」
「そんなことないと思いますけどねー」
「たーつやー!!」
いきなり、にぎやかな声が廊下に響き渡った。まだ建物の中にいるのに、すでににぎやかしいのは一体どういうことだ? しかも聞き覚えのある声だぞ?
「ん? 空耳か? いま、オカンの声がしたような気がしたんやけどな」
「俺も聞こえましたけど」
「ちょっと、なに無視してんの!」
そしてバシッと後頭部に衝撃がはしる。あわてて振り返ると、ブルーインパルス仕様のフライトジャケットを着たオカンが立っていた。そしてオカンの後ろには、同じジャケットを着たオトンがチンマリと立っている。
「おはようさん」
「ぼーっとしてたらあかんやん!」
オトンのボソボソ声は、オカンの声でかき消されてしまった。二人の存在に驚きつつも、この夫婦は相変わらずだなと、笑いがこみあげてくる。
「ちょ、二人ともなんでおるん」
「あんた、今日がブルーインパルス最後の航空祭ってゆーやないの!」
「達矢がブルーに行ってから、飛んでいるのを一度も見てへんやろ? 最後になるやろうから、記念に見に来ませんかって、司令さんが招待してくれたんや」
そう言われ、二人の後ろに広報の腕章をつけている人間がいることに気がついた。
「二人がわざわざここまで遠征してくるなんて、珍しすぎて雨ふるんちゃうん?」
「そんなアホなことあるかいな。オカーチャンもオトーチャンも、晴れ女と晴れ男やし!」
「朝に見た天気予報では、今日もカンカン照り間違いなしやったで」
そんな二人の言葉に、葛城が愉快そうな顔をする。
「影山さんの晴れ男って、遺伝だったんですか」
「そんな遺伝、聞いたことないで……」
オカンが葛城を見て、嬉しそうな顔をした。
「こちらが六番機さん? あんたと、なんとかソロを一緒に飛ぶ相棒さんなん?」
「せやで」
「お初にお目にかかります。影山三佐とデュアルソロをご一緒させていただいている、葛城と申します」
葛城が頭をさげる。
「いやあ、写真で見るよりイケメンさんやわー。うちの子と大違い!!」
遠慮のない言葉に、葛城は目を白黒させた。
「うちのオカン、めっちゃ面食いやしな。そのオカンにイケメンと言われたんや、自信もったらええで?」
「そうなんですか?」
「ま、最後の一言は、よけいやけどな」
「なにゆーてんの。こちらさんのほうが、あんたよりずっとイケメンさんやないの」
「なあ、おまえ。ほめるにしたかて、もうちょっとオブラートに包んで話したほうがええで。影山家の人間はアホや思われたら、えらいこっちゃや」
オトンが後ろからボソッと口をはさむ。だが、オカンがこれであらためるような性格でないことは、俺もオトンもよーく理解していた。
「オブラートに包んだら、イケメンぶりに感激している気持ちが伝わらへんやん」
「……せやから、もうちょっとやなあ」
「うちの愚息にはもったいない、素敵な殿方で感激しましたわ、とでもゆーたらええん?」
「なんや、変な意味にとられそうな言い方やな、それ」
とうとう葛城が声をあげて笑い出す。
「あかん。ほんまにアホな家族や思われたで」
「そんなことないですよ。仲が良いんだなって感心してるんです」
「自分とこのパパとママほどやないやろ」
「影山さん、うちの両親の素のところなんて、一度も見たことないでしょ?」
葛城は、こんなもんじゃないですよと小声でささやいた。
「まだブルーが飛ぶまでは時間あるけど、二人とも、それまではどないするん?」
「広報さんに基地内を案内してもらうねん。あんた、忙しいんやろ?」
「まあな。外、めっちゃ人が多いし、気ぃつけや?」
「大阪駅に比べたら、大したことあらへん」
ま、オカンのことや。きっとあの摩訶不思議なモーゼ現象が起きるから大丈夫だろう。
「今のうちに、サインをもらえたらうれしいんやけど。書いてる時間、ある?」
「大丈夫やで。どこに書いたらええん?」
ポケットからサインペンを出す。
「俺も書きますよ」
「おおきに。ほな、背中に書いてくれる? このジャンパー、司令さんに記念にもろうたんよ」
