帝国海軍の猫大佐

鏡野ゆう

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第三部 夏の小話

第四十一話 夏と言えば?

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「夏と言えば、花火とスイカと、かき氷だよなー」

 ジワジワと気温が上がり始めている甲板で、何気なくつぶやいた。まだ梅雨明け宣言も出ていないというのに、昼間の気温はもうすでに真夏なみ。しかも、海面がすぐそこにあるせいで湿度も高い。甲板清掃をするだけで汗だくだ。

「かき氷いいですね。俺はメロン味が好きです」

 隣にいた比良ひらが嬉しそうに言う。

「俺はイチゴ味かなー」
「イチゴ味もメロン味も定番ですね~~」
「そう言えば、レインボーかき氷ってのをテレビで見たな」

 最近のテレビで見かけるかき氷は、味の想像がつかないものも多い。そして、いま俺が一番気になっているのは、某喫茶店で出されている七色のかき氷だ。

「それ、どんな味なのか想像つかないです」
「だよなー」
「やめろよ~~、かき氷が食べたくなるじゃないか~~」

 俺と比良の会話に、その場で一緒に清掃作業をしていた連中が、もんくを言い始めた。

「暑いんだからしかたないだろー?」
「なら怪談なんてどうだ? 冷えるだろ?」

 少し前に起きた幽霊騒ぎを思い出した。気のせいか、周囲の空気の温度が下がった気がする。

「なんで怪談なんだよ」
「だって夏と言えば怖い話だろ」
「それなら、祇園祭と大文字なんてどうだ? これも夏の行事だぞ?」
「どっちも人ばっかで涼しくないだろ。っていうか、逆に暑苦しいじゃないか」
「怪談なんかより、ずっと風情があって夏っぽいじゃないか。歴史もあるし」

 その言葉に比良が反応した。

波多野はたのさん、怪談なんかとはなんですか怪談なんかとは。こっちだって、祇園祭や大文字と同じで歴史があるんですよ? 寄席よせの題材にもなってるんだから」
寄席よせ! お前はじじいかよ~~」
「古典芸能を馬鹿にしちゃいけません。能や狂言と同じ伝統文化なんですからね。見たことありますか?」
「ない」

 夏休みに爺さん婆さんの家に行くと、昼間にテレビで流れていたことがあった。だがそれだけで、俺自身は最初から最後まで見たことはない。

「だったら一度、おすすめを教えるので見てください。反論はそれからで」
「えー……」


「諸君、そこは地元開催のサマーフェスタと言うべきだろ」


 いきなりの声に全員がかたまる。

「「「「艦長!!」」」」

 艦長の声に、その場にいた全員が、掃布そうふを持ったまま直立不動になった。一瞬で暑さが吹き飛ぶ。さすが艦長。かき氷や怪談より効果が絶大だ。そんな俺達の様子に、艦長は愉快そうに笑った。

「最近は近場ばかりで退屈してそうだな。そろそろ一ヶ月ほど、長期航海に出たくなってきただろ?」
「申し訳ありません!!」
「別に叱責しっせきじゃないから、全員、肩の力を抜け。長期の航海に出たくないか?という雑談だ」
「それはまあ……」

 ここ最近のみむろは、出港しても近場での訓練を兼ねたパトロールばかりだった。遊びでないことはわかっていても、そろそろ長期の航海に出たいというのが正直な気持ちだ。それは、みむろに乗っている全員が感じていることだと思う。そしてもちろん、この艦の猫神も同じ気持ちのようで、ここ数日は毎日のように退屈だと愚痴っている。

「若い連中を甘やかすのはどうかと思いますが、艦長? 今のはどう見ても遊んでいたのでは?」

 艦長の後ろから、山部やまべ一尉があらわれた。

「別に甘やかす気なんてないぞ? これが航海中なら、きちんと叱る。だが今は、桟橋に接岸している状態だからな。それに、夏と言えばサマーフェスタだろ?」
「まあサマーフェスタは間違っていませんが。航海中も接岸中も、勤務中であることには変わりませんよ。いつ出港命令が出るかわからないですから」

 一尉の言葉に、その場にいた全員が心なしか緊張した。もしかしたら出港命令が出るのだろうか。

「いま命令が出たら、藤原ふじわらは出航時間までに戻ってこられるかな?」

 艦長の問いかけに、山部一尉が首をかしげて考え込む。

「地図的な距離では可能ですが、現実的に考えて無理でしょう。今なにかあったら、間違いなく副長は置き去りですね」
「それは一大事だ」

 ちなみに藤原三佐は今年の夏期休暇をとっている最中で、官舎ではなく市外の自宅に戻っていた。ここから三佐の自宅まで、車でめいっぱいとばして二時間半ちょっと。直線距離を突っ切ることができるならともかく、通常の移動手段では、出港準備が終わるまでに戻ってこれない距離だ。

