貴方と二人で臨む海

鏡野ゆう

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東京・横須賀編

第二十九話 一週間ぶりの、日常?

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 目が覚めたらぬくぬくふわふわの柔らかい毛布に包まれていた。なんで柔らかい毛布ってこんなに気持ちが良いんだろう、この中に包まれていると一生ここから出たくないって気分になっちゃってダメ人間まっしぐら……

 …………あれ?

―― 私いつの間に自宅に戻ってきたのかな…… ――

 篠塚さんの車に乗せてもらったのは覚えている。着いたら起こしてやるから寝ていろって言われたこともお饅頭の話をしている途中で眠くなっちゃったことも覚えている。

 だけど篠塚さんに起こしてもらったことも自宅に戻ってきたこともまったく記憶にないんだけどな。

―― 夢遊病者みたいに無意識なうちに着替えて寝ちゃったのかな……ちゃんと送ってもらったお礼を言ってたら良いんだけど ――

 顔の下にあった手が痺れてきたので体勢を変えようとした時に、お布団と毛布とは明らかに違うものに触れて自分一人じゃないことに気がついた。

「目が覚めたのか?」
「……あれ? もしかしてここって篠塚さんち?」

 そう言えば頭の下にあるのにはいつもの自分の枕じゃなくて篠塚さんの腕だ。私、篠塚さんの腕をしっかりと抱き枕代わりにして寝ていたみたい。

「まったく門真さん、寝起きが悪いのにもほどがあるぞ」

 篠塚さんは後ろから溜め息まじりにそう言うと私のことを抱き締めてきた。

「え、なんで?」
「ぐちゃぐちゃ言われる前に言っておくが、俺はちゃんと門真さんの自宅前までは行ったんだからな。起こしてもまったく起きる気配がないから三十分ほど粘ってからこっちに連れて帰ってきた」

 そこで言葉を切ると私が枕にしている腕をピクピクと動かす。

「そしたら今度は俺のことを抱き枕かなにかと間違えてそのまましがみついてきて寝ちまうんだからな。お蔭で着替えられずにまだ服のままだ」

 全く覚えていません……。

「……ごめんなさい」
「当然のことながら門真さんも服のままだぞ」
「え?!」

 篠塚さんの言葉に飛び起きた。

「ああああ、お気に入りのスーツがシワシワに……」
「心配するのは自分の服だけなのか、おい」

 憤慨した口調の篠塚さんが起き上がってベッドから出ると電気をつけた。常夜灯から一気に部屋が明るくなって眩しくて、目をパチパチさせながら見上げると呆れ顔の篠塚さんが仁王立ちになってこっちを見下ろしている。

「……ごめんなさい」
「まったく。俺は明日、正確には既に今日なんだが仕事なんだがな」
「面目次第もございません」
「とにかくせっかく目が覚めたんだ、服だけでも着替えろ。俺も着替えるから」
「はい……」

 時計を見れば一時。ってことは三時間ほど篠塚さんを捕まえて爆睡しちゃっていたらしい。

「ほら、これを着ろ」

 頭の上にボサッと何かが乗せられた。年末に借りていたTシャツにスウェットのズボンだ。急いで着替えると少しでもシワがのびるようにとハンガーにかけたスーツを撫でたり引っ張ったりする。だけどスカートにしっかりとついたシワはどうにもなりそうになかった。明日はみっともないけどこれで我慢して帰らなきゃ……。

「明日、というか今日だが俺が仕事から戻ってきたらもう一度送ってやるから」
「いいですよ、コートも着ているからそんなに目立たないだろうし」
「送ってやると言ってるんだ。俺が帰ってくるまでここでゆっくり寝ていたら良いじゃないか、どうせ誰もいないんだ遠慮することはないだろ」
「でも……」
「ふーん」
「な、なんですか」

 なんでそこでさも悪巧みをしているような顔で私のことを見下ろしているんだか。

「だったら俺が帰ってくるまでゆっくり寝ていられるようにしてやろうか?」
「え?!」

 篠塚さんが何やらニタ~ッと黒い笑みを浮かべた。も、もしかしてそれは年末のお仕置きの再来?! でも私、お仕置きされるようなことしてないよね?! ……あ、寝起きが悪くてこっちに連れてくる羽目になったことがその理由?!