「そんな気ぃしてたわ。気ぃつけや? それ、喉から手が出るほどほしがってる人間もおるさかい」
「心配しんとき。そういうのが来たら、オカーチャンが追い返すさかい」
「勇ましいこっちゃやで」
笑いながら二人の後ろに立って、背中にそれぞれのサインを書く。
「ほなな。初めての航空祭、ゆっくり楽しんできて」
「またあとでな」
二人は、広報に案内されてその場から立ち去った。
「さて、ほなファンサービスに行こか」
「はい」
俺と葛城は、ブルーファンが待っている会場へと向かった。
+++++
いよいよ、俺にとってのブルー最後の展示飛行が始まる。だからと言って、特別な気分になるかといえば、そうでもなかった。気分は相変わらずだ。間違いなく飛びたくない。
「はー、相変わらず飛びたないで。サインのしすぎで腱鞘炎や」
「俺の予想、当たってたでしょ? まちがいなく行列の長さは新記録ですよ」
それぞれの機体へと向かいながら愚痴ると、ロープの向こう側にいる人達に手を振っていた葛城が笑った。
「なあ、トーダ君と変わったらあかん?」
「また、そんなこと言って。今日は最後のショーじゃないですか。トーダさんは後席です。それに、トーダさんが仮に前席になったとしても、影山さんは後席でけっきょく飛ぶことになるんじゃ?」
言われてみればそうだ。
「ほんまにせしょうやで。最後ぐらい、俺のワガママを聞き入れてくれても、ええんちゃうん?」
「最後だから飛ばなきゃいけないのに、なに言ってるんですか」
葛城がとんでもないという顔をする。
「せやかて。飛びたないもんは飛びたないねん。しかもや、今回は親がおるんやで。まあ、これだけ人がいたら、どこにおるかわからへんけど」
ロープの向こう側にはたくさんの人達がいる。あの中に両親がいるとは思えない。見物しているとすれば、おそらく司令が用意した特等席から双眼鏡で、だろう。
「ご両親がいることの、なにがいけないんですか」
「緊張するやん? 自分かて、オヤジさんが来た時、緊張するやろ?」
「飛んでいる時は父親の存在なんて、頭から消えてますよ」
「ほんまかいなー」
「それにですね。影山さんのところのご両親は、アクロについてダメ出しをしたりしないでしょ? うちの父親は、それをするんですからね? まったく比較にならないじゃないですか」
そう言えば、葛城一佐と航空祭で顔を合わせた時、予行が終わってから、葛城が呼び出されたことがあったなと思い出した。つまり、あれはオヤジさんからのダメ出しだったというわけだ。
「ダメ出しせんでも緊張するて。とにかくや、それがのうても飛びたないねんて。めっちゃ晴れてて笑うわ、あかんやん」
「晴れ人間の影山一家が勢ぞろいですからねえ」
「他人ごとや思うてるやろ、オール君や」
「快晴でアクロ日和、けっこうなことじゃないですか。これ以上、なにを望めと?」
「飛びたないねんて」
「おにぎり、食べたんですよね? だったら飛ばないと」
俺を五番機のキーパー達に押しつけると、葛城は「また後ほど」と言って、六番機のほうへと歩いていった。
「はー、まったく。最後まで、この飛びたくない気持ちを理解してもらえへんみたいやわ」
「ま、先輩の飛びたくないは、飛びたいと同じですからねえ」
坂崎が俺からヘルメットと耐Gスーツを受け取りながら笑う。
「は? 誰がそんなデタラメいうとんねん!」
「それが第11飛行隊の共通認識ですが、なにか?」
神森が、真面目な顔をして俺を見た。
「なんでやねん。わい、こんなに飛びたくないのに」
「はいはい。飛びたくないのにご苦労様です。サインしたら、さっさと点検を始めてくださいね。皆さん、カメラもって待ってますよ」
「なんや、最後になってめっちゃ扱いが雑になってへん? もう気分はトーダ君なんやろ?」
「んなわないですやん。レッツ点検っすよ! ほらほら、まずはコックピットから!」
「押すなて」
グイグイと押され、タラップをあがる。
「まったく。誰の影響なんやら」
「そりゃ先輩の影響に決まってますやーん」
「なんでやねん」
俺がぼやくと、坂崎がニヤニヤと笑った。
+++
「ああ、数字が真っ黒や!」
