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東京・横須賀編
第三十話 彼の憂鬱3 side - 篠塚
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「おはよう、篠塚。なんだか今日は機嫌が良さそうだな」
ロッカーに入ったところで、長浜が声をかけてきた。
「そうか?」
「確かに普段より御機嫌だな。あ、もしかして久し振りに昨日は、お姫様とデートでも出来たのか?」
近江が長浜の向こう側からニヤニヤしながら顔を出す。
「野良猫お嬢さんは、今は俺の家で寝床を占領してる」
「おやおやおや。たった一週間のお預けでそれかよ。大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるだろ」
何が大丈夫なんだと顔をしかめながら自分のロッカーを開けたところで、違うだろというツッコミが入った。
「お前のことじゃなくてお姫様の方だよ」
「だから大丈夫に決まってるだろと言ってる。出かけてくる時も、俺に枕を投げつけて攻撃してきたぞ。今であれだ。制圧術なんて教えたらどうなるんだ?」
油断していると寝首をかかれそうだとぼやいたら、思いっ切り笑われた。本人は俺のことを本気で投げ飛ばす気でいるから、笑いごとじゃないんだがな。
「やれやれ。似た者同士ってヤツか。可愛い顔して負けてないな、門真さん」
「こりゃ、篠塚のことを投げ飛ばす日は遠くないかもいれないぞ」
「おー、そりゃ楽しみだ、是非ともこの目で見届けなくちゃな」
近江と長浜が好き勝手なことを言いながら笑う。そこへいきなり大津隊長が顔を出した。その場に居合わせた全員が、隊長の姿に姿勢を正す。隊長は全員の敬礼にうなづきながら部屋を見渡して、俺の顔を見つけるとピタリと目を合わせてきた。
「篠塚、着替え終わったら俺の部屋に来い」
普段より少しばかり険しい顔つきに、何かまずいことでもあったのかとドキリとした。いや、以前のフリューベック大将閣下の警護を命令された時もあんな感じだったな。まさかまた誰か極秘で日本にやってくるのか? だが今度は何処で秘密の怪談をするんだ? 俺に声がかかるとなれば、横須賀総監管内の施設か護衛艦内ということになるんだろうが一体……?
「おい、お前何かやらかしたのか?」
「いや。心当たりはない」
「もしかして兄さんに何かあったとか?」
「それだったら、隊長からではなく家から連絡があるだろう。兄貴は風邪で寝込んでいるんだから」
「それもそうだな。ま、気をしっかり持て」
何故か周囲は俺が何かしでかしてたと決めてかかり、慰めの言葉をかけてくる。
「俺が問題になるようなことをしていないのは、お前達が一番よく知ってるだろ」
「だが、隊長があんな顔をすることは滅多にないからな。ま、とにかく気を確かにな」
「……」
同僚達に同情混じりの顔で見送られた俺は、足早に隊長の待つ部屋へと向かった。前にあの部屋に入ったのは、彼女に護身術を教える許可をとるためだったな。
「……まさか門真さんのことで、何か問題が起きたわけじゃないよな」
考えてみれば、防衛省の職員が毎週のようにここに通ってきているのだ。頭の固い総監部のお偉いさんから、物言いがついたとしても不思議ではない。
「篠塚三等海尉、入ります」
大津隊長の部屋に入ると、そこには堅田二佐の姿もあった。
「おはよう、篠塚三尉」
「おはようございます、二佐」
敬礼をしながら内心で首をかしげた。一体これはどういうことだ? まさか本当に門真さん絡みのクレームか? とは言え、二佐の顔つきからして、困ったことが起きたわけでもなさそうなんだが。俺のことを階級付けで呼んだと言うことは、任務絡みのことではあるのか?