「あ、あの、篠塚さんは明日はお仕事なんですよね?」
「門真さんのお蔭で三時間ほどは寝られたからな。少しぐらい夜更かししても問題ないだろ」
「いやいや。ほら、まだこんな時間ですからもう一度ちゃんと寝ましょう? 寝不足はお肌にも良くないですよ? それに私はまだ眠いし」

 そこで急に思いついた。

「あの、お肌の話が出たついでお化粧をちゃんと落としたいです。もう殆ど取れかけてるでしょうけど毎日のお肌のお手入れは大事なので」
「……」

 篠塚さんの表情が何だか魂が抜けたような顔になる。

「今ここで手を抜くと年をとってから大変なんですよ。若いうちのケアが大事なんです」
「……」

 更にその眼が天井を見上げた。

「シミとかできたらイヤじゃないですか。あ、篠塚さんがイヤじゃなくても私はイヤですから」
「……はぁ、分かった。好きにやってくれ」

 溜め息混じりに両手を上げる篠塚さん。

「ありがとうございます♪」

 そんな訳で何やらブツブツ言いながらベッドに寝っ転がった篠塚さんを尻目に私は先ずは洗面所に向かった。顔を洗って戻ってくるとさっきと同じ体勢でベッドに寝っ転がったまま。私が戻ったところで薄目を開けてこっちを見たから寝ているわけじゃないのか分かった。

「もう先に寝てて良いですよ? 明日も早いんでしょ?」

 バッグの中から携帯用に持ってきていた化粧水の入った小さなボトルを引っ張り出す。良かった、まだ一回分は残ってる。

「ここは俺んちなんだがな」
「だから?」
「……早くしろ。電気がついていたら寝られないだろ」
「あ、そっか。すみません、あっちで……」

 立ち上がろうとするとTシャツの裾を引っ張られてそのままベッドに尻餅をついてしまった。

「ウロウロされたら余計に眠れない。ここでさっさとすませろ。以上」

 まるで自分の部下に言うような命令口調で言い放つ。

「……気を遣ってあげたのに」
「なにが、あげたのに、だ。俺のことを考えてくれているなら無駄なお喋りはせずにさっさとその手に持っているものを顔に塗りたくるなりなんなりしてくれ」
「女性はですね、色々とやることがあって大変なんですよ」

 手のひらに化粧水を垂らしながら篠塚さんに言った。私だってこんなことせずにさっさと寝たい気持ちはあるのだ。だけどこういうお肌のケアは毎日の積み重ねが大事なんだから。年を取っても可愛いおばちゃん、お婆ちゃんでいたいんだもの、今からきちんとしておかなくちゃ。

「口を動かすのは後で。今はさっさと手を動かせ」
「まったくもう。そんなこと高島さんに言ったら絶対にぶっ飛ばされますよー?」
「そんなことを高島さんに言ったらあの人より先に堅田部長が俺のことをぶっ飛ばしに飛んでくるだろ」
「そうなんですか?」

 忍び足を覚えたよと無邪気に喜んでいた部長が篠塚さんのことをぶっ飛ばせるとは思えないけど。

 化粧水をパタパタとして瓶のフタを閉めたところで後ろからのびてきた手にボトルが取り上げられた。

「電気を消せ」
「人使い荒いですよ、篠塚さん」
「なんだって? 俺は眠くて機嫌が悪いんだが更に悪くなってほしいのか?」
「さっきまでは三時間寝たから平気だって言ってたくせに」
「なにか言ったか門真さん?」
「お待たせして大変申し訳ありませんでした。さっさと寝ましょう」

 電気を消した途端にお布団の中に引っ張り込まれる。

「もう乱暴すぎ! 本当に寝るんですからね?」
「分かった分かった」

 篠塚さんの返事と共に温かくて触り心地が最高の毛布にくるまれた。

「ああ、そうだ。篠塚さんちの毛布、クリーニングで何か特別なことしてるんですか? ものすごく柔らかくて気持ちいいんだけど」
「門真さん、本当は眠くないんじゃないのか?」
「寝ます、眠いです、おやすみなさい」

 そう言って後ろで笑っているらしい篠塚さんに偶然を装った肘鉄を軽く食らわして目を閉じた。


+++++


 目覚まし時計の音がして反射的に音がする方に手をのばした。そして四角い塊の上をペシッと叩く。

「おはよう門真さん。ちゃんと寝られたか?」
「お蔭様で。篠塚さんは?」
「まあ何とか。だがこっちはお預けを一週間くらっていたから朝から色々と主張して困っているんだがな」

