30 / 80
第二部 航海その2
第三十話 洋上慰霊祭
しおりを挟む
「波多野さん、昨日の続きを説明をしてくださいよ」
次の日の朝、朝飯を食いに食堂に行くと、さっそく比良につかまった。昨晩の幽霊騒動だが、俺達以外にも遭遇した連中がいたようで、それぞれのテーブルで朝飯を食いながら、情報交換が行われている。そのほとんどは、人影のようなものがあらわれ急に消えたというもので、おそらく相波大尉が人前に出てきたものから、そうそうに排除していたのだろう。
―― あ、排除って言いかたはあんまりなのかな。お帰りねがった? 送った? そんな感じか…… ――
「波多野さん、俺の言ってること、聞いてますか?」
「聞いてるって。でもそっちの勤務時間、俺とは逆で今は夜時間だろ? 寝なくて良いのか?」
「あの人のことをちゃんと聞かせてもらうまでは、気になって眠れないですよ。朝飯を食ったら寝ますから、話を聞かせてください。昨日、そう言ったじゃないですか」
「あの人」とはもちろん、相波大尉のことだ。
「そんなところだけは覚えてるんだな。あんなに震えて怖がってたのに」
比良がムッとした顔をした。
「人のこと言えないでしょ。波多野さんだって、めちゃくちゃブルブルしてたじゃないですか」
「俺は腰抜かしてなんかいなかったぞ」
「至近距離で遭遇したら、波多野さんだって、絶対に腰を抜かすに決まってます」
「……まあ、それは否定できない」
反論できないところがくやしい。
「それより、俺はこのまま日勤に入るんだけどなあ……」
「がんばれ、波多野さん! 朝飯でエネルギー補給ですよ!」
俺の愚痴りなんてまったくの無視で、早く話せとせかす比良。この様子だと、ちゃんと話すまで離れてくれそうにない。ため息をつきつつ、朝飯をカウンターで受け取り、そのまま席についた。
「それで? あの人の正体はなんなんです?」
「比良ー、朝飯ぐらい、ゆっくり食おうぜ」
座ったとたん質問され、思わず笑ってしまう。
「時間がもったいないから、食べながら話してください」
「まったく。それより今日は船酔いの薬、飲んだのか?」
「そんなことは良いですから!」
こりゃダメだと天井をあおいだ。
「猫神様のお世話係なんだよ、あの人」
「それは昨日の夜に聞きました。それって、呪われて世話係にされちゃったってことなんですか?」
「猫神が呪うわけないないだろ?」
そう言いながら、本当のところはどうなんだろうと疑問に思った。一度、大佐本人に聞いてみるのも良いかもしれない。「バカ者め」と言われそうだが。
「相波大尉が乗っていた戦艦の猫神だったんだよ、うちの猫神様」
「けっこう移動が激しいんですね、神様も。護衛艦になってからも、渡り歩いているみたいだし」
「まあ、乗っていた戦艦が撃沈されたり除籍されちゃったら、いくら神様でもどうしようもないからなあ……」
老朽化による除籍はともかく、魚雷を跳ね返すぐらい神様ならできそうだと思いがちだが、それは俺達の思い込みのようだ。
「で、たぶん撃沈された時に、どういうわけかお世話係に選ばれたんだと思う。別に呪われてるわけじゃないと思うぞ? 本人は楽しそうに猫神様の世話してるし、仲も良さそうだし」
それに大尉も、自分が呪われているなんて一度も口にしたことはない。だから呪われているわけではないと思う。
「話、聞いたことあるんですか?」
「いやあ。自分が死んだときの話なんて、思い出したくないだろ?」
「じゃあどうして知ってるんですか? 猫神様が、あの人の乗っていた戦艦の神様だってこと」
「それがさ、不思議な偶然でさ。うちのひい爺さんが乗っていた戦艦だったんだよ、あの人が乗っていた艦。去年の夏休みに実家で見つけたんだ。そこに猫神様も写ってた」
俺の説明に、比良は目を丸くした。