「どうして僕がここにいるのかって顔をしているね」
「情報本部の偉い方が、わざわざここに来られるというのは、なかなかないことですので」
「まあ、大津と茶飲み話をするために、ここに来たわけじゃないことは確かだね。さて、立ち話をするのもなんだから、先ずはそこに座ってもらおうか。もちろん議題は君の将来についてだよ」
またかと舌打ちをしたくなるのを辛うじてこらえた。以前に特別警備隊への推薦を固辞した時も、それはそれはしつこかったのを思い出した。今度はどんな手を使ってくるのやら。
「またその話ですか」
「またその話だよ」
「自分は辞退させていただいた筈ですが」
「まあまあそう言わずに座って座って」
隊長の執務用のデスクの前に設置されたテーブルとソファ。上官命令なので仕方なくそこに腰を下ろすと、隊長が何故か窓のカーテンを閉めきった。暗くなった部屋に男三人。一体なんなんだ?
「心配することはないよ。別に特別警備隊に行くと言うまで拷問をしようなんて考えてないから。ああ、でもどうだろうな。君の返答次第では監禁して拷問もあり得るか」
「……は?」
二佐が冗談だよと笑いながら、俺の横に座ると壁に設置してある大型のテレビにリモコンを向ける。すると既に準備がされていたのか、すぐに映像が始まった。
最初に黒い画面に何やら英語での羅列が映し出され、画面が明るくなると暗視モードで撮影されているらしい緑色の映像と、武装した迷彩服の男達の後ろ姿が映し出される。どうやらその中の一人が、ヘッドセットに小型カメラを設置して撮影している映像らしい。
「二佐、これは……?」
「うん。地球の裏側から届きたてのほやほやの映像だ」
「まさか、いや、ちょっと待って下さい……っ」
立ち上がりかけた俺の両肩を、後ろにやってきた隊長がガシッと掴み無理やり押し戻す。
「隊長?!」
「逃げるな。せっかくだから見ていけ」
「いやしかし、これを見たら拒否権がなくなるのでは?」
「俺の推薦を一度蹴っているんだ。次も蹴って無事でいられると思っているのか?」
「見たくないのかい?」
とどめを刺すように堅田二佐が尋ねてくる。
「それは……見たい、ですがっ」
「だったら問題ないだろ。見ろ」
「ですから見たら拒否権がなくなるじゃないですか」
「ここまできたら今更だ。とにかく見ろ」
ここは大人しく従うしかないようだ。溜め息をつきながら座り直すと、二佐が説明を始めた。
「さて。今回の人質救出部隊の編成についてはニュースでも流れたから、だいたい想像はついているだろう。作戦の主体は米軍だ。そして米軍からの直々の指名をされた、特作と特警の隊員数名が極秘にこの作戦に参加した」
特殊作戦群と特殊警備隊は、毎年何名かの隊員を米国や英国の特殊部隊に派遣して訓練をさせている。その中で優秀だと判断された人間が、今回の作戦に参加することになったというわけだ。
「先に大使館に突入して相手の武装解除をする部隊に特作、後から入り人質の安全確保を優先する部隊に特警の隊員が割り当てられた。瀬田としては不満だったようだが、この辺も我々には決定権が無くてね。敷地への突入は地上と空からと同時に行われた。この映像はヘリから降下した部隊のものだ」
大使館の建物を遠巻きに旋回していたヘリが一気に接近して急降下すると、建物の直上でホバーリングを始め、中にいた兵士達が降下していく。そこからはまさに電光石火、無駄のない動きであっという間に武装したテロリスト達を制圧していった。もちろんそれは、俺達が訓練展示で一般に公開しているような、手錠をかけて捕えるなんて生易しいものではない。
気がついたら画面に目が釘付けになっていた。しばらくして、大使館職員達が閉じ込められている部屋に突入した様子が映し出される。部屋の中には職員達だけではなく、何人かが床に横たわっていた。周囲の人間達の様子からして、武装集団に撃たれた警備員達のようだ。
中にいた女性 ―― 恐らくこの女性が医師である大使夫人だろう ―― から早く病院に連れて行くようにと言われ、突入部隊の人間が後ろの誰かにそれを伝えている。
「彼等は全員助かったのですか?」
