帝国海軍の猫大佐

鏡野ゆう

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第二部 航海その2

第三十話 洋上慰霊祭

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波多野はたのさん、昨日の続きを説明をしてくださいよ」

 次の日の朝、朝飯を食いに食堂に行くと、さっそく比良ひらにつかまった。昨晩の幽霊騒動だが、俺達以外にも遭遇した連中がいたようで、それぞれのテーブルで朝飯を食いながら、情報交換が行われている。そのほとんどは、人影のようなものがあらわれ急に消えたというもので、おそらく相波あいば大尉が人前に出てきたものから、そうそうに排除していたのだろう。

―― あ、排除って言いかたはあんまりなのかな。お帰りねがった? 送った? そんな感じか…… ――

「波多野さん、俺の言ってること、聞いてますか?」
「聞いてるって。でもそっちの勤務時間、俺とは逆で今は夜時間だろ? 寝なくて良いのか?」
「あの人のことをちゃんと聞かせてもらうまでは、気になって眠れないですよ。朝飯を食ったら寝ますから、話を聞かせてください。昨日、そう言ったじゃないですか」

 「あの人」とはもちろん、相波大尉のことだ。

「そんなところだけは覚えてるんだな。あんなに震えて怖がってたのに」

 比良がムッとした顔をした。

「人のこと言えないでしょ。波多野さんだって、めちゃくちゃブルブルしてたじゃないですか」
「俺は腰抜かしてなんかいなかったぞ」
「至近距離で遭遇したら、波多野さんだって、絶対に腰を抜かすに決まってます」
「……まあ、それは否定できない」

 反論できないところがくやしい。

「それより、俺はこのまま日勤に入るんだけどなあ……」
「がんばれ、波多野さん! 朝飯でエネルギー補給ですよ!」

 俺の愚痴りなんてまったくの無視で、早く話せとせかす比良。この様子だと、ちゃんと話すまで離れてくれそうにない。ため息をつきつつ、朝飯をカウンターで受け取り、そのまま席についた。

「それで? あの人の正体はなんなんです?」
「比良ー、朝飯ぐらい、ゆっくり食おうぜ」

 座ったとたん質問され、思わず笑ってしまう。

「時間がもったいないから、食べながら話してください」
「まったく。それより今日は船酔いの薬、飲んだのか?」
「そんなことは良いですから!」

 こりゃダメだと天井をあおいだ。

「猫神様のお世話係なんだよ、あの人」
「それは昨日の夜に聞きました。それって、呪われて世話係にされちゃったってことなんですか?」
「猫神が呪うわけないないだろ?」

 そう言いながら、本当のところはどうなんだろうと疑問に思った。一度、大佐本人に聞いてみるのも良いかもしれない。「バカ者め」と言われそうだが。

「相波大尉が乗っていた戦艦の猫神だったんだよ、うちの猫神様」
「けっこう移動が激しいんですね、神様も。護衛艦になってからも、渡り歩いているみたいだし」
「まあ、乗っていた戦艦が撃沈されたり除籍されちゃったら、いくら神様でもどうしようもないからなあ……」

 老朽化による除籍はともかく、魚雷を跳ね返すぐらい神様ならできそうだと思いがちだが、それは俺達の思い込みのようだ。

「で、たぶん撃沈された時に、どういうわけかお世話係に選ばれたんだと思う。別に呪われてるわけじゃないと思うぞ? 本人は楽しそうに猫神様の世話してるし、仲も良さそうだし」

 それに大尉も、自分が呪われているなんて一度も口にしたことはない。だから呪われているわけではないと思う。

「話、聞いたことあるんですか?」
「いやあ。自分が死んだときの話なんて、思い出したくないだろ?」
「じゃあどうして知ってるんですか? 猫神様が、あの人の乗っていた戦艦の神様だってこと」
「それがさ、不思議な偶然でさ。うちのひい爺さんが乗っていた戦艦だったんだよ、あの人が乗っていたふね。去年の夏休みに実家で見つけたんだ。そこに猫神様も写ってた」