「副長のことですから、そういう時はなぜか、前日には戻ってきてるでしょうけどね」
「あいつの虫の知らせは、本当に神がかっているからなあ」
「本人はイヤがってますけどねえ」
「あの、もしかして出港の予定があるのですか?」

 明後日あさってから夏期休暇に入る予定の後輩海士が、心配そうに声をあげる。

「今のところはない。だが、我々の任務に緊急事態はつきものだ。いつなんどき命令がくだっても、慌てることがないようにな」
「今のところ副長の虫の知らせはないようだし、夏期休暇が消し飛ぶことはないから安心しろ」

 艦長と航海長の言葉に、全員がホッとした表情を見せた。だがその基準が、副長の動向というのがなんともかんともだ。そして今の言葉で、新たに気になることも出てきた。

「ちなみにサマーフェスタでの艦艇公開は……?」
「くじ引きの結果、みむろは一般公開はなしだ。おい、そんなに嬉しそうな顔をするな。みむろの一般公開がないと知って、ガッカリする人達もいるんだからな?」

 ニタニタしている俺達の顔を見て、一尉があきれた様子で声をあげる。

「だって一般公開がないっことは、出店される店の海自カレーを、ゆっくり食べられるってことじゃないですか」
「制服を着たまま、のんびりカレーのはしごができると思ってるのか? だとしたら甘いぞ、波多野」
「なんでですか。陸自さんだってここのカレーコンプしてるんですから、俺達だって全部のカレーを食べたいです」

 世間ではそこそこ知名度のある海自カレーだが、自分が乗艦しているふねのカレー以外を食べる機会はほとんどない。その数少ないチャンスが、この港で開催される総監部主催のサマーフェスタなのだ。当日、休みをとる隊員はほとんどいないが、ある程度の自由時間は保証されていた。

「まったく。任務より食い気とはな」
「食い気上等です。だって海自カレーですよ? 航海長はコンプしたくないんですか? あ、もうとっくにコンプしてるとか?」

 幹部は何年かごとに異動していくから、全国の基地や護衛艦でそれぞれのカレーを食べる機会がある。だが俺達はよほどのことがない限り、この基地や乗艦しているふねから動くことはない。

「いや、俺だってコンプしてないけどな?」
「だったら、ここは今年のサマーフェスタの海自カレーコンプを目指すべきでは?」
「目指すのはそこなのか」
「そこです」

 一尉が溜め息をつきながら、艦長の顔を見た。

「艦長。甘やかした結果がこれですよ? 厳しすぎるのもあれですが、甘すぎるのもよくありません」
「俺は甘やかしてないぞ?」

 みむろの家族的な雰囲気は今も健在だ。これが艦長の方針なのか、それとも歴代艦長からの伝統なのか、謎な部分は多いけど。

「とにかくだ、今は甲板清掃に集中しろ。あまりはしゃいでいると、虫の知らせで副長が戻ってくるぞ?」
「え、それって出港命令が出るってことですか? 夏期休暇が消し飛ぶと?!」
「そうならないように祈ってろ。それにお前達がだらけすぎていると、艦長の気が変わるかもしれないしな」
「俺だって、夏期休暇を楽しみたいんだがな……」

 一尉の横で艦長がぼやいた。

「まあとにかくだ。暑くなってきたから、適度に水分をとりながら作業をするように。以上だ」
「「「「はい!」」」」

 艦長の言葉に敬礼をする。艦長と航海長は俺達の敬礼にうなづくと、その場を立ち去った。しばらくの沈黙の時間のあと、その場の全員が一斉に「は~~」と息をはく。

「あー、びっくりした。艦長のお散歩って、夜中だけじゃないのか」
「しかも今日は航海長のお供つきだったし、心臓とまるかと思ったー」
「体感温度、間違いなく下がったよなー」

 清掃作業を再開しながら笑った。

「もしかして、艦長達もヒマしてるんじゃないかな。ここしばらくは近場でのパトロールと訓練ばかりだし」
「幹部がヒマってことはないだろ? 昇任に向けた勉強とか、俺達以上に事務系の仕事があるだろ?」
「ヒマはなくても、退屈してるのはあるかもなー。なんてったって、俺達は海に出てこその海上自衛隊だし」
「それ、海保さんに聞かれたらぶっ飛ばされそうですね」

 比良が笑う。

「そこはしかたないさ。それぞれの職域ってやつだから」
「あ、なんか波多野が難しいこと言ってるぞー」
「うるさいなー、ほら、さっさと掃除しろよ掃除!!」

 まあ世間ではいろいろと起きているが、少なくとも俺達みむろの乗員に限って言えば、今のところは平和だ。
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