「最初の襲撃後に息のあったものに関しては何とか。その中には陸自の山崎一尉も含まれている」
「そうですか」
うなづいたところで、隣の部屋に続くドアが開いて瀬田一佐が現れた。どうやら本当にチェックメイト状態らしい。
「……三人に囲まれては逃げることも出来ませんね」
「今の極秘映像を見た時点で、既に君の選択肢は一つしかない」
一佐は俺の前に座るとニヤリと笑ってそう言うと、すぐにその笑みを引っ込めた。
「米軍から与えられた役割を見ても分かる通り、我々特殊警備隊は、陸自の特殊作戦群よりも先に創設されたにも関わらず、実戦経験ではあちらに遅れをとっている。これからは何が起きるか分からない時代だ。任務の範囲は、今回のような救出任務だけではなくなるだろう。有事の際に、我々が彼等の足を引っ張るような存在であってはならんのだ」
映像の入ったディスクを取り出してファイルに納めた堅田二佐が一佐の横に座る。
「君が推薦を受諾しようとしないのは、任務の重責に耐えられないということではないだろう? 今そこにある危機を実感できないからじゃないのかい? もちろん君に危機感がまったくないとは言わない。だが、特別警備隊の存在意義を真剣に考えるほどではないってことだね」
「だから堅田に頼んでこの映像を持ってきてもらった」
まさかの連携プレーにめまいがした。そう言えば瀬田一佐と堅田部長は防大の同期で、うちの隊長は二人の後輩だと聞いている。まさか三人がかりで包囲作戦をかけてくるとは……まったく油断した。
「本来なら喜ぶところだろ。ここまで来いと言われるのは、光栄なことなんじゃないのか?」
隊長がニヤニヤしながら言った。
「ですが自分は、ここの仕事が気に入っているんですよ」
「まあ確かに今はあのお嬢さんもいるし、お前としては順風満帆だろうな」
「彼女のことは関係ありません」
そうか?と三人がそろってニヤニヤしている。
「まあ可愛いお嬢さんだから、離れたくないのは分からんでもないがな」
「瀬田一佐もお会いになったのですか?」
「ああ。作戦本部で饅頭を御馳走になった。堅田が言うには、随分と国防意識の高いお嬢さんらしいじゃないか。彼女なら、お前が江田島に行くと言っても理解してくれるんじゃないのか?」
一佐の言葉に引っ掛かりを感じて二佐と隊長に目を向けた。
「まさかとは思いますが、そのために彼女をフリューベック大将の案内役に?」
「まさか。彼女とあちらの艦隊司令が知り合いなのは本当だし、そこの繋がりがあってこそ成り立った作戦だ。もちろんお前を護衛に選んだのも優秀だったからだ。そこに他意はない」
隊長がそう言った横で、堅田二佐が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ま、正直に言うと、やる気が溢れんばかりの彼女と多少なりとも接すれば、君の醒めた気持ちも少しは動くのではと期待はしていた。まさか二人の仲が、そこまで深くなるとは思ってなかったよ」
「……彼女はこのことは知らないんですね?」
「もちろん」
「これから先も知ることがないようにお願いします」
「それは君次第じゃないのかい?」
悪人だ……悪人が目の前で善人面してニコニコしていやがる……。さすが高島女史の旦那となった人物、なかなか侮れない。
「あのな、お前は単純に俺達にはめられたと思っているかもしれないが、こっちとしては色々と考えてのことなんだぞ」
隊長が溜め息まじりに言った。
「俺がお前を推薦するのは、単に特別警備隊に優秀な人間を回したいからだけじゃない。なんで俺が、わざわざ部内幹部候補として江田島に行かせたと思っている。俺達は更にその先を考えているんだ」
「将来的に、君には特警を束ねる人間になってほしい。特作があそこまで急激に能力値を上げたのは、もともと一隊員として作戦群にいた森永一佐が群長になったからだ。こちらとしてもそれを手本にして後進を育成したい」
「つまりは君だけの問題ではなく、海自の特殊警備隊の未来がかかっているというわけだね」
三人がたたみかけるように言葉をかけてくる。進退きわまったとはまさにこういうことを言うんじゃないのか?