「そこの数字はいつも黒です!」
「大変や、機体のお腹の部分が真っ青やで!」
「そこは青いでしょ!」
「おおおお、エンジンノズルが二つに増えとるで!」
「T-4はもとから双発でしょ!」
「なあ、トーダ君や」
「誰がなんと言おうと俺は後席です」
+++
「まったくもう。葛城一尉、うちの影山さんを連れていってください」
点検を終えた葛城がやってくると、坂崎はそう言いながら、俺を葛城に押しつけた。
「なんやねん、わいは荷物かいな」
「こんなにぎやかな荷物なんて知りませんよ」
神森と坂崎は、そう言いながら帽子の上にあげていたサングラスをかける。不思議なもので、サングラスをかけたとたんに、ドルフィンキーパーの顔になった。飛びたくない俺の気持ちなんておかまいなしに、連中はすでにショーモードだ。
「はあ、やれやれや」
「はいはい、行きますよ。サングラス、忘れてませんか?」
「心配せんでも、ちゃんとあるで」
サングラスを葛城の顔の前で振ってみせた。
「今日も無事に展示ができますように!」
滑走路で待機しながら、かしわでを打ち、いつものようにつぶやいた。前方では、四機のブルーが離陸していく。いよいよ最後の展示飛行のスタートだ。
「ほないくで、オール君や」
『了解です、シャウト』
「ブレーキリリース、ナウやで」
『ブレーキリリース、ナウ』
五番機と六番機が滑走路を走り出した。五番機の少し後ろを滑走していた六番機が、白いラインをひきながら上昇を開始する。さて、いよいよだ。
「ほないくで。05、レッツゴー!!」
操縦桿を思いっ切り引くと、機体は青空に向けて一直線に飛び出した。
そろそろサイン会の時間なので、それまで使っていた控室から出る。
「今日は影山さんの前、たくさんのファンが並ぶんじゃないですか? 行列の長さ、新記録になったりして」
後から出てきた葛城が言った。
「なんでや」
「だって最後じゃないですか」
「せやかて、今日が最後て誰も知らんやん? 行列が一番長いんは、今回も隊長で間違いなしやで」
「でも時期的に、これが影山さん最後のブルー展示だって、察しているファンは多そうじゃないですか。ファンの情報網をなめたらダメですよ」
そう言いながら笑う。
「そーゆーもんなんかいなあ」
「そういうものなんですよ」
「ま、とにかく、にぎやかしいのもこれが最後や。ブルーから離れたら、あっという間に忘れられてまう思うわ」
「そんなことないと思いますけどねー」
「たーつやー!!」
いきなり、にぎやかな声が廊下に響き渡った。まだ建物の中にいるのに、すでににぎやかしいのは一体どういうことだ? しかも聞き覚えのある声だぞ?
「ん? 空耳か? いま、オカンの声がしたような気がしたんやけどな」
「俺も聞こえましたけど」
「ちょっと、なに無視してんの!」
そしてバシッと後頭部に衝撃がはしる。あわてて振り返ると、ブルーインパルス仕様のフライトジャケットを着たオカンが立っていた。そしてオカンの後ろには、同じジャケットを着たオトンがチンマリと立っている。
「おはようさん」
「ぼーっとしてたらあかんやん!」
オトンのボソボソ声は、オカンの声でかき消されてしまった。二人の存在に驚きつつも、この夫婦は相変わらずだなと、笑いがこみあげてくる。
「ちょ、二人ともなんでおるん」
「あんた、今日がブルーインパルス最後の航空祭ってゆーやないの!」
「達矢がブルーに行ってから、飛んでいるのを一度も見てへんやろ? 最後になるやろうから、記念に見に来ませんかって、司令さんが招待してくれたんや」
そう言われ、二人の後ろに広報の腕章をつけている人間がいることに気がついた。
「二人がわざわざここまで遠征してくるなんて、珍しすぎて雨ふるんちゃうん?」
「そんなアホなことあるかいな。オカーチャンもオトーチャンも、晴れ女と晴れ男やし!」
「朝に見た天気予報では、今日もカンカン照り間違いなしやったで」
そんな二人の言葉に、葛城が愉快そうな顔をする。
「影山さんの晴れ男って、遺伝だったんですか」
「そんな遺伝、聞いたことないで……」