「すごい偶然ですね。じゃあ僕は、波多野さんのその御縁によって、あの人に助けてもらえたってことですね」
「ってことかな」
ただ、大尉は普段から比良のことを気にかけていた。だからもしかしたら比良自身にも、俺達が知らないだけで、なにか縁があるのかもしれない。
「……あ」
「どうしたんですか?」
「いや。もしかしたら、前に乗っていた戦艦にも、船酔いがひどい乗組員がいたのかもなって。それで比良のことが心配になったとか」
「ひどいなあ、それ」
比良が笑った。
―― いやいや、笑ってるけど比良。本当に心配されてるんだぞ、お前~~ ――
幽霊に心配されていると知ったら凹みそうなので、今は黙っておくことにする。こいつが船酔いを克服することができたら、笑い話として話してやろうと決めた。
「でもさ比良。猫神より先に、お世話係の大尉が見えるようになるなんてな」
俺がそう言うと、比良はアハハと力なく笑った。
「俺、幽霊を見たの初めてですよ。こういうことは、他の海域でもあるんでしょうかね。だってほら、太平洋戦争で沈没している戦艦は、たくさんあるわけですし。それと、良い幽霊さんもいるわけですよね? 前に出た戦艦みたいな」
「そこが不思議なんだよな。どういう法則でそれが決まるんだろうな」
前に遭遇した二隻の戦艦。あの人達は今回の幽霊のような存在ではなく、どちらかと言えば、俺達を見守ってくれている存在だった。同じように戦死した人達が、見守る立場とそうでない立場にわかれたのは、一体なにが原因だったのだろう。
「ですよねー、なにが違うんでしょう。もし、次にお世話係の大尉さんに会ったら、質問してみてください」
「自分でしろよ~」
「え、いくら良い人でも、しばらくは幽霊は見たくないです」
「ひどいな、それ。助けてもらった恩人たぞ? 幽霊だけど」
他の連中が話しているのを聞いている限り、俺達ほどヤバい状態になった連中はいないようだ。そう考えると、あの時、大尉が来てくれて本当に良かった。
「それでもです。もう、おなかいっぱいですよ」
「まだ朝飯、ぜんぜん食べてないじゃないか」
「朝飯のことじゃないです」
比良はとりあえず今の話で満足したのか、朝飯を食い始める。
「猫神様もいて艦内神社を祀っていても、ああいうのは艦内に入ってくるもんなんですね」
「だよなあ。前の黒い球体もそうだけど、神様も万能じゃないってことなんだろうな」
朝飯を食い終わると、俺達は神棚へと向かった。そしてその前で手を合わせる。艦内に入ってくることは防ぐことはできないまでも、あの程度ですんだのは、やはり相波大尉と大佐、そして神棚に祀られた神様のお蔭だと考えたからだ。
「次に大尉に会ったら、ちゃんとお礼を言えよな?」
手を合わせながら、比良に言った。
「だから、しばらくはもう幽霊はかんべんですって」
「そんなことを言っていたら、次になにかあっても、守ってもらえないぞ?」
「次なんてもっとかんべんですよ!」
艦橋に上がってきた副長によると、その日は、神棚の前にやってくる隊員がやけに多かったそうだ。その口ぶりから、副長は幽霊に遭遇しなかったらしい。なんともうらやましい限りだ。
+++++
そしてミッドウェー海域に入ると、甲板で洋上慰霊祭がおこなわれた。勤務時間中で手のあいている乗員は、制服を着て甲板に集まる。幸いなことに天候もよく、かなりのスピードで航行していたが、揺れもほんどなかった。
「あれ? 比良、夜時間じゃなかったっけ?」
整列していると、隣に比良が立ったので声をかけた。
「そうなんですけど、副長がお前も参加しろって。だから出てきたんです」
「あー、そのほうが良いかもな。ほら俺達って、あんな至近距離で幽霊に遭遇したわけだから」