「せっかく門真さんと付き合いだしたのに、離れ離れになるのは少しばかり気の毒なんだけど、そこは海自の将来のためと思ってしばらく我慢してほしい」
「それと課程が終了次第、君には米国の海軍特殊部隊で訓練を受けてもらう」
「その時には彼女も一緒に連れて行くといいよ」
二佐がニコニコとしたままそう付け加えた。
「は?」
「情報本部も人事交流と称して、あちらの情報部に研修生を送り込んでいるからね。門真さんは優秀な子だよ。是非とも本場で、諜報の何たるかを学んできてほしいわけだ。英国に研修という話もあるんだけど、君が米国に行くなら時期を合わせて、米国の研修に行かせてあげても良いよ?」
その二佐の言葉を聞きながら確信した。今回の包囲網作戦を考えたのは間違いなく高島女史だ。
「……あの」
「なんだ?」
「ここで返答をしなくてはならないのでしょうか」
心なしか三人がニヤッとなったのが分かった。
「これは正式な内示ではない。内示が出るのは一ヶ月先だ。それまでゆっくりと考えてくれ」
「分かりました。では失礼いたします」
「ああ、それと念のために言っておくが、今の映像のことは口外しないように。もちろん現時点では門真さんにもだ」
「はい。では失礼します」
部屋の外に出てから大きく息を吐いた。今頃部屋の中では三人がしてやったりとニヤニヤしているに違いない。
「なにがゆっくりと考えてくれだ、こっちに拒否権が無いことなんて百も承知なくせに。まったく油断も隙もないクソオヤジどもめ……」
……ああ、それと。きっと今頃は何処かでほくそ笑んでいる何とか女史もな!!
ロッカーに入ったところで、長浜が声をかけてきた。
「そうか?」
「確かに普段より御機嫌だな。あ、もしかして久し振りに昨日は、お姫様とデートでも出来たのか?」
近江が長浜の向こう側からニヤニヤしながら顔を出す。
「野良猫お嬢さんは、今は俺の家で寝床を占領してる」
「おやおやおや。たった一週間のお預けでそれかよ。大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるだろ」
何が大丈夫なんだと顔をしかめながら自分のロッカーを開けたところで、違うだろというツッコミが入った。
「お前のことじゃなくてお姫様の方だよ」
「だから大丈夫に決まってるだろと言ってる。出かけてくる時も、俺に枕を投げつけて攻撃してきたぞ。今であれだ。制圧術なんて教えたらどうなるんだ?」
油断していると寝首をかかれそうだとぼやいたら、思いっ切り笑われた。本人は俺のことを本気で投げ飛ばす気でいるから、笑いごとじゃないんだがな。
「やれやれ。似た者同士ってヤツか。可愛い顔して負けてないな、門真さん」
「こりゃ、篠塚のことを投げ飛ばす日は遠くないかもいれないぞ」
「おー、そりゃ楽しみだ、是非ともこの目で見届けなくちゃな」
近江と長浜が好き勝手なことを言いながら笑う。そこへいきなり大津隊長が顔を出した。その場に居合わせた全員が、隊長の姿に姿勢を正す。隊長は全員の敬礼にうなづきながら部屋を見渡して、俺の顔を見つけるとピタリと目を合わせてきた。
「篠塚、着替え終わったら俺の部屋に来い」
普段より少しばかり険しい顔つきに、何かまずいことでもあったのかとドキリとした。いや、以前のフリューベック大将閣下の警護を命令された時もあんな感じだったな。まさかまた誰か極秘で日本にやってくるのか? だが今度は何処で秘密の怪談をするんだ? 俺に声がかかるとなれば、横須賀総監管内の施設か護衛艦内ということになるんだろうが一体……?
