帝国海軍の猫大佐

鏡野ゆう

文字の大きさ
59 / 80
第四部 体験航海

第五十九話 体験航海 9

しおりを挟む
比良ひら~、顔がメチャクチャだらしないことになってるぞ~」
「あ、すみません、気をつけます!」

 さっきから比良は、にたにたしっぱなしだ。理由は俺達の前にある。

『真面目にしないか、バカ者どもめ』
「俺は真面目に見回りをしているさ。真面目にしてないのは比良のほうだ」
「すみません。でも、目の前で可愛いしっぽが揺れているんです、気が散ってもしかたないですよ~」

 比良の呑気な答えに、大佐はイヤそうな顔をして振り返った。比良が見ているのは、大佐のシッポだ。猫神候補生達のしっぽが見えたのをきっかけに、比良は大佐のしっぽも視認できるようになっていた。あくまでもシッポだけだが。

「比良、いい加減にしないと、そのうち猫パンチをくらうぞ? 大佐、すっげーイヤそうな顔してるから」
「猫パンチ! いいですねえ、猫神様の猫パンチ。早く食らいたいなあ……」
「ダメだこりゃ」

 比良はますますヘニャッとした顔になった。

『まったく。波多野はたの以上に妙なヤツだな』
「そりゃあ、比良の実家には猫がいるらしいし、猫飼いのエキスパートだからな。っていうか、俺は妙じゃないぞ」
『どうだかな』

 もちろん全部が見えているわけではないらしく、ゆらゆら揺れているしっぽと、大佐の声が聞こえる程度なんだそうだ。候補生達より先に大佐が見えそうなのは、おそらく大佐が猫神としての力が強いためだろうとは、相波あいば大尉の言葉だった。

『比良、ニタニタするのは良いが、吾輩わがはいの邪魔だけはするな』
吾輩わがはい!! 本当に吾輩わがはいって言ってる! 猫大佐さんは、夏目漱石なつめそうせきが好きなんですか?!」
『……』

 ダメだこりゃと言わんばかりに、大佐がため息をつく。

「比良、俺と同じこと言っててうけるわ」
「そりゃ、吾輩わがはいときたら夏目漱石なつめそうせきでしょー」
「だよなー」
『夏目なにがしの話はよいから、ちゃんと目を見開いて周囲を観察しろ、バカ者どもめ。吾輩わがはいは先に行く。お前達はこの通路沿いを、すみからすみまでしっかりと確認をしろ』

 そう言うと、大佐は走っていき、突き当りの壁の中へ消えていった。

「あー……しっぽさんが……」
「お前がしっぽばかり見るから、身の危険ならぬ、しっぽの危険を感じたんじゃないのか?」
「触りたかったです」
「そんなことをしたら、間違いなく猫パンチだな」

 体験航海は終わったが、みむろ艦内では通常の課業が残っている。そして見学ツアーに参加した俺達は、それとは別に、見学者達の忘れ物や落とし物がないか、歩いたコースを見て回っていた。河内かわち宗田そうだは機関を中心に下、俺と比良は艦橋を中心に上という具合だ。

「俺達は、リアルな忘れ物と落とし物の確認もしなきゃいけないんだからさあ、こっち方面のやつは、候補生達にやらせろよなー。大佐も大尉も、なにげにあの三匹には甘いんだから」

 以前、黒い球体の痕跡こんせきが残っていたあたりを念入りに見る。あの時の掃除に参加して良かった。そうでなければ見回れと言われても、何をどう探したら良いのか見当もつかなかっただろう。幸いなことに今のところ、それらしき痕跡こんせきは見当たらない。

「そりゃ、子猫だからじゃないですか?」
「俺にはさんざん、甘やかすなとか餌づけするなとかいうくせにな」
「ま、相手は猫ですから。前の黒い汚れって、変なにおいしてましたよね?」

 そう言いながら、比良は壁を軽く叩き、においを確認している。

「猫神だぞ?」
「それでも猫には違いないですよ」
「すっかり飼い猫あつかいだな」

 俺の話をすんなり信じたのと同じで、比良はすっかり猫神の存在になじんでいた。その順応性には驚くばかりだ。

「そんなつもりはないんですけどね。やっぱり見えるのと見えないのとでは、ぜんぜん違うなあって、実感しているところです」
「そこなのかよ」
「そこでしょ。猫ですよ、猫。あこがれの艦内猫ライフです」
「もう大佐のことも引き取ってくれよ。毎晩、寝るのが大変なんだよ、邪魔で」
「どうでしょうね。猫は自分が決めた場所以外では、絶対に寝ませんから」
「マジかー……」