「あの話、波多野さん以外には、誰にも話してないんですけどね」
きっと艦長の判断だ。艦長や幹部達に猫大佐が見えていることは間違いない。だからきっと、昨晩のことは、大佐から聞いているはずだ。それもあるから、比良を洋上慰霊祭に参列させることにしたのだろう。
「話してもきっと、信じてもらえないですよね」
「そんなことないだろ。だって朝飯の時、皆その話をしてたじゃないか」
「だけど誰も、軍刀をもった軍人さんのことは誰も話していなかったでしょ? ってことは、あの人を見たのは俺達だけってことじゃないですか」
そんなことをヒソヒソと話していると、式典を始める合図があった。今日の自衛艦旗は半旗になっている。式典用の銃剣とトランペットをもった隊員が、並んで立っている俺達の前に整列した。
「これより、この海域で戦死された方々への、慰霊祭を執り行う」
副長の声と同時に、トランペットが礼式曲を演奏して、弔銃が発射される。そして全員が黙とうをささげた。その後、全員が敬礼をして見守る中、艦長が一礼をして御神酒を海に向けてまき、献花として花輪を投げ入れる。
―― この海域にいる霊達が、ちゃんと成仏できると良いんだけどな…… ――
花輪が遠ざかっているのを見つめながら、そんなことを思った。
ずっと前から、日本の護衛艦がこの海域を通るたびに、こうやって洋上慰霊祭をしていたはずなのだ。それでも昨晩のようなことが起きるということは、まだ多くの霊が、この海域で成仏できずにいるということだ。
チラッと横を見ると、副長の少し後ろに相波大尉と猫大佐の姿が見えた。大尉の表情は、いつもと変わらず穏やかだ。そして大佐は……退屈そうで、あくびをして後ろ足で、首筋をかきむしっている。後ろ足でかくたびに、毛がモワッと飛び散るのが見えた。
―― まったく。神様のくせに気ままだよな。今回のことだって、大尉が活躍しているのは見たけど、大佐がなにかしているところなんて、ぜんぜん見てないぞ…… ――
守り神というわりには、あまり役立っていないような気がするのは気のせいだろうか?
―― ま、大佐のことだし、成仏できないのも修行が足りないからだとか言いそうだけどな…… ――
そして、幽霊達に太刀打ちできない俺達にも、同じことを言いそうだ。
式典が終わり、その場にいた全員が解散となった。それぞれが元の部署へと戻っていく中、大尉と大佐は艦尾に立ち、遠ざかっていく海域を見つめていた。半旗を元の位置にあげなおしている先輩を手伝いながら、その様子をさりげなく観察する。
『昨夜も多かったな』
『戦死した者達の魂だけではありませんからね。気が淀んでいる場所には、ひかれてくる死者の魂もありますし』
『そやつらまでは面倒をみなくても良いからな。お前はお前の戦友達を送っやれば良い。関係ない者は放っておけ』
素っ気ない大佐の言葉に、大尉は困ったように笑みを浮かべた。
『そうもいかないでしょう。艦に入り込んでくるのは、彼等だけとは限りませんからね』
『そうでもないだろう。よそ者は吾輩が入れておらんからな』
『だったら昨晩みかけたアメリカ人の霊は、私の気のせいということにしておきましょう』
大佐がフンと鼻を鳴らし、それを聞いた大尉が笑う。
『やれやれ。まだ先は長いな』
『ですから、この海域を通るたびに慰霊祭をしてもらえるのは助かります。これで慰められる者もいますからね』
大尉は俺のほうに視線を向け、穏やかな笑みを浮かべる。
『復路では慰霊祭は行われませんが、できたらこの海域を通過する時は、彼等が一人でも多く、成仏できるように手を合わせてやってください。お願いします』
先輩の手前、声に出して答えることはできなかったが、その言葉にうなづいた。