オカンが葛城を見て、嬉しそうな顔をした。
「こちらが六番機さん? あんたと、なんとかソロを一緒に飛ぶ相棒さんなん?」
「せやで」
「お初にお目にかかります。影山三佐とデュアルソロをご一緒させていただいている、葛城と申します」
葛城が頭をさげる。
「いやあ、写真で見るよりイケメンさんやわー。うちの子と大違い!!」
遠慮のない言葉に、葛城は目を白黒させた。
「うちのオカン、めっちゃ面食いやしな。そのオカンにイケメンと言われたんや、自信もったらええで?」
「そうなんですか?」
「ま、最後の一言は、よけいやけどな」
「なにゆーてんの。こちらさんのほうが、あんたよりずっとイケメンさんやないの」
「なあ、おまえ。ほめるにしたかて、もうちょっとオブラートに包んで話したほうがええで。影山家の人間はアホや思われたら、えらいこっちゃや」
オトンが後ろからボソッと口をはさむ。だが、オカンがこれであらためるような性格でないことは、俺もオトンもよーく理解していた。
「オブラートに包んだら、イケメンぶりに感激している気持ちが伝わらへんやん」
「……せやから、もうちょっとやなあ」
「うちの愚息にはもったいない、素敵な殿方で感激しましたわ、とでもゆーたらええん?」
「なんや、変な意味にとられそうな言い方やな、それ」
とうとう葛城が声をあげて笑い出す。
「あかん。ほんまにアホな家族や思われたで」
「そんなことないですよ。仲が良いんだなって感心してるんです」
「自分とこのパパとママほどやないやろ」
「影山さん、うちの両親の素のところなんて、一度も見たことないでしょ?」
葛城は、こんなもんじゃないですよと小声でささやいた。
「まだブルーが飛ぶまでは時間あるけど、二人とも、それまではどないするん?」
「広報さんに基地内を案内してもらうねん。あんた、忙しいんやろ?」
「まあな。外、めっちゃ人が多いし、気ぃつけや?」
「大阪駅に比べたら、大したことあらへん」
ま、オカンのことや。きっとあの摩訶不思議なモーゼ現象が起きるから大丈夫だろう。
「今のうちに、サインをもらえたらうれしいんやけど。書いてる時間、ある?」
「大丈夫やで。どこに書いたらええん?」
ポケットからサインペンを出す。
「俺も書きますよ」
「おおきに。ほな、背中に書いてくれる? このジャンパー、司令さんに記念にもろうたんよ」
「そんな気ぃしてたわ。気ぃつけや? それ、喉から手が出るほどほしがってる人間もおるさかい」
「心配しんとき。そういうのが来たら、オカーチャンが追い返すさかい」
「勇ましいこっちゃやで」
笑いながら二人の後ろに立って、背中にそれぞれのサインを書く。
「ほなな。初めての航空祭、ゆっくり楽しんできて」
「またあとでな」
二人は、広報に案内されてその場から立ち去った。
「さて、ほなファンサービスに行こか」
「はい」
俺と葛城は、ブルーファンが待っている会場へと向かった。
+++++
いよいよ、俺にとってのブルー最後の展示飛行が始まる。だからと言って、特別な気分になるかといえば、そうでもなかった。気分は相変わらずだ。間違いなく飛びたくない。
「はー、相変わらず飛びたないで。サインのしすぎで腱鞘炎や」
「俺の予想、当たってたでしょ? まちがいなく行列の長さは新記録ですよ」
それぞれの機体へと向かいながら愚痴ると、ロープの向こう側にいる人達に手を振っていた葛城が笑った。
「なあ、トーダ君と変わったらあかん?」
「また、そんなこと言って。今日は最後のショーじゃないですか。トーダさんは後席です。それに、トーダさんが仮に前席になったとしても、影山さんは後席でけっきょく飛ぶことになるんじゃ?」
言われてみればそうだ。
「ほんまにせしょうやで。最後ぐらい、俺のワガママを聞き入れてくれても、ええんちゃうん?」
「最後だから飛ばなきゃいけないのに、なに言ってるんですか」
葛城がとんでもないという顔をする。
「せやかて。飛びたないもんは飛びたないねん。しかもや、今回は親がおるんやで。まあ、これだけ人がいたら、どこにおるかわからへんけど」