 俺の説明に、比良は目を丸くした。

「すごい偶然ですね。じゃあ僕は、波多野さんのその御縁によって、あの人に助けてもらえたってことですね」
「ってことかな」

 ただ、大尉は普段から比良のことを気にかけていた。だからもしかしたら比良自身にも、俺達が知らないだけで、なにか縁があるのかもしれない。

「……あ」
「どうしたんですか?」
「いや。もしかしたら、前に乗っていた戦艦にも、船酔いがひどい乗組員がいたのかもなって。それで比良のことが心配になったとか」
「ひどいなあ、それ」

 比良が笑った。

―― いやいや、笑ってるけど比良。本当に心配されてるんだぞ、お前~~ ――

 幽霊に心配されていると知ったら凹みそうなので、今は黙っておくことにする。こいつが船酔いを克服することができたら、笑い話として話してやろうと決めた。

「でもさ比良。猫神より先に、お世話係の大尉が見えるようになるなんてな」

 俺がそう言うと、比良はアハハと力なく笑った。

「俺、幽霊を見たの初めてですよ。こういうことは、他の海域でもあるんでしょうかね。だってほら、太平洋戦争で沈没している戦艦は、たくさんあるわけですし。それと、良い幽霊さんもいるわけですよね? 前に出た戦艦みたいな」
「そこが不思議なんだよな。どういう法則でそれが決まるんだろうな」

 前に遭遇した二隻の戦艦。あの人達は今回の幽霊のような存在ではなく、どちらかと言えば、俺達を見守ってくれている存在だった。同じように戦死した人達が、見守る立場とそうでない立場にわかれたのは、一体なにが原因だったのだろう。

「ですよねー、なにが違うんでしょう。もし、次にお世話係の大尉さんに会ったら、質問してみてください」
「自分でしろよ~」
「え、いくら良い人でも、しばらくは幽霊は見たくないです」
「ひどいな、それ。助けてもらった恩人たぞ? 幽霊だけど」

 他の連中が話しているのを聞いている限り、俺達ほどヤバい状態になった連中はいないようだ。そう考えると、あの時、大尉が来てくれて本当に良かった。

「それでもです。もう、おなかいっぱいですよ」
「まだ朝飯、ぜんぜん食べてないじゃないか」
「朝飯のことじゃないです」

 比良はとりあえず今の話で満足したのか、朝飯を食い始める。

「猫神様もいて艦内神社をまつっていても、ああいうのは艦内に入ってくるもんなんですね」
「だよなあ。前の黒い球体もそうだけど、神様も万能じゃないってことなんだろうな」

 朝飯を食い終わると、俺達は神棚へと向かった。そしてその前で手を合わせる。艦内に入ってくることは防ぐことはできないまでも、あの程度ですんだのは、やはり相波大尉と大佐、そして神棚にまつられた神様のお蔭だと考えたからだ。

「次に大尉に会ったら、ちゃんとお礼を言えよな?」

 手を合わせながら、比良に言った。

「だから、しばらくはもう幽霊はかんべんですって」
「そんなことを言っていたら、次になにかあっても、守ってもらえないぞ?」
「次なんてもっとかんべんですよ!」

 艦橋に上がってきた副長によると、その日は、神棚の前にやってくる隊員がやけに多かったそうだ。その口ぶりから、副長は幽霊に遭遇しなかったらしい。なんともうらやましい限りだ。


+++++


 そしてミッドウェー海域に入ると、甲板で洋上慰霊祭がおこなわれた。勤務時間中で手のあいている乗員は、制服を着て甲板に集まる。幸いなことに天候もよく、かなりのスピードで航行していたが、揺れもほんどなかった。

「あれ? 比良、夜時間じゃなかったっけ?」

 整列していると、隣に比良が立ったので声をかけた。

「そうなんですけど、副長がお前も参加しろって。だから出てきたんです」
「あー、そのほうが良いかもな。ほら俺達って、あんな至近距離で幽霊に遭遇したわけだから」
「あの話、波多野さん以外には、誰にも話してないんですけどね」