 かんべんしてくれよと思いつつ、ドアの前に立つ。そして深呼吸をしてからノックをした。

「なんだ、船酔いか?」

 ドアの向こうから野太い声がする。

「失礼しまーす、波多野海士長でーす」

 そう言いながらドアを開けた。ここは医務室。返事をしたのは、この部屋のぬしである、医官の仲塚なかつか三等海佐。比良がお世話になっている上官の一人だ。

「なんだ、お前は船酔いはせんだろ」
「もう接岸しましたから、比良でも船酔いしませんよ」
「だったら何の用だ。俺の医務室に勝手に入ってくるんじゃない」

 三佐は実に変わっていて、この医務室を俺の部屋と言ってはばからない。乗員が勝手に入ろうものなら、相手が艦長であろう誰であろうと、メスが飛んでくるという噂だっだ。……あくまでも噂だ。

「艦長命令ですよ。ここも見学者が入ったじゃないですか。忘れ物と落とし物がないか、見学したコースを確認中なんです」
「俺の部屋に勝手に落としていくとは、まったくもってけしからん見学者だな。地本にクレームを入れてやる」
「そうじゃなくて、落ちているかどうかの確認です。落ちているとは決まってませんよ」
「あたり前だ。見学者が出ていってから、なにか落ちていないか俺がチェックした。ここには余計なモノはいっさいない。お前以外は」

 目がマジだった。イヤな予感がしてジリジリとあとずさる。そして比良を呼んだ。

「おーい、比良ー、医務室の確認を頼むわ。俺がウロウロしたら、仲塚三佐のメスが飛んできそう」
「メスを飛ばしてほしいのか」
「飛ばしてほしくありません! 比良ー?」
「どうしたんですか、波多野さん」

 比良が首をかしげながらやってくる。

「医務室の確認、お前に任せる。俺には無理だ」
「えええ? なんでですか。あ、仲塚三佐、お疲れさまでーす」

 不穏な空気をものともせず、というか、まったく気にした様子を見せず、比良は医務室に入っていった。

―― さすがだ、比良。俺には絶対にマネできないぞ…… ――

「医務室になにか用なのか」
「落とし物の確認です。最近の人はバッグにたくさんキーホルダーをつけてますからね。そういうのが落ちてないかの確認なんですが」
「キーホルダー、な。それなら落ちていたぞ」
「それは良かった。自分から副長に渡すので、いただいていきます」
「わかった」

 三佐は引き出しから小さなキーホルダーを出す。そしてそれを比良に手渡した。

「余計なモノはないって言ったのに、あるじゃないか」

 俺は納得いかない気分でつぶやく。

「なにか言ったか、波多野」
「いいえ! なにも申しておりません! 落とし物の確保、ありがとうございます!」

 俺は敬礼をして廊下に引っ込み、数秒遅れて比良が部屋から出てきた。そして敬礼をしてドアを閉める。

「比良、おまえ、すげーよ。なんで平気なんだよ、今の仲塚三佐の状態に」
「三佐、いつもあんな感じですよ? まあ今日はちょっと虫の居所が悪かったですかね。俺達と同じで、見学者さん達が来たから緊張していたんだと」
「そんなことあるかよー……」

 どう考えても、メスが飛びそうだったじゃないかとツッコミを入れる。

「あ、それともアレかな。船酔いする人も出なくて、活躍する場がなかったのが残念だったのかも」
「そんなことあるかーい!」

 さらにツッコミを入れた。

 そして俺達は最後にヘリの格納庫に出た。ここでは落とし物や忘れ物以外に、気になることがあった。最初に女性見学者の肩にいた赤い物体だ。つまみとってあの場で踏みつぶしておいたが、あんな対処法で良かったんだろうか? あれから相波大尉はなにも言ってこないので、特に問題は起きてないようだが。