ロープの向こう側にはたくさんの人達がいる。あの中に両親がいるとは思えない。見物しているとすれば、おそらく司令が用意した特等席から双眼鏡で、だろう。
「ご両親がいることの、なにがいけないんですか」
「緊張するやん? 自分かて、オヤジさんが来た時、緊張するやろ?」
「飛んでいる時は父親の存在なんて、頭から消えてますよ」
「ほんまかいなー」
「それにですね。影山さんのところのご両親は、アクロについてダメ出しをしたりしないでしょ? うちの父親は、それをするんですからね? まったく比較にならないじゃないですか」
そう言えば、葛城一佐と航空祭で顔を合わせた時、予行が終わってから、葛城が呼び出されたことがあったなと思い出した。つまり、あれはオヤジさんからのダメ出しだったというわけだ。
「ダメ出しせんでも緊張するて。とにかくや、それがのうても飛びたないねんて。めっちゃ晴れてて笑うわ、あかんやん」
「晴れ人間の影山一家が勢ぞろいですからねえ」
「他人ごとや思うてるやろ、オール君や」
「快晴でアクロ日和、けっこうなことじゃないですか。これ以上、なにを望めと?」
「飛びたないねんて」
「おにぎり、食べたんですよね? だったら飛ばないと」
俺を五番機のキーパー達に押しつけると、葛城は「また後ほど」と言って、六番機のほうへと歩いていった。
「はー、まったく。最後まで、この飛びたくない気持ちを理解してもらえへんみたいやわ」
「ま、先輩の飛びたくないは、飛びたいと同じですからねえ」
坂崎が俺からヘルメットと耐Gスーツを受け取りながら笑う。
「は? 誰がそんなデタラメいうとんねん!」
「それが第11飛行隊の共通認識ですが、なにか?」
神森が、真面目な顔をして俺を見た。
「なんでやねん。わい、こんなに飛びたくないのに」
「はいはい。飛びたくないのにご苦労様です。サインしたら、さっさと点検を始めてくださいね。皆さん、カメラもって待ってますよ」
「なんや、最後になってめっちゃ扱いが雑になってへん? もう気分はトーダ君なんやろ?」
「んなわないですやん。レッツ点検っすよ! ほらほら、まずはコックピットから!」
「押すなて」
グイグイと押され、タラップをあがる。
「まったく。誰の影響なんやら」
「そりゃ先輩の影響に決まってますやーん」
「なんでやねん」
俺がぼやくと、坂崎がニヤニヤと笑った。
+++
「ああ、数字が真っ黒や!」
「そこの数字はいつも黒です!」
「大変や、機体のお腹の部分が真っ青やで!」
「そこは青いでしょ!」
「おおおお、エンジンノズルが二つに増えとるで!」
「T-4はもとから双発でしょ!」
「なあ、トーダ君や」
「誰がなんと言おうと俺は後席です」
+++
「まったくもう。葛城一尉、うちの影山さんを連れていってください」
点検を終えた葛城がやってくると、坂崎はそう言いながら、俺を葛城に押しつけた。
「なんやねん、わいは荷物かいな」
「こんなにぎやかな荷物なんて知りませんよ」
神森と坂崎は、そう言いながら帽子の上にあげていたサングラスをかける。不思議なもので、サングラスをかけたとたんに、ドルフィンキーパーの顔になった。飛びたくない俺の気持ちなんておかまいなしに、連中はすでにショーモードだ。
「はあ、やれやれや」
「はいはい、行きますよ。サングラス、忘れてませんか?」
「心配せんでも、ちゃんとあるで」
サングラスを葛城の顔の前で振ってみせた。
「今日も無事に展示ができますように!」
滑走路で待機しながら、かしわでを打ち、いつものようにつぶやいた。前方では、四機のブルーが離陸していく。いよいよ最後の展示飛行のスタートだ。
「ほないくで、オール君や」
『了解です、シャウト』
「ブレーキリリース、ナウやで」
『ブレーキリリース、ナウ』
五番機と六番機が滑走路を走り出した。五番機の少し後ろを滑走していた六番機が、白いラインをひきながら上昇を開始する。さて、いよいよだ。
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