 きっと艦長の判断だ。艦長や幹部達に猫大佐が見えていることは間違いない。だからきっと、昨晩のことは、大佐から聞いているはずだ。それもあるから、比良を洋上慰霊祭に参列させることにしたのだろう。

「話してもきっと、信じてもらえないですよね」
「そんなことないだろ。だって朝飯の時、皆その話をしてたじゃないか」
「だけど誰も、軍刀をもった軍人さんのことは誰も話していなかったでしょ? ってことは、あの人を見たのは俺達だけってことじゃないですか」

 そんなことをヒソヒソと話していると、式典を始める合図があった。今日の自衛艦旗は半旗になっている。式典用の銃剣とトランペットをもった隊員が、並んで立っている俺達の前に整列した。

「これより、この海域で戦死された方々への、慰霊祭を執り行う」

 副長の声と同時に、トランペットが礼式曲を演奏して、弔銃が発射される。そして全員が黙とうをささげた。その後、全員が敬礼をして見守る中、艦長が一礼をして御神酒を海に向けてまき、献花として花輪を投げ入れる。

―― この海域にいる霊達が、ちゃんと成仏できると良いんだけどな…… ――

 花輪が遠ざかっているのを見つめながら、そんなことを思った。

 ずっと前から、日本の護衛艦がこの海域を通るたびに、こうやって洋上慰霊祭をしていたはずなのだ。それでも昨晩のようなことが起きるということは、まだ多くの霊が、この海域で成仏できずにいるということだ。

 チラッと横を見ると、副長の少し後ろに相波大尉と猫大佐の姿が見えた。大尉の表情は、いつもと変わらず穏やかだ。そして大佐は……退屈そうで、あくびをして後ろ足で、首筋をかきむしっている。後ろ足でかくたびに、毛がモワッと飛び散るのが見えた。

―― まったく。神様のくせに気ままだよな。今回のことだって、大尉が活躍しているのは見たけど、大佐がなにかしているところなんて、ぜんぜん見てないぞ…… ――

 守り神というわりには、あまり役立っていないような気がするのは気のせいだろうか?

―― ま、大佐のことだし、成仏できないのも修行が足りないからだとか言いそうだけどな…… ――

 そして、幽霊達に太刀打ちできない俺達にも、同じことを言いそうだ。

 式典が終わり、その場にいた全員が解散となった。それぞれが元の部署へと戻っていく中、大尉と大佐は艦尾に立ち、遠ざかっていく海域を見つめていた。半旗を元の位置にあげなおしている先輩を手伝いながら、その様子をさりげなく観察する。

『昨夜も多かったな』
『戦死した者達の魂だけではありませんからね。気がよどんでいる場所には、ひかれてくる死者の魂もありますし』
『そやつらまでは面倒をみなくても良いからな。お前はお前の戦友達を送っやれば良い。関係ない者は放っておけ』

 素っ気ない大佐の言葉に、大尉は困ったように笑みを浮かべた。

『そうもいかないでしょう。ふねに入り込んでくるのは、彼等だけとは限りませんからね』
『そうでもないだろう。よそ者は吾輩わがはいが入れておらんからな』
『だったら昨晩みかけたアメリカ人の霊は、私の気のせいということにしておきましょう』

 大佐がフンと鼻を鳴らし、それを聞いた大尉が笑う。

『やれやれ。まだ先は長いな』
『ですから、この海域を通るたびに慰霊祭をしてもらえるのは助かります。これで慰められる者もいますからね』

 大尉は俺のほうに視線を向け、穏やかな笑みを浮かべる。

『復路では慰霊祭は行われませんが、できたらこの海域を通過する時は、彼等が一人でも多く、成仏できるように手を合わせてやってください。お願いします』

 先輩の手前、声に出して答えることはできなかったが、その言葉にうなづいた。
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