 抱き寄せられると何やら硬いものがお尻に当たった。何が当たっているかなんて見るまでもないよね。

「朝っぱらからなんてダメですよ。それに遅刻しちゃいますよ?」

 全国の皆さん、おはようございます。おやすみなさいと言って目を閉じてから五時間後、地球の裏側の事件は一件落着したっていうのに何故か今度は私がピンチに陥っている模様です。くそう、目覚まし時計なんかに手をのばすんじゃなかった……。

「どうせ目が覚めたんだろうが。心配するな時間はたっぷりある」

 体をくるんと仰向けにされると篠塚さんがのしかかってきた。

「寝る直前に肘鉄を食らわされたんだ。その報復はちゃんとしておかないとな」

 そんなことを言いながらTシャツの中に手を滑り込ませてくる。そしてあっという間にTシャツもスウェットも消えていた。そして篠塚さんが着ていたものも。

「肘鉄なんてしてませんよ」
「更には嘘吐きな人間にはお仕置きが必要だなあ」

 そう言いながら足の間に体をねじ込んでくる。

 そして硬くなったものが押し当てられた。何も知らなかった時とは違って押し付けられたものがどんなふうに自分の体の中に入ってくるのか、そしてその動きをどんなふうに自分が感じるのかはもう分かっている。

 だから篠塚さんの体が触れるのをそこに感じて、心臓がドキドキしてくるのも体の奥が熱くなってくるのも当然のことなのかもしれない。

「無理と言いつつちゃんと俺のことをいい感じに受け入れているぞ?」
「それは本人の意志とは関係ない生理学的な反応ってやつで……あぁっ、もう、ダメですってぇ……」

 少しだけ押し入ったところで探るように体を動かしていた篠塚さんは私が本気で嫌がっていないのを感じたのかそのまま一気に奥まで押し入ってきた。

「せめてシャワー浴びさせてくださいよぅ」
「知ってるぞ。情報本部には今回のようなことに備えて簡易宿泊施設並みの設備があって、そこで職員はシャワーが浴びられるって。しっかり石鹸の匂いをさせているのにごまかせるとでも?」

 げっ、なんで分かったのかな? もうそんなに石鹸の匂いなんてしてないと思うんだけど!

「それぐらい俺でも知っているんだからな。シャワーは後で心行くまで浴びれば良いだろ。今はこっちに集中だ」

 篠塚さんのものが体の中でゆっくりと動き始める。

「もー篠塚さんてば朝から無駄に元気すぎぃ……」
「まだまだ筋トレは必要だな門真さん。もっと鍛えないと俺にはついてこれないぞ?」
「ついていけなくても良いですよぅ……」

 こんな風に篠塚さんと抱かれるのは嫌いじゃないけどやっぱり寝起き直後からいきなりっていうのは勘弁してほしいかなあ……。


+++
 

 それからしばらくして満足しきった顔の篠塚さんに連れられてシャワーを浴びた。その後は私は再びTシャツとスウェットを着てベッドに、篠塚さんの方は出勤のために制服に着替え始める。

「私、普通の制服を着た篠塚さんを見たの初めてかも」

 ベッドでごろごろしつつ着替えの様子を眺めながら言った。

「そうか、こっちの制服は初めてだったんだな」
「うん。いつも迷彩柄の服だもの。なんだか新鮮」
「そうか」

 もちろん今の制服もかっこいいけど篠塚さんはやっぱりいつもの青色の迷彩服の方が似合ってるかな。

「この時間だと基地の近くは日米両国の軍人と隊員がたくさん歩いているからなかなか壮観な眺めだぞ」
「へえ、見てみたいな……今日は無理だけど」

 私の言葉に篠塚さんがプッと吹き出した。誰のせいだと思っているんだかとちょっとムカついたので私のじゃないけど枕を投げつける。残念なことにあっさりと受け止められてしまったけど。

「ま、そのうちにな」
「ムカつく」
「帰ってきたら送るから夕飯はその途中で食べよう。昼は冷蔵庫にあれこれ詰め込んであるから適当に食っておいてくれ」

 そこそこ本気でムカついているのに篠塚さんてば呑気にそう言うとベッドの横に立って枕を私の顔の上にポトンと落としてきた。

「絶対に護身術をマスターして篠塚さんのこと投げ飛ばしちゃいますからね!」
「楽しみにしているよ。じゃあ行ってくる。門真さんにとっても大変な一週間だったんだ、ゆっくり休んでろ」
「分かりました。行ってらっしゃーい」

 玄関まで見送る気分になれないので枕を顔に乗せたまま適当に手を振った。
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