「おい、お前何かやらかしたのか?」
「いや。心当たりはない」
「もしかして兄さんに何かあったとか?」
「それだったら、隊長からではなく家から連絡があるだろう。兄貴は風邪で寝込んでいるんだから」
「それもそうだな。ま、気をしっかり持て」
何故か周囲は俺が何かしでかしてたと決めてかかり、慰めの言葉をかけてくる。
「俺が問題になるようなことをしていないのは、お前達が一番よく知ってるだろ」
「だが、隊長があんな顔をすることは滅多にないからな。ま、とにかく気を確かにな」
「……」
同僚達に同情混じりの顔で見送られた俺は、足早に隊長の待つ部屋へと向かった。前にあの部屋に入ったのは、彼女に護身術を教える許可をとるためだったな。
「……まさか門真さんのことで、何か問題が起きたわけじゃないよな」
考えてみれば、防衛省の職員が毎週のようにここに通ってきているのだ。頭の固い総監部のお偉いさんから、物言いがついたとしても不思議ではない。
「篠塚三等海尉、入ります」
大津隊長の部屋に入ると、そこには堅田二佐の姿もあった。
「おはよう、篠塚三尉」
「おはようございます、二佐」
敬礼をしながら内心で首をかしげた。一体これはどういうことだ? まさか本当に門真さん絡みのクレームか? とは言え、二佐の顔つきからして、困ったことが起きたわけでもなさそうなんだが。俺のことを階級付けで呼んだと言うことは、任務絡みのことではあるのか?
「どうして僕がここにいるのかって顔をしているね」
「情報本部の偉い方が、わざわざここに来られるというのは、なかなかないことですので」
「まあ、大津と茶飲み話をするために、ここに来たわけじゃないことは確かだね。さて、立ち話をするのもなんだから、先ずはそこに座ってもらおうか。もちろん議題は君の将来についてだよ」
またかと舌打ちをしたくなるのを辛うじてこらえた。以前に特別警備隊への推薦を固辞した時も、それはそれはしつこかったのを思い出した。今度はどんな手を使ってくるのやら。
「またその話ですか」
「またその話だよ」
「自分は辞退させていただいた筈ですが」
「まあまあそう言わずに座って座って」
隊長の執務用のデスクの前に設置されたテーブルとソファ。上官命令なので仕方なくそこに腰を下ろすと、隊長が何故か窓のカーテンを閉めきった。暗くなった部屋に男三人。一体なんなんだ?
「心配することはないよ。別に特別警備隊に行くと言うまで拷問をしようなんて考えてないから。ああ、でもどうだろうな。君の返答次第では監禁して拷問もあり得るか」
「……は?」
二佐が冗談だよと笑いながら、俺の横に座ると壁に設置してある大型のテレビにリモコンを向ける。すると既に準備がされていたのか、すぐに映像が始まった。
最初に黒い画面に何やら英語での羅列が映し出され、画面が明るくなると暗視モードで撮影されているらしい緑色の映像と、武装した迷彩服の男達の後ろ姿が映し出される。どうやらその中の一人が、ヘッドセットに小型カメラを設置して撮影している映像らしい。
「二佐、これは……?」
「うん。地球の裏側から届きたてのほやほやの映像だ」
「まさか、いや、ちょっと待って下さい……っ」
立ち上がりかけた俺の両肩を、後ろにやってきた隊長がガシッと掴み無理やり押し戻す。
「隊長?!」
「逃げるな。せっかくだから見ていけ」
「いやしかし、これを見たら拒否権がなくなるのでは?」
「俺の推薦を一度蹴っているんだ。次も蹴って無事でいられると思っているのか?」
「見たくないのかい?」
とどめを刺すように堅田二佐が尋ねてくる。
「それは……見たい、ですがっ」
「だったら問題ないだろ。見ろ」
「ですから見たら拒否権がなくなるじゃないですか」
「ここまできたら今更だ。とにかく見ろ」
ここは大人しく従うしかないようだ。溜め息をつきながら座り直すと、二佐が説明を始めた。