次の日の朝、朝飯を食いに食堂に行くと、さっそく比良につかまった。昨晩の幽霊騒動だが、俺達以外にも遭遇した連中がいたようで、それぞれのテーブルで朝飯を食いながら、情報交換が行われている。そのほとんどは、人影のようなものがあらわれ急に消えたというもので、おそらく相波大尉が人前に出てきたものから、そうそうに排除していたのだろう。
―― あ、排除って言いかたはあんまりなのかな。お帰りねがった? 送った? そんな感じか…… ――
「波多野さん、俺の言ってること、聞いてますか?」
「聞いてるって。でもそっちの勤務時間、俺とは逆で今は夜時間だろ? 寝なくて良いのか?」
「あの人のことをちゃんと聞かせてもらうまでは、気になって眠れないですよ。朝飯を食ったら寝ますから、話を聞かせてください。昨日、そう言ったじゃないですか」
「あの人」とはもちろん、相波大尉のことだ。
「そんなところだけは覚えてるんだな。あんなに震えて怖がってたのに」
比良がムッとした顔をした。
「人のこと言えないでしょ。波多野さんだって、めちゃくちゃブルブルしてたじゃないですか」
「俺は腰抜かしてなんかいなかったぞ」
「至近距離で遭遇したら、波多野さんだって、絶対に腰を抜かすに決まってます」
「……まあ、それは否定できない」
反論できないところがくやしい。
「それより、俺はこのまま日勤に入るんだけどなあ……」
「がんばれ、波多野さん! 朝飯でエネルギー補給ですよ!」
俺の愚痴りなんてまったくの無視で、早く話せとせかす比良。この様子だと、ちゃんと話すまで離れてくれそうにない。ため息をつきつつ、朝飯をカウンターで受け取り、そのまま席についた。
「それで? あの人の正体はなんなんです?」
「比良ー、朝飯ぐらい、ゆっくり食おうぜ」
座ったとたん質問され、思わず笑ってしまう。
「時間がもったいないから、食べながら話してください」
「まったく。それより今日は船酔いの薬、飲んだのか?」
「そんなことは良いですから!」
こりゃダメだと天井をあおいだ。
「猫神様のお世話係なんだよ、あの人」
「それは昨日の夜に聞きました。それって、呪われて世話係にされちゃったってことなんですか?」
「猫神が呪うわけないないだろ?」
そう言いながら、本当のところはどうなんだろうと疑問に思った。一度、大佐本人に聞いてみるのも良いかもしれない。「バカ者め」と言われそうだが。
「相波大尉が乗っていた戦艦の猫神だったんだよ、うちの猫神様」
「けっこう移動が激しいんですね、神様も。護衛艦になってからも、渡り歩いているみたいだし」
「まあ、乗っていた戦艦が撃沈されたり除籍されちゃったら、いくら神様でもどうしようもないからなあ……」
老朽化による除籍はともかく、魚雷を跳ね返すぐらい神様ならできそうだと思いがちだが、それは俺達の思い込みのようだ。
「で、たぶん撃沈された時に、どういうわけかお世話係に選ばれたんだと思う。別に呪われてるわけじゃないと思うぞ? 本人は楽しそうに猫神様の世話してるし、仲も良さそうだし」
それに大尉も、自分が呪われているなんて一度も口にしたことはない。だから呪われているわけではないと思う。
「話、聞いたことあるんですか?」
「いやあ。自分が死んだときの話なんて、思い出したくないだろ?」
「じゃあどうして知ってるんですか? 猫神様が、あの人の乗っていた戦艦の神様だってこと」
「それがさ、不思議な偶然でさ。うちのひい爺さんが乗っていた戦艦だったんだよ、あの人が乗っていた艦。去年の夏休みに実家で見つけたんだ。そこに猫神様も写ってた」
俺の説明に、比良は目を丸くした。
「すごい偶然ですね。じゃあ僕は、波多野さんのその御縁によって、あの人に助けてもらえたってことですね」
「ってことかな」