「どうしたんですか、波多野さん。そんなに足元を観察して」
「え? ああ、ちょっと気になることがあってさ……」

 踏みつぶした場所の周囲を、念入りに観察する。赤い色も残っていないし、その手のモノが隠れている様子もない。俺が見た感じでは問題なさそうだ。

―― ああいうのを洗い流す、洗浄液とかスプレー剤があると良いんだけどな ――

 そうすれば大尉だって大佐だって、この手の見回りが楽になるだろうに。

―― あー、そうでもないか。大尉の手間だけが増えることになるか ――

 考えてみれば、猫の手だとスプレーは使えそうにない。どう考えても大尉だけが割を食いそうだ。



+++



「あ、清原きよはら海曹長、お疲れさまです!」

 階段をあがろうとしたところで、降りてきた先任伍長の清原海曹長と鉢合わせした。

「おう、お疲れさん。見学者さん達の落し物はあったか?」
「自分達の見回り範囲では、医務室にキーホルダーが一つ。仲塚三佐からあずかりました」
「そうか。毎度のことながら、けっこうな忘れ物や落とし物があるな」
「他にもなにかあったんですか?」

 海曹長の口ぶりから、俺達が医務室であずかったキーホルダー以外にも、忘れ物があったらしい。

「トイレと機関室でハンカチ、それから食堂でデジカメのレンズカバー。トイレにあったハンカチだが、ピンクのうさぎ柄だったんだ。まさか、お前達の持ち物じゃないよな?」
「いやあ、どうなんでしょうか。それぞれ色んな趣味ありますし……」

 だが女性用のトイレにしておいたトイレで見つかったということだから、間違いなく見学者の忘れ物だろう。忘れ物と落とし物は、明日のうちに地本に届けられることになっていた。

「では艦長に報告してきます」
「今日はお疲れさんだった。今日は定時であがりだったな。家に帰ったらゆっくり休め」
「ありがとうございます」

 敬礼で海曹長を見送ると、俺と比良は階段をあがる。そして艦橋に入った。

「艦内の見回り、終了しました。医務室で落とし物が一つありましたが、それ以外には特に問題は見受けられませんでした」
「ご苦労だった」

 俺の報告に、艦長がうなづく。

「落とし物はこの箱に。地本へは明日、こちらの広報担当から届けることになっている」
「お願いします」

 比良がキーホルダーを箱に入れた。

「よりによって医務室でか。仲塚、ご機嫌斜めだっただろう」

 艦長がニヤッと笑う。

「少しばかり斜めでした」
「だろうなあ」

―― 少しどころか、かなり斜めだったけどなー…… ――

 心の中でぼやいた。

「他に異常はなかったか? 伊勢いせが、朝から号令をかける必要はなさそうか?」

 落とし物や忘れ物のことではなく、猫大佐案件のことだとすぐにわかった。

「今回は伊勢海曹長の出番はないと思われます」
「そうか。そちらもご苦労だった。あと一時間ほどで終業時間だ。それまでは各自、自分の持ち場で仕事を続けるように。以上だ」
「「はい。失礼します!!」」

 俺と比良は敬礼をして、艦橋から出た。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?

希羽
キャラ文芸
数合わせで皇帝の後宮に送り込まれた田舎貴族の娘である主人公。そこでは妃たちが皇帝の「寵愛ランク」で格付けされ、生活の全てが決められる超格差社会だった。しかし、皇帝に全く興味がない主人公の目的は、後宮の隅にある大図書館で知識を得ることだけ。当然、彼女のランクは常に最下位。 ​他の妃たちが寵愛を競い合う中、主人公は実家で培った農業や醸造、経理の知識を活かし、同じく不遇な下級妃や女官たちと協力して、後宮内で「家庭菜園」「石鹸工房」「簿記教室」などを次々と立ち上げる。それはやがて後宮内の経済を潤し、女官たちの労働環境まで改善する一大ビジネスに発展。 ​ある日、皇帝は自分の知らないうちに後宮内に巨大な経済圏と女性コミュニティを作り上げ、誰よりも生き生きと暮らす「ランク最下位」の妃の存在に気づく。「一体何者なんだ、君は…?」と皇帝が興味本位で近づいてきても、主人公にとっては「仕事の邪魔」でしかなく…。 ※本作は小説投稿サイト「小説家になろう」でも投稿しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...