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本編 4
第四十四話 築城、再び
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「ほんま。まさかまた、ブルーでここに来ることになるとはなあ……」
海の向こうに陸地が見えてきた。俺達が目指しているのは九州、築城基地だ。
『ブルー後もここでしょ?』
予備機を飛ばしている後藤田が笑った。
「せやねん。まだ飛ばなあかんねんて。もー、ええやんなあ? 十分に飛んだと思わへん?」
『それは、上が判断することでしょ』
さらに六番機で後ろを飛んでいる葛城が笑う。
「はー、やっぱり飛ばなあかんのん? なあ、自分のパパに頼めへん? 飛ばんでええ部署、紹介してえな」
『うちの父親は、人事とはまったく関係ない部署ですよ』
「それでも偉いんや、人事に対しての発言権ぐらい、あるやろ?」
『人事での発言権は、まったくないです』
葛城はキッパリと言った。
「ほんまかいなー、あかんやーん」
『申し訳ありませんねえ』
どう考えても、まったく申し訳なく思っていない口調だ。
『まあ良いじゃないですか。俺達パイロットは、飛んでいられる時期が短いんですから』
「だから、飛びたないねんて」
『またまた、ご冗談を』
後藤田はそう言って笑うが、こっちは限りなく本気なんやけどな。
「さーて、そろそろ着陸やな。あー、もしもし、こちらブルー05。管制塔、そろそろ到着やねんけど、着陸してもええかいな?」
先発して、すでに着陸している隊長達と同じコースをとるために、旋回しながらいつものように管制塔に呼びかけた。
『こちら管制塔。ただいまブルー04が、トラブルのために滑走路で立ち往生中で、滑走路は封鎖されています。牽引の準備をしていますので、しばらく上空で待機をお願いします』
「ブルー05、了解や。04は大丈夫なん?」
『ギアが動かなくなったようです。すぐにどけますので、待機よろしく』
管制官の話し方からして、そこまで深刻な状況ではないようだ。ま、四番機のライダーと隊長は、いきなりのハプニングに怒髪天だろうが。
「慌てず騒がず牽引よろしゅうや。こっちの燃料はまだ余裕があるさかい、心配あらへん。急がんでええで」
『ありがとうございます。着陸はランウェイ07からを予定しています。旋回コースは例のごとくでお願いします』
「了解。……てなわけで、オール君とトーダ君や、しばらく上空待機でお散歩や」
後ろの二人にそう伝えた。
『了解しました』
『了解。後ろにつくので、待機コースをとってください』
編隊飛行を解除して、三機で縦列隊形をとった。そして旋回しながら、ふと思いついたことを口にする。
「なあ、たまには誰か先頭にならへん?」
『え、俺はダメですよ、まだ資格とってません』
葛城から返事が返ってくる。ああ、そうだった。
「ほな、トーダ君はどや?」
『自分はここ、実は初めてなんですがね。例のごとくのコースってなんですか?』
「あかんかー。ほな、今から例のごとくコースを飛ぶから、ちゃんと覚えるんやで?」
『そもそも、例のごとくコースってなんなんですか』
「言葉の通りなんやけどな」
「例のごとく」とは、築城の飛行隊にいた時から飛んでいた、着陸待機中に飛ぶコースのことだった。
「本当やったら、ちゃんと説明せなあかんのやけどな。ま、言われたのが俺やし、かまへんやろ。知らんけど」
そして当時のことを思い出す。旋回しながら待機している間、よく基地周辺でカメラをかまえているマニアさん達に、サービスショットを提供していたっけな。
―― 今でもマニアさん達はおるんかな。今日は平日やし、さすがに無理か ――
『あ、三佐、下を見ましたか? 横断幕が出てましたよ?』
葛城の声がした。慌てて下を見たものの、飛んでいるスピードを考えたら、葛城が見つけたものを先頭の俺が見られるわけがない。
「いきなりゆーたかてやな、通りすぎてもうたやん。誰あてなん?」
『もちろん、影山三佐あてです』
「もっぺんトライするわ」
『今の位置、覚えておいてくださいよ』
「わかってるって。ほな、もう一周するで~」
ぐるりと基地上空を旋回する。そして葛城が声をかけたポイント近くで機体をひねり、下を見た。ここはちょうど土手があり、マニアさん達の撮影ポイントになっている場所だ。たくさんの人がいるのが見える。そして大きな文字が見えた。
【 おかえりなさい、影さん! 早くパンサーとして戻ってきてね!! 】
その文字を読んで、思わず笑ってしまった。しかもパンサーと影坊主のイラストまでついている。なんとも芸が細かいことや。
「なんや、下でも飛ばなあかんゆーてるで」
『影山さん、愛されてますねー』
「これ、愛されてるん? わい、飛びたないねんで?」
『皆さん、お見通しなんですよ、影山さんの本心』
「せやから飛びたないんやて。ほんま、飛びたないねんで。みんな、ちゃんと聞いてる?」
もう一度周回し、今度は翼をふりながら彼等の上空を通過した。どうせ無線を持っているマニアさんもいるだろうから、今の俺の言葉も下に伝わっているはずだ。
「ま、あんなふうに横断幕まで用意されたら、なにがなんでも戻ってこなあかん気にはなるわなあ……」
そんなことを呟きながら、機体の態勢を戻しコースに戻った。
『こちら管制塔。ブルー05、よろしいですか?』
「ブルー05、聞こえてるで」
『滑走路の封鎖は解除されました。05、06、07は、ランウェイ07からの着陸を順次どうぞ』
「了解や」
六番機と予備機を引き連れ、着陸コースに入ると、そのまま滑走路におりた。先発の四機は、いつもの場所にきちんと並んでいる。キーパー達の様子を見ても、特に足元を点検しているようには見えない。ギアの不調となれば、最悪、予備機と交替しなければならない事態なんだが、問題なかったんだろうか。
「四番機、なんともないんか?」
キーパーの誘導に従い、四番機の横に機体をとめる。呑気に笑っているところを見ると、大したことではなかったらしい。
エンジンがとまり、静かになったところでキャノピーをあげた。
「お疲れさまです」
坂崎が、タラップを持って近寄ってくる。
「なあ、四番機、なんともないんか?」
「は?」
「はって。滑走路で立ち往生してたんやろ?」
「誰がですか?」
タラップのフックを機体に引っ掛けながら、坂崎は首をかしげた。
「誰がって、四番機や」
「なんでですか?」
「なんでって、ギアがどうのこうので立ち往生してるから、しばらく上空で回っとれって、俺ら言われたんやで」
「え? 俺、先発が到着するの見てましたけど、四機とも問題なく着陸して、問題なくここまでタキシングしてましたよ。立ち往生なんて、どの機体もしてませんよ」
冗談を言っているようには見えない。
「え……どういうことなん?」
「それこそ、どういうことですか?」
五番機からおりた。そして同じように機体から降りてきた、葛城達と後藤田達に声をかける。
「なあ、葛城君や。四番機が滑走路で立ち往生してるって、管制から連絡きたよな?」
「ええ、来てました」
「後藤田も聞いてるよな?」
「ええ」
二人、正確には六番機と予備機の後席に座っていた二人も加えた五人だが、あの場で飛んでいた全員が、管制からの通信を聞いていた。ということは、俺の幻聴ではないってことだ。
「ただ」
後藤田が口をひらいた。
「なんやねん」
「俺は目はかなり良いほうなんで、あの時点で滑走路は見えていたんですがね。立ち往生している機体なんて、滑走路には見えませんでしたけど」
「……なんやて」
その場にいた全員が、困惑した顔になった。
「ただまあ、管制塔がそう言いましたし、ここは指示に従うべきと思って、何も言いませんでしたけど」
「ちょ、それ、なんや怖ない?」
「どう思う、葛城?」
後藤田は葛城に問いかけた。
「まあ、管制塔の指示は絶対ですから。真相は謎ですけど……あ」
そこで葛城はなにか思いついたような顔をする。
「なんや? なんか心当たりがあるんか?」
「いえ。これは俺の考えすぎかも……」
「管制官には、目に見えない幽霊飛行機が見えていたとか?」
「やめーや、怖いやんけ!!」
俺が怒ると、後藤田がイヒヒと笑った。だが葛城は、まったく違う可能性を思いついた様子だ。
「いえ、幽霊とかそういうのじゃなくて。横断幕ですよ」
「横断幕?」