ただ、大尉は普段から比良のことを気にかけていた。だからもしかしたら比良自身にも、俺達が知らないだけで、なにか縁があるのかもしれない。
「……あ」
「どうしたんですか?」
「いや。もしかしたら、前に乗っていた戦艦にも、船酔いがひどい乗組員がいたのかもなって。それで比良のことが心配になったとか」
「ひどいなあ、それ」
比良が笑った。
―― いやいや、笑ってるけど比良。本当に心配されてるんだぞ、お前~~ ――
幽霊に心配されていると知ったら凹みそうなので、今は黙っておくことにする。こいつが船酔いを克服することができたら、笑い話として話してやろうと決めた。
「でもさ比良。猫神より先に、お世話係の大尉が見えるようになるなんてな」
俺がそう言うと、比良はアハハと力なく笑った。
「俺、幽霊を見たの初めてですよ。こういうことは、他の海域でもあるんでしょうかね。だってほら、太平洋戦争で沈没している戦艦は、たくさんあるわけですし。それと、良い幽霊さんもいるわけですよね? 前に出た戦艦みたいな」
「そこが不思議なんだよな。どういう法則でそれが決まるんだろうな」
前に遭遇した二隻の戦艦。あの人達は今回の幽霊のような存在ではなく、どちらかと言えば、俺達を見守ってくれている存在だった。同じように戦死した人達が、見守る立場とそうでない立場にわかれたのは、一体なにが原因だったのだろう。
「ですよねー、なにが違うんでしょう。もし、次にお世話係の大尉さんに会ったら、質問してみてください」
「自分でしろよ~」
「え、いくら良い人でも、しばらくは幽霊は見たくないです」
「ひどいな、それ。助けてもらった恩人たぞ? 幽霊だけど」
他の連中が話しているのを聞いている限り、俺達ほどヤバい状態になった連中はいないようだ。そう考えると、あの時、大尉が来てくれて本当に良かった。
「それでもです。もう、おなかいっぱいですよ」
「まだ朝飯、ぜんぜん食べてないじゃないか」
「朝飯のことじゃないです」
比良はとりあえず今の話で満足したのか、朝飯を食い始める。
「猫神様もいて艦内神社を祀っていても、ああいうのは艦内に入ってくるもんなんですね」
「だよなあ。前の黒い球体もそうだけど、神様も万能じゃないってことなんだろうな」
朝飯を食い終わると、俺達は神棚へと向かった。そしてその前で手を合わせる。艦内に入ってくることは防ぐことはできないまでも、あの程度ですんだのは、やはり相波大尉と大佐、そして神棚に祀られた神様のお蔭だと考えたからだ。
「次に大尉に会ったら、ちゃんとお礼を言えよな?」
手を合わせながら、比良に言った。
「だから、しばらくはもう幽霊はかんべんですって」
「そんなことを言っていたら、次になにかあっても、守ってもらえないぞ?」
「次なんてもっとかんべんですよ!」
艦橋に上がってきた副長によると、その日は、神棚の前にやってくる隊員がやけに多かったそうだ。その口ぶりから、副長は幽霊に遭遇しなかったらしい。なんともうらやましい限りだ。
+++++
そしてミッドウェー海域に入ると、甲板で洋上慰霊祭がおこなわれた。勤務時間中で手のあいている乗員は、制服を着て甲板に集まる。幸いなことに天候もよく、かなりのスピードで航行していたが、揺れもほんどなかった。
「あれ? 比良、夜時間じゃなかったっけ?」
整列していると、隣に比良が立ったので声をかけた。
「そうなんですけど、副長がお前も参加しろって。だから出てきたんです」
「あー、そのほうが良いかもな。ほら俺達って、あんな至近距離で幽霊に遭遇したわけだから」
「あの話、波多野さん以外には、誰にも話してないんですけどね」
きっと艦長の判断だ。艦長や幹部達に猫大佐が見えていることは間違いない。だからきっと、昨晩のことは、大佐から聞いているはずだ。それもあるから、比良を洋上慰霊祭に参列させることにしたのだろう。