「さて。今回の人質救出部隊の編成についてはニュースでも流れたから、だいたい想像はついているだろう。作戦の主体は米軍だ。そして米軍からの直々の指名をされた、特作と特警の隊員数名が極秘にこの作戦に参加した」
特殊作戦群と特殊警備隊は、毎年何名かの隊員を米国や英国の特殊部隊に派遣して訓練をさせている。その中で優秀だと判断された人間が、今回の作戦に参加することになったというわけだ。
「先に大使館に突入して相手の武装解除をする部隊に特作、後から入り人質の安全確保を優先する部隊に特警の隊員が割り当てられた。瀬田としては不満だったようだが、この辺も我々には決定権が無くてね。敷地への突入は地上と空からと同時に行われた。この映像はヘリから降下した部隊のものだ」
大使館の建物を遠巻きに旋回していたヘリが一気に接近して急降下すると、建物の直上でホバーリングを始め、中にいた兵士達が降下していく。そこからはまさに電光石火、無駄のない動きであっという間に武装したテロリスト達を制圧していった。もちろんそれは、俺達が訓練展示で一般に公開しているような、手錠をかけて捕えるなんて生易しいものではない。
気がついたら画面に目が釘付けになっていた。しばらくして、大使館職員達が閉じ込められている部屋に突入した様子が映し出される。部屋の中には職員達だけではなく、何人かが床に横たわっていた。周囲の人間達の様子からして、武装集団に撃たれた警備員達のようだ。
中にいた女性 ―― 恐らくこの女性が医師である大使夫人だろう ―― から早く病院に連れて行くようにと言われ、突入部隊の人間が後ろの誰かにそれを伝えている。
「彼等は全員助かったのですか?」
「最初の襲撃後に息のあったものに関しては何とか。その中には陸自の山崎一尉も含まれている」
「そうですか」
うなづいたところで、隣の部屋に続くドアが開いて瀬田一佐が現れた。どうやら本当にチェックメイト状態らしい。
「……三人に囲まれては逃げることも出来ませんね」
「今の極秘映像を見た時点で、既に君の選択肢は一つしかない」
一佐は俺の前に座るとニヤリと笑ってそう言うと、すぐにその笑みを引っ込めた。
「米軍から与えられた役割を見ても分かる通り、我々特殊警備隊は、陸自の特殊作戦群よりも先に創設されたにも関わらず、実戦経験ではあちらに遅れをとっている。これからは何が起きるか分からない時代だ。任務の範囲は、今回のような救出任務だけではなくなるだろう。有事の際に、我々が彼等の足を引っ張るような存在であってはならんのだ」
映像の入ったディスクを取り出してファイルに納めた堅田二佐が一佐の横に座る。
「君が推薦を受諾しようとしないのは、任務の重責に耐えられないということではないだろう? 今そこにある危機を実感できないからじゃないのかい? もちろん君に危機感がまったくないとは言わない。だが、特別警備隊の存在意義を真剣に考えるほどではないってことだね」
「だから堅田に頼んでこの映像を持ってきてもらった」
まさかの連携プレーにめまいがした。そう言えば瀬田一佐と堅田部長は防大の同期で、うちの隊長は二人の後輩だと聞いている。まさか三人がかりで包囲作戦をかけてくるとは……まったく油断した。
「本来なら喜ぶところだろ。ここまで来いと言われるのは、光栄なことなんじゃないのか?」
隊長がニヤニヤしながら言った。
「ですが自分は、ここの仕事が気に入っているんですよ」
「まあ確かに今はあのお嬢さんもいるし、お前としては順風満帆だろうな」
「彼女のことは関係ありません」
そうか?と三人がそろってニヤニヤしている。
「まあ可愛いお嬢さんだから、離れたくないのは分からんでもないがな」
「瀬田一佐もお会いになったのですか?」