「さっき、例のごとくコースで見かけたアレです」
「アレがどないしたん」
「ですから、あれを影山三佐に見せるために、管制塔が一芝居打ったとか」
「まあたしかに、あそこであの横断幕を影山さんに見てもらおうとしたら、そうするしかないだろうな。例のごとくコースのことは、地元の人なら知ってるだろうし」
葛城の意見に、後藤田もなるほどとうなづく。だが俺は、納得しつつも別のことが引っかかった。
「……なあそれ、規則的に問題にならへん?」
「さあ、どうなんでしょう。ただ、その可能性はまったく無いとは言えないので、ここは四番機が立ち往生したことにしておくのが無難かと」
そう言いながら、葛城は坂崎に視線を向ける。
「……あ、えーと、はい、立ち往生していたみたいです、たぶん四番機が?」
空気を読んだ坂崎がうなづいた。
「と、いうことで解決ですね」
葛城がニッコリと笑う。
「なんや別の意味で怖いで、オール君」
「なんのことでしょうか? あの横断幕、読めて良かったじゃないですか。あれだけ大きいんです。用意するのも大変だったと思いますよ」
「せやな。ああやって待っててくれる人がおってくれるっちゅーのは、ほんま、ありがたいことやで。飛びたないけど」
俺が最後にそう言うと、その場にいた全員が声をあげて笑った。そこへ青井がやってきた。
「おいおい、なにしてるんだ。早く集合しろよ。沖田が待ってるぞ」
「かんにんやで、班長。ちょっと後発隊のデブリーフィングをしてたんや」
「そうなのか? まあ、それならかまわないけど。ああ、それと、ちゃんと見てきたか?」
青井の質問にイヤな予感がする。
「なにを?」
「なにをって、地元の人達が用意してくれてた横断幕だよ。せっかく四番機を立ち往生したことにして、そっちの飛行コースを変更させたんだ。ちゃんと見てなかったら……って、なんで皆、そんな顔してるんだよ」
俺達の顔を見て怪訝な顔をした。
「あかん、あかんで班長」
「あー、これはいけませんね、大変なことに」
「な、なんだよ、なんてそんな顔するんだよ。あの横断幕、俺も描かせてもらったんだからな。影坊主、ちゃんとチェックしたか?」
ま、班長らしいっちゃ、らしいんやけどな……。
海の向こうに陸地が見えてきた。俺達が目指しているのは九州、築城基地だ。
『ブルー後もここでしょ?』
予備機を飛ばしている後藤田が笑った。
「せやねん。まだ飛ばなあかんねんて。もー、ええやんなあ? 十分に飛んだと思わへん?」
『それは、上が判断することでしょ』
さらに六番機で後ろを飛んでいる葛城が笑う。
「はー、やっぱり飛ばなあかんのん? なあ、自分のパパに頼めへん? 飛ばんでええ部署、紹介してえな」
『うちの父親は、人事とはまったく関係ない部署ですよ』
「それでも偉いんや、人事に対しての発言権ぐらい、あるやろ?」
『人事での発言権は、まったくないです』
葛城はキッパリと言った。
「ほんまかいなー、あかんやーん」
『申し訳ありませんねえ』
どう考えても、まったく申し訳なく思っていない口調だ。
『まあ良いじゃないですか。俺達パイロットは、飛んでいられる時期が短いんですから』
「だから、飛びたないねんて」
『またまた、ご冗談を』
後藤田はそう言って笑うが、こっちは限りなく本気なんやけどな。
「さーて、そろそろ着陸やな。あー、もしもし、こちらブルー05。管制塔、そろそろ到着やねんけど、着陸してもええかいな?」
先発して、すでに着陸している隊長達と同じコースをとるために、旋回しながらいつものように管制塔に呼びかけた。
『こちら管制塔。ただいまブルー04が、トラブルのために滑走路で立ち往生中で、滑走路は封鎖されています。牽引の準備をしていますので、しばらく上空で待機をお願いします』
「ブルー05、了解や。04は大丈夫なん?」
『ギアが動かなくなったようです。すぐにどけますので、待機よろしく』
管制官の話し方からして、そこまで深刻な状況ではないようだ。ま、四番機のライダーと隊長は、いきなりのハプニングに怒髪天だろうが。
「慌てず騒がず牽引よろしゅうや。こっちの燃料はまだ余裕があるさかい、心配あらへん。急がんでええで」