「話してもきっと、信じてもらえないですよね」
「そんなことないだろ。だって朝飯の時、皆その話をしてたじゃないか」
「だけど誰も、軍刀をもった軍人さんのことは誰も話していなかったでしょ? ってことは、あの人を見たのは俺達だけってことじゃないですか」
そんなことをヒソヒソと話していると、式典を始める合図があった。今日の自衛艦旗は半旗になっている。式典用の銃剣とトランペットをもった隊員が、並んで立っている俺達の前に整列した。
「これより、この海域で戦死された方々への、慰霊祭を執り行う」
副長の声と同時に、トランペットが礼式曲を演奏して、弔銃が発射される。そして全員が黙とうをささげた。その後、全員が敬礼をして見守る中、艦長が一礼をして御神酒を海に向けてまき、献花として花輪を投げ入れる。
―― この海域にいる霊達が、ちゃんと成仏できると良いんだけどな…… ――
花輪が遠ざかっているのを見つめながら、そんなことを思った。
ずっと前から、日本の護衛艦がこの海域を通るたびに、こうやって洋上慰霊祭をしていたはずなのだ。それでも昨晩のようなことが起きるということは、まだ多くの霊が、この海域で成仏できずにいるということだ。
チラッと横を見ると、副長の少し後ろに相波大尉と猫大佐の姿が見えた。大尉の表情は、いつもと変わらず穏やかだ。そして大佐は……退屈そうで、あくびをして後ろ足で、首筋をかきむしっている。後ろ足でかくたびに、毛がモワッと飛び散るのが見えた。
―― まったく。神様のくせに気ままだよな。今回のことだって、大尉が活躍しているのは見たけど、大佐がなにかしているところなんて、ぜんぜん見てないぞ…… ――
守り神というわりには、あまり役立っていないような気がするのは気のせいだろうか?
―― ま、大佐のことだし、成仏できないのも修行が足りないからだとか言いそうだけどな…… ――
そして、幽霊達に太刀打ちできない俺達にも、同じことを言いそうだ。
式典が終わり、その場にいた全員が解散となった。それぞれが元の部署へと戻っていく中、大尉と大佐は艦尾に立ち、遠ざかっていく海域を見つめていた。半旗を元の位置にあげなおしている先輩を手伝いながら、その様子をさりげなく観察する。
『昨夜も多かったな』
『戦死した者達の魂だけではありませんからね。気が淀んでいる場所には、ひかれてくる死者の魂もありますし』
『そやつらまでは面倒をみなくても良いからな。お前はお前の戦友達を送っやれば良い。関係ない者は放っておけ』
素っ気ない大佐の言葉に、大尉は困ったように笑みを浮かべた。
『そうもいかないでしょう。艦に入り込んでくるのは、彼等だけとは限りませんからね』
『そうでもないだろう。よそ者は吾輩が入れておらんからな』
『だったら昨晩みかけたアメリカ人の霊は、私の気のせいということにしておきましょう』
大佐がフンと鼻を鳴らし、それを聞いた大尉が笑う。
『やれやれ。まだ先は長いな』
『ですから、この海域を通るたびに慰霊祭をしてもらえるのは助かります。これで慰められる者もいますからね』
大尉は俺のほうに視線を向け、穏やかな笑みを浮かべる。
『復路では慰霊祭は行われませんが、できたらこの海域を通過する時は、彼等が一人でも多く、成仏できるように手を合わせてやってください。お願いします』
先輩の手前、声に出して答えることはできなかったが、その言葉にうなづいた。
13
あなたにおすすめの小説
王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした
まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる