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キュウリ男と編集さん
キュウリ男と編集さん 7
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「カバーは、こっちから先に差し込んで、それからー」
箱をすべて運び終え、ドライバーに礼を言って送り出した。縁側に戻ると、羽織屋さんが母親にカバーのかけ方を教えている。
「破れないか心配ね。紙のカバーのほうが良かったかしら?」
「でもそれだと、せっかくの表紙の写真が隠れちゃいますからね。一番じょうぶなのを用意したんですけど、それでも破れてしまうのが絶対に出ますから。そこは気にしないで進めていきましょう。袋もカバーも余分を用意してあります。破っても汚しても大丈夫ですよ」
俺が縁側に座ると、羽織屋さんが冷たいお茶が入ったグラスを渡してくれた。
「お疲れさまでしたー、どうぞ」
「ありがとうございます。ちょっと休憩しても良いですか?」
「どうぞどうぞ。私は奥様と作業を開始しますけど、そちらはしっかり休んでください」
段ボール箱から本を出して、いくつか空の段ボール箱を確保する。そこに完成品を入れていくようだ。なかなか手際が良い。
「こういうことって、出版社でもやるんですか?」
作業を始めた羽織屋さんに声をかける。
「いいえ、めったに。完成した本は印刷工場から直送するのがほとんどですし、売り場の並ぶ本のシュリンクパックも、本屋さんがやりますからね。この手のカバーをかけるのって、自分で本を買った時ぐらいですよ」
そう言いながらどんどん積んでいく。なかなか手慣れた様子だ。
「手慣れてますよ、羽織屋さん。その調子で作業を進めるなら、俺が手伝う必要はなさそうだ」
「なにを言ってるんですか、小此木次男さん。カバーをかけたら終わりじゃなくて、さらに袋に入れる工程が残ってますよ?」
「小此木次男」
妙な名前で呼ばれて戸惑う。いやまあたしかに、俺は小此木家の次男ではあるんだが。
「あれ? 私、名前を聞いてましたっけ?」
俺の反応に、羽織屋さんは作業をしつつ首をかしげた。
「言ってなかったかしら? 彰よ」
「彰さん。ああ、そうでした! 最初にお会いした時に、安達さんのメールで教えてもらっていたんでした。どうもキュウリのイメージが強烈すぎちゃって、名前が忘却のかなたに」
「それは申し訳ない」
たしかに最初は制服にも気づいていなかったようだし、小此木キュウリと覚えられなかっただけでも、感謝すべきなのかもしれない。
「あら、私、そのキュウリの話、聞いてないわよ?」
同じように作業の手を止めず、母親が言った。
「最近のコンビニって、野菜も売ってるんだよ。うまいキュウリだった」
「まあ。自分だけ食べておしまいなの? どうせなら、おみやげに買ってきてくれれば良いのに」
「だってキュウリだよ? キュウリなんて、そのへんのスーパーで買えるじゃないか」
「でもおいしかったんでしょ?」
「まあ味が濃くてうまかったよ。すまない。次に顔を出す時は買ってくるようにする」
羽織屋さんが笑いながら、透明袋を俺の横に置いた。そして一冊、本を入れて封をしてみせる。さっきと同じ要領だ。
「口も動かすなら、手も動かしましょう。このままだとリビングが片づかなくて、大変なことになっちゃいますからね」
「了解」
二人がカバーをかけた本を袋に入れて封をしていく。穴があいているというのは本当らしく、押さえればゆっくりとだが、中の空気が抜けた。
「あ、やばいです」
しばらく三人で黙々と作業を続けていたが、羽織屋さんが急にボソッとつぶやいた。
「どうしたの? なにか印刷の不備でも見つかった?」
「いえ、そうじゃなくて。お手洗いをお借りしようと思ったんですけど、足が」
「え?」
それまで行儀よく座っていたせいで、すっかり足がしびれてしまったらしい。足を崩したものの、立ち上がれないようだ。
「足がしびれました」
「あらあら、大丈夫?」
「たぶん」
そろそろと足を動かしているが、この様子だとトイレへの道は遠そうだ。
「彰、手伝ってあげなさい。せめてお手洗いの前まで」
「わかった」
「え? あの、手伝うって?」
縁側から家にあがると、羽織屋さんの横にしゃがみこんだ。
「では失礼しますね」
脇と膝の裏に手を差し込んで、そのまま抱き上げる。
「わっ?! あのっ、そんなことしたら重たいですから!
「いやいや、軽い軽い。本の段ボール箱より軽いですよ、羽織屋さん」
「んなわけないでしょ!」
「間違いなく二箱分より軽いですよ。はい、トイレに行きますよー。ドアに足をぶつけないようにしてくださいね」
しびれた足がドアにぶつかるとどうなるか、本人も理解しているようで、ジタバタしていたのが急におとなしくなった。そのまま廊下に出ると、トイレの前まで抱いていく。
「人生初のお姫様抱っこが、足がしびれてトイレに行けないからだなんて、ちょっとショックです」
「まあ、楽しいシチュエーションでのお姫様抱っこは、また次の機会にでも」
トイレの前でそっとおろす。足が床についたとたん、ヒャッと変な声をもらしたのが何ともゆかいだった。
「待っていた方が良いですか?」
「だ、大丈夫だと思います!」
まあ用をすませている間に、しびれもマシになるだろう。
「じゃあ、あっちで作業の続きをしてますね。困ったことになったら大声で呼んでください」
そう言って、羽織屋さんをその場に残してリビングに戻った。
箱をすべて運び終え、ドライバーに礼を言って送り出した。縁側に戻ると、羽織屋さんが母親にカバーのかけ方を教えている。
「破れないか心配ね。紙のカバーのほうが良かったかしら?」
「でもそれだと、せっかくの表紙の写真が隠れちゃいますからね。一番じょうぶなのを用意したんですけど、それでも破れてしまうのが絶対に出ますから。そこは気にしないで進めていきましょう。袋もカバーも余分を用意してあります。破っても汚しても大丈夫ですよ」
俺が縁側に座ると、羽織屋さんが冷たいお茶が入ったグラスを渡してくれた。
「お疲れさまでしたー、どうぞ」
「ありがとうございます。ちょっと休憩しても良いですか?」
「どうぞどうぞ。私は奥様と作業を開始しますけど、そちらはしっかり休んでください」
段ボール箱から本を出して、いくつか空の段ボール箱を確保する。そこに完成品を入れていくようだ。なかなか手際が良い。
「こういうことって、出版社でもやるんですか?」
作業を始めた羽織屋さんに声をかける。
「いいえ、めったに。完成した本は印刷工場から直送するのがほとんどですし、売り場の並ぶ本のシュリンクパックも、本屋さんがやりますからね。この手のカバーをかけるのって、自分で本を買った時ぐらいですよ」
そう言いながらどんどん積んでいく。なかなか手慣れた様子だ。
「手慣れてますよ、羽織屋さん。その調子で作業を進めるなら、俺が手伝う必要はなさそうだ」
「なにを言ってるんですか、小此木次男さん。カバーをかけたら終わりじゃなくて、さらに袋に入れる工程が残ってますよ?」
「小此木次男」
妙な名前で呼ばれて戸惑う。いやまあたしかに、俺は小此木家の次男ではあるんだが。
「あれ? 私、名前を聞いてましたっけ?」
俺の反応に、羽織屋さんは作業をしつつ首をかしげた。
「言ってなかったかしら? 彰よ」
「彰さん。ああ、そうでした! 最初にお会いした時に、安達さんのメールで教えてもらっていたんでした。どうもキュウリのイメージが強烈すぎちゃって、名前が忘却のかなたに」
「それは申し訳ない」
たしかに最初は制服にも気づいていなかったようだし、小此木キュウリと覚えられなかっただけでも、感謝すべきなのかもしれない。
「あら、私、そのキュウリの話、聞いてないわよ?」
同じように作業の手を止めず、母親が言った。
「最近のコンビニって、野菜も売ってるんだよ。うまいキュウリだった」
「まあ。自分だけ食べておしまいなの? どうせなら、おみやげに買ってきてくれれば良いのに」
「だってキュウリだよ? キュウリなんて、そのへんのスーパーで買えるじゃないか」
「でもおいしかったんでしょ?」
「まあ味が濃くてうまかったよ。すまない。次に顔を出す時は買ってくるようにする」
羽織屋さんが笑いながら、透明袋を俺の横に置いた。そして一冊、本を入れて封をしてみせる。さっきと同じ要領だ。
「口も動かすなら、手も動かしましょう。このままだとリビングが片づかなくて、大変なことになっちゃいますからね」
「了解」
二人がカバーをかけた本を袋に入れて封をしていく。穴があいているというのは本当らしく、押さえればゆっくりとだが、中の空気が抜けた。
「あ、やばいです」
しばらく三人で黙々と作業を続けていたが、羽織屋さんが急にボソッとつぶやいた。
「どうしたの? なにか印刷の不備でも見つかった?」
「いえ、そうじゃなくて。お手洗いをお借りしようと思ったんですけど、足が」
「え?」
それまで行儀よく座っていたせいで、すっかり足がしびれてしまったらしい。足を崩したものの、立ち上がれないようだ。
「足がしびれました」
「あらあら、大丈夫?」
「たぶん」
そろそろと足を動かしているが、この様子だとトイレへの道は遠そうだ。
「彰、手伝ってあげなさい。せめてお手洗いの前まで」
「わかった」
「え? あの、手伝うって?」
縁側から家にあがると、羽織屋さんの横にしゃがみこんだ。
「では失礼しますね」
脇と膝の裏に手を差し込んで、そのまま抱き上げる。
「わっ?! あのっ、そんなことしたら重たいですから!
「いやいや、軽い軽い。本の段ボール箱より軽いですよ、羽織屋さん」
「んなわけないでしょ!」
「間違いなく二箱分より軽いですよ。はい、トイレに行きますよー。ドアに足をぶつけないようにしてくださいね」
しびれた足がドアにぶつかるとどうなるか、本人も理解しているようで、ジタバタしていたのが急におとなしくなった。そのまま廊下に出ると、トイレの前まで抱いていく。
「人生初のお姫様抱っこが、足がしびれてトイレに行けないからだなんて、ちょっとショックです」
「まあ、楽しいシチュエーションでのお姫様抱っこは、また次の機会にでも」
トイレの前でそっとおろす。足が床についたとたん、ヒャッと変な声をもらしたのが何ともゆかいだった。
「待っていた方が良いですか?」
「だ、大丈夫だと思います!」
まあ用をすませている間に、しびれもマシになるだろう。
「じゃあ、あっちで作業の続きをしてますね。困ったことになったら大声で呼んでください」
そう言って、羽織屋さんをその場に残してリビングに戻った。
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