『ありがとうございます。着陸はランウェイ07からを予定しています。旋回コースは例のごとくでお願いします』
「了解。……てなわけで、オール君とトーダ君や、しばらく上空待機でお散歩や」
後ろの二人にそう伝えた。
『了解しました』
『了解。後ろにつくので、待機コースをとってください』
編隊飛行を解除して、三機で縦列隊形をとった。そして旋回しながら、ふと思いついたことを口にする。
「なあ、たまには誰か先頭にならへん?」
『え、俺はダメですよ、まだ資格とってません』
葛城から返事が返ってくる。ああ、そうだった。
「ほな、トーダ君はどや?」
『自分はここ、実は初めてなんですがね。例のごとくのコースってなんですか?』
「あかんかー。ほな、今から例のごとくコースを飛ぶから、ちゃんと覚えるんやで?」
『そもそも、例のごとくコースってなんなんですか』
「言葉の通りなんやけどな」
「例のごとく」とは、築城の飛行隊にいた時から飛んでいた、着陸待機中に飛ぶコースのことだった。
「本当やったら、ちゃんと説明せなあかんのやけどな。ま、言われたのが俺やし、かまへんやろ。知らんけど」
そして当時のことを思い出す。旋回しながら待機している間、よく基地周辺でカメラをかまえているマニアさん達に、サービスショットを提供していたっけな。
―― 今でもマニアさん達はおるんかな。今日は平日やし、さすがに無理か ――
『あ、三佐、下を見ましたか? 横断幕が出てましたよ?』
葛城の声がした。慌てて下を見たものの、飛んでいるスピードを考えたら、葛城が見つけたものを先頭の俺が見られるわけがない。
「いきなりゆーたかてやな、通りすぎてもうたやん。誰あてなん?」
『もちろん、影山三佐あてです』
「もっぺんトライするわ」
『今の位置、覚えておいてくださいよ』
「わかってるって。ほな、もう一周するで~」
ぐるりと基地上空を旋回する。そして葛城が声をかけたポイント近くで機体をひねり、下を見た。ここはちょうど土手があり、マニアさん達の撮影ポイントになっている場所だ。たくさんの人がいるのが見える。そして大きな文字が見えた。
【 おかえりなさい、影さん! 早くパンサーとして戻ってきてね!! 】
その文字を読んで、思わず笑ってしまった。しかもパンサーと影坊主のイラストまでついている。なんとも芸が細かいことや。
「なんや、下でも飛ばなあかんゆーてるで」
『影山さん、愛されてますねー』
「これ、愛されてるん? わい、飛びたないねんで?」
『皆さん、お見通しなんですよ、影山さんの本心』
「せやから飛びたないんやて。ほんま、飛びたないねんで。みんな、ちゃんと聞いてる?」
もう一度周回し、今度は翼をふりながら彼等の上空を通過した。どうせ無線を持っているマニアさんもいるだろうから、今の俺の言葉も下に伝わっているはずだ。
「ま、あんなふうに横断幕まで用意されたら、なにがなんでも戻ってこなあかん気にはなるわなあ……」
そんなことを呟きながら、機体の態勢を戻しコースに戻った。
『こちら管制塔。ブルー05、よろしいですか?』
「ブルー05、聞こえてるで」
『滑走路の封鎖は解除されました。05、06、07は、ランウェイ07からの着陸を順次どうぞ』
「了解や」
六番機と予備機を引き連れ、着陸コースに入ると、そのまま滑走路におりた。先発の四機は、いつもの場所にきちんと並んでいる。キーパー達の様子を見ても、特に足元を点検しているようには見えない。ギアの不調となれば、最悪、予備機と交替しなければならない事態なんだが、問題なかったんだろうか。
「四番機、なんともないんか?」
キーパーの誘導に従い、四番機の横に機体をとめる。呑気に笑っているところを見ると、大したことではなかったらしい。
エンジンがとまり、静かになったところでキャノピーをあげた。
「お疲れさまです」
坂崎が、タラップを持って近寄ってくる。
「なあ、四番機、なんともないんか?」
「は?」
「はって。滑走路で立ち往生してたんやろ?」
「誰がですか?」
タラップのフックを機体に引っ掛けながら、坂崎は首をかしげた。
「誰がって、四番機や」
「なんでですか?」
「なんでって、ギアがどうのこうので立ち往生してるから、しばらく上空で回っとれって、俺ら言われたんやで」
「え? 俺、先発が到着するの見てましたけど、四機とも問題なく着陸して、問題なくここまでタキシングしてましたよ。立ち往生なんて、どの機体もしてませんよ」
冗談を言っているようには見えない。
「え……どういうことなん?」
「それこそ、どういうことですか?」
五番機からおりた。そして同じように機体から降りてきた、葛城達と後藤田達に声をかける。
「なあ、葛城君や。四番機が滑走路で立ち往生してるって、管制から連絡きたよな?」
「ええ、来てました」
「後藤田も聞いてるよな?」
「ええ」
二人、正確には六番機と予備機の後席に座っていた二人も加えた五人だが、あの場で飛んでいた全員が、管制からの通信を聞いていた。ということは、俺の幻聴ではないってことだ。
「ただ」
後藤田が口をひらいた。
「なんやねん」
「俺は目はかなり良いほうなんで、あの時点で滑走路は見えていたんですがね。立ち往生している機体なんて、滑走路には見えませんでしたけど」
「……なんやて」
その場にいた全員が、困惑した顔になった。
「ただまあ、管制塔がそう言いましたし、ここは指示に従うべきと思って、何も言いませんでしたけど」
「ちょ、それ、なんや怖ない?」
「どう思う、葛城?」
後藤田は葛城に問いかけた。
「まあ、管制塔の指示は絶対ですから。真相は謎ですけど……あ」
そこで葛城はなにか思いついたような顔をする。
「なんや? なんか心当たりがあるんか?」
「いえ。これは俺の考えすぎかも……」
「管制官には、目に見えない幽霊飛行機が見えていたとか?」
「やめーや、怖いやんけ!!」
俺が怒ると、後藤田がイヒヒと笑った。だが葛城は、まったく違う可能性を思いついた様子だ。
「いえ、幽霊とかそういうのじゃなくて。横断幕ですよ」
「横断幕?」
「さっき、例のごとくコースで見かけたアレです」
「アレがどないしたん」
「ですから、あれを影山三佐に見せるために、管制塔が一芝居打ったとか」
「まあたしかに、あそこであの横断幕を影山さんに見てもらおうとしたら、そうするしかないだろうな。例のごとくコースのことは、地元の人なら知ってるだろうし」
葛城の意見に、後藤田もなるほどとうなづく。だが俺は、納得しつつも別のことが引っかかった。
「……なあそれ、規則的に問題にならへん?」
「さあ、どうなんでしょう。ただ、その可能性はまったく無いとは言えないので、ここは四番機が立ち往生したことにしておくのが無難かと」
そう言いながら、葛城は坂崎に視線を向ける。
「……あ、えーと、はい、立ち往生していたみたいです、たぶん四番機が?」
空気を読んだ坂崎がうなづいた。
「と、いうことで解決ですね」
葛城がニッコリと笑う。
「なんや別の意味で怖いで、オール君」
「なんのことでしょうか? あの横断幕、読めて良かったじゃないですか。あれだけ大きいんです。用意するのも大変だったと思いますよ」
「せやな。ああやって待っててくれる人がおってくれるっちゅーのは、ほんま、ありがたいことやで。飛びたないけど」
俺が最後にそう言うと、その場にいた全員が声をあげて笑った。そこへ青井がやってきた。
「おいおい、なにしてるんだ。早く集合しろよ。沖田が待ってるぞ」
「かんにんやで、班長。ちょっと後発隊のデブリーフィングをしてたんや」
「そうなのか? まあ、それならかまわないけど。ああ、それと、ちゃんと見てきたか?」
青井の質問にイヤな予感がする。
「なにを?」
「なにをって、地元の人達が用意してくれてた横断幕だよ。せっかく四番機を立ち往生したことにして、そっちの飛行コースを変更させたんだ。ちゃんと見てなかったら……って、なんで皆、そんな顔してるんだよ」
俺達の顔を見て怪訝な顔をした。
「あかん、あかんで班長」
「あー、これはいけませんね、大変なことに」
「な、なんだよ、なんてそんな顔するんだよ。あの横断幕、俺も描かせてもらったんだからな。影坊主、ちゃんとチェックしたか?」
ま、班長らしいっちゃ、らしいんやけどな……。
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