「ああ。作戦本部で饅頭を御馳走になった。堅田が言うには、随分と国防意識の高いお嬢さんらしいじゃないか。彼女なら、お前が江田島に行くと言っても理解してくれるんじゃないのか?」
一佐の言葉に引っ掛かりを感じて二佐と隊長に目を向けた。
「まさかとは思いますが、そのために彼女をフリューベック大将の案内役に?」
「まさか。彼女とあちらの艦隊司令が知り合いなのは本当だし、そこの繋がりがあってこそ成り立った作戦だ。もちろんお前を護衛に選んだのも優秀だったからだ。そこに他意はない」
隊長がそう言った横で、堅田二佐が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ま、正直に言うと、やる気が溢れんばかりの彼女と多少なりとも接すれば、君の醒めた気持ちも少しは動くのではと期待はしていた。まさか二人の仲が、そこまで深くなるとは思ってなかったよ」
「……彼女はこのことは知らないんですね?」
「もちろん」
「これから先も知ることがないようにお願いします」
「それは君次第じゃないのかい?」
悪人だ……悪人が目の前で善人面してニコニコしていやがる……。さすが高島女史の旦那となった人物、なかなか侮れない。
「あのな、お前は単純に俺達にはめられたと思っているかもしれないが、こっちとしては色々と考えてのことなんだぞ」
隊長が溜め息まじりに言った。
「俺がお前を推薦するのは、単に特別警備隊に優秀な人間を回したいからだけじゃない。なんで俺が、わざわざ部内幹部候補として江田島に行かせたと思っている。俺達は更にその先を考えているんだ」
「将来的に、君には特警を束ねる人間になってほしい。特作があそこまで急激に能力値を上げたのは、もともと一隊員として作戦群にいた森永一佐が群長になったからだ。こちらとしてもそれを手本にして後進を育成したい」
「つまりは君だけの問題ではなく、海自の特殊警備隊の未来がかかっているというわけだね」
三人がたたみかけるように言葉をかけてくる。進退きわまったとはまさにこういうことを言うんじゃないのか?
「せっかく門真さんと付き合いだしたのに、離れ離れになるのは少しばかり気の毒なんだけど、そこは海自の将来のためと思ってしばらく我慢してほしい」
「それと課程が終了次第、君には米国の海軍特殊部隊で訓練を受けてもらう」
「その時には彼女も一緒に連れて行くといいよ」
二佐がニコニコとしたままそう付け加えた。
「は?」
「情報本部も人事交流と称して、あちらの情報部に研修生を送り込んでいるからね。門真さんは優秀な子だよ。是非とも本場で、諜報の何たるかを学んできてほしいわけだ。英国に研修という話もあるんだけど、君が米国に行くなら時期を合わせて、米国の研修に行かせてあげても良いよ?」
その二佐の言葉を聞きながら確信した。今回の包囲網作戦を考えたのは間違いなく高島女史だ。
「……あの」
「なんだ?」
「ここで返答をしなくてはならないのでしょうか」
心なしか三人がニヤッとなったのが分かった。
「これは正式な内示ではない。内示が出るのは一ヶ月先だ。それまでゆっくりと考えてくれ」
「分かりました。では失礼いたします」
「ああ、それと念のために言っておくが、今の映像のことは口外しないように。もちろん現時点では門真さんにもだ」
「はい。では失礼します」
部屋の外に出てから大きく息を吐いた。今頃部屋の中では三人がしてやったりとニヤニヤしているに違いない。
「なにがゆっくりと考えてくれだ、こっちに拒否権が無いことなんて百も承知なくせに。まったく油断も隙もないクソオヤジどもめ……」
……ああ、それと。きっと今頃は何処かでほくそ笑んでいる何とか女史